出版・読書メモランダム

出版と近代出版文化史をめぐるブログ

出版状況クロニクル139(2019年11月1日~11月30日)

 19年10月の書籍雑誌推定販売金額は938億円で、前年比5.3%減。
 書籍は470億円で、同3.2%減。
 雑誌は468億円で、同7.4%減。
 その内訳は月刊誌が380億円で、同6.0%減、週刊誌は87億円で、同12.9%減。
 返品率は書籍が37.0%、雑誌は43.3%で、月刊誌は43.5%、週刊誌は42.3%。
 実際の書店売上は消費税の10%増税と、台風19号とその後の豪雨などにより低調で、書籍は8%減、雑誌は定期誌5%減、ムック12%減、コミックスだけが『ONE PIECE』の新刊と『鬼滅の刃』の大ブレイクで4%増とされる。
10月で、書籍雑誌推定販売金額はようやく1兆円を超え、1兆293億円となっているが、4.3%マイナスで、下げ止まりの気配はまったくないままに、年末を迎えようとしている。

ONE PIECE 鬼滅の刃


1.上場企業の書店と関連小売業の株価をリストアップしてみる。
 

■上場企業の書店と関連小売業の株価
企業18年5月
高値
18年11月21日
終値
19年11月21日
終値
丸善CHI363348377
トップカルチャー498382345
ゲオHD1,8461,8401,326
ブックオフHD8398081,082
ヴィレッジV1,0231,0781,110
三洋堂HD1,008974829
ワンダーCO1,793660726
文教堂HD414239159
まんだらけ636630604
テイツー42

 同じリストを掲載したのは本クロニクル127だったので、早くも1年が過ぎてしまったことになる。
 全体として前年比は横ばいといっていいかもしれないが、文教堂を始めとして、来年は株価も厳しい状況へと追いやられていくだろう。
 それにしてもCCC=TSUTAYA が非上場化したこともあり、株価への影響が確認できないのは残念である。それゆえにここではCCC=TSUTAYAのFCとして最大のシェアを占めるトップカルチャーの株価の推移を注視すべきだろ。3年続きの赤字決算を避けられるだろうか。
 いずれにせよ、大型複合店も2020年はかつてない至難の年を迎えることになろう。

odamitsuo.hatenablog.com
2.『選択』(11月号)が「事業再生HOR成立の文教堂 無理筋の再建策を冷笑する書店業界」という記事を発信している。
それは「これで本当に再建できるか]との声がしきりで、一連の増資にしても、ちょっとした最終赤字を計上しただけで債務超過に逆戻りしてしまうし、アマゾンや電子書籍の普及により、書店ビジネスは逆風下にあるとし、次のように述べている。

「文教堂GHDは不採算店舗の閉鎖や、赤字のキャラクターグッズ販売事業のビッグカメラグループへの売却、利益率の高い文具販売の強化などで、20年8月期に1億円強の最終黒字(前期は40億円弱の赤字)復帰を目指すとしているが、業界筋は「画に描いた餅」として一蹴。「再建策ではなく延命策」と皮肉っている。」

 これは前回の本クロニクルで、文教堂GHDのADR手続きの成立とそのスキームにふれ、「先送り処置」に他ならないと指摘しておいたことをふまえているのだろう。だが業界紙も経済誌も、日販と文教堂への忖度からなのか、言及を見ていない。
 また文教堂の10月の閉店は6店、800坪近くに及んでおりそれは売上のマイナスと多大な閉店コストを積み上げていくはずだ。何のための事業再生ADRだったのかが問われる日もくると考えるしかない。



3.日販から出版社宛に「『令和元年台風第19号』による被災商品入帳及び被災書店様復興支援のお願い」が届いた。

 さて本年10月に発生しました「令和元年台風第19号」の影響により、東日本地域の広範囲で浸水が発生し、その結果、浸水が発生した書店様におきまして、泥水による汚破損商品が発生しております。
 今回の台風被害につきましては、商品の汚破損の度合いが非常に高いため、返品そのものができず、やむを得ず廃棄処理せざるを得ない状況となっており、これらの商品について、返品入帳の取扱いの問題が生じております。
 この問題につきましては、弊社において、台風で大きな被害を受けた被災書店様を支援するため、被災書店様の汚破損品を原則として、全品返品入帳することを決定し、被災書店様にお知らせ申し上げております。
この返品入帳対応におきましては、台風により被害を汚破損商品についての対応であり、汚破損の程度も著しいものがほとんどであることから、現品の返品は求めず、被災書店様において破棄していただき、被災書店様の在庫をベースとして行うことを予定しております。

 上記対応により汚破損等(期限切れとなった商品を含みます)で通常返品が不可能となった商品について、被災書店様のご負担がなくなり弊社がその負担を負うことになりますが、汚破損商品は台風という自然災害により発生したものであることから、出版様にも返品入帳に特別なお取り計らいを賜りたくお願い申し上げる次第です。

 出版社様におかれましても、台風によって一時的に多数の返品が発生するなど、多大な影響を受けていることは十分理解しておりますが、弊社としましては、被災書店様及び被災地域の復興のために全力で支援して参りますので、支援へのご協力をご検討いただきたく重ねてお願い申し上げます。
 大変恐縮なお願いではありますが、ぜひとも趣旨をご理解頂き、別紙回答書をご返送いただくようお願い申し上げます。
 尚、本お願いに対するご回答につきましては、貴社の任意のご判断にお任せ致します。ご回答の内容いかんによって貴社との間の通常の取引に影響を与えることはございませんので、念のため申し添えます。

 これに続いて、「蔦屋書店東松山店」の大雨浸水写真と、同店の「被災商品銘柄別一覧」と「被災品回答書」が添えられている。

 これも前回の本クロニクルでふれておいた、1.6メートルの浸水をこうむった蔦屋書店東松山店の返品問題が、早くも出版社へとはね返ってきたことになる。先に記しておけば、蔦屋書店東松山店はまさに
のトップカルチャーのチェーン店である。
 しかし取協によれば、台風19号による被害書店は全取次で56店に及んでいる。それにもかかわらず、日販が蔦屋書店東松山店だけのために、このような文書を出版社に出すこと自体が「忖度」を想起させる。それに法的に書店在庫は書店の資産とみなされているはずだし、上場企業であるからにはそれなりの災害保険に入っていると考えられる。
 それなのに日販が率先して「全品返品入帳」し、しかもそれが「被害書店様の在庫データをベース」とし、さらにそこに通常返品不能品も含まれるようだから、徳政令に近い。こうした台風に毎年見舞われるかもしれないとすれば、悪しき先例となる可能性もある。
 もちろん同様の処置が東日本大震災において実施されたことは承知しているけれど、このような書店のために文書が出されることはかつてなかったはずだ。
 小出版社と異なり、膨大な返品金額となる大手出版社は、この日販の「お願い」に応じるのであろうか。



4.日経BPと日本経済新聞出版社が2020年4月に経営統合、日経BPが持続会社として、売上規模400億円、社員800人の出版社になる。
 統合後の日経BPはデジタル、雑誌に加え、経済専門書、経営書、ビジネス書、技術・医療ムックなどを手がける日経グループの総合出版社に位置づけられる。

 日経BPは1969年にマグロウヒル社との合弁で設立され、売上高は368億円だが、日本経済新聞出版社は2007年に日経新聞社の出版局を分社化して設立され、売上高は36億円である。
 おそらく後者は分社化したものの、出版状況の凋落の中で、当初の予測に見合う売上高に到達せず、このような統合に至ったと思われる。
 各新聞社の分社化による出版局は黒字化も伝えられているけれど、内実はかなり苦しいのではないかと察せられる。



5.『月刊文藝春秋』はピースオブケイクが運営するプラットフォーム「note」で、月900円読み放題。『週刊文春』もニコニコチャンネルで運営している「週刊文春デジタル」をリニューアルし、月880円で読み放題となる。

 これはKADOKAWAの売上高のうちで、書籍・雑誌のシェアは25%を割りこみ、電子書籍はその半分以上の規模になっていること、もしくは講談社の今期決算が増収増益の見通しで、デジタル広告収入が広告収入の5割を超えるという近況などに対応する試みと判断される。
 ただ両社は続いて、KADOKAWAは「ところざわサクラタウン・角川武蔵野ミュージアム」事業、講談社は池袋での「LIVEエンターテインメントビル」の開設に向かっている。それらの行方の是非はともかく、文春などもそのような試みへと参画していくのであろうか。



6.自由国民社の『現代用語の基礎知識』が従来のB5判と異なる、B5判変型とコンパクトになり、ページ数も1000ページから300ページへとリニューアルされ、定価も従来の半分の1500円となった。

現代用語の基礎知識

『現代用語の基礎知識』の固定的イメージはその厚さにあり、それは婦人誌や少年少女誌の付録も含んだ厚さと共通していたし、長きにわたって、12月から1月にかけての書店の雑誌売り場の正月の風物詩のような平積み光景の立役者の位置にあった。
 しかし今回の平積みは数冊で、平台のよい場に置かれていたにもかかわらず、表紙が黄色であり、すぐにそれが『現代用語の基礎知識』だと認識できなかった。
 考えてみれば、『現代用語の基礎知識』が自由国民社の長谷川国雄によって、1948年に戦後の新事態を知りたいという読者の要望をコアとする新しいジャーナリズムをめざし、創刊されてから、すでに70年余が過ぎている。
 主婦を対象とする婦人誌の時代が終わってしまったように、『現代用語の基礎知識』のリニューアルは、戦後の読者の要望もドラスチックに変わってしまったことを物語っているのだろう。



7.鹿砦社創業50周年記念出版として、鹿砦社編集部編『一九六九年混沌と狂騒の時代』が出された。

混沌と狂騒の時代 書評紙と共に歩んだ五〇年 f:id:OdaMitsuo:20191126164230j:plain:h110(『マルクス主義軍事論』)f:id:OdaMitsuo:20191126165055j:plain:h110 マフノ叛乱軍史

 これは『紙の爆弾』の11月号増刊で、たまたま書店で見つけ、購入してきた一冊である。
 その理由は特集コンセプトよりも、そこに前田利男への「一九六九年、鹿砦社創業のころ」という14ページに及ぶインタビューが掲載されていたことによっている。
 この前田は井出彰『書評紙と共に歩んだ五〇年』(「出版人に聞く」シリーズ9)に出てくる人物で、井出の『日本読書新聞』での同僚であった。それもあって、このインタビューは井出の回想の補足、その後の『日本読書新聞』人脈と出版史となっている。

 前田によれば、鹿砦社は『日本読書新聞』の労働組合メンバーの天野洋一、高岡武志、大河内徹、前田の四人が関わり、1969年に中村丈夫編『マルクス主義軍事論』を刊行してから始まっている。
 私も70年代に『左翼エス・エル戦闘史』『マフノ叛乱軍史』を読み、鹿砦社の名前を知った。前田は当時の出版社設立と出版状況について語っている。
「みんなボコボコ作ってね。せりか書房や、似たようなのが十や二十もあった。運動の夢が破れかかった時に出版社がたくさん生まれた。鹿砦社も初版千部刷るとすぐに売れて、初期のものはたいてい増刷になりました。」
 ところが50年後の現在は出版社も書店も消え、ほとんど増刷もできない出版状況になってしまった。
 この鹿砦社を発売元として、77年に松岡利康のエスエル出版会が発足し、88年には彼が鹿砦社を引き継ぎ、現在に至るのである。



8.シーロック出版社が自己破産。
 同社は1994年に設立され、スポーツ、ギャンブル書を中心とする書籍の企画、製作を手がけてきた。
 2013年には年商5億1500万円を計上していたが、18年には4億6500万円に減少し、その間に赤字決算が重なり、債務超過となっていた。関連会社のデジタルビューも自己破産。

 この出版社は寡聞にして知らないが、設立時期と出版物、企画内容を考えると、バブル時代の余波を受けて立ち上げられた出版社のように思われる。
 1990年代では出版社もかなり設立されていたが、それらの多くが退場してしまったことを知っている。それだけでなく、現在は中小出版社の清算の時期でもあるのかもしれない。
 このシーロック出版の自己破産に伴い、親会社に当たる出版社も苦境に陥り、印刷所は多額の負債が生じたようだ。



9.横田増生『潜入ルポamazon帝国』(小学館)を読了。

潜入ルポamazon帝国 潜入ルポ アマゾン・ドット・コム

 この最初の部分は『週刊ポスト』に発表され、本クロニクル136で取り上げておいた。そのことやタイトルからして、彼の前著『潜入ルポ アマゾン・ドット・コム』(朝日文庫)の続編かと思っていたが、「潜入」というよりも、広範な取材を通じてのアマゾンの全体像に迫る好著で、教えられることが多かった。
 とりわけマーケットプレイス、フェイクレビューを扱った章は、当事者たちの取材も含め、とても参考になる。アマゾンは多くのパラサイトたちも生み出し、それもエキスとして成長していること、それに対して、出版業界はそうしたエネルギーを失っていることが実感される。
 増田にはさらなるアマゾン密着レポートを期待したい。

odamitsuo.hatenablog.com



10.中森明夫『青い秋』(光文社)が刊行された。

青い秋  本の雑誌 f:id:OdaMitsuo:20191128120758j:plain:h115 f:id:OdaMitsuo:20191128125134j:plain:h115

 1980年代の出版業界において、オタク、新人類、アイドルが三位一体のかたちで、ブーム、もしくはトレンドとなっていた。彼ら彼女らが「神々の時代」であり、それはバブルの時代でもあった。そして宮崎勤事件が起きてもいた。
 「オタク」の命名者である中森はその中心人物に他ならず、この時代を描いた短編集『青い秋』は誰がモデルなのか、すぐわかるので、中森ならではのゴシップ小説集として楽しく読める。
 それに加えて、出版流通販売史から見れば、1980年代は地方・小出版流通センターを取次とするリトルマガジンの時代でもあった。『本の雑誌』『広告批評』だけでなく、多くの雑誌が同センターを経由して流通販売され、中森もまた『東京おとなクラブ』に携わっていたし、それも描かれている。いずれ、それらの雑誌にも言及してみたいと思う。



11.元小学館国際室長の金平聖之助が91歳で亡くなった。

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 金平には今世紀の初めに会って以来、手紙は何度かもらっているけれど、再会していなかった。彼のことで思い出されるのは著書『世界のペーパーバック』である。これは1970年前半に出版同人という版元から出された一冊だったが、当時としては先駆的な世界のペーパーバックに関する幅広い紹介を兼ねていて、まだ定かでなかったその全体像を垣間見る思いを味わわせてくれた。
 
 現在のアマゾン全盛状況からは考えられないだろうが、半世紀前の1970年代はペーパーバックを自由に買うことも困難で、注文しても3ヵ月は待たされたものだ。ちなみに出版同人はその頃の翻訳出版の啓蒙を図ろうとして、翻訳エージェンシーとその関係者、翻訳書を刊行する出版社などの肝いりで設立されたと思われる。
 そのメンバーのひとりが金平だったのだろう。金平の他に、赤石正『アメリカの出版界』、J・W・トンプソン、箕輪成男訳『出版産業の起源と発達―フランクフルト・ブックフェアの歴史』などが出されていたが、70年代で出版同人は閉じられたのではないだろうか。これも金平に聞いておけばよかったと悔やまれる。
『世界のペーパーバック』を再読することで追悼に代えよう。



12.『ニューズウィーク日本版』(11/5)に、アメリカの出版社ビズメディアから10月に楳図かずおの『漂流教室』第1巻744ページが出版され、好調であることを伝えている。これはシェルドン・ドルヅカによる新訳で、来年の2月には第2巻が刊行される。

ニューズウィーク日本版 漂流教室The Driftting Classroom)

 楳図かずおの『漂流教室』が『週刊少年サンデー』で連載され始めたのは1972年で、当時はどこの喫茶店や酒場でも『週刊少年サンデー』が置いてあったので、ほとんど欠かさず読んでいた。
 80年代になって、息子たちのために「少年サンデーコミックス」版全11巻を買い、それが今でも書棚に残っている。今になって考えてみると、私は同じく楳図の『イアラ』のほうに愛着を覚えていたけれど、実作者たちも含め、大きな影響を与えたのは『漂流教室』だとわかる。
 さいとうたかお『サバイバル』、望月峯太郎『ドラゴンヘッド』、伊藤潤二『うずまき』など、近年の花沢健吾『アイアムヒーロー』に至るまで、『漂流教室』を抜きにしては語れないだろう。
 押井守のアニメ『攻殻機動隊』がアメリカ映画に大いなる刺激となったように、『漂流教室』もあらためてアメリカで受容されていくのかもしれない。
 現在注文中なので、届くのを楽しみに待っている。
f:id:OdaMitsuo:20191128145412j:plain:h115 イアラ サバイバル ドラゴンヘッド うずまき アイアムヒーロー 攻殻機動隊



13.折付桂子『東北の古本屋』(日本古書通信社)が届いた。

f:id:OdaMitsuo:20191126173820j:plain:h110 震災に負けない古書ふみくら

 これは東日本大震災以後の東北全体の古本屋の実態、すなわち岩手、宮城、山形、青森、秋田、福島県の古本屋を訪ね、地域と店の新たな案内となるように仕上げられた一冊である。
 古本屋の写真も含め、収録写真はすべてカラーで、このようにまとめて東北の古本屋がカラー写真で紹介されるのは初めてではないだろうか。
 それこそ故佐藤周一『震災に負けない古書ふみくら』(「出版人に聞く」シリーズ6)のその後も語られ、店が健在なのを知ってうれしい。



14.拙著『近代出版史探索』は「日本の古本屋メールマガジン」に「自著を語る」を書いています。

近代出版史探索

  今月の論創社HP「本を読む」㊻は>「月刊ペン社『妖精文庫』と創土社『ブックス・メタモルファス』」です。