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古本夜話1055 生田春月『相寄る魂』

 本連載1050などの生田春月『相寄る魂』全三巻はもはや単行本も入手できないし、読者もいないと思われる。『新潮社四十年』で確認してみると、大正十年に前巻と中巻、十三年に下巻が出されている。『相寄る魂』は大正十年から十二年にかけて書かれた二千枚に及ぶ長編自伝小説で、これは明らかに江馬修の『受難者』、それに続いて大正三年に生田長江の紹介により、新潮社から刊行された島田清次郎の『地上』のベストセラー化に刺激され、書かれたものであろう。

f:id:OdaMitsuo:20200716111540j:plain:h115(『相ひ寄る魂』 、新潮文庫)f:id:OdaMitsuo:20200716112743j:plain:h110(『受難者』)f:id:OdaMitsuo:20180920161915j:plain:h115

 その後、『相寄る魂』は前回ふれた昭和六年の『生田春月全集』第四、五巻に前編、後編として収録された。単行本にしても全集にしても、『相寄る魂』は稀覯本となっていたようだが、幸いなことに昭和五十六年に『生田春月全集』は飯塚書房(本郷出版社発売)によって復刻された。これを公共図書館の相互賃借ルートで読むことができたので、ここで言及しておきたい。
 f:id:OdaMitsuo:20200704172533j:plain (新潮社版)

 全集収録の『相寄る魂』は「不幸なる青年の物語」というサブタイトルが付され、第一巻「二つの湖水」、第二巻「大都会にて」、第三巻「都会の黄昏」、第四巻「裏日本の秋」の四部仕立てとなっている。詳細な春月伝は出されていないので、この『相寄る魂』がそれに準ずるものとも考えられるし、とりわけ第三、四巻は大正時代の文学、出版、社会思想に関わる人々を登場させ、バルザックの『幻滅』のような群像ドラマを形成している。「大都会にて」で、主人公の龍田純一が上京し、日本橋に至るのだが、そこで「彼が田舎で愛読した小説の版元春陽堂のいかにも老舗らしい土蔵造りの店の向側には、欧米の新しい文化を輸入する関門と云はれる丸善の洋館が高く聳えてゐた」と描写されるのは、そのことを象徴していよう。
幻滅

 実際に春月が当時の社会主義者や『青踏』関係者とどのように交流していたかは不明だけれど、後者の生田花世とは結婚するわけだから、それらの近傍にいたはずだし、それは第三巻において、「新しい女」江東奈枝子、その夫の隅田順を登場させていることにも表出している。隅田と淳一は大菅左門の家や社会主義者の会で知り合っていたが、二人の家を訪ねるのは初めてだったし、奈枝子と会うのも同様だった。彼女のことは次のように説明される。

 奈枝子は九州の女で、彼女がこれ迄『ブリュウ・ストッキング』に書いて来た小説や雑文によれば、小さな時から同じ町の医者の家に貰はれて、その家の妻となる内約があつて、その家からの学資で上京して、上野の某女学校に入学して勉強をしているうちに、彼女の才気といかにもジプシイ娘のやうな野生的な愛らしさと、その奔放な情熱的性格とが、受持の英語教師の愛するところとなり、つひにその教師と恋愛関係に陥つた為め、彼女は学校を逐はれ、教師もその為めに職を失はねばならなかつた。その教師が即ちこの隅田順である。

 隅田は奈枝子を有名にするためにあらゆる努力を惜しまず、「彼女の名で、婦人問題を論じたエンマ・ゴルドマンの著書を訳したり」する一方で、スティルネルの『唯一者とその所有』の翻訳に取り組んでいた。
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 ここまで記せば、奈枝子が伊藤野枝、隅田順が辻潤をモデルにしているとわかるだろう。ちなみに大菅左門が大杉栄である。全員を挙げられないけれど、その他にも貝塚湖泉が堺利彦、赤畑荒村が荒畑寒村、草間微風が相馬御風、長成安郎が安成二郎である。だが純一が最も共感を寄せているのは隅田で、それは隅田が妻の奈枝子を大菅に奪われ、「男子としての面目を踏み潰されてゐる人物」であっても、「隅田順の一種消極的な根強い力は、彼が何物にも囚はれず、何物をも棄却し、世間の名聞名利、これを一切塵埃視し、一切のものを否定し去つたところにある」からで、それと同時に「言葉の厳密な意味に於ける虚無主義者である」ことによっている。それは純一=春月の自らの投影でもあり、そのために純一は勇敢で新しい価値を創造しようとする大菅左門よりも、隅田順に共感を覚えるのである。

 そしてそれは第四巻において、大正五年の所謂「葉山事件」として表出する。純一は郷里の『松陽新報』で、次のような記事を読む。

 無政府主義者大菅左門は、葉山の日陰の茶屋に於て刺殺された。その下手人は、彼の情婦神山高子(三〇)である、なぜ彼女がこの凶行に及んだかと云ふと、大菅左門を中心として、今春以来葛藤を重ねてゐた自由恋愛のためらしく、大菅を取巻く彼の妻岡よね子、新しい恋人江東奈枝子、及び今回の下手人神山高子の関係は、極めて奇怪なものであつたが、最近高子が大菅に疎んぜられ、奈枝子の方が愛される事深きに及び、嫉妬の情遣る方なく、この刃傷に及んだものらしい云々。

 いうまでもなく、神山は神近市子であり、「葉山事件」で大杉は現実に彼女に刺されたけれど、死んではいない。それを承知で、ここで春月は大杉を殺してしまったことになる。そして純一は「それにしても、隅田順はどうしてゐるだらう?」と問うている。

 先述したように、この第四巻が脱稿されたのは大正十二年十一月だから、おそらく春月は九月の関東大震災での軍部による大杉の虐殺を知り、その死をこのように変奏したことになろう。それは伊藤野枝も同様だったので、このような純一の問いも書きこまれたのであろう。


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