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古本夜話995 冨山房「画とお話の本」と『大男と一寸法師』

 またしても『朝鮮童話集』のことになるが、前回の「模範家庭文庫」の巻末広告に関連して、その姉妹編としての「画とお話の本」の長い紹介がなされていた。そのコアを記せば、「画とお話の本は、小学校以上の児童のため、それゞゝの学年に相当した課外読物に、十二分な装飾的効果を付け加へた、最も高尚な意味でのトーイブツクで、従来の模範家庭文庫と共に、我が児童出版界に初めての試みであります」とある。
f:id:OdaMitsuo:20200203154137j:plain:h120 (『朝鮮童話集』)

 そしてその下に「新型四六倍判本文全部二色刷乃至五色刷百頁余」に始まる造本説明が付され、楠山正雄編による六冊が、挿画家の名前とともにラインナップされている。それを示す。

1 『サルとカニ』  岩岡とも枝 画
2 『イソップものがたり』  武井武雄 画
3 『大男と一寸法師』  河目悌二 画
4 『おやゆび姫』  初山滋 画
5 『源氏と平家』  小村雪岱 画
6 『青い鳥』  岡本帰一 画

f:id:OdaMitsuo:20200206154838j:plain:h120(『源氏と平家』)

 これらは全冊の書影が瀬田貞二の『落穂ひろい』に収録され、とりわけ6の『青い鳥』は岡本帰一の挿絵も含め、カラーの二ページで紹介され、「十二分な装飾的効果」を備えた「トーイブツク」のイメージを浮かび上がらせている。瀬田はそれらを実例として、「楠山正雄の本づくりのうまさは、一つには画家の選定に人を得て、挿絵本の美しさを味わわせることでしょう」と指摘し、「六冊の挿絵ぶりで各冊の印象ががらりと変わり、みな調和のある美しさをそなえています」と述べている。

落穂ひろい(『落穂ひろい』) f:id:OdaMitsuo:20200207111032j:plain:h120 (『青い鳥』)

 また『青い鳥』には大正九年の畑中蓼坡主宰の民衆座による『青い鳥』本邦初演の舞台写真も添えられていたようで、瀬田はそれも掲載している。これは「近代演劇史上の一事件」とされ、翻訳脚本は楠山、衣装、装置は岡本により、十四歳の水谷八重子がチルチル、十歳の夏川静江がミチルを演じた童話劇だった。

 『青い鳥』を見てみたいと思っていたけれど、児童書とはいえ単行本の体裁の「模範家庭文庫」と異なり、大正時代の絵本に近い「画とお話の本」の入手は無理だと考えるしかなかった。ところが例によって浜松の時代舎で、その3の『大男と一寸法師』とめぐり合うことになった。もちろん初版ではない。これは知らなかったけれど、昭和五十三年にほるぷ出版の「複刻絵本絵ばなし集」の一冊として刊行されていたのである。さすがに実物は『落穂ひろい』の書影よりも鮮明で、どのようにして見出されたのかは不明だが、函はないにしても、飛び切りの美本を複製したと思われる。

f:id:OdaMitsuo:20200206164405j:plain:h120 (『大男と一寸法師』)f:id:OdaMitsuo:20200207171427j:plain(複刻本)

 『大男と一寸法師』は「みだし」=目次として、「トム・サム物語」「小さいプッセの話」「豆の木の梯子」「親指小僧の旅」「大男退治」「仕立屋のちび勇士」「子供と大男」の七編が並べられている。それらはタイトルから推測されるように、また楠山が巻末の「編者の言葉」で断わっているように、手近なところの「寓話、童話、歴史物語、童話劇の類の中から」選ばれている。つまりそれらは楠山自身が書いた新旧の「お話」であり、「表現の上に編著の気持が、よかれあしかれ、一貫してゐる」ところが特色であろう。

 それに続いて、「画の見出し」が表紙の「まいまいつぶろの殻」(「親指小僧の旅」)から始まり、口絵原色版「鼠のお馬」(「トム・サム物語」)、やはり原色版「七人兄弟」(「小さいプッセの話」)「人食鬼の家」(「豆の木の梯子」)などの四点、二色刷色画も八点が挙げられている。これらはすべて一ページに及ぶカラー版で、その他のモノクロの挿画、カットなどは「みだし」に含まれていないけれど、それらも合わせれば「みだし」の倍以上が数えられる。そのことを考えると、この『大男と一寸法師』がまさに「画とお話の本」のコレボレーションを体現していると実感してしまう。

 この「画」を担っているのは河目悌二で、『児童文学事典』によれば、彼は明治二十二年に愛知県生まれ、大正二年東京美術学校西洋画科卒後、童画家、挿絵画家として活躍するとある。確かに『大男と一寸法師』の「画」はそれらの「お話」との見事な芸術的調和を感じさせてくれるし、楠山も先の「編者の意図」で次のように述べている。

児童文学事典

 この本のもつ何よりも誇りと喜びはいふまでもなく、六冊の本の装飾と挿画を担当された六人の画家たちの純真な芸術的努力である。編者ははじめに本の大体の形をきめて、各のもつ気分と技巧に最も近いお話を択んでお願いした。ほかは、一切を作家の意匠と経営におまかせした。児童のための芸術は出版物の依然として皆無に近い現状にあつて、「画とお話の本」の当然果すべき先駆的な業績を、皆さんと共に、この六人の芸術家へ感謝したい。

 「模範家庭文庫」の三円八十銭よりも安いにしても、「画とお話の本」も二円という高価で、しかも楠山自身も述べているように、「ぜいたくとも思はれるこの本」はどのような売れ行きの結果を迎えたのであろうか。そのかたわらでは一冊一円の昭和円本時代が始まろうとしていた。


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