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古本夜話999 松村武雄『神話学原論』と『民族性と神話』

 本連載992は『世界童話大系』と、『神話伝説大系』前史としての松村武雄と山崎光子=水田光のことに終始してしまったので、ここではその後の松村武雄のことにふれてみたい。

f:id:OdaMitsuo:20200112153443j:plain:h100(『世界童話大系』) f:id:OdaMitsuo:20200112112209j:plain:h100(『神話伝説大系』、近代社版)
 
 その立項に示されていたように、松村は、『神話伝説大系』刊行後、いずれも培風館から昭和九年に『民族性と神話』、十五、六年に『神話学原論』 上下を刊行した。これも既述しておいたが、戦後になって最初の学士院恩賜賞を受けている。後者の戦後の昭和四十六年の復刊が手元にある。菊判の二冊合わせて二千ページを超える大著で、戦前において松村が神話学の第一人者だったことをうかがわせ、それが戦後になっての学士院恩賜賞へとリンクしているのだろう。

 f:id:OdaMitsuo:20200212152813j:plain:h120(『民族性と神話』)f:id:OdaMitsuo:20200212153040j:plain:h115(『神話学原論』)

 『神話学原論』 は第一章を「序説」として、「神話の定義」から始まり、様々な欧米の研究者たちの定義をたどり、検討した後、松村の定義が次のように述べられている。

 神話とは、非開化的な心意を持つ民衆か、おのれと共生関係を有すと思惟した超自然的存在態の状態・行動、又はそれ等の存在態の意志活動に基くものとしての自然界人文界の諸事象を叙述し又は説明する民族発生的な聖性的若くは俗性的説話である。

 これは神話概念の「内から」の把握の試みだが、続いて「外から」の理解の試みとして、神話と伝説、民話が比較され、神話の概念が鮮明化され、神話学も定義されていく。

 神話学とは、神話をその研究の対象として、神話に関するあらゆる現象の組織的説明を試みる一個の科学である。それは神話の歴史的研究であると共にまた神話の批評的研究である。その領域は単一神話及び神話組織の究明に存し、神話的事実の記述、分類、事実群を支配する普遍的法則の発見、さてはまた意味を解くこと、発生の心理を繹ぬること、起原を究むること、成立過程を辿ること、その母胎若くは成素をなすところの自然的若くは文化的な諸形相を尋ぬること、発展・変化を跡づけること、平行・伝播の関係を明らかにすること、整序化・組織化の過程を探ることなどを、その主要な職分とする。

 ただこのような神話学においても、古代から現在に至るまで、神話の解釈の多様性は次々と出現してきているし、それらも多くの「職分」であり、それらを組織立てることも試みられている。そのようにして研究対象の神話と民族の関係を基準として、一国民、もしくは一民族が有す神話を研究する「国民神話学」(特殊神話学)、広く世界の諸地域、あるいは諸民族への神話を取り上げ、比較研究する「比較神話学」(一般神話学)のふたつに分かれる。それらに加え、神話をそのまま完全に蒐集し整理する「記述神話学」なども挙げられていくのだが、それらは省略する。

 そうして第二章「神話起原論」、第三章「神話発生の心理」、第四章「神話の特性」、第五章「神話の種類」、第六章「神話の形式」、第七章「神話内容の構成」、第八章「神話の発展変化」、第九章「独立発生及び拡布伝播に関する諸原則」へと展開され、第十、十一章「神話学史」を経て、第十二章「神話研究法」で閉じられている。

 まさに『神話伝説大系』がそうだったように、欧米の神話と神話学の流れを充全に渉猟した上で書かれた浩瀚な書物にして研究書というしかない。これに続いてやはり培風館から出された『日本神話の研究』全四巻にも言及するつもりでいたが、これは戦後の出版でもあり、別の機会にゆずることにしよう。

 その代わりに最初に挙げた『民族性と神話』を取り上げてみる。これは『神話学原論』 に六年ほど先駆けているのだが、松村のいうところの「国民神話学」に他ならず、エジプト人、ギリシア人、ローマ人、北欧人、ケルト人、日本人の「民族性と神話」がテーマであり、ここで論じられた日本人の「民族性と神話」が、戦時下の『神話学原論』 の上梓、その後の敗戦体験を経て、『日本神話の研究』へと至ったように推測される。

 それらはともかく、これも菊判上製の『民族性と神話』の巻末広告には松村の『童話及児童書の研究』『童話教育新論』『児童教育と児童文芸』の三冊が掲載されている。これは『神話伝説大系』ではなく、『世界童話大系』の延長線上に成立したものと考えられる。『日本児童文学大事典』のほうの松村武雄の立項には、『童話及児童書の研究』(大正十一年)と『童話教育新論』(昭和四年)の書影も見える。そして「そこで彼は、この国ではじめて科学的に的確に子どもと読書との関係にふれ、おとなの平板な観念や感傷主義を排して、子ども固有の考え方生き方に通鶴ものとして、伝統文芸に固有な形式性を高くみとめることができた」との瀬田貞二の評も引かれている。

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 松村は神話学者だったばかりでなく、童話学、児童文学者でもあったのだ。だが瀬田は『落穂ひろい』において、高木敏雄が『比較神話学』に続いて、『童話の研究』(婦人文庫刊行会、大正五年)を刊行していたこと、及び松村が五高で高木からドイツ語を教えられていたことにふれている。そして松村は高木を評価し、影響されていたと述べた後で、「この孤独な松村が孤独な先達を追った」と述べている。高木の「孤独」に関しては本連載984で少しばかり言及しておいたが、松村の「孤独」の意味にも留意していきたいと思う。

落穂ひろい(『落穂ひろい』)


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