出版・読書メモランダム

出版と近代出版文化史をめぐるブログ

出版状況クロニクル151(2020年11月1日~11月30日)

 20年10月の書籍雑誌推定販売金額は1000億円で、前年比6.6%増。
 書籍は536億円で、同14.0%増。
 雑誌は464億円で、同0.8%減。
 その内訳は月刊誌が382億円で、同0.5%増、週刊誌は82億円で、同6.4%減。
 返品率は書籍が32.2%、雑誌は41.3%で、月刊誌は40.6%、週刊誌は44.1%。
 書籍は出回り金額の6%増、送品ボリュームの多量さ、返品率の大幅改善、前年の台風と消費税増税による売上不振の4つの要因が相乗し、近来にないプラスとなった。
 書店店頭売上も書籍は6%増、児童書は『劇場版 鬼滅の刃 無限列車編』(集英社みらい文庫)のヒットで11%増、ビジネス書は『人は話し方が9割』(すばる舎)などで8%増。
 雑誌は映画で大ヒットの『鬼滅の刃』全22巻が10月も爆発的に売れ、40%増。
 コロナ禍と『鬼滅の刃』の大ベストセラー下の10月送品、販売状況ということになろう。

劇場版 鬼滅の刃 無限列車編 人は話し方が9割 


1.『出版月報』(10、11月号)が2ヵ月続けて、特集「新型コロナウイルス感染拡大と出版業界」を組んでいるので、それを要約してみる。

出版月報

* コロナ禍の3月から8月期の書籍雑誌推定販売金額は、前年同期比2.8%減、19年は同4.3%減、18年は同7.0%減だったので、悪い数字ではない。
* 各月データは3月が同5.6%減、4月が11.7%減、5月は1.9%増、6月は7.4%増、7月は2.8%減、8月は1.1%減。
* 実際に日販調査によれば、5月は同11.2%増、6月は2.6%増、7月は3.8%増、8月は1.6%増。その要因は一斉休校による学参と児童書の特需、コロナ禍による日常生活の激変と出版物への新たな需要。また公共図書館の休刊維よる需要増。
* 読者の購買行動も変化し、購入は都市部の書店から郊外型書店、身近な街の中小書店へとシフトし、またネット書店もそれらを上回る伸びを示している。
* 書籍の動向は3月から8月期において、同3.1%減、4月は同21.0%減、5月は9.1%増、6月は9.3%増、7月は7.0%減、8月は4.6%増。やはり休校による学参、児童書、テキストなどの学校採用品の伸びが大きい。
* テレワーク、リモート会議という働き方の変化に伴い、PC書やビジネス書、就職関連書が伸長しているが、都市部の大手書店や専門店の販売シェアは下がり、とりわけ工学書や医学書は厳しい状況にある。
* 文芸書と文庫本の5月から9月にかけては、前者はすべてプラス、後者は前年並、もしくは微増で、5月以降、売れ行きの伸長が顕著である。
 趣味実用書はゲーム攻略本、お菓子作り本、パズル、脳トレ、ぬり絵関連書は好調だが、旅行ガイド本は半減している。
* 雑誌の動向の3月から8月は同2.4%減、定期誌は同11%減、コミックス同29%増、ムック21%減。コミックスの好調が全体を牽引し、小幅なマイナスとなった。
* トータルとして、ネット書店、電子出版、電子図書館は大幅に伸長し、町と郊外の書店は活況だったが、都市部の書店は苦戦の傾向にある。


 リードの10月状況やこれらのコロナ禍レポートからすると、書店状況は予想以上に改善されたかのように見える。しかし取次のPOSデータを参照すると、たしかに5月からは前年を上回っているものの、休業もあってトータルでは前年を下回り、書店全体がコロナ禍の中にあって潤ったわけではないことを示している。それは取次にしても、出版社にしてもしかりだろう。
 売上を伸ばした町の書店にしても、店主がいうごとく「このような伸長が来年も続くかは未知数なうえに、書店の抱える問題は何も変わっていない」のであり、それは出版業界全体も同様だといえよう。



2.『鬼滅の刃』1巻を購入して読んだ。

鬼滅の刃

『出版月報』(10月号)に、20年1月から9月にかけての『鬼滅の刃』を含めた「コミックス店頭販売冊数」の推移が掲載されている。それによれば、7月は何と同月前年比160%を超える大幅なプラスで、コロナ禍の書店売上が『鬼滅の刃』による恩恵を受けたことは間違いないだろう。
 全巻で1億冊は売れたとされるので、出版科学研究所の小売ベース金額は400億円となる。これは前回のクロニクルの20年1月から9月にかけての出版物販売金額の推移を参照してほしいが、書籍の400億円台は1、4、5、6、7、8月の5ヵ月、雑誌の場合1月は370億円、5月は346億円、6、7、8、9月の4ヵ月は400億円台なのである。『鬼滅の刃』1作だけで、それらを上回る、あるいは比肩する売上を達成してしまったことになる。

 初版は2016年6月で、もちろんコロナ禍の期間だけのものではないけれど、恐るべきコミックスの大奇跡的売上というしかない。だが来年もミリオンセラー100点に匹敵する『鬼滅の刃』のようなコミックスが出現するとは考えられない。いかにコミックスが好調で『鬼滅の刃』の超ベストセラーはコロナ禍の出版業界にあって、奇貨とすべきだが、最後のあだ花となってしまうことも考えられるからだ。 
 あのハリーポッターでさえも、もはや読んでいるという声は聞こえてこない。読者はどこへいってしまったのか。



3.日販の『出版物販売額の実態2020』が出された。

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■販売ルート別推定出版物販売額2019年度
販売ルート推定販売額
(億円)
前年比
(%)
1. 書店8,575▲9.3
2. CVS1,285▲11.0
3. インターネット2,1874.5
4. その他取次経由470▲10.8
5. 出版社直販1,964▲0.3
合計14,484▲6.5

 出版科学研究所による19年の出版物販売金額は1兆2360億円、前年比4.3%減だったが、こちらは1兆4484億円、同6.5%減である。
 この19年の数字を見ると、確かに20年のコロナ禍の書店売上は救いのように思える。それでも9月までの出版物販売金額は9137億円、同2.3%減であり、前年を上回ることは難しい。
 なぜならば、郊外店や街の中小書店は好調だったにしても、都市部の大型書店チェーンやコンビニは売上の低迷が見られ、トータルとしての出版物販売金額のプラスへは結びついていかないであろう。
 それに相応して、こちらの「出版物販売額」も多少の改善は見られるかもしれないが、やはりマイナスは否めないだろう。



4.アマゾンが日本に上陸して20年になり、『日経MJ(11/8)が「アマゾン巨人の創造と衝撃」と題し、「アマゾン・エフェクト」を特集している。出版業界関連を抽出してみる。
 2019年度のアマゾン国内売上高は1兆7443億円、そのうちのマーケットプレイス流通総額は18年に9000億円を超えた。
 「アマゾン・エフェクト」の影響を最も受けたのは出版業界、とりわけ書店で、書店数は半減、文教堂GHDは事業再生ADRに追いこまれた。
 アマゾンは書籍流通で約2割のシェアを持つに至り、KADOKAWAを始めとして、直接取引出版社は3631社に及び、取次の機能も果たすようになった。
 2000年の電子商取引市場は8200億円だったが、19年は19兆3600億円。

 そこに添えられた「アマゾンの日本での主な取り組みや動き」の表を見ると、この20年が出版業界においても、アマゾンの時代だったことを再認識させられる。
 アマゾンの出版物販売金額は明らかにされていないけれど、書籍流通で2割のシェアを持つとされる。単純にの1兆4484億円の2割とすれば、3000億円近くとなる。近年の取次兼書店化の動向から考えても、あながち間違っていないだろう。『鬼滅の刃』の売上シェアはどれほどだったのか。
 その売上からすれば、アマゾンは日本の最大の書店に位置づけられるし、遠からず最大の取次の座を占めることになろう。



5.楽天は千葉県市川市の伊藤忠商事の物流センターにオンライン書店「楽天ブックス」の新たな物流センターを稼働。
 それは6800坪に及び、物流センターとしては最大で、業務自動化の新システムの導入により、人員による作業工程の30%削減、在庫保有量を1.5倍、1時間当たりの出荷件数を1.3倍とする。

 こうした楽天ネットワークの新しいロジステクスの試みの一方で、中小出版社に対しての大量返品が続いている。それはコロナ禍の中にあって、さらに顕著となり、かなりの出版社が逆ザヤ状態で、新刊や注文も相殺され、入金ゼロが恒例化している。
 それは取次書店の閉店の影響によるものと考えられ、楽天ブックスネットワークがオンライン書店「楽天ブックス」を展開する中で、大阪屋や栗田からつながる書店の清算を進めているかのように思える。
 しかしそのプロセスと取次の関係はどうなっているのか、よくわからない。例えば、戸田書店は静岡本店の閉店に続き、残されていた支店やフランチャイズ店が明屋書店へと変わっている。明屋は2012年にトーハン傘下となり、浜松のイケヤ文楽館を吸収し、今回は戸田書店に及んでいる。
 これが平常であれば、単なる帳合変更と見なせようが、このようなコロナ禍と深刻な書店状況下での出来事なので、気になるところだ。 



6.ファミリーマートは雑誌売場を縮小し、5台を3台へと減らし、2台は文具や日用品へと転換させる。

 3で見たように、19年のコンビニの出版物販売金額は1285億円、前年比11.0%減で、数年うちに1000億円を割ることは確実であろう。ファミリーマートは1万6000店あるので、トータルの雑誌量としては大きく、販売額減少の一因となるだろう。
 20年になって、併設書店閉店が目立って増えている。例えばこの数ヵ月を見てみると、ホームセンターやスーパー、オーディオ店、電機店、病院売店などである。
 これらはファミリーマートと同様に、雑誌スタンドがメインと思われるが、それでもトータルすれば、年間の閉店はかなりの数になるし、雑誌衰退に拍車をかけていくだろう。
 コンビニもファミリーマートだけでなく、他社も続くことも考えられる。アマゾンの時代は続いていくが、雑誌の時代は終わりつつあるのかもしれない。



7.日販は埼玉県川口市の入谷営業所で行っていた週刊誌送品を、練馬区のねりま流通センターと北区のCVS営業所へ移管する。これで雑誌送品は3拠点から2拠点となり、書店向け週刊誌送品はねりま流通センター、コンビニ向け週刊誌送品はCVS営業所へと統合される。

 6のファミリーマートの雑誌の縮小、様々な併設書店の閉店などと関連する取次の動向である。
 出版科学研究所による2019年の雑誌販売部数は09年と比べて、57.0%減、週刊誌だけでは64.1%減となっていて、10年間で半減どころか、さらに減少は続いている。
 それに運送会社の労働問題も絡み、21年度の土曜休配日は32日が設定され、取協と雑協は週稼働5日以内の早期実現をめざしている。
 その結果、日販の入谷営業所などがリストラされ、高齢者施設などの不動産プロジェクトへと利用されていくのだろう。
 しかし予想もしなかったコロナ禍の中で、それらの行方はどうなるのだろうか。



8.九州雑誌センターの近藤貴敏社長(トーハン)が九州地区のムック返品を現地で古紙化することについて、出版社に理解と協力を求めた。
 それに九州の書店や取協の平林彰会長(日販GHD)なども出版社に協力を呼びかけた。

これも7でふれたように、雑誌販売数が半減以下となり、返品運賃の負担が厳しくなっているからだ。
 しかし定期誌と異なり、ムックは本クロニクル146で見てきているように、19年は7453点、平均価格は868円とされ、点数も多く、定価も高い。また返品期限はなく、出版社も書籍と同様に、再出荷し、ロングセラーとして売られているものも多い。つまり出版社の資産と見なすこともできよう。
 それをすべて現地で古紙化し、返品運賃を抑制するという取次と書店の主張は、あまりにも乱暴で、出版社の理解と協力を得ることはできないだろう。もし九州地区で実現すれば、北海道でも実施され、それは全国的なものになってしまう。
 ムックならでは流通販売の特質、その雑誌としての位置づけなどへの考慮もなく、つまり説明責任もなく、いきなりこのような乱暴な提案がトーハンの社長からなされることにあらためて驚く。雑協はどのように応じるのか、これからもこの問題には注視していくつもりだ。
 その後、九州地区ムック返品現地古紙化推進協議会が発足したという。
odamitsuo.hatenablog.com



9.『選択』(11月号)の「マスコミ業界ばなし」が、前回の本クロニクルでふれた日販とトーハンの雑誌返品業務の共同化を取り上げ、「業界トップ2ですら単独では支えられなくなっている」し、雑誌送品の協業も検討され始めていると指摘し、次のように続けている。

 ネックになるのは独占禁止法だ。合計八割という圧倒的シェアを持つ二社が全面的に手を組むと、「市場の競争原理を阻止すると判断される可能性は十分にある」(公取委担当記者)。歴史的協業に「待った」がかかるかもしれない。


 ところがである。ここにきて、消息筋より、ここまで出版業界が衰退し、日販とトーハンの2社の合計売上も1兆円を割り込み、しかも取次事業は赤字であるから、公取委は協業に関して「待った」をかけないという観測が伝えられてきた。もちろんアマゾンのことも絡めての上であろう。のような取次の発言もそれと関係しているのだろうか。
 それにかつては出版業界と公取委は再販制を始めとして、絶えず緊張関係にあるように見えたし、実際に書協患部からそうだとの証言を得ている。しかし再販制をなし崩しにしたアマゾンの台頭以後、公取委の影が薄くなってしまったように感じる。
 いずれそれも明らかになるであろう。



10.書協は来年の3月31日の消費税転嫁対策特別措置法の執行に伴う総額表示問題についてアンケート調査を行なった。
 そのアンケート特集として、スリップは45%が廃止、徐々に廃止に向かい、その96%が4月以降にスリップ復活、ボウズ総額表示は負担が大きく、したくないし、もしくは実施しないとの回答だった。
 また総額表示義務免除の終了の読者に対する影響は、56%が本体価格+税という表示に慣れているので、総額表示の有無について影響はないとの回答であった。
 この結果をもとに、書協と雑協は連名で総額表示の義務免除延長を求める要望書を提出。

 前回のクロニクルで、日本出版者協議会の総額表示の無期限延長や外税表示の恒久化声明を紹介しておいた。
 その後、トランスビューなどの呼びかけで、出版関係者25名による「総額表示を考える出版事業者の会」が「総額表示の一律義務化に反対し、消費税法の改正を提言します」というアピールを公開している。
 また出版労連も総額表示についての撤回、再延長を求める声明を発表。
 だが残念なことに、取次や書店からの声は聞こえてこない。
 総額表示義務違反に関して、消費税上の罰則規定は設けられていないのだから、これをめぐる攻防戦となろう。



11.KADOKAWAと角川文化振興財団による埼玉県所沢市の「ところざわサクラタウン」が全面オープン。
 KADOKAWAの直営書店「ダ・ヴィンチストア」が開店し、そのオフィスや文化複合施設「角川武蔵野ミュージアム」内の4Fエディトタウンの「ブックストリート」と「本棚劇場」、5Fの「武蔵野回廊/武蔵野ギャラリー」もオープンとなった。
 KADOKAWA、埼玉県、所沢市は文化・芸術などの観光コンテンツ活用の協定趣意書を締結し、「埼玉カルチャー観光共和国」をキャッチフレーズとし、観光振興と地域活性化をめざす。

 コロナ禍での「埼玉カルチャー観光共和国」はどのような行方をたどるのであろうか。
 めでたいオープンに水を差すようだが、たまたま『ZAITEN』(12月号)が「角川歴彦が『いまだ見つけられない後継者』」という記事を発信している。
 それによれば、8月に韓国IT大手のカカオがKADOKAWA株を大量取得し、保有率7.3%に達し、筆頭株主に躍り出た。乗っ取りではなく、長期的協力関係を望んだとされる。
 カカオのメッセンジャーアプリ「カカオトーク」は国民的アプリで、近年はM&Aで規模を拡大し、日本では「ピッコマ」という漫画閲覧用アプリをリリースし、売上ランキングでは「LINE マンガ」に次ぐ規模で、ラノベ配信に力を入れているという。 
 しかし社内でカカオとの提携は冷めた空気が流れ、それはドワンゴとの経営統合失敗の後遺症だという。19年KADOKAWAの赤字はドワンゴの不振がもたらしたもので、それがカカオに代わって光明を見出せるのかと問うている。後継者の不在とKADOKAWAの状況の不安定さは「ところざわサクラタウン」のオープンとどのように併走していくのであろうか。
ZAITEN



12.『朝日新聞』(11/17)がネットフリックスのリード・ヘイスティングス創業者、共同最高経営責任者にインタビューしているので、それを要約してみる。

* ネットフリックスは2015年に日本でサービスを開始したが、今年8月末で有料会員数が500万人、この1年で200万人増え、日本で幅広く受け入れられ、勇気づけられている。
* 日本では韓国ドラマ『愛の不時着』が大人気だが、日本制作のドラマで、世界に配信する『今際の国のアリス』も成功するだろう。
* 各国でローカルな独自作品を作り、世界に発信する戦略は何ゆえかというと、私たちは世界各地でのコンテンツ作りに飢えていて、それらの作品を世界中で共有したいと考えているからだ。
 最終的に世界に門戸を開いていくというのは私たちにとってきわめて自然で、ユーチューブが門戸を世界に開いているのと同じだ。
* 現在の消費者には多くの選択肢があり、動画の中身にしても、ゲームやスポーツ中継もあるが、その中で私たちはドラマシリーズや映画の分野でもリーダーとなりたいし、消費者の第一の選択肢になることをめざしている。
* 私たちは大半の会社と違い、最も優れた制作者の世界連合を作ろうとしているし、日本でもアニメや実写ドラマで、最も優れた制作会社の一つになりたい。日本発のアニメ『泣きたい私は猫をかぶる』『七つの大罪』は世界中で人気だし、今年配信の『ゼウスの血』は世界主要国でトップ10に入った。
 これこそまさに私たちがやりたかったことで、日本のアニメのために世界で大きな市場を作り、日本文化を輸出する主要な担い手になりたい。

 前半の部分しか紹介できなかったけれど、ネットフリックスの動画配信の明確なメッセージとポジションが伝わってくるだろう。
 世界各地でコンテンツを作り、それらを世界中で共有し、世界に門戸を開きたい。ドラマシリーズや映画の分野でリーダーとなり、消費者の第一の選択肢をめざしている。
 そのために最も優れた制作者の世界連合を作り、日本のアニメのための世界市場と日本文化輸出の担い手になりたいといっているのだ。
 11の「さいたまカルチャー観光共和国」においても、発せられなければならないのは、このような明確な文化創造に対する意志の表明ではないかと思われる。ネットフリックスによって日本のクールジャパン戦略は敗退するしかなく、その一方でネットフリックスの2億人の共和国の人口はさらに増え続けていくだろう。日経新聞社からネットフリックスの単行本も出たので、読んでみることにしよう。



13.先月の『JJ』に続いて、文化出版局の『ミセス』が来年の4月号で休刊。

ミセス

『ミセス』は1961年の創刊で、その創刊事情に関しては、私が編んだ塩澤実信『戦後出版史』(論創社)所収の「『ミセス』と今井田勲」が詳しい。
 「毎日の暮らしに美しさと豊かさを求めるすべての女性に」をコンセプトとして創刊された『ミセス』も60年を経て、「戦後出版史」を終えたことになるのかもしれない。幸いなことに『装苑』『ミセスのスタイルブック』は継続するというので、不世出の編集者今井田の遺産はまだ残されていることになる。
 コロナ禍の中にあって、著名な総合誌や経済誌などの休刊の噂が聞こえてくる。今年は何とか年末まで持ちこたえたけれど、来年は力尽きて休刊となる雑誌が多く発生するように思われる。

戦後出版史 装苑 ミセスのスタイルブック



14.ダイヤモンド社の子会社ダイヤモンド・ビッグ社が学研プラスと事業譲渡契約を締結し、ダイヤモンド・ビッグ社の海外旅行ガイドブック「地球の歩き方」を主とする出版、インバウンド事業を学研プラスの設立する新会社「地球の歩き方」(仮称)に譲渡する。
 ダイヤモンド・ビッグ社の前期売上高は30億円だが、譲渡金額は公表されていない。
 なお「地球の歩き方」の書店市中在庫は来年以降もダイヤモンド社が返品を受け、年内まで書店注文も出荷する。

 1969年に設立されたダイヤモンド・ビッグ社の「地球の歩き方」シリーズは多くの友人、知人が関わっていて、ひとつの出稼ぎ先のような時代もあったように記憶している。
 ちょうど円高の始まりとリンクしていて、海外旅行でも誰もが「地球の歩き方」シリーズを手にしていたという。
 しかしコロナ禍を迎え、ダイヤモンド社もビジネス、経営、経済書の出版に専念していく方向を選んだことになろう。



15.本の街・神保町を元気にする会の『神保町が好きだ』第14号を恵送された。

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 この号の特集は「現代マンガは神保町から始まった!?」で、編集と資料写真提供は他ならぬ『小学館の学年誌と児童書』(「出版人に聞く」シリーズ18)の野上暁なので、ビジュアルにしてとても楽しく読ませてもらった。
 これを一読し、あらためてマンガを読み始めた1950年代末のことを思い出した。その頃、
マンガを読むことは学校や家庭でも広く認められた行為ではなく、後ろめたいイメージにつきまとわれていた。それを象徴するのは貸本マンガで、そこには言い知れぬおどろおどろしい世界があった。野上も書影として挙げている水木しげる『鬼太郎夜話』などはその典型だったし、それは現代の『鬼滅の刃』にも若干通じているものだろう。そうしたファクターを抜きにして、コミックも語れないように思える。

小学館の学年誌と児童書 鬼太郎夜話 鬼滅の刃



16.書店で気まぐれに『CATALOGUE of GIFTBOOKS 2020-2021』(文化通信社)を買ってきた。

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これは「本を贈ること」に関して、阿刀田高を発起人とする34人の「Selectors」が3冊ずつ選んだリスト輯だが、そこには15でふれたおどろおどろしさはなく、良識をベースとする推薦図書の世界のニュアンスに包まれている。それは公共図書館の発するイメージとも共通している。そういえば阿刀田高がもはや作家ではなく、山梨県立図書館の館長であることにも気づく。

 たまた同時にBRUTUS特別編集『合本 危険な読書』も購入してきた。表紙には「人生を変えちゃうかもしれないあの1冊」、裏表紙には「この世に本は2種類しかない/読む足らない本か/読んでもロクなことにならない本」というキャッチコピーがあった。
 「読んでもロクなことにならない本」しか読んでこなかったので、いわせてもらえば、マガジンハウスに『漫画 君たちはどう生きるのか』のベストセラーは似合わないのである。

合本 危険な読書 漫画 君たちはどう生きるのか



17.野崎六助『北米探偵小説論21』(インスクリプト)を読みつつある。
 1300ページ、8800円+税だが、著者もよく書き、出版社もよくぞ出したというべき大冊である。
 私は購入したが、著者と出版社のためにも、図書館にリクエストしてほしい。

北米探偵小説論21

 読了していないので、個人的関連事項にだけふれる。
 同書はゾラの再発見をひとつのコアとしていて、私の「ルーゴン=マッカール叢書」の翻訳が参照されていることに付け加えれば、同じく拙訳『エマ・ゴールドマン自伝』上下(ぱる出版)も、そこに配置してほしかったと思う。

エマ・ゴールドマン自伝 エマ・ゴールドマン自伝



18.論創社HP「本を読む」<58>は「河出書房新社『世界新文学双書』とロレンス・ダレル『黒い本』」です。

ronso.co.jp

 『近代出版史探索Ⅴ』は12月下旬刊行予定。
 こちらも図書館へのリクエストを願って止まない。
 
近代出版史探索Ⅴ