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古本夜話1122 紅玉堂書店「新釈和歌叢書」と半田良平『香川景樹歌集』

 前回の『桂園遺稿』に関連して、確か二十年以上前に、紅玉堂書店の『香川景樹歌集』を拾っていたことを思い出した。

 その当時、「西村陽吉と東雲堂書店」(『古本探究』所収)を書き、西村が東雲堂書店の編集者で、若山牧水『別離』、石川啄木『一握の砂』、斎藤茂吉『赤光』などの詩歌集を刊行するかたわらで、自らも口語詩人であったことに言及しておいた。また西村は大正十四年に、紅玉堂書店創刊の詩歌雑誌『芸術と自由』の中心となり、口語歌集『晴れた日』も上梓している。

古本探究  f:id:OdaMitsuo:20210121133643j:plain:h110(『晴れた日』)

 紅玉堂書店はやはり歌人の前田夏村が営む文芸書出版社で、後に西村の出資を受け、東雲堂書店の系列会社になったと思われる。おそらくそれと連動して、大正六年創刊の歌壇の総合雑誌『短歌雑誌』の経営が東雲堂書店から紅玉堂書店へと移り、十二年から編集発行人は当初の西村から前田へと代わっている。

 それを背景にして、『香川景樹歌集』を含む「新釈和歌叢書」の刊行があったのだろうし、そこには一ページの「刊行趣旨」も掲載されているので、それを抽出、紹介してみる。

 万葉集以後、何百何千となく世に出た歌集を一々読破することは却々むづかしい為事であるばかりでなく、歌集研究者に非ざる限り殆ど無用に近い業である。さらばとて、其等の歌集に秘められて居る宝石にも譬へべき名歌秀什を路傍の石の如く看過してしまうことは、洵に甚大なる損失と言はねばならぬ。(中略)弊堂は茲に鑑みるところあり、新歌壇の中堅作家数氏に嘱して、個々の作家の撰集を作り、その一首々々に就て、語義、大意乃至感味などを簡明に論評し以てその作家の特色を闡明ならしめんとする企を試みた。(中略)この叢書出でて、多少なりとも新歌壇に貢献するところあらば、弊堂の志は十分達せられたものと言ふべきである。猶ほ、本叢書は一般に普及せしめたい希望の下に装幀を高雅瀟洒にし、定価を出来るだけ廉価にした。弊堂の意の存するところを汲んで戴ければ幸ひである。

 そしてこの叢書は四六判、一三〇ページに仮綴、定価八十五銭とされる。実際に見てるみると、この「仮綴」はアンカットフランス装ともいえよう。この際から、それらの明細も挙げてみる。

1 半田良平 『大隈言道歌集』
2 橋田東声 『正岡子規歌集』
3 尾山篤二郎 『源実朝歌集』
4 半田良平 『香川景樹歌集』
5 相馬御風 『良寛和尚歌集』
6 宗不旱 『柿木人麻呂歌集』
7 植松壽樹 『橘曙覧歌集』
8 松村英一 『田安宗武歌集』
9 花田比露思 『記紀歌集』
10 半田良平 『加茂真淵歌集』
11 川田順 『新古今集』
12 窪田空穂 『古今集』

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 この「新釈和歌叢書」は偶然ながら4の他に7も入手していて、この「第一期」が全点刊行されたのかは確認していないけれど、7には「第二期刊行書目」として、『万葉女流歌人歌集』から『木下幸文歌集』までの十二冊が掲載されている。だがこちらはリストアップを省略する。

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 4と7の出版は大正十四年と同十五年だが、この時代にあって、このような歌人、歌集の「叢書出でて、多少なりとも新歌壇に貢献するところ」があったのかどうか、不明だが、4は四刷、7は初版三千部とあるので、かなり売れたと判断できよう。それは4の奥付の検印紙に見られる「帝都復興努力しませう」というコピーが象徴しているように、関東大震災後の出版であることも作用しているかもしれない。また検印紙には半田の押印があることから、印税も支払われていたと推測される。

 『香川景樹歌集』の半田を始めとする「新歌壇の中堅作家」としての著者たちは、先の『短歌雑誌』の編集者、寄稿者にして、紅玉堂書店の著者でもあった。半田は『短歌新考』『野づかさ』、尾山篤二郎は『処女歌集』『歌はかうして作る』、松村英一は『歌集やますげ』『現代一万歌集』、窪田空穂は『鳥声集』、花田比露思は『歌に就ての考察』、植松壽樹は『歌集庭燎』などを刊行している。また国木田独歩の『独歩詩集』を見ると、拙稿「出版者としての国木田独歩」(『古本探究Ⅱ』所収)が夢想した独歩社という「自由の国」を思い浮かべてしまうし、紅玉堂書店もそうしたイメージを生じさせる。

f:id:OdaMitsuo:20210121113040j:plain:h110(『野づかさ』) 古本探究 2

 それらの紅玉堂書店の出版物と東雲堂書店のものを加えれば、大正時代に台頭しつつあった「新歌壇」なるもののシルエットが浮かび上がってくるかもしれない。

『香川景樹歌集』の巻末広告の最後の一ページには「出版目録無代進呈」が告知され、「ハガキで申込下さい。即時御送り申ます。本書に挿入してあります、愛読者カードを御送り願ふことが出来れば幸甚です」との言葉はまさにそのような紅玉堂書店への誘いに他ならないように思えてくる。


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