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古本夜話1111 穂積陳重『法窓夜話』と有斐閣

 前回の田口卯吉『日本開化小史』の文庫化を確認するために、『岩波文庫解説総目録(上)』を繰ったところ、その下に続けて穂積陳重『法窓夜話』全2冊が掲載されていた。実は浜松の典照堂で田口の『支那開化小史』と一緒に買い求めてきたのが、この原本に他ならない有斐閣版『法窓夜話』であり、偶然とも思われないので、続けて書いておくしかないだろう。

f:id:OdaMitsuo:20210109110142j:plain:h110(『日本開化小史』)岩波文庫解説総目録 法窓夜話 続法窓夜話

 まず穂積に関しては『新撰大人名辞典』(平凡社)の立項を要約してみる。彼は明治大正時代の法学者で、安政三年伊予宇和島に生まれ、明治三年に藩の貢進生として大学南校に入り、七年開成校に進み、法律学を専修。九年文部省より海外留学を命ぜられ、英国とドイツで法学を修める。十三年治外法権撤廃のためにベルリン万国国際法会議に出席し、十四年帰国し、東京帝大教授兼法学部長、文部省書記官、貴族院議員となる。二十五年には法科大学長、後に帝国学士院長、大正五年に男爵、同十五年没。日本の法学界の先駆者にして、やはり法学者の穂積八束は弟、同じく穂積重遠は長男である。

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 ところで『法窓夜話』だが、これは大正五年に有斐閣から刊行され、その「序」はロンドン留学中の息子の重遠が寄せている。そこで重遠は父が「話好き」で、自分が長じてからは「法律談」、それも「法律上の逸話、珍談、古代法の奇妙な規則、慣習、法律家の逸事、扨ては大岡捌きと云つた様々な、所謂『アネクドーツ』」であった。それらを自分が書き止め、「此の種の雑話を書物にすること」を勧めた。それでようやく父もその気になり、自分が洋行後は文学士田中秀央君たちに書き取ってもらい、ここにとりあえず百話だけをまとめ、『法窓夜話』第一輯を刊行するので、「御一読を願ひたい」と述べている。つまり同書は岩波文庫の正編ということになる。

 f:id:OdaMitsuo:20210110094947j:plain:h130(有斐閣版)

 さらに重遠は「此の雑談輯」「法律談」をルイス・キャロルの『不思議の国のアリス』の一編にたとえたり、また田中秀央といえば、『近代出版史探索Ⅴ』927の『ラテン文学史』の著者だったりして、それらにもふれたいが、ここで止めるしかない。『法窓夜話』百話のすべてがそれら以上に興味深いのである。

近代出版史探索Ⅴ

 穂積の語り口は法学者による図版や写真も含めたエッセイの面白さとか、その系譜といったものを想起させる。それは『近代出版史探索』31の尾佐竹猛、『近代出版史探索Ⅱ』246の倉田卓次、同321の岡田三面子などの著書に通じる感慨をもたらし、彼らの源泉のひとつが穂積の『法窓夜話』だったのではないかと思ってしまう。

近代出版史探索 近代出版史探索Ⅱ

 それゆえに百話のうちのどれを紹介しようか迷うし、八「副島種臣伯と大逆罪」、四一「『ハムムラビ』法典」、七八「石出帯刀の縦囚」なども考えたのだが、ここではその四四「『エジェリヤ』の涙泉」を挙げてみよう。それはそこに出ているローマの「神聖の森」が『近代出版史探索Ⅴ』913などのフレイザー『金枝篇』を彷彿させるし、涙泉と森の写真はヌーマ王と女神エジェリヤのカメーネの森での神秘的恋愛のイメージを想像させずにはおかないからだ。しかもそれには落ちもついている。

 金枝篇

 穂積がこの遺跡を訪ねたのは明治三十二年秋で、何と岡田三面子=朝太郎博士と同行していたのである。そこで穂積は煙草のカッターナイフをなくし、涙泉に落としたのであろうということになった。そこで三面子が即座に次の一首を読んだのである。

 「エジェリヤ」がワイフ気取りの聖森(ひじりもり)
        ナイフ落してシクジリの森

 さてそうした「アネクドーツ」を挙げていけばきりがないので、これも言及しておかなければならない『法窓夜話』の出版事情に移る。その前に入手した一冊の状態にふれておくと、B6版上製、三八五ページで、裸本だけれど、函入だったと思われる。挿画と写真は二一ページに及び、法学者の「アネクドーツ」集にふさわしい佇まいの一冊に仕上がっている。売れ行きも好調だったようで、大正五年一月初版、三月再版、六月参版で、私の入手したのは参版だが、新たに著者による「跋」が巻末に付せられている。

 そしてまた奥付の記載から、『法窓夜話』が自費出版だった事実が浮かび上がってくる。著作者兼発行者は穂積陳重で、「著作権所有」欄には「穂積之印」が打たれ、その上に「禁漢訳」とあるのは、有斐閣の法学書などがかなり無断で漢訳されていたことを示しているのだろう。発行所は神田一ツ橋通町の有斐閣、発売所は神田区神保町の有斐閣雑誌店、売捌所は本郷区森川町の有終閣書房となっている。

 『有斐閣百年史』を参照して、これらを簡略に定義すれば、有斐閣は出版部、有斐閣雑誌店は有斐閣の雑誌や書籍だけでなく、他社の出版物も含めた取次と書店、有終閣はその本郷支店で、こちらは本郷において有斐閣の出版物を主としていたことから、『法窓夜話』の取次と販売の窓口に指定されたように考えられる。

 有斐閣と穂積陳重の関係は彼の写真入りで二ページにわたって記され、主要著書『五人組制度論』『隠居論』の出版も挙げられているけれど、『法窓夜話』に関しての出版事情にはふれられていない。それは同書が有斐閣の主要な法経書と異なり、エッセイ集であったこと、それもあって流通販売は有斐閣へ委託したけれど、穂積が自費出版したことなどが作用していると思われる。

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