出版・読書メモランダム

出版と近代出版文化史をめぐるブログ

出版状況クロニクル148(2020年8月1日~8月31日)

 20年7月の書籍雑誌推定販売金額は929億円で、前年比2.8%減。
 書籍は447億円で、同7.0%減。
 雑誌は481億円で、同1.4%増。
 その内訳は月刊誌が405億円で、同5.7%増、週刊誌は76億円で、同16.5%減。
 返品率は書籍が40.2%、雑誌は37.5%で、月刊誌は36.6%、週刊誌は41.9%。
 月刊誌の増加は前月と同じくコミックの貢献で、『鬼滅の刃』(集英社)21巻の初版が300万部刊行されたことによっている。
 まさに今月だけでなく、今年は『鬼滅の刃』様々であるけれど、いつまで続くのか。そして来年も同じようにヒットするコミックが生まれるかどうか、『SPY×FAMILY』(集英社)がそのヒット作にまで育つだろうか。

鬼滅の刃 SPY×FAMILY


1.『日経MJ』(8/5)の「第48回日本の専門店調査」が出された。
 そのうちの「書籍・文具売上高ランキング」を示す。


■ 書籍・文具売上高ランキング
順位会社名売上高
(百万円)
伸び率
(%)
経常利益
(百万円)
店舗数
1カルチュア・コンビニエンス・クラブ
(TSUTAYA、蔦谷書店)
353,264▲2.012,695
2紀伊國屋書店102,266▲0.91,34668
3ブックオフコーポレーション84,3894.41,898801
4丸善ジュンク堂書店74,011▲0.5
5有隣堂53,6553.735845
6未来屋書店50,831▲3.2▲150253
7くまざわ書店42,7651.9244
8ヴィレッジヴァンガード33,106▲1.1430346
9トップカルチャー(蔦屋書店、TSUTAYA)30,537▲3.0▲16776
10三省堂書店24,400▲3.934
11文教堂21,869▲9.8▲619136
12三洋堂書店19,869▲2.1▲7377
13精文館書店19,402▲1.342851
14リブロプラス
(リブロ、オリオン書房、あゆみBOOKS他)
18,067▲17881
15リラィアブル(コーチャンフォー、リラブ)14,0041.061210
16明屋書店13,80917783
17大垣書店11,3389.07737
18キクヤ図書販売10,873▲2.936
19オー・エンターテイメント(WAY)9,939▲4.314365
20ブックエース9,391▲4.09829
21京王書籍販売(啓文堂書店)6,090▲5.57426
ゲオホールディングス
(ゲオ、ジャンブルストア、セカンドストリート)
305,0574.310,7651,938
ワンダーコーポレーション47,4031,494
テイツー(古本市場他)21,449▲6.827098

 全体の売上高は前年比1%減で、前年の8.8%増からマイナスとなった。
 CCC、紀伊國屋、丸善ジュンク堂を始めとして、マイナスが多く、書店としてプラスなのは有隣堂、くまざわ書店、リラィアブル、大垣書店の4店だけである。
 それにしても本クロニクル135でも既述しているが、前年比70億円減にもかかわらず、CCCの経常利益は126億円で、紀伊國屋の10倍近い。
 売上高にしても経常利益にしても、これらの数字はどのようにして出されたものなのであろうか。
 これらの売上高にコロナ禍がどれほど反映されているのかは不明だが、来期はかつてないほどのマイナスとなるだろう。それは大手書店の外商がコロナ禍によって止まってしまったような状況にあると伝えられてもいるからだ。それに相乗りしていた出版社も多くあり、書店だけの問題ではない。
 また今回のランキングからずっと常連だった広島のフタバ図書と静岡の戸田書店が消え、代わりにリブロプラスと明屋書店が入っている。フタバ図書の粉飾決算の行方はどうなるのか。戸田書店は7月の静岡本店に続いて、新潟南店の閉店の知らせが届いた。
 なお文教堂も『週刊東洋経済』(4/25)などで、継続疑義の企業に挙げられていたが、こちらもどうなるのであろうか。

週刊東洋経済』(4/25)
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2.同じく『日経MJ』(8/12)の19年度「日本の卸売業調査」が出された。
 そのうちの「書籍・CD・ビデオ部門」を示す。


■書籍・CD・ビデオ卸売業調査
順位社名売上高
(百万円)
増減率
(%)
営業利益
(百万円)
増減率
(%)
経常利益
(百万円)
増減率
(%)
税引後
利益
(百万円)
利益率
(%)
主商品
1日版グループホールディングス515,922▲5.52,474141.12,441125.278113.3書籍
2トーハン408,249▲2.01,319▲66.1▲1,457▲5,98514.9書籍
3楽天ブックスネットワーク68,253▲7.8書籍
4図書館流通
センター
46,2782.32,16413.52,37112.01,50119.2書籍
5日教販26,646▲4.9361▲13.0229▲6.521210.6書籍
9春うららかな書房3,7949.5書籍

 の書店の売上高減よりも、取次のほうのマイナス幅は大きく、増となっているのはTRCしかない。それに加えてTRCの売上高は日販やトーハンの10分1ほどであるけれど、営業、経常利益のいずれもがトーハンを上回り、日販と比べても遜色がない。
 日販やトーハンが書店市場の取次であることに比べ、TRCは図書館という安定した低返品率の市場を対象とする取次であり、そうした特色がそのまま反映されているのだろう。
 その事実から考えれば、出店と閉店をめまぐるしく繰り返し、高返品率のままの書店市場は取次にとって、売上高にしても、利益にしても、それらを保証するものではなくなってしまったといえるのではないだろうか。



3.中央社の決算が出された。総売上高は208億8610万円、前年比1.9%減。
 その内訳は雑誌が121億6650万円、同4.9%増、書籍が72億9650万円、同11.4%減、特品など12億3910万円、同0.9%減、その他営業収入1億8390万円、同10.1%減。
 営業利益は2億3640万円、同1.7%減、当期純利益は4020億円、同35.3%減で減収減益。

 に中央社がなかったので、続けて挙げてみた。
 3、4、5月の第4四半期に新型コロナウィルスの影響を受け、ピーク時には130店が休業したことが大きく影響し、減収となった。帖合書店は400店前後だから、3分の1が休業したことになる。それでも雑誌は6年ぶりに前年を上回っているので、『鬼滅の刃』のベストセラーの貢献はあったにしても、健闘したといえるかもしれない。
 それに期間中の新規開店13店(152坪)、閉店16店(253坪)の示すところは、町の中小書店は中央社が支えていることを物語っていよう。



4.河出書房新社は10月上旬刊行予定のユヴァル・ノア・ハラリ『コロナ禍と人類 寄稿と緊急インタビュー』(予価1300円)において、書店利益率30%、書店マージン390円とする「河出39(サンキュー)トライアル」の実施を発表。
 初版5万部で、買切条件や歩合入帳は設定せず、実施期間終了も未定。 
 書店には発売時から最大限の展開を期待したいとされる。

 コロナウィルス、同社のハラリの『サピエンス全史』『ホモ・デウス』『21Lessons 21世紀の人類のための21の思考』の類型販売部数が150万部に達したこと、前回の本クロニクルでふれた小野寺社長が書協理事長に就任したことなどが相乗し、書店が求めている30%マージンの試みに河出が挑んだことになろう。どこまで部数を伸ばせるのか、注視しなければならない。
サピエンス全史 ホモ・デウス 21Lessons  21世紀の人類のための21の思考



5.主婦の友社の7億8000万円の債務超過が明らかになった。

 看板雑誌の『主婦の友』の休刊は2008年だった。それから資産を切り売りしながら延命してきたことが、この債務超過状況から伝わってくる。
 本クロニクル132で、主婦の友社の雑誌書籍の編集製作の子会社主婦の友インフォスの株式を映像コンテンツの企画、製作のIMAGICAグループに譲渡し、新たなメディミックス化への取り組みを既述しておいた。しかし何の手立ても施すことができなかったのであろう。
 今になって考えれば、20世紀は「主婦」の時代だったけれど、21世紀に入り、もはやすでに「主婦」の時代が終わっていたことを、現在の主婦の友社の債務超過は告げているのであろう。
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6.京都の図書印刷同朋舎と関係会社の東洋企画が自己破産。
 図書印刷同朋舎は1918年創業で、宗教関連などの印刷製本を手がけ、1997年には年商30億4300万円を計上していたが、2019年には5億8000万円まで減少していた。負債は6億5000万円。

 これを取り上げたのは、2002年に京都の美術出版社の同朋舎出版が負債2億円で倒産し、それがこの図書印刷同朋舎にも尾を引いていたのではないかと思われるからだ。
 当時同朋舎だけでなく、京都書院と光琳社出版も倒産し、京都の美術書出版社はすべて破産してしまったことも想起してしまう。



7.医学書のベクトル・コアが破産。
 同社は1984年設立で、医学書を専門に出版してきた。負債は1億7000万円。

 一般書と異なる流通販売の医学書の世界にも、危機がしのびよっていると近年伝えられてきた。
 ベクトル・コアの社名は破産報道で初めて目にしたが、やはり医学書出版社にも多くの小さな版元があると考えるべきだろう。それらにしても、デジタル化などの波にさらされているのだろう。



8.『FACTA』(8月号)が細野祐二の「会計スキャン」である「RIZAPグループ 過激M&Aと成長偽装のツケ回る『胸突き八丁』経営」を発信している。
 それは細野ならではの「会計スキャン」で、2年余りでのライザップの株価の10分の1への暴落、企業買収に伴う負債計上すべき「負ののれん」の利益計上、それぞれの主要経営指標、フリーキャッシュフロー、有利子負債の推移をたどり、「この決算は資金破綻を強く示唆している」ことから、「ライザップは危ない」と分析している。

 本クロニクル125でも、細野によるライザップの「会計スキャン」にふれてきた。それはライザップがワンダーコーポレーションや日本文芸社とM&Aしてきたからで、前者に関しては本クロニクル127などで取り上げているし、のリストも載せておいた。
 細野の分析は読んでもらうしかないが、さらにその事業存続が「刑事事件化の可能性も含め、予断を許さない」と結ばれている。
 ワンダーコーポレーションや日本文芸社はどのような道をたどるのだろうか。
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9.『選択』(8月号)が「マスコミ業界ばなし」で、「一九六七年創業の出版社、KKベストセラーズが苦境に陥っている。そもそも四十人いた社員が二十人にまで激減している」として、二〇一七年から同社の事情をレポートしている。
 それによれば、楽天の三木谷裕史の個人ファンド「クリムゾン」から、三井住友銀行出身で現ベストセラーズの浦井大一会長が資金を引っ張った。そしてメディアとしてのブランド価値を利用し、自らが関係する会社との協業によって、事業の拡大展開を図ろうとしていた。「だが出版素人ばかりによる経営はお粗末の限りで」、「当面、事業は継続するようだが、視界不良の状態が続く」。

 本クロニクル118で、KKベストセラーズの公認会計士への謎の身売りに関して記述しておいたけれど、さらに転売されていたことになる。
 の例ではないが、他業界からの出版社のM&Aはまさに魑魅魍魎としているといっても過言ではない。これからその内実がいくつも明らかにされていくであろう。
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10.南天堂書房の奥村弘志が83歳で亡くなった。


11.サンガ代表取締役島影透の63歳での死が伝えられてきた。

 奥村には何回も言及してきたし、本クロニクル128でも、全国書店再生支援財団理事長に就任したことにふれている。
 それに南天堂に関しては拙著『書店の近代』(平凡社新書)でも1章を割いている。街の書店の代表的な継承者であった。なお南天堂は自社ビルの建て替えのために休業中で、仮事務所で外商を続け、23年に新ビル1階で営業予定。
 サンガという版元を知ったのは佐藤哲朗の『大アジア思想活劇』を読んだからで、仏教誌『サンガジャパン』を刊行していることも教えられた。またそれは9月刊行予定の『近代出版史探索Ⅳ』で書いている。
 経営者の死で、その行方が気にかかる。
書店の近代 大アジア思想活劇 サンガジャパン
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12.『現代思想』9月臨時増刊号として、『コロナ時代を活きるための60冊』が刊行された。

コロナ時代を活きるための60冊 f:id:OdaMitsuo:20200827164715j:plain:h110
 その中から「永遠の〈危機の書〉」として、吉川浩満が挙げているW・H・マクニール『疫病と世界史』(佐々木昭夫訳、中公文庫)を紹介しておきたい。
 マクニールは同書で、数百万人を擁したアステカ帝国が六百人に満たないコルテスたちによって征服され、崩壊してしまったのは、疫病によるミクロ寄生的関係とスペイン人によるマクロ寄生的関係の絡み合いによって起きたとする仮説を提出する。
 ここからは吉川の記述を引いてみる。


 「アステカ人がコルテスらスペイン人を首都から追い払ってから四か月後、天然痘のパンデミックが首都に発生した。もちろんスペイン人が持ち込んだものである。天然痘と長い付き合いのあるスペイン人と違い、アステカ人にとって天然痘はまったく未経験の疫病であり、彼らは天然痘に対する免疫をもっていなかった。多くのスペイン人が平気である一方で、アステカ人だけが倒れていく。最初のパンデミックだけで全住民の四分の一から三分の一が命を落としたといわれる。
 自分たちだけを選択的に襲う疫病と言う存在は、多くのアステカ人を倒しただけでなく、彼らに大きな心理的影響をも与えたであろう。このような不公平は、なんらかの超自然的な力によってしか説明できないのではないか。スペイン人とアステカ人のどちらが神の恩寵に浴しているかは明白であるように思われたに違いない。こうして、それまでアステカの文明を支えてきた宗教体系や聖職者組織、生活様式に対する信頼は一気に失われることになった。このようにして、スペイン人によるアステカ征服は軍事的のみならず文化的にも容易にかつ徹底的に達成されてしまったのである。



 まさにコロナ後の世界に何が起き、何が変ろうとしているのかを予測しているようにも思われる。
 といって、私も『疫病と世界史』は未読だったので、読まなければならない。



13.『東京古書組合南部支部創立50周年記念誌』を恵送された。

 B5判、120ページ、「写真で見る南部支部の50年」などの写真も多く、楽しい一冊で、二つの座談会も面白い。
 それから私が南部古書会館での古書展にかよっていた半世紀前のことを想起してしまい、本当に懐かしく思う。
 きっと月の輪書林か風船舎が忖度して送ってくれたのであろう。有難う。
 来年は『東京古書組合百年史』も出されるというので期待しよう。



14.佐藤幹夫個人編集『飢餓陣営』(vol 51)が届いた。特集は「没後八年の吉本隆明」。

 本クロニクル140で、同じくリトルマガジンの『脈』の比嘉加津夫が亡くなったことにふれた。そして次号予定の「『ふたりの村上』と編集者小川哲生」特集がペンディングになってしまったことも。だがそれは『飢餓陣営』にそのまま引き継がれ、第二特集となっていることを記しておく。
ふたりの村上
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15.この猛暑の夏はNetflix の韓国長編ドラマ『愛の不時着』と、伊豆下田の観音温泉水で何とか乗り切った。

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 『愛の不時着』は本クロニクル146でもふれているが、全16話20時間以上に及び、ドラマツルギーも北朝鮮と韓国の双方を舞台とし、そこにスイスの回想シーンも挿入され、伏線となり、構成されている。時間軸も現在と過去との交差が頻繁であり、何度か観ないとすべてがリンクしていかない。そのために2回も観てしまったのである。
 私はこの監督や脚本家についての詳細はほとんど知らないけれど、この作品が無数の映画からの縦横無尽の引用から成立していることだけはただちにわかる。ヒロインが外国映画のタイトルをいうのはひとつだけだが、そのことを考えながら『愛の不時着』を観るのは楽しいことだ。少しだけ例を挙げれば、『戦艦ポチョムキン』『第三の男』で、『ローマの休日』『裏窓』なども想起できる。また過去の韓国映画へのオマージュに充ちている。

 それから北朝鮮の貧しさと不便さがノスタルジアのようなモードを形成し、フレデリック・ジェイムソンのいうところのノスタルジアは、後期資本主義の商品に他ならないという指摘も思い浮かべてしまう。だが同じネットフリックスで、そのような感慨をもたらさない今村昌平の『にっぽん昆虫記』を観たことも付記しておく。
 それらはともかく、この作品は韓国映画のニューウェーブのラブコメディであり、本クロニクルの読者にも推薦したい。

 続けて緊迫する香港状況とコロナ下の香港映画、『ザ・ミッション 非情の掟』などのジョニー・トゥ監督、それらの主演を務めるアンソニー・ウォンにふれるつもりでいたが、別の機会に譲ることにする。
 また『キネマ旬報』(8/下)がミニ特集として「ディレカンの夢は遠く……追悼宮坂進」を組んでいるが、哀切極まりない。映画の悲劇と出版のそれは共通している。

 なお観音温泉水は通販可であり、冷やして朝飲むととても美味で、体調にもよい。これもお勧めしよう。
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16.今月の論聾者HP「本を読む」〈55〉は「岡本太郎とバタイユ『蠱惑の夜』」です。
 それから「日本の古本屋メールマガジン」の「自著を語る」『近代出版史探索Ⅲ』のことを書いています。
 よろしければ、こちらにもお出かけあれ。
 続けて9月下旬に『近代出版史探索Ⅳ』も刊行予定。

近代出版史探索Ⅲ 近代出版史探索Ⅳ