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古本夜話846 白鳥省吾、東苑書房「学芸随筆」、五来素川『動乱の静観』

 昭和十年代には小説や外国文学の叢書やシリーズだけでなく、前回の石坂洋次郎の『雑草園』ではないけれど、随筆なども出されている。そのひとつとして、昭和十二年に東宛書房から刊行の「学芸随筆」があり、その一冊である五来素川『動乱の静観』を入手している。「学芸随筆」は全八巻で、その明細を示す。
 

1 吉江喬松 『自然の煉獄』
2 山岸光宣 『学窓夜話』
3 佐藤功一 『匠房雑話』
4 中村吉蔵 『演劇独語』
5 市島春城 『鯨肝録』
6 五来素川 『動乱の静観』
7 本間久雄 『わが鑑賞の世界』
8 五十嵐力 『我執轉々記』

f:id:OdaMitsuo:20181027143534j:plain:h112 f:id:OdaMitsuo:20181027145939j:plain:h112(『わが鑑賞の世界』)

 意外なことに、このような「学芸随筆」『日本近代文学大事典』に解題があり、「主として早稲田の関係者の学芸エッセイを集めた叢書」で、編集者はすべて白鳥省吾、題簽は尾上紫舟、装幀は佐々木孔により、「いずれの本にも高雅な気品と豊かな学殖が顕著」とされている。たしかに造本にしても函にしても、これまでふれてきた小説類とはことなる瀟洒な印象を与えてくれる。

 また『動乱の静観』の奥付には編輯者として白鳥の名前が記載され、東京市麹町区に住所を置く東宛書房の発行者は千葉春雄となっている。東宛書房と千葉の名前は、『日本出版百年史年表』の昭和六年四月のところに創業が見出され、教育・児童書出版とある。同じく巻末広告には「学芸随筆」全八巻のリストと並んで、白鳥の『詩心旅情記』『随筆世間への触角』など五冊の、やはり四六判「函入美装」本が掲載され、この時代に東宛書房と編輯者兼著者の白鳥が併走していた事実を伝えている。どのような経緯と事情で、両者が結びついたのかは定かでないけれど、やはり白鳥の著書として、『現代歌謡百話』『諸国民謡精査』も挙がっていることからすれば、彼が主宰していた同人誌で、民謡研究にも力をいれていた『地上楽園』との関係に起因しているのかもしれない。

 白鳥のことは本連載381で少しばかりふれておいたが、福田正夫とともに同人誌『民衆』により、民衆詩派の中心メンバーだった。だが『日本近代文学大事典』を確認してみると、昭和十年代には民謡の創作や研究に力を入れ、詩作は少なく、随筆集『新満州の風土と文化』(社会教育協会、昭和十四年)などを出している。この立項を先の東宛書房との関係をリンクさせれば、白鳥は東宛書房に編輯者として身を置き、その企画編輯者としての仕事が「学芸随筆」であったことになる。ちなみに白鳥も早大出身である。

 ところで『動乱の静観』の五来素川だが、明治八年茨城県生まれで、東京帝大法科大学を卒業し、大正三年読売新聞の主筆、同六年雑誌『大観』を主幹し、早大教授となり、政治学者にしてフランス通とされる。しかしここでは『動乱の静観』の「付録」に見える、白鳥による五来素川の風貌を引いてみる。

 五来素川博士の名は大隈侯在世の当時「大観」といふ華々しい雑誌が実業之日本社から発行され、たしか五来素川博士が主筆であつたと記憶する。
「大観」は今日の「中央公論」や「改造」と対比さるべき政治、経済、文芸方面に亙る大雑誌で、その自裁への意気込みと放膽にして最新な編輯ぶりは、世の反響を呼ぶこと甚大であつた。
 文芸方面に於いてだけでも、「大観」を舞台としデヴユーした人も尠くない。詩など可なり優待して掲載したもので、詩壇方面でも、この雑誌の編輯ぶりを大いに徳としてゐたものだ。

 ここで五来は政治学者というよりも、優れた雑誌編輯者として語られていた。これを読んで、二十年ほど前に古本屋で『大観』の大揃いを見つけ、買うつもりでいたのだが、誰かに先に買われてしまい、入手しそこねたことを思い出した。それ以後、『大観』を目にしていない。

 それもあり、『動乱の静観』からもはや五来の編輯者的一面を示す「ゴシツプ文学」を取り上げてみたい。それは次のように書き出されている。

 出版ジヤズの狂騒時代に三つの特色のある雑誌が対立して居る。一つはキングであり、一つは文芸春秋であり、他の一つは轉換時代である。キングは大衆小説を特色とし、文芸春秋は随筆を特色とし、そして轉換時代はゴシップを特色としてゐる。小説や随筆が文学として認められたのは我国に於ては既に紫式部や清少納言の時代からであるが、ゴシツプが始めて世に出でんとしてゐるのは昭和時代からである。そして其のゴシツプを文学化した天才は隠れたる人斎藤貢君である。

 ここで『轉換時代』たる雑誌を初めて目にするし、それは「隠れたる人」斎藤貢にしても同様である。そのことを反映してか、『日本出版百年史年表』にも『日本近代文学大事典』にも、両者は見当らない。だが五来によれば、さらに斎藤は「政治通」「奇才」にして、「彼のゴシツプは最も政界の裏面の秘密をすつぱぬくことに於いて玄人の新聞記者の驚異」とされている。ここでいわれている「ゴシツプ」とは所謂スキャンダルも含んでいよう。

 それだけでなく、五来は斎藤が「隠れたる人」として「百五十万円の資金を財界から集めて善隣協会を組織し、蒙古経営に腐心」し、「十万円を以て春風クラブ研究所なるものを起し三人の露西亜学者をして協賛主義の弱点を調査」させていると述べている。とすれば、本連載719などの蒙古善隣協会の黒幕は、この斎藤ということになるだろうか。また春風クラブ研究所とは何か。これからも斎藤貢には注視を怠らないようにしよう。

odamitsuo.hatenablog.com
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