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古本夜話1062 改造社『現代日本文学全集』

 前回、円本の嚆矢である改造社『現代日本文学全集』にふれ、その第五十編が『新興文学集』であることを既述しておいた。それであらためて気づいたのだが、本連載の目的のひとつは三百数十種に及ぶとされる円本への言及に他ならないにもかかわらず、これまで本連載ではその原型、範ともなった『現代日本文学全集』に関する一話をまだ書いていなかった。もちろん『出版社と書店はいかにして消えていくか』などでは詳述してきたけれど、本連載では断片的であった。遅ればせながら、ここで記しておきたい。

 f:id:OdaMitsuo:20200721104549j:plain:h110(『新興文学集』)出版社と書店はいかにして消えていくか

 その前に、この改造社の円本についての私の古本屋での印象を述べておくと、半世紀前から現在に至るまで、絶え間なく古本屋で見かけることができる文学全集であり続けている。もちろんそれは全巻揃いではなく、端本を意味しているのだが、時代舎とともに私が通っている浜松の典照堂では、今も何十冊かが並ぶ棚の光景を見ている。ただ私にしても全巻を所持していないし、入手しているのはその半分の三十冊余であることを断っておく。

 『現代日本文学全集』は大正十二年十二月に第六編『尾崎紅葉集』を第一回配本としてスタートしている。内容見本に挙げられたその八大特色を示す。ただしこの全集の新しいアイテムに他ならない傍点のところをゴチックに代える。

  一、本全集あれば、他の文芸書の必要なし。
  二、総額一,〇〇〇円のものが毎月たッた一円。
  三、内容充実し、普通版の四万頁に相当す。
  四、明治大正の不朽の名作悉く集まる。
  五、菊判六号活字総振仮名付最新式の編集法。
  六、瀟洒な新式の装幀で書斎の一美観。
  七、全日本の出版界は其の安価に眼を円くす。
  八、本全集あれば一生退屈しない。

f:id:OdaMitsuo:20200413114445j:plain:h110 
 これを手元にある『尾崎紅葉集』で補足してみる。杉浦非水による装幀、菊判クロス装、天金のこの一冊は「巻頭写真」に紅葉と直筆原稿、書簡、それに続いて「尾崎紅葉伝」が置かれ、『多情多恨』を始めとする九編の小説、次に小品と随筆、書簡、絶筆の「病骨録」、さらに四ページに及ぶ「著作年表」も添えられ、三一〇余ページの一冊となっている。なおクロス装は一円四〇銭、布装は一円である。

 本連載835で博文館、春陽堂、中央公論社の紅葉の全集を見てきているが、収録作品の物足りなさはあるにしても、定価と編集のことを考えれば、まさに簡にして要を得た紅葉の一巻本と見なして構わないだろう。ちなみに関東大震災において、紅葉だけでなく、この『現代日本文学全集』に収録される多くの小説や文芸書が消滅したこともあり、これだけの作品を単行本で読むことはもはや難しかったと思われる。

 そしてこの円本の読者が予約申込金一円を先に払うという出版流通販売システムは予想外の成果を上げ、予約者数は二十三万を超えたとされる。たまたま『尾崎紅葉集』は二冊所持しているけれど、そのようにしてかつてない全集の第一編が送り出されたことも作用しているのだろう。それもあって、改造社は当初全三十七巻、別巻一冊だった出版計画を変更し、半年後の第二回募集に当って、二十二巻の増補、さらに新たに追加し、全六十二巻、別冊一巻に及び、完結したのは昭和六年十二月の第五十七編『小泉八雲ラーフアエル・ケーベル 野口米次郎集』と別巻『現代日本文学大年表』の刊行を見てのことだった。

 そうした度重なる増補もあって、当初の『明治開化期文学集』『少年文学集』『歴史・家庭小説集』『現代戯曲名作集』『紀行随筆集』『現代日本詩現代日本漢詩』『現代短歌 現代俳句』に加え、『社会文学集』『戦争文学集』『新興文学集』『新聞文学集』『宗教文学集』『新興芸術派文学集』などのアンソロジー集も編まれることになった。そのようなアンソロジーは戦後も含めての文学全集の範ともなり、私にしてもこれらはほとんど入手している。この『現代日本文学全集』を最も範としたのは、筑摩書房の『明治文学全集』であろう。

f:id:OdaMitsuo:20200722104634j:plain:h110(『歴史・家庭小説集』)f:id:OdaMitsuo:20200722105229p:plain:h105 (『戦争文学集』)明治文学全集

 だが手元にありながら残念なのは、第二回配本から付された「文学月報」が見当らないことで、第三十五編『現代戯曲名作集』所収のものしか見ていないけれども、これが所謂「月報」の始まりとされる。同所収の「月報」が第三十四集とあるのは、第一回配本に「月報」が付されていなかったことを示しているのだろうか。他の「月報」を確認していないので、いまだに不明であることを付記しておく。

 これらの文学全集の定番としてのお買い得感のある定価設定、予約購読に基づく定期刊行、テーマ別アンソロジー集の編纂、月報などはこの『現代日本文学全集』を発祥とするように映る。しかし「月報」のことはともかく、予約出版方式は「高楠順次郎の出版事業」「田口卯吉と経済雑誌社」(いずれも『古本屋散策』所収)、及び『近代出版史探索』104の世界文庫刊行会、同105の国民文庫刊行会、同152の草村北星が関係した出版社、同161の近代社などが採用していたものであることを繰返し言及してきた。それゆえに改造社の『現代日本文学全集』の流通販売システムはオリジナルではなく、主として大正時代を通じて試みられてきたものの集大成と見ていい。

古本屋散策 近代出版史探索

 それに加えて、明治末期に三千店だった書店が、昭和初期に一万店を越え、本連載でも取り上げてきた多くの大正期の文学叢書によって、文芸市場が成立し始めていた。また広告媒体の新聞も百万部に至り、かつてない大量生産、大量消費の文学全集を実現させることになったのである。そしてこの『現代日本文学全集』の成功が多くの円本を続出させ、またそれに対抗して岩波書店は岩波文庫を創刊する。

 私はこの昭和円本時代の動向が、出版物の早すぎた価格破壊、消費革命と称んできたが、そうした円本のアイテムは戦後になっても、長きにわたって継承されてきた。とりわけ雑誌を有さない書籍出版社にとっては、定期刊行の全集は資金繰りとしても、雑誌の代わりでもあった。しかしそれも小学館の『昭和文学全集』で終わる。つまり昭和時代で終局を見たことになるだろう。

 明治文学全集


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