出版・読書メモランダム

出版と近代出版文化史をめぐるブログ

出版状況クロニクル142(2020年2月1日~2月29日)


 20年1月の書籍雑誌推定販売金額は865億円で、前年比0.6%減。
 書籍は495億円で、同0.6%増。
 雑誌は370億円で、同2.2%減。
 その内訳は月刊誌が295億円で、同0.7%減、週刊誌は74億円で、同8.0%減。
 返品率は書籍が33.1%、雑誌は45.1%で、月刊誌は46.1%、週刊誌は40.6%。
 書籍の微増は前月の大幅減に加え、返品が減少したこと、雑誌のうちの月刊誌の微減は
 コミックス『鬼滅の刃』全巻の重版の影響による。
 2月はコロナウィルスの感染拡大もあり、出版業界にどのような影響を及ぼしたのであろうか。
 それは2月の書籍雑誌推定販売金額に反映されるはずだ。

鬼滅の刃



1.出版科学研究所による19年度の電子出版市場販売金額を示す。

■電子出版市場規模(単位:億円)
201420152016201720182019前年比
(%)
電子コミック8821,1491,4601,7111,9652,593129.5
電子書籍192228258290321349108.7
電子雑誌7012519121419313083.3
合計1,1441,5021,9092,2152,4793,072123.9

 19年の電子出版市場は3072億円で、前年比23.9%増。
 それらの内訳は電子コミックが2593億円、同29.5%増、電子書籍は349億円、同8.7%増、電子雑誌は130億円、同16.7%減。
 電子コミックは海賊版サイト「漫画村」の18年4月の閉鎖以来、順調に伸びた。その結果、電子コミック占有率は前年の80.8%から84.4%となり、19年の日本の電子出版市場は18年よりもさらに、電子コミック市場の色彩が強くなっていったことになる。 
 それに対し、電子雑誌は2年連続のマイナスで、「dマガジン」の会員数も17年から減少している。
 紙と電子を合わせた出版市場は1兆5432億円で、前年を0.2%上回っているが、結局のところ、電子コミックの伸長と密接にリンクしている。
 もちろん文春オンラインの月間3億PVを超えたことや、集英社コミック『鬼滅の刃』の大ブレイクも承知しているけれど、大手出版社の今後の行方も電子コミック次第ということになるのかもしれない。



2.アルメディアによる19年の書店出店・閉店数が出された。

■2019年 年間出店・閉店状況(面積:坪)
◆新規店◆閉店
店数総面積平均面積店数総面積平均面積
10008210,028127
22220110588,437145
3202,957148856,37785
4122,010168474,25997
55435877610,401139
6142,754197575,28294
7101,732173332,36774
861,090182767,535118
9113,344304466,566149
1061,610268274,376175
1191,740193373,828103
1248142042664231
合計9918,70618965070,098115
前年実績8420,23224166457,25491
増減率(%)17.9▲7.5▲21.6▲2.122.426.6

 出店99店に対して、閉店は650店である。
 出店は18年の84店から15店増え、閉店も同664店から14店減っている。
 その一方で、書店の開店増床面積は1万7806坪、閉店減少面積は7万98坪で、この20年間で最大の5万1392坪の売場が失われたことなる。
 19年の書店閉店に関しては、本クロニクルでもTSUTAYAを始めとする大型店の閉店にふれてきたが、それがトータルな閉店減少面積にそのまま重なっているのである。
 しかもそれは20年1月も続いていて、フタバ図書ジアウトレット広島店800坪、紀伊國屋書店ららぽーと豊洲店540坪、蔦屋書店塩尻店400坪、TSUTAYA高倉店300坪、戸田書店豊見城店370坪、宮脇書店福山多治米店320坪などが閉店している。しかもこれらはナショナルチェーンであり、20年は19年を超える書店の閉店減少面積となるかもしれない。



3.2と同じくアルメディアによる取次別新規書店数と新規書店売場面積上位店を示す。

■2019年 取次別新規書店数 (面積:坪、占有率:%)
取次会社カウント増減(%)出店面積増減(%)平均面積増減(%)占有率増減
(ポイント)
日販41▲14.68,036▲49.1196▲40.443.0▲35.0
トーハン54107.710,090171.118730.853.935.5
楽天BN40.05779.31449.13.10.5
中央社0000.0▲0.5
その他0000.00.0
合計9917.918,706▲7.5189▲21.6100.0
                           (カウント:売場面積を公表した書店数)


■2019年 新規店売場面積上位店
順位 店名面積(坪)所在地
1誠品生活日本橋877中央区
2くまざわ書店大分明野店770大分市
3喜久屋書店松戸店572松戸市
4紀伊國屋書店天王寺ミオ店492大阪市
5TSUTAYA 利府店490宮城県利府町
6TSUTAYA BOOK STORE 宮交シティ店488宮崎市
7三洋堂書店アクロスプラザ恵那店450恵那市
8紀伊國屋書店mozoワンダーシティ店422名古屋市
9TSUTAYA BOOK STORE ワイプラザ新保店415福井市
10TSUTAYA BOOK STORE 近鉄草津店400草津市

 取次別で見ると、18年は日販が48店、1万5790坪で、全体の半部以上、売場面積シェアも78%に達していた。だが19年の出店41店はともかく、売場面積は半減したといっていい
 その代わりにトーハン54店、売場面積も1万坪を超えている。このような日販とトーハンの出店状況は20年も続いていくと考えられる。
 新規店売場面積は最大の誠品生活日本橋が877坪で、最大面積が1000坪を下回ったのは2002年以来初めてとされる。TSUTAYAが4店を占めているが、18年は7店だったことと売場面積のことを考えると、日販の売場面積シェアのマイナスもTSUTAYAとパラレルだとわかる。
 でフタバ図書ジアウトレット広島店の閉店を伝えたが、本クロニクル130で示しておいたように、18年開店で4位となっていた。つまり2年ほどで撤退してしまったのである。この後始末はどうなるのだろうか。
 それから楽天は4店の出店だが、すでに19年1月だけでそれを上回る5店の閉店を見ているし、まだ続いていくであろう。
odamitsuo.hatenablog.com



4.日販GHDの事業会社日販は奥村景二常務が代表権をもって社長、安西浩和専務が副社長に昇任。
 吉川英作副社長は会長、平林彰社長は取締役に就任。

 この日販の役員人事には 1、2、3の出版業界状況、CCC=TSUTAYAの19年における大量閉店が強く投影されているのだろう。
 日販の常務でMPDの社長だった奥村がいきなり日販の社長に省にするのはそれらのことを抜きにして説明できない。しかも代表権は平林社長と吉川副会長が持っていたが、今回は奥村だけが代表権を持ち、また日販GHDの専務のともなる。
 それに加えて、新たにMPDの社長、及び奥村とともに日販GHDの執行役員に就任する長豊光は日販GHDのみならず、日販やMPDの役員リストにもその名前は見当らなない。
 おそらくCCC=TSUTAYAの関係筋から招聘されたと考えるしかない。
 とすれば、今回の役員人事は本来の大手取次の正道というよりも、傀儡人事という印象が拭い難い。



5.TechCrunch Japan「『ストリーミング戦争』の正体:Disney、Netflix、Amazon、Apple など各社徹底解説」がネットで発信されている。

 唐突ながら、ここに挿入しておくべきだと考え、ふれておく。
 TSUTAYAの大量閉店の背景にあるのは、出版物の売上の凋落とともに、複合の柱であったDVDレンタルの低迷も挙げられる。それは映画にしてもレンタルの時代ではなく、映像配信の時代へと移行しつつあることを物語っている。
 私にしてもアマゾンプライムに加え、今年になってマーティン・スコセッシの『アイリッシュマン』を見たいので、ネットフリックスの会員となり、映画の配信の時代を実感しているからだ。
 おそらくそれは、映画のDVDを付録とする分冊百科=パートワーク誌の企画を不可能に追いやるだろう。DVD付録は『出版状況クロニクルⅤ』で既述しておいたように、ディアゴスティーニ・ジャパンや講談社などが主として手がけていて、私もかなり買っている。
 その中には講談社の『男はつらいよ 寅さんのDVDマガジン』もあったけれど、現在ではネットフリックスで全作品を見ることができるのだ。
 映画もまたDVDを買わなくていいし、レンタルする必要もない時代を迎えているのだが、先のネット発信はその映画配信ですらも、さらに新たな競合状況となっていること、すでに配信戦国時代であることを教えてくれる。
男はつらいよ 寅さんのDVDマガジン



6.京都の三月書房からの来信があり、早ければ今年の5月か6月に閉店すると伝えられてきた。

 これはすでに三月書房のメールマガジンでも記されているし、『朝日新聞』(2/16)の京都地方版にも「京都の名物書店、三月書房が閉店へ」という記事が出されたので、それらも参照してほしい。
 閉店理由は「出版業界の危機的状況とは無関係」で、「店主の高齢(現在70歳)と後継者の不在」が挙げられている。
 三月書房に関しては先代のことも含め、いずれ書きたいと思っているが、たまたま2月の「朝日歌壇」に次のような一首を見つけたので、それを引いて、来信への返歌としよう。


   百年の書店を廃(や)めるときは来ぬ
   本の衰へ吾の衰へ
              (長野県)沓掛喜久男



7.アマゾンジャパンは法人・個人事業主の購買専門サイト「Amazonビジネス」を通じて、書店への仲間卸を行うと発表。 
 全国の書店が対象で、書店への卸値は取次ルートより割高だが、1冊のみの注文にも対応し、アマゾン独自の配達ルートのために、指定日に注文品が届くとされる。
 2月現在で、アマゾンと直接取引している出版社は3631社で、前年比689社増、出版社の直接取引比率は66%に達している。

 確かにアマゾンの配達ルートであれば、書店からの1冊の注文品にしても、指定日に届くことになろう。しかし問題なのはその卸値と送料のことだ。おそらく客注などの1冊の注文では定価の問題はあるにしても、赤字になってしまうのではないだろうか。
 といって、それらの書店への卸値や送料を明確化し、公表しないかぎり、取引は難しいと思われる。だがアマゾンから「仲間卸」を提案される事態となったことには苦笑させられると付け加えるしかない。



8.『新文化』(2/20)が「アダルトの老舗 芳賀書店、赤字脱却への軌跡」という一面特集を組んでいる。
 その現在を要約してみる。
 かつての3店は、全3フロア、各階23坪の本店の1店だけになった。本売場の占有面積比は雑誌とコミックが各40%、書籍が20%、商材別売上占有比はDVD60%、本20%、グッズ20%。
 DVDとグッズは前年比増が続いているし、アダルト系のショップとして、坪単価日本一をめざしているので、現在の2万円を3万円にしたい。
 本の売上は減少傾向で、風俗情報誌はネットの普及で落ち幅が大きく、それは主としてコンビニで販売されていたDVD付き雑誌も同様である。最盛期の50%以下となってしまった。
 それは出版社がAVメーカーと連携し、映像コンテンツなどの素材を流用して誌面をつくる編集が、雑誌からオリジナル性を奪ってしまったことが原因だろう。
 これからのアダルト本は「本そのものに人格をもたせないと、かつてのコンビニ本向けのように、業界全体が共倒れになってしまう」と芳賀英紀専務は語っている。

 私たちの世代にとって芳賀書店は、まず文芸書の出版社、それから映画本、その次にはビニール本販売で名を馳せ、そのビニール本販売の延長が現在のアダルトの老舗という位置づけになるのだろう。
 それを意識してか、芳賀書店もカルチャーウェブマガジンとしての「HAGAZINE」をオープンし、3年以内に出版業にも回帰する予定であるという。



9.浜松や静岡に16店舗を展開する谷島屋書店がレジ袋を有料化。
 これは7月1日からの容器包装リサイクル法の改定に伴うレジ袋有料化に先立つ対応で、有料化後のレジ袋利用率は2割ほどだという。

 環境保護問題はあるにしても、有料化にあたって大4円、小2円とされるので、16店のレジ袋コストもトータルすれば、かなりの金額になっていたはずだ。
 ちょうど書店のレジ袋のコストは出版社に例えれば、スリップコストに当たるはずで、出版社にしても続々とスリップレス化されていっているように、書店のレジ袋有料化も広がっていくであろう。
 だがブックオフなどの場合、利益率からいってレジ袋コストは考える必要もないであろうが、レジ袋有料化ということになるのだろうか。



10.トランスメディアが事業停止。
 同社は2000年設立で、女性ライフスタイルの月刊誌『GLITTER』や女優、海外セレブ関係の書籍を刊行していた。
 2006年には売上高16億円だったが、雑誌販売が落ちこみ、15年には売上高が6億円を割っていた。
 その後『小悪魔ageha』の復刊、海外セレブ情報誌『GOSSIPS』の休刊、人員整理を進めていたが、業況は好転せず、『GLITTER』も2月号で休刊し、今回の事態となった。
 負債額は現在調査中。

GLITTER
 前回のクロニクルでもセブン&アイ出版の事業停止と主婦層向け生活情報誌『saita』の休刊を伝えたばかりだ。
 20世紀は婦人誌の時代でもあったが、それが終わったしまったこと、あるいはまた21世紀の女性誌の時代も終わりつつあるのかもしれない。
 そういえば、婦人誌や女性誌と関係の深かった百貨店も19年には閉店数が2桁に及び、20年も閉店ラッシュが止まらない。百貨店の時代も終わっていく。両者は連鎖しているのではないだろうか。



11.佐藤幹夫個人編集のリトルマガジン『飢餓陣営』50号が届いた。

f:id:OdaMitsuo:20200226174648j:plain:h120(『飢餓陣営』)  f:id:OdaMitsuo:20191226114417j:plain:h120

 これは「追悼 加藤典洋」と銘打たれた特集号だが「終刊宣言」凍結号とあった。
 同誌は50号で終刊が予告されていたが、それは凍結され、60号までは断言できないが、55号まではなんとしても続けると宣言されている。
 その理由として、「もしこれから言論弾圧や検閲的な風潮、治安維持法的な動向が強くなるとしたら、責任をもって対応していくためには自分の足場となる発表媒体が不可欠です」からと佐藤は語っている。

 本クロニクル140で、沖縄のリトルマガジン『脈』の編集発行人比嘉加津夫の死を記しておいたが、その後『脈』が出ていないので、終刊となったのであろう。『飢餓陣営』の続刊に期待したい。
 折しも、これも前回ふれた香港の銅羅湾書店関係者の作家桂民海に対し、中国の浙江省地裁が国外に違法に情報提供したとして、懲役10年の判決を下したとのニュースが入ってきている。
 
odamitsuo.hatenablog.com



12.『盛岡さわや書店奮戦記』(「出版人に聞く」シリーズ2)の伊藤清彦が65歳で急逝した。

盛岡さわや書店奮戦記 震災に負けない古書ふみくら 「奇譚クラブ」から「裏窓」へ」 戦後の講談社と東都書房 鈴木書店の成長と衰退 三一新書の時代 「週刊読書人」と戦後知識人


 これも前回のクロニクルで、坪内祐三の死を伝えたばかりだが、またしても旧知の人物が亡くなってしまった。
 「出版人に聞く」シリーズの著者の死は『震災に負けない古書ふみくら』の佐藤周一、『「奇譚クラブ」から「裏窓」へ』の飯田豊一、『戦後の講談社と東都書房』の原田裕、『鈴木書店の成長と衰退』の小泉孝一、『三一新書の時代』の井家上隆幸、『「週刊読書人」と戦後知識人』の植田康夫に続いて7人目である。
 インタビューしておいてよかったと思うと同時に、このシリーズも死者ばかりを生じさせ、死のイメージに覆われていくことを如何ともし難い。
 あらためてこれらを読み、それぞれに補遺の論稿を書き継ぐことで、彼らへの追悼に代えようと思う。



13.19年暮れにパイ・インターナショナルからティル=ホルガー・ボルヒェルト、熊澤弘訳『ヒエロニムス・ボスの世界』が出された。
 サブタイトルは「大まじめな風景のおかしな楽園へようこそ」。

ヒエロニムス・ボスの世界 Bosch in  Detail

  これはボスの「悦楽の園」を始めとする美術世界の様々なディテールをクローズアップした多くの図版によって再発見する試みであり、新たな面白さを実感できる。
 原書はベルギーの出版社Ludion のBosch in Detail などのシリーズのようで、続刊を期待したいこともあり、ここに紹介してみた。
 編集は原瑛莉子とあり、知らなかった出版社とそのシリーズの翻訳企画に拍手を送りたい。



14.青木正美『古書と生きた人生曼陀羅図』(日本古書通信社)を恵送された。

 これは青木の『古本屋群雄伝』(ちくま文庫)に『古本屋奇人伝』(東京堂出版)から3編、及び新稿を加えた決定版古本屋列伝というべき一冊で、同時に昭和古本屋史を形成してもいる。
 表裏見返しには昭和初年と敗戦直後の神田神保町古書店街の写真が使われているのも懐かしい。
古本屋群雄伝 f:id:OdaMitsuo:20200226161822j:plain:h110



15.『近代出版史探索Ⅱ』のゲラが出てきた。
 『近代出版史探索』がそれでも500部は売れ、続刊が決まった次第で、読者と図書館に感謝したい。
近代出版史探索
 論創社HP「本を読む」㊾は「生田耕作とベックフォード『ヴァテック』」です。