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古本夜話987 Favorite Andrew Lang Fairy Tale Books in many colorsと東京創元社『ラング世界童話全集』

 前回のアンドルー・ラングの民俗学や神話学の原著は入手していないけれど、『童話集』のほうは原書と翻訳の双方が手元にあるばかりでなく、これも『世界名著大事典』に『童話集』として立項されている。同じ『童話集』の立項にはアンデルセン、オーノワ夫人、グリム兄弟、トペリウス、ペロー、ボーモンも挙げられていて、やはり十九世紀が神話や民俗に加え、童話もまた発見された時代であることを伝えていよう。
世界名著大事典

 このラングの『童話集』も要約すれば、彼は民話多種起源説を唱えた民俗学者にして、広範な各国民話の収集家であり、子供たちのために民話を編集し、再話した試みを「色つきの」童話集として刊行した。最初は『青色の童話集』(一八八九年)で、次に赤色、緑色、黄色と続刊し、さらに他色にも及び、また動物物語集、王子王女集なども加わり、三十七冊にまで及んでいるという。

 「これほど広く、研究者であり作家である人の手で世界的な民話、童話、伝説が集められ、読みやすくされた、いわば集大成読み物化されたのは、彼の始めた手柄であり、児童文学史に忘れがたいことでもある」と評されている。おそらく高木敏雄の『日本神話の研究』における伝説、童話、説話の探求も、このようなラングの影響を受けているはずだ。

 そのラングの最初の四色の四セット函入のFavorite Andrew Lang Fairy Tale Books in many colors(Dover,1965)のThe Blue Fairy Book を見てみよう。その青色の表紙にはただちに「ヘンゼルとグレーテル」だとわかる挿絵が転載され、その目次をたどると、「Hengel and Gretel」の他に三十六編の童話が収録され、その中には「The Sleeping Beauty in the wood」「Aladdin and the Wonderful Lamp」「Beauty and the Beast」なども含まれている。それらのThe Blue Fairy Book の編み方は、ラングが先に挙げた様々な『童話集』から引用し再話し編纂したことを物語っていよう。それは明らかに画家の異なる多くの挿絵も同様であることを伝えている。

f:id:OdaMitsuo:20200107114721j:plain:h80 The Blue Fairy Book

 翻訳のほうで所持しているのは、昭和三十三年に東京創元社から川端康成、野上彰訳で刊行された『ラング世界童話全集』1の『みどりいろの童話集』である。これは巻末広告によれば、まさに各巻がそれぞれの「色つきの」童話集で、別巻が『アラビアン・ナイト』となっている。だから当然のごとく、原書と照応しているはずだと思い、『みどりいろの童話集』The Green Fairy Bookを照合してみたのだが、双方の収録作品はまったく異なっていたのである。
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 全巻を見ていないので、断定はできないけれど、タイトルだけが「いろつきの」童話集であって、『ラング世界童話全集』の企画翻訳に合わせ、新たに編纂されたと考えるべきであろう。例えば、「青い鳥」は『みどりいろの童話集』に収録されるはずなのに、実際には『あかいろの童話集』に入っている。それから「Aladdin and the Wonderful Lamp」のThe Blue Fairy Book 収録を先述したけれど、こちらは『アラビアン・ナイト』へと移されたと考えられる。

 この『ラング世界童話全集』は川端と野上彰共訳のかたちをとっているが、それに先駆けて野上個人訳で、宝文館から『ラングの世界むかしばなし』全6巻が出されていることからすれば、野上訳と見なすべきだろう。どのような事情が絡んでいるのかは詳らかではないにしても、川端の名前を出す、もしくは借りることに迫られたのかもしれない。

f:id:OdaMitsuo:20200107163836j:plain:h110(『ラングの世界むかしばなし』)

 野上は『日本近代文学大事典』に立項され、編集者、詩人とある。明治四十一年徳島市生まれ、京大法学部中退。『囲碁春秋』『囲碁クラブ』編集長を務め、文人碁会を企画し、作家たちと交わるうちに、創作を志したようだ。主な著書として、詩集『前奏曲』(昭和三十一年)、童話『ジル・マーチンものがたり』(同三十五年)が挙げられ、どちらも東京創元社から出されているので、『ラング世界童話全集』はその間の刊行である。
f:id:OdaMitsuo:20200107233146j:plain:h110(『前奏曲』)

 ということは野上と川端の関係というよりも、むしろ当時の東京創元社との結びつきが大きいのかもしれない。昭和二十三年に東京創元社は大阪の創元社から分離独立したが、昭和二十九年には倒産し、新社として再出発したばかりだったといっていい。それもあって、昭和三十一年からは『世界大ロマン全集』『世界推理小説全集』、同三十三年からは『世界恐怖小説全集』を刊行に及んでいる。

f:id:OdaMitsuo:20200107224950j:plain:h120(『世界大ロマン全集』第1巻)f:id:OdaMitsuo:20200107230326j:plain:h120(『世界推理小説全集』第1巻)f:id:OdaMitsuo:20200107231350j:plain:h120(『世界恐怖小説全集』第1巻)

 これらの全集物は書籍出版社にとっては雑誌のような毎月の売上を見こめる企画となり、それに合わせるように、同じく『ラング世界童話全集』も企画されたのではないだろうか。それにやはりタイトルに「世界」が付され、加えて「児童物」でもあり、書店ばかりでなく、学校図書室や図書館の需要も見こんだ企画だったように思われる。だから川端の名前も借り、箔をつける必要があったと推測される。

 なぜならば、宝文館版の焼き直しに過ぎない企画を新たに仕立てるためにも、そのような戦略がとられたにちがいないからだ。またこれは偶然だと思われるが、宝文館は高木敏雄の『日本伝説集』などの版元でもあったのだ。だが残念ながら、『東京創元社文庫解説総目録[資料編]』には『ラング世界童話全集』の目録は収録されているけれどそれらについては何も語られていない。しかしその後ラングの童話集は、同じ川端、野上訳で増補、再編集され、ポプラ社偕成社からも出されている。また今世紀に入って、東京創元社から新訳全集の刊行に至っている。

f:id:OdaMitsuo:20200107170124j:plain:h100(『東京創元社文庫解説総目録[資料編]』)f:id:OdaMitsuo:20200107214017j:plain:h100(ポプラ社)偕成社(偕成社) 東京創元社新版(東京創元社新版)


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