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古本夜話1004 池田大伍編『支那童話集』と『現代戯曲全集』

 前回の一編を書いてから、浜松の時代舎に出かけたところ、本連載994の「模範家庭文庫」の一冊である池田大伍編『支那童話集』を見つけてしまったので、ここで書いておくしかないだろう。
f:id:OdaMitsuo:20200303171209j:plain:h120(『支那童話集』)

 しかも同993の『朝鮮童話集』と異なり、函入の美本といってよく、「家庭中が宝物にする善美第一のお伽絵本」の風格をそのまま残し、伝えているからだ。刊行は大正十三年十二月で、ほぼ百年前の出版ということになるのだが、よくぞ私のもとに届けられたものだという感慨を禁じ得ない。しかも美本は「日本の古本屋」でも見つからないにもかかわらず、古書価は三千円だった。
f:id:OdaMitsuo:20200203154137j:plain:h122 (『朝鮮童話集』)

 まず函のことを記すと、おそらく元は明るい黄色の表裏に橙色が重ねられ、その上に黒で古代の支那人の男女と子ども、鳥や獣や花などが描かれている。それらは表裏見返しでも使われている。その背にも黒い文字で、タイトル、編者、出版社名が記され、それらは本連載553の「雪岱文字」に他ならず、装幀が小村雪岱であることを告げていよう。本体は鮮やかな黄色の造本で、表には橙色の幕がかかり、その中央には果実をもぎとろうとしている若い女性の姿を描いた絵が額縁仕立てのように置かれ、裏には一匹の黒猫が目を光らせ、尻尾を伸ばし、座っている。背文字もそれらに合わせ、函とちがってカラフルだ。函にしても、装幀や造本にしても、雪岱のシノワズリを表象しているのだろう。それは本扉の図柄、レイアウト、色彩も同様である。

 その本扉をめくると、水島爾保布、初山滋画、小村雪岱装との表記が目に入る。本連載994の「模範家庭文庫」の明細では水島、初山、小村の三人の画とされていたが、実際には表紙と装幀を雪岱、本文の挿画を水島と初山が担っていたことになる。ちなみに書いていると本が出てくること、また現物を目にしないと詳細が判明しないことを実感してしまう。

 それらに続いて池田大伍による「はしがき」が置かれ、西洋文化と異なり、「支那には、童話といふものが一つもありません」と始まるが、続いて次のように書きつけられている。

 しかし翻つてみると、支那の物語類は、その奇想天外な着想といひ、夢幻的な趣きに富んでゐるところといひ、一切みなどうわだといつてもいいくらゐなものです。この意味からいへば、支那は、又童話の宝庫でもあります。たゞ、それが、飽くまでも、大人の読物になつてゐて、そのまゝで、持つてこられないことは、かのアラビヤン、ナイトと同じであります。
 この支那童話集といふのは、かういふ物語のなかから、有名な代表的な話をあつめてきて、なるべく原案にちかく、新らしく書きなほしてみました。

 そのような意図によって、「太古史話」「英雄史話」「歴代小話」「列仙伝」「聊斎の話」からなる『支那童話集』が編まれたことになる。それらに寄り添う水島と初山の原色版八点を含めた二十四枚の挿絵は、これまた二人のシノワズリを浮かび上がらせ、「模範家庭文庫」にふさわしいイメージを醸し出している。

 ところで編者の池田はここで初めて目にするが、『日本近代文学大事典』を確認してみると、一ページ以上にわたって、しかも写真入りで立項されていたのである。それを要約してみる。池田は劇作家で、明治十八年に現座の天ぷら屋「天金」の次男として生まれ、池田弥三郎の伯父に当たる。早大英文科に進み、同窓に秋田雨雀、中村星湖、一年先輩に楠山正雄がいた。師である坪内逍遥の信頼を受け、後期文芸協会では幹事を務め、大正二年の解散後には新劇団無名会を立ち上げ、劇作家として『滝口時頼』を執筆し、有楽座で公演する。昭和三年に病気の小山内薫の代わりで、市川左団次の一座のソビエトでの歌舞伎公演に文芸部長として同行し、成功裡に終わったのち、ヨーロッパ諸国を巡歴して帰国する。それから中国文学への研究を深め、元曲五編の翻訳、中国を題材とする戯曲などを書いた。

 この立項によって、池田が楠山正雄によって、『支那童話集』のために「模範家庭文庫」へ招聘されたとわかる。もちろんそこには坪内が介在していたのかもしれない。それと同時に意外だったのは、池田の『滝口時頼』を始めとする五編の戯曲の立項解題も掲載されていたことで、それらは大正十三年の『現代戯曲全集』に収録とのことだった。この全集に関しては、かつて「中塚英次郎と国民図書株式会社」(『古本探究』所収)で取り上げているし、たまたま全巻を架蔵している。

f:id:OdaMitsuo:20200303211530j:plain:h110(『現代戯曲全集』)古本探究

 そこで『現代戯曲全集』を繰ってみると、第十六巻が池田、額田六福、関口次郎、岡栄一郎、金子洋文の作品集成に当たり、池田はその筆頭として、先の戯曲の他に『茨木屋幸斎』などの五編が収録され、その巻の半分を占めている。これらの戯曲家たちの組み合わせ、さらに全二十巻の『現代戯曲全集』のラインナップを見ると、あらためて大正時代が神話、伝説、童話だけでなく、「現代戯曲」の時代であったことも想起されるのである。


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