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出版と近代出版文化史をめぐるブログ

古本夜話1127 春陽堂「大日本文庫」

 ずっと続けて予約出版と外交販売による古典籍類の全集や大系などをたどってきたけれど、そうした企画は様々な出版社に持ち込まれ、おそらくスポンサーや公的助成金付きで、刊行されていったと思われる。まだ残されているそれらをいくつか取り上げてみたい。

 本探索1096で、昭和円本時代の「春陽堂予約出版事業」に言及しているが、「大日本文庫」は昭和十年代のシリーズで、その全容がつかめないこともあり、ふれてこなかった。それは書誌学の分野でも同様で、このところ重宝している『世界名著大事典』第六巻の「全集・双書目録」にも見当らない。また『全集叢書総覧新訂版』においても、A5判、「乙」は全46巻が29巻、「丙」は全57巻が26巻で中絶とあり、「乙」と「丙」を合わせた「甲」は100巻予定だったという記載で、よくわからない。

全集叢書総覧 (1983年)   

 私も一冊しか拾っておらず、それは「神道篇」の『復古神道』上巻、「荷造用函」入で、その底の部分に「(甲種)第五回配本(二冊のうちA)」、「(乙種)第五回配本」とある。この事実から類推すれば、私の入手した『復古神道』は四六判の二冊本なので「甲」、「乙」のほうはA5判の一冊本のように思われる。

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 ところが『春陽堂書店発行図書総目録』を当たってみると、「大日本文庫」は五十三冊あり、そのうちの十三冊は「昭和年代(戦前)発行年月不明出版物」とされている。結局のところ、もはや「大日本文庫」の全巻を確認することは限りなく難しいということになろう。しかも各セクションは判明しただけでも「勤王篇」「芸道篇」「国史篇」「儒教篇」「神道篇」「地誌篇」「武士道篇」「仏教篇」「文学篇」となっていて、それぞれが最終的に何冊出たのかも定かでない。

春陽堂書店 発行図書総目録(1879年~1988年)

 ちなみに手元にある「神道篇」は『垂下神道』上下、『復古神道』上中、『吉川神道』の五冊だが、この他の巻も出されているかもしれない。だがいずれにしても、手がかりは『復古神道』上巻にしかないので、この一冊を見てみる。監修は『近代出版史探索Ⅲ』の井上哲次郎、本探索1116などの上田万年、校訂は田中義能である。田中は『神道辞典』の立項によれば、神道学者、国民道徳学者で、明治五年に山口県玖珂郡生まれ、東京帝大文科哲学科で井上哲次郎の薫陶を受け、大正五年東京帝大文学部に神道講座が開設されると、助教授として初めて神道概論を講じ、十五年は上田万年を会長とする神道学会を設立し、機関誌『神道学雑誌』を創刊している。こうした経歴、及び井上や上田との関係からしても、『復古神道』上巻の校訂に従うのは必然だったといえよう。もちろん中巻も同様である。

近代出版史探索III

 田中はこの上巻収録の荷田春満「荷田大人創学校啓」、加茂真淵「国意考」「祝詞考」、本居宣長「うひ山ふみ」「真昆霊」「玉鉾百首」「くずばな」「馭戒慨言」の解題に続いて、「復古神道について」を寄せているので、その最初の定義の部分を引いてみる。

 神道は、我が国固有の大道で、上古から我が国に行はれ、我が国の根底となり、我が国民生活の原理となつて居るのであるが、後世、儒教、仏教の伝来後、此れ等と相混じ、惟神(かんながら)の大道としては、甚だ不純なるものとなつた。荷田春満こゝに出で、かゝる儒仏的神道を以つて、唐宋諸儒の糟粕にあらずんば、胎金両郭の余瀝と云ひ、儒仏伝来前の神道を復興せんとしたのである。之れを復古神道と云ふ。

 この田中の定義にとどめ、これ以上復古神道に立ち入らないが、この一巻が江戸時代の国学者の荷田春満から加茂真淵、本居宣長へと引き継がれていく復古神道の中枢ラインを提出していることになろう。またこの一文は京都国立博物館監修『神道美術』(角川書店)をかたわらに置きながら書かれたことを付記しておく。

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 さてそれならば、この「神道篇」も含んだ「大日本文庫」とは何かということになる。奥付を見てみると、編輯兼発行者は大日本文庫刊行会の和田利彦で、彼は本探索1098の春陽堂二代目である。したがって刊行所は春陽堂となっているけれども、検印のところには「大日本文庫」の印が押されているので、著作権と印税は春陽堂ではなく、大日本文庫刊行会にあるとわかる。また「非売品」との記載は「大日本文庫」が予約出版にして、外交販売ルートによる企画だったのではないかと判断できよう。つまり和田と春陽堂は名義を貸したのであろう。

 おそらく「大日本文庫」の企画は、本探索1116、117の国民図書の『校註日本文学大系』『校註国歌大系』の関係者によるものと考えられる。『復古神道』に見られる上部に頭注、下部に本文という編集形式は同様であり、やはりそれらの監修者だった上田たちをかつぎ出し、スポンサーや公的出版助成金、及び春陽堂の名義貸しを得て、刊行に至ったのではないだろうか。しかしそのコンセプトと内容は求心的ではなく、どちらかといえば散漫で、外交販売ルートにふさわしくなかったように思える。それに昭和十年代に入り、外交販売の雄だった中塚栄次郎の退場に象徴されるように、支那事変が進んでいく中で、外交販売の時代も終わりつつあったのかもしれない。

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