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出版と近代出版文化史をめぐるブログ

古本夜話1121 五車楼『桂園遺稿』

 前回、正宗敦夫は井上通泰に師事して歌を学び、与謝野寛・晶子夫妻ともに『日本古典全集』を編集して予約出版で刊行し、その別バージョンの「歌文珍書保存会本」として、井上の『万葉集新考』も出していることを既述しておいた。

f:id:OdaMitsuo:20210118180150j:plain:h110(『日本古典全集』)

 そうした正宗と井上の関係からすれば、旧派風の歌人される正宗は歌だけでなく、出版や編集に関して、井上を見習っていたのではないかと思われる。そのように考えたのは、浜松の典照堂で『桂園遺稿』上下を入手したからである。これは明治四十年に五車楼蔵版として刊行され、監修は池辺義象、井上通泰、高崎正風、編集は弥富浜雄となっている。菊判上製、二冊とも八百ページを超える大冊で、定価は上下で七円とされている。

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 「桂園」とは江戸時代の歌人の香川景樹の雅号で、「桂園派」とはその流派をさす。『日本古典文学大辞典簡約版』(岩波書店)の立項を抽出してみる。景樹は明治五年因幡鳥取藩家臣荒井家に生まれ、少年の日より学問・和歌を好み、二十六歳で和歌修行のために上京する。そして次第に歌人として頭角をあらわし、一家を創立した。香川を名乗るようになったのは、去ったとはいえ、養家先が香川だったからだ。自己の新風、所謂「桂園調」に開眼し、京都で門人の育成と桂園歌調の普及に尽力した。それは『古今和歌集』を理想とし、一種の文学本能説を唱え、作りやすくわかりやすい和歌を実作し、流麗で典雅、繊細で洒脱、しかも生新であり、あまねく天下を風靡したとされる。

日本古典文学大辞典 簡約版

 こうした景樹や著書の立項、解題から、明治に入って『桂園遺稿』に先がけて、井上通泰編『桂園叢書』三集が出され、昭和になって本探索1073の「有朋堂文庫」、同1117の『校註国歌大系』18にも収録され、また他ならぬ正宗の校訂により、香川景樹歌集『桂園一枝』(昭和十四年)が岩波文庫化されていることを教えられた。この歌集について、正宗が「徳川時代の歌集で、否わが国の歌集では、全体としてこの集の右に出づる集は、いかほどもあるまい」と評価していることも。

f:id:OdaMitsuo:20210120133701j:plain:h120(『桂園一枝』)

 それらに加えて『桂園遺稿』は編者の弥富の「凡例」によれば、景樹が三十四歳の享和元年から六十八歳の天保六年までの歌稿を収録したとされる。また奥付の「著作権所有」のところには弥富の押印があるので、編者が著作権と印税の権利を有していたとわかる。ただ私は景樹の歌集や弥富のプロフィルにも通じていないので、これ以上の贅言は慎み、ここで初め目にする五車楼という版元にふれておきたい。

 函と奥付に見えているように、五車楼は東京日本橋区と京都市御幸町に住所を置き、前者の発行者は藤井孫六、後者は藤井孫兵衛である。『日本出版百年史年表』の明治七年の「京都府管下第一書籍商社」リストを見てみると、「藤井孫兵衛(上京区御幸町通り姉小路上ル)」とあるので、これが京都の五車楼だと判明する。いつの頃からは不明だけれど、その後五車楼は東京に支店を設け、孫六のほうは孫兵衛の息子に当たるのだろう。

 しかし明治末において、京都の出版社が東京支店を設けるのであれば、全国的な教科書、もしくは辞書の版元に限定されるのではないかとも推測される。だが五車楼がそうした出版社であるとは聞いていない。考えられるのは老舗出版社ゆえに売るべき、また売れる出版物と財力もあり、それに取次との関係から東京へ進出を試みたということになるのだろうか。例によって巻末広告で出版物を見ることができれば、それらの判断もつくのだが、実はそれが函に掲載されているのである。そのような例はほとんど見ていない。そこで煩雑が、それらを挙げてみる。番号は便宜的に振ったものである。

1 神澤貞幹翁編述 『翁草』 全二十一冊  正価金十五円
2 浅井虚夫著 『女官通解』 全一冊    正価金七十銭
3 生間正起編 『式法秘書 全五冊    正価金三円五十銭
4 皆川淇園著 『習文録』 全五冊    正価金七十五銭
5   〃  『助字詳解』 全三冊    正価金五十銭
6   〃   『助語審解』 全三冊  正価金五十銭
7   〃   『実学解』  全六冊    正価金一円
8   〃   『虚字解』  全二冊   正価金五十銭
9   〃   『虚字詳解』 全八冊    正価金一円五十銭
10 富士谷御杖著 『和歌あゆひ抄』 全三冊  正価金五十銭
11  〃    『和歌かさし抄』  全二冊  正価金四十銭
12  〃   『歌ふくろ』    全三冊  正価金六十銭
13 綾足大人著 『詞草小苑』    不明   正価金三十五銭

 すべてにはふれられないので、正価が高いことと冊数の多さからいって、1の神澤貞幹と皆川淇園に関して、やはり『日本古典文学大辞典簡約版』を参照し、言及してみる。

 神澤は江戸時代の随筆家、俳人、永井荷風が『断腸亭日乗』(岩波文庫)でその書名を挙げている。皆川はやはり江戸時代の漢学者で、「開物学」なる一家の学問を創め、字学においても『実学解』『虚学解』は当時のベストセラーだったという。

摘録 断腸亭日乗〈上〉 (岩波文庫)

 このように神澤と皆川のプロフィルや著書を挙げてみても、近世の随筆や字学のベストセラーが東京の近代出版業界で受け入れられたとは思えない。これらを携えて東京へ進出したものの、それは長くなく、ほどなく撤退するしかなかったであろうし、五車楼の名前が残されていないことも、そのことを示しているのだろう。


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