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古本夜話983 田山花袋「帰国」と『サンカの民を追って』

 本連載484の『現代ユウモア全集』第2巻に堺利彦の『桜の国・地震の国』があり、そこに「山窩の夢」という一文が収録され、田山花袋がサンカ小説「帰国」を書いていることを知った。この短編はこれも本連載262の『花袋全集』第七巻所収だとわかったので、いずれ読むつもりでいた。

f:id:OdaMitsuo:20191217104425j:plain:h115(『桜の国・地震の国』)花袋全集

 ところがそうしているうちに年月が過ぎてしまい、思いがけずに「山窩小説傑作選」とサブタイトルが打たれた岡本綺堂他『サンカの民を追って』(河出文庫、平成二十七年)が出され、そこには花袋の「帰国」も収録されていたのである。これは山から山へと旅を続け、村里の農家にささらや椀の木地や蜂の巣などを売るサンカたちの生活を描くことから始/まっている。彼らはそのように旅しながら、一年に一度は故郷の国に帰ることを楽しみにしていた。そこはやはり山路の果てにある峠の上に位置しているようで、その会合には大勢の人々が集まり、各地のめずらしいご馳走が出され、酒もふんだんに飲み、若い男女も年寄も一緒に歌を唄い踊った。その「宴会の歓楽は、言葉にも言い尽すことが出来なかった」のである。

サンカの民を追って

 それがこの短編のタイトルの由来で、サンカ生活のハレとケを描き、その特異で謎めいた存在を伝えようとしている。次のような記述も見える。「幼い頃から親に連れられ、仲間に伴われて、草を杖に、露を衾に平気で過して来た習慣は、全くかれ等をして原始の自然に馴れ親しませた。それにかれ等の血には放浪の血が長い間の歴史を持って流れていた」。それゆえに「白い服を着て、剣を下げた人達」=「警官達」の監視と排除のシステムにさらされていた。それは次のような部分に表出している。

 かれ等は一番多くこういう人達を怖れた。そしてこういう人たちは、きまって、かれ等に籍の存在を聞いた。しかしかれ等はそういうものを何処にも持っていなかった。強いて詰問されると、かれ等はかれ等の頭領から持たされた木地屋の古い証書の写しのようなものを出して見せた。それは七八百年も前の政庁から公に許可されたようなもので、麗々しく昔の役人達の名と書判がそこに見られた。全国の山林の木は伐っても差支えないというような文句がそこに書かれてあった。

 これは偽書に他ならない、所謂「河原巻物」で、サンカがそれを持ち歩いているという記述は初めて目にするものである。盛田嘉徳の『河原巻物』(法政大学出版局)や脇田修『河原巻物の世界』(東大出版会)を確認してみたけれど、サンカと「河原巻物」との関係は取り上げられていない。それならば、花袋はこのようなサンカについての情報をどこから入手していたのだろうか。

河原巻物 f:id:OdaMitsuo:20191217112657j:plain:h110

 この「帰国」は大正五年に『新小説』に発表されたもので、それに先駆ける明治四十四、五年に柳田国男は『人類学雑誌』に「『イタカ』及び『サンカ』」(『柳田国男全集』4 所収、ちくま文庫)を書いている。その記述は「サンカの生活状態」も含み、花袋の「帰国」の描写を彷彿とさせる。これらの事実からすれば、花袋は柳田を通じてサンカと「河原巻物」のことも教えられたのであろう。

柳田国男全集

 それは花袋だけでなく、この『サンカの民を追って』に収録された作品も同様なのではないだろうか。発表年を見てみると、岡本綺堂「山の秘密」は大正十年、中村吉蔵の戯曲「無籍者」は同十四年に書かれていた。これらのことは柳田のサンカをめぐる論稿を端緒として、大正時代にサンカ小説が萌芽し始めたことを示唆していよう。

 本連載977で既述しておいたように、三角寛が本格的に『怪奇の山窩』を始めとするサンカ小説を発表していくのは昭和七年からであり、彼は大正時代に書かれたサンカ小説と犯「罪実話を結びつけることによって、新たなサンカブームを招来させたといっていいだろう。

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 また木地屋に関しては、折口信夫に「木地屋のはなし」(『折口信夫全集』第十五巻所収、中公文庫)がある。これは昭和十二年のもので、明治四十一、二年に、やはり柳田国男が木地屋に関する研究「史料としての伝説」(同前)を念頭に置き、それから近江国愛知郡の神社と美濃国揖斐郡の寺で見つかった、これも「河原巻物」と呼んでいいだろう図を掲げている。これらは諸国を歩き、後に山に籠り、ろくろを発明したと伝えられる器地=木地屋の祖神、小野ノ宮=惟喬親王をまつった図である。つまり自分たちの村から木地屋が諸国に出ているので、「その木地屋の氏神をお守りして、諸国の木地屋を監督してゐる」ことを示すものだと折口は述べている。その一方で、木地屋は「まづ大半の山々を渡り歩いてゐるので、一定の家を持たない特殊民だと自他ともに考へてゐたようです」とも語っている。

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 これは花袋の「帰国」におけるサンカと木地屋の関係、もしくは共通性を物語り、花袋も柳田からこのような話を聞き、それを「帰国」へと流しこんだように思われる。


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