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出版と近代出版文化史をめぐるブログ

古本夜話1144 四六書院、小松清『西洋音楽通』、三省堂『レコード音楽全集』

 前回、大正時代に上方屋出版部の楽譜本や歌本がまさに飛ぶように売れていたことにふれたが、昭和に入ると、それらも含めた音楽書や雑誌の分野も活発になっていったと推測される。それは『近代出版史探索Ⅱ』339のアルスの「音楽大講座」や春秋社の『世界音楽全集』などにも明らかだ。そして専門の出版社も生まれていったであろうし、戦時下の昭和十六年の音楽雑誌の第一統合による音楽之友社、同十九年の音楽図書や楽譜の日本音楽図書出版の設立にうかがうことができよう。

 そのような音楽も含めたモダニズム的趣味の時代を象徴するのは四六書院の「通叢書」であり、そこには小松清『西洋音楽通』、田辺尚雄『日本音楽通』、中西蝶二『日本俗曲通』、さらに音楽関連を考えれば、立花高四郎『映画通』、坪内士行『ダンス通』、小寺融吉『をどり通』なども挙げられる。このうちの『西洋音楽通』は入手している。

f:id:OdaMitsuo:20210410151615j:plain:h120 (『西洋音楽通』) f:id:OdaMitsuo:20210410153825j:plain:h115(『映画通』)f:id:OdaMitsuo:20210410154148j:plain:h115(『をどり通』)

 この四六書院には『近代出版史探索』50で、「新でかめろん叢書」の丸木砂土『風変りな人々』を取り上げているが、同39などの田中直樹が創刊した『犯罪公論』の版元である。また『三省堂書店百年史』に四六書院は三省堂の傍系と記され、明治末期には書店の小僧だった荒井左吉が後年の責任者とされ、河原万吉『古書通』の書影も掲載されているのだが、それ以上の言及はない。やはり百科辞典や辞書、教科書と学参書のイメージの強い三省堂にとって「通叢書」はともかく、『犯罪公論』や「新でかめろん叢書」は傍系子会社のままにしておきたいと察するしかない。それでも奥付を見ると、確かに荒井が四六書院代表者として、発行兼印刷者にすえられている。

 f:id:OdaMitsuo:20210410162333j:plain:h120(『古書通』)f:id:OdaMitsuo:20210412104427j:plain:h120

 ところで、小松清は『近代出版史探索Ⅴ』892などのマルローの訳者だと思い、入手したのだが、同姓同名で、こちらの小松のほうも並んで『[現代日本]朝日人物事典』に立項されていた。それによれば、やはり東京帝大仏文科出身のフランス文学者だが、東京音楽学校選科でピアノを修め、ルビエニスキとプリングスハイムに師事し、フランス音楽の紹介に尽力し、幅広い西洋音楽の享受の道を開いたとされる。
現代日本 朝日人物事典
 さてこの小松の『西洋音楽通』に少し遅れる昭和十二年に三省堂のほうから、『レコード音楽全集』全五巻が刊行となっている。その第三巻の牛山允、増澤健美『演奏様式と演奏家』が手元にある。その「序」は次のようにしたためられている。
 f:id:OdaMitsuo:20210410163617j:plain:h120(『レコード音楽全集』、第一巻『音楽の鑑賞』)

 最近レコードの製作方法の進歩は其の普及を驚嘆すべき連座を以て果しつゝある。そして今やレコードは吾人の生活の一部とさへなりつゝあるのだが、その結果、正統的音楽把握なき為めに、徒らにレコードの森林の中に放浪する姿さへ吾人は屢々見受ける有様だ。ここに於て吾人は、此の五巻に於て、音楽学を語り、演奏批判の標準を示し、更に楽曲の解説から現代演奏家の芸術を伝へて音楽をそれ自身の正しき姿を映し出し、それに続いて緊密なる連携の下にレコードを語り、蓄音機を説いている。それ故に本全集五巻は音楽鑑賞全集であると共に、レコード文献全集でもあり、更にそれ等の適切な融和を図つたものでもある。

 そして「編纂者一同」の言葉として、「音楽鑑賞全集」「レコード文献全集」は「欧米に於ても未だ発行されず、勿論本邦に於ても始めての企画」だとも述べられている。ここまでいわれれば、その各巻タイトルと編纂者名を示すべきだろう。第一巻は『音楽の鑑賞』、第二巻は『音楽の発達と音楽家』、第四巻は『名曲解説』、第五巻は『レコードと蓄音機』で、編纂者は先述の牛山と増澤以外に、青木謙幸、有坂愛彦、大田黒元雄、隈部一雄、塩入亀輔、野村あらえびす、野村光一、原愛次郎、藤田不二、堀内敬三、山根銀二である。これらのうちで私が知っている野村あらえびすは『銭形平次捕物帳』の作者でレコードマニアの野村胡堂、大田黒元雄は拙稿「第一書房と『セルパン』」(『古雑誌探究』所収)でふれているように、多くの音楽書やその訳書を上梓している第一書房のパトロン、堀内敬三は前述の音楽之友社の社長に就任し、月刊『音楽之友』を創刊することになる。

レコードと蓄音機 [新装版](『レコードと蓄音機』) 古雑誌探究

 小松はいないけれど、これらの三人だけを挙げても、彼らが昭和戦前の西洋音楽とレコードに関する当代の第一人者だったことがわかる。私が通じていないだけで、他の十人もそれぞれの音楽の分野で著名な人々なのであろう。小松の名前がないことを気にかけていたら、巻末広告に「音楽家愛好家の必読書」として、小松清『西洋音楽の鑑賞法』、小松平五郎編『模範音楽辞典』、大塚淳・小宮山繁共著『楽典読本』の三冊が見出されたのである。

西洋音楽の鑑賞法(『西洋音楽の鑑賞法』) f:id:OdaMitsuo:20210411115845j:plain:h110(『楽典読本』)

 『レコード音楽全集』が「予約出版」定価一円八十銭で出版されたのは昭和十二年で、すでに支那事変が起きていた。そのような時代にあって、このような音楽書が出されていたことに、少しだけでも救われるような気になる。

 なお拙稿「岡村千秋、及び吉野作造と文化生活研究会」(『古本探究Ⅲ』所収)で、文化生活研究会の「音楽文化叢書」を取り上げていることを付記しておく。

古本探究〈3〉

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