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出版と近代出版文化史をめぐるブログ

古本夜話1114 村上信明『出版流通図鑑』と外交販売の系譜

 続けて二編ほど「外交販売」に関して書いてみる。

 昭和六十三年に出版業界紙『新文化』の記者だった村上信明による『出版流通図鑑』(新文化通信社)が出された。これは出版社・取次・書店という「正常ルート」以外の十四のルートを取材し、上梓した一冊で、同じく村上の「正常ルート」を対象とした『出版流通とシステム』(同前、昭和五十九年)とともに、まさにアクチュアルに出版物の流通販売に肉薄した、彼しかなしえなかった労作である。

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 両書がいずれも昭和末期に刊行されたことは象徴的で、図らずも書店も郊外店、及び雑誌販売もコンビニの全盛を迎えつつあり、これまで出版物の流通販売を支えていた街の中小書店が危機に追いやられる時代に入っていた。またそのような状況の中で、再版委託制に基づく出版社・取次・書店という近代出版流通システムが問われなければならない時期を迎えていたし、村上の問題意識もそこにあったはずだ。

 それらはともかく、『出版流通図鑑』に戻ると、サブタイトルに「50万アイテムの販売システム」とあるように、ここでは大分類としてのキヨスク、即売、新聞販売店、政府刊行物、専門店、職域直販、図書教材、生協、農協、宗教書、流派家元、通販、宅配便、輸出ルートが挙げられている。つまりこれらの各ルートの中にも多様なアイテムの存在が認められるのである。村上はこれらのルートの始まりについても取材と分析を重ねた上で、「出版流通チャート」を示しながら、次のように述べている。

 要するに、出版社、出版販売業者、異業種企業のそれぞれの事情と必要性が出版流通ルートを多様化させた。いわば関係者寄り集って「多様化」を合作したのであって、決して誰かが一人歩きしたわけではない。出版物自体の個性と多様性を考えれば、流通ルートはむしろ多様化するのが自然の姿といえるであろう。

 このように「正常ルート」以外の多様化した出版物流通販売システムの始まりのひとつが、大正時代に盛んになった「外交販売」だと思われる。取次出身で流通販売にも通じていた小川菊松は『出版興亡五十年』で書いている。

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 外交販売専門で、大正期に早くも大成功したのは、石原俊郎氏の「国際写真情報」で、全国的に外交員が活躍、三、四十万部を発行したが、紙の統制で制約を受け、ついに廃刊の憂き目を見た。終戦後再起を躊躇している中に、もと同社にいた大沢氏が逸早く国際文化情報社を起し、「国際文化画報」と題して、石原氏と同様のものを発行し、ついで「画報近代百年史」を刊行し、共に外交販売の一手で、百年史は現に十八万部以上刷つている。石原氏も「国際写真情報」を再興、昔同様の豪華なものを発行しているが、聊か強敵に立遅れた感がある。この成績優良に刺激され、この畑育ちの連中は、国際情報、世界画報、映画情報、世界文化何々、時事何々と乱立して外交販売で鎬を削つているが、書店販売しないので返品皆無ため何れも成功している。

 この小川「外交販売」に関する記述は昭和二十年代で、『出版流通図鑑』の刊行はその四十年後であり、もはや村上の著書に「外交販売」という言葉は使われていない。そこでもう少し小川の説明を聞いてみる。外交販売の系譜は隆文館の草村北星が大隈侯を総裁として大日本文明協会を組織し、「大日本文明協会叢書」五十巻の翻訳書、隆文館の名前で豪華本『大日本美術略史』、建築工芸会で『建築工芸資料』、龍吟社、及び財政経済会として『明治大正財政史』『日蓮全集』『白隠全集』などを出したとされる。これらに関しては私も「市島春城と出版事業」(『古本探究』所収)、『近代出版史探索』149から159などでふれている。

古本探究 近代出版史探索

 その草村に続くのは玄黄社の鶴田久作が組織した国民文庫刊行会、これも「鶴田久作と国民文庫刊行会」(同前)、やはり『近代出版史探索』104などで論じているので、必要とあれば、そちらを参照してほしい。それは本探索1107で記したように、吉川弘文館の『古事類苑』なども同様であった。

 つまり元来は「正常ルート」の出版者だった草村、鶴田、吉川たちが、それとは異なる「外交販売」に取り組んでいたことになる。そのような明治末期から大正にかけての「外交販売」があって、それに携わっていた人々、小川の言葉を借りれば、「この畑育ち連中」が「外交販売専門」として、石原の『国際写真情報』を始めとするグラフ誌を発行するようになったのではないだろうか。

 先に引用したように、それらの会社や雑誌タイトルは「国際」が点く場合が多い。そういえば、吉川弘文館の発売所に国際美術社なる一社があったが、それが「外交販売」出版人脈の起源だったのではないかと思われるので、さらに一編を続けてみる。

 なお小川の証言によって、拙稿「白倉敬彦とエディション・エパーヴ」(『古本屋散策』所収)、及び『近代出版史探索Ⅳ』603で、国際情報社と国際文化情報社を混同していたことに気づかされた。重版の際に訂正するつもりだが、ここに付記しておく。

古本屋散策 近代出版史探索IV


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