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古本夜話919 服部之総『明治維新史・唯物史観的研究』

 これはまったくの偶然だけれど、前回の新泉社「叢書名著の復興」リストを挙げていて、そのうちの服部之総の『明治維新史』を最近購入したばかりであることに気づいた。それはA5判函入の一冊で、『明治維新史・唯物史観的研究』とあり、昭和五年に大鳳閣書房からの刊行だった。服部に関しては本連載603、大鳳閣書房も同373で言及していることからすれば、ここで両者が出会ったことになろう。戦前の出版人脈は戦後以上に複雑に絡み合い、思いがけない出版シーンを垣間見ることになる。この出版はそうした一例のように思われる。
f:id:OdaMitsuo:20190420110503j:plain:h115(『明治維新史』、新泉社)

 これは服部が冒頭に「第二版序文」を寄せていることからわかるように、初版は昭和四年に上野繁三郎の上野書店から、『明治維新史・付絶対主義論』として出されている。上野書店は「マルクス主義講座」を刊行し、そこに『明治維新史』も発表されていたからだ。しかしどうして一年もたたないうちに、大鳳閣書房からの再版となったのかは語られていない。

 ただひとつだけ考えらえるのは、その函裏に三浦参玄洞『左翼戦線と宗教』、高津正道『無産階級と宗教』の広告が出されているので、これらの出版との関係である。三浦はともかく、高津のほうは『日本近代文学大事典』によれば、昭和六年にも大鳳閣から『搾取に耽る人々』を刊行しているようだし、この時代は服部と労働農民党をともにしていたのではないだろうか。それもあって、上野書店が立ち行かなくなったか、もしくは重版できなくなったので、高津を通じて大鳳閣書房からの第二版の刊行となったのではないだろうか。
f:id:OdaMitsuo:20190420114657j:plain:h120 (『左翼戦線と宗教』)

 だがそれはひとまずおくとして、服部の「第二版序文」に耳を傾けてみよう。そこでマルキシストが明治維新の研究を切実な問題とするようになったのは、一九二二年以降のことだと彼は述べている。これは昭和二年の「マルクス主義講座」に服部が『明治維新史』を発表したことをさしているのだろうし、それがきっかけで歴史学に深入りすることになったようだ。ここで服部の提示する「本書の一般的方法」とは次のようなものだ。

 かくて、マルクス主義の一般的公式に於ける、生産及び交易関係の変化は、それの国内的及び国際的変化に於いて追跡され、前者に於ける原始的蓄積行程と後者に於ける世界市場の発展過程とは、幕末日本の生産力(よしその消費と生産の大半が国外に連結されたものであつたにせよ)ので飛躍的増大といふ点で統一されるのを見出すであらう。次に如上の変化は国内の階級関係の変化に就て追跡され、第三にそれを媒介として始めて政治的、ならびに思想的諸変化が明にされるであらう。そしてかゝる一般的公式の具体化は、追跡された生産関係並びに階級関係の発展行程にして、拠つて以て説明され得ないやうな如何なる思想的、政治的、社会的事象も最早有しないところまで、吟味され再吟味されなければならない。かゝる究明の過程に於いて始めて「外交問題」も「尊王論」もはたまた「英雄」も「天命等々」も、すべてその歴史的本質に於いて明にされるであらう。

 そのようなマルクス主義に基づく根本的視座から、世界市場の形成過程と明治維新、幕府封建国家とその下における諸対立、幕末―維新の政治的諸段階、王政復古と絶対王政、ブルジョワ革命としての明治維新の内実が論じられていくのである。この『明治維新史』に対して、服部の言いによれば、「多くの好意ある批評に迎えられた」と同時に、当然のことながら「唯物史観のみによつて国史中の事象を説明し評論し去らんとするは誤り」だとする反論も出されているようだ。

 しかし私たちのような戦後世代からすると、服部の『明治維新史』はそれほど魅力的なものに映らない。それは新泉社の「叢書名著の復興」のセレクト著作のすべてに及ぶといっても過言ではない。これでマリノウスキー『未開社会における犯罪と慣習』、後述する石田英一郎『文化人類学ノート』と合わせ、そのうちの三冊に目を通してきたけれど、同様の印象をもたらすことを否めない。それは敗戦直後に大学生活を送った小汀良久と、高度成長期を通過してきた私たちの世代の読書体験の相違ということになろうか。なおこのセレクションは玉井五一も加わっているようなので、彼は後に創樹社の経営者になるのだが、そうした「叢書名著の復興」の企画が創樹社の出版物にも反映されたのか、いずれ確かめてみたいと思う。

f:id:OdaMitsuo:20190413120352j:plain:h115 (『未開社会における犯罪と慣習』)文化人類学ノート (『文化人類学ノート』 学生版)

 ただ念のために付け加えておけば、本連載122の小島威彦『百年目にあけた玉手箱』は創樹社刊行だが、すでに発行者は代わっていて、玉井によるものではないし、その後まもなく創樹社自体が消滅してしまったようだ。
百年目にあけた玉手箱


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