出版・読書メモランダム

出版と近代出版文化史をめぐるブログ

出版状況クロニクル159(2021年7月1日~7月31日)

21年6月の書籍雑誌推定販売金額は996億円で、前年比0.4%減。
書籍は490億円で、同0.2%増。
雑誌は475億円で、同0.9%減。
雑誌の内訳は月刊誌が407億円で、同3.1%増、週刊誌は67億円で、同20.0%減。
返品率は書籍が39.0%、雑誌は41.2%で、月刊誌は40.2%、週刊誌は46.8%。
書店売上は書籍の9%減に見られるように、ほとんどのジャンルでマイナスとなっている。
雑誌のほうも定期誌、ムックがともに1%減で、コミックスは『進撃の巨人』最終巻、『呪術廻戦』『ONEPIECE』の新刊が出されたが、前年の『鬼滅の刃』には及ばす、前年並みとなった。

進撃の巨人(34) (講談社コミックス)  呪術廻戦 16 (ジャンプコミックス)  ONE PIECE 99 (ジャンプコミックス)  鬼滅の刃 23 (ジャンプコミックス)  


1.出版科学研究所による21年上半期の出版物推定販売金額を示す。

 

■2021年上半期 推定販売金額
推定総販売金額書籍雑誌
(百万円)前年比(%)(百万円)前年比(%)(百万円)前年比(%)
2021年
1〜6月計
644,5194.2368,6254.8275,8953.5
1月89,6513.550,5431.939,1085.7
2月120,3443.571,8550.648,4908.0
3月152,9986.597,0185.955,9807.7
4月107,3839.758,12921.949,254▲1.8
5月77,5200.742,006▲0.935,5152.6
6月96,623▲0.449,0740.247,548▲0.9

 上半期の紙の出版物推定販売は6445億円、前年比4.2%増である。20年はコロナ禍による書店休業の影響もあり実売状況は見えにくいが、19年上半期と比べても、1.2%増となっている。
 また21年上半期電子市場は2187億円、同24.1%増で、電子コミックは1903億円、同25.9%増で、電子コミックは1903億円、同25.9%増で、2000億円近くに及んでいる。

 しかし5月以降の書店売上は取次のPOSレジ調査によれば、頭打ちになっていて、21年下半期も上半期の動向と重なるかは予断を許さない。
 21年上半期占有率は書籍42.7%、雑誌32.0%、電子出版25.3%となっているので、下半期は雑誌と電子書籍のシェアが逆転してしまうことも考えられる。
 週刊誌の6月の返品率46.8%、売上の前年マイナス20%は近年見たこともない数字で、週刊誌を配達していた小書店も壊滅状態になっているのだろう。そのことを告げるように、この7月に近くの商店街にあった最後の書店が閉店した。取次は中央社だった。



2.トーハンと大日本印刷(DNP)は出版流通改革に向けての全面的提携を発表。
 DNP グループが運営する書籍流通センター「SRC」をトーハンの物流拠点「桶川SCMセンター」内に設置し、出版社倉庫や印刷拠点とも連携することによって、マーケットイン型販売流通を構築し、返品率を大幅に削減し、書店のマージンアップをめざす。

 これらの連携による製造・物流、情報流通、商流、販促の改革がトーハンとDNPの「出版デジタルトランスフォーメーション(DX)」だとされる。
 たまたま『ニューズウィーク日本版』(7/20)が特集を組んでいて、「DXの本質はむしろ技術の外側にある」し、そのコアは「今の時代に合わせた変化」そのものだとされる。
 そのためにはどこまで「聖域なき改革ができるかにかかっている」、その「大きなDXの成功例」として、ネットフリックスが挙げられている。郵送によるDVDレンタル事業からオンデマンドによる定額制映像配信への転換が「聖域なき業務改革の結果」だったとされる。 
 出版業界の「聖域なき改革」とは書籍に関しての再販委託制から低正味買切制と時限再販の導入に他ならず、それを抜きにした「出版デジタルトランスフォーメーション(DX)」はありえないと断言できよう。

Newsweek (ニューズウィーク日本版)2021年7/20号[DX ビジネスの何が変わる?]



3.CCCの第36期決算公告が『日刊工業新聞』(6/25)に出された。
 連結、単体ともに最終赤字。
 連結売上高は2982億5900万円で、前年比15.6%減、営業の損失68億5100万円(前期は90億3200万円の営業利益)、経常利益42億3500万円、同66.7%減、特別損失107億7400万円。親会社株主に帰属する純損失163億3200万円。
 単体売上高は113億500万円で、前年比11.2%減、営業利益は15億2900万円、同43.3%減、経常利益59億2000万円、同83.2%増、特別損失177億8700万円、当期純損失121億5800万円。
 CCCは『文化通信』(7/5)の取材に、「2020年度は、コロナウイルス感染拡大防止のために休業要請があり、TSUTAYAや蔦屋書店の休業、ならびに旅行需要の大幅な低下に伴う旅行事業のマイナスなどが大きく影響した。また特別損失については一定の役割を終えた事業資産の償却等によるもの」と説明。


 本クロニクル155で、やはり『日刊工業新聞』に出されたCCCの蔦屋書店などの20社の吸収合併や解散を取り上げておいたけれど、その延長線上における決算ということになろう。
 その公告を知ったのは7月に入ってからのことで、もはやアクセスできず、その公告は消息筋より送られたものである。
 その後、東証マザーズ上場のSKIYAKIの「親会社等の決算に関するお知らせ」で、それらを確認できたことも付記しておく]
odamitsuo.hatenablog.com



4.トップカルチャーは2023年10月期までにFCレンタル事業からの撤退を発表。
 今後は書籍、特選雑貨・文具の販売、及び新規事業に資源を集中する。
 それに伴い、21年10月期第3四半期に事業撤退損として、21億円を特別損失に計上し、CCCに撤退ペナルティとして同額を支払う。ヒーズの子会社Dai、日本政策投資銀行、CCCを引受先とする第三者割当増資を実施し、損失分21億円を調達する。
 特別損失計上で、21年10月期通期の業種予想は最終赤字18億1500万円。

 本クロニクル157で、CCCの最大のFCのトップカルチャーの一部店舗でのDVDレンタルからの撤退を伝えたばかりだが、23年までに全店舖からの撤退が発表されたことになる。
 撤退ペナルティを払ってもということは、さらに続けるとそれ以上の欠損が生じることを告げていよう。
 東証一部上場のトップカルチャーはCCCのFCとして、レンタルプラス日販の特販書店の立場を有してきたが、その行方はどうなるだろうか。
 皮肉なことに、『ニューズウィーク日本版』の発売元はCCCメディアハウスであり、そこで「デジタルトランスフォーメーション(DX)」特集が組まれているかたわらで、レンタルからの全撤退の表明となった。
 それは日販、MPD、CCC=TSUTAYAにどのような波紋をもたらしていくのか。ワンダーコーポレーションの行方も気にかかる。
odamitsuo.hatenablog.com



5.芝田泰明『地主のための資産防衛術』(幻冬舎)を読了。
地主のための資産防衛術
 同書は次のように始まっている。

 三十数年前、私の叔父は、田んぼの真ん中に書店を建てました。
 いわゆる「郊外大型書店」の走りでした。
 そこは私の祖母(叔父の母親)名義の土地でした。開店のタイミングも、立地もよかったので、その書店は大いに繁盛しました。叔父は、テナントを借りて2号店、3号店と支店を増やし、レンタルビデオ店やインターネットカフェなど書店以外にも手を広げ始めました。
 バブル景気の勢いにのって、商売は長期にわたって右肩上がりが続き、最盛期には8店舗、従業員170名を抱える大所帯になりました。
 いつしか叔父は地元の名士となり、どこへ行っても「社長、社長」と下にも置かない歓待を受けるようになりました。

 しかしこの同族会社はバブル経営の果てに、7億円の負債を抱え、著者の父は自死し、その資産は抵当に入っていたのである。
 この書店は大手書店のフランチャイジーで、1990年代に大手取次とナショナルハウスメーカーがタッグを組み、資産家を対象として仕掛けたフランチャイズ商法だったと推測される。ただ残念なことに取次も書店名も実名は出されていない。
 そうしたメカニズムによるフランチャイズ展開が全国各地で繰り拡げられ、それが芝田の著書のイントロダクションのような展開となり、そしてバブルが破裂した。その清算に悪戦苦闘しているのが、取次とフランチャイジーの近年の状況だと思われる。
 それらの清算の内実が書きこまれていれば、この一冊はさらに教訓的なものになったであろうが、自費出版と見なせるので、そこまでは書けなかったことがうかがえる。



6.『新文化』(7/1)に実業之日本社の岩野裕一社長が「『出版物の運賃は安いもの』、無自覚だった出版界」の見出しで、旧国鉄の「特運制度」の歴史的背景と本質にふれている。
 「特運制度」とは1887年に導入された、東京からどこまで運んでも運賃は同じとするもので、知識と活字文化を得るために経済的負担が異なってはならないとする公共的政策的運賃制度であった。
 その制度と国鉄の特別輸送体制の恩恵は1960年代まで続き、70年代以後のトラック輸送へ移行後も同様だった。その「出版物の運賃は安いもの」とする帰結が、今日の物流の危機を招いたのである。
 こうなってはイノベーションによって問題解決を見出すべきで、取次と印刷所の協業によるプリント・オン・デマンド(POD)の拠点設置、ラストワンマイルの物流・決済機能が実現すれば、出版業界全体のインフラとして成立する。残された時間は少ないが、そのようなイノベーションなくして、危機からの脱出はありえない。

 このような視座から、のトーハンとDNPの連携という発想が生まれてくるのであろう。
 しかしながら他ならぬ実業之日本社と『婦人世界』にしても、この「特運制度」と雑誌にベースを置く大取次の成立によって成長してきたのも自明の事実なのだ。それこそが近代出版流通システムの要でもあった。これは清水文吉『本は流れる』(日本エディタースクール出版部)が詳しい。
 ここで実業之日本社の岩野が啓蒙的な「寄稿」をしているのは、思いがけずにコミック『静かなるドン』のデジタル化によって、増収増益の決算を見たことによっているのだろう。それは「デジタルトランスフォーメーション(DX)」ではあっても、ここでいわれているイノベーションとは異なるように思われる。
   新装版 静かなるドン 第1巻 (マンサンコミックス)



7.書籍卸ノトス・ライブが破産。
 ノトス・ライブは1990年設立の書籍卸会社で、高校を中心として教養書、ビジネス書、児童書などの学校図書館用図書を販売していた。
 20年には売上高が2億8000万円に落ちこみ、21年3月には事業停止となり、負債は19年7月時点で1億6100万円とされる。

 このノトス・ライブは未知の卸会社で、取次リストにも掲載がない。学校や職域を中心とする直販業者だと考えるべきではないだろうか。
 かつては自治会ルートなどで、料理書、実用書、ビジネス書が売られていた時代があったけれど、おそらくノトス・ライブはそれらの直販業者の中にあって、学校、それも高校を中心としていたと推測される。
 だがそのような直販業者の時代も終わってしまったことを伝えていよう。



8.水中造形センターが事業停止。
 同社は1958年に舘石昭によって創業され、月刊誌『マリンダイビング』『アイラブダイビング』『海と島の旅』などを主体とし、多くのダイビング関連本を刊行していた。
 2002年には売上高11億3700万円を計上していたが、20年には3億9000万円になっていた。それにコロナ禍の中で、昨年主催している「マリンダイビングフェア」が延期となり、資金繰りも悪化していた。
 負債額は2億円。

Marine Diving (マリンダイビング) 2021年 08月号 No.681 [雑誌]

 本クロニクル154の枻出版社の民事再生、同157の昭文社の海外旅行ガイドブックの低迷、同155などのダイヤモンド・ビッグ社の「地球の歩き方シリーズ」の学研プラスへの譲渡などに象徴されるように、コロナ禍の影響は旅行書やアウトドア関連書にも及び、それはマリンスポーツも例外ではなかったことになる。
 ダイビングの本は購入したことはなかったけれど、『海と島の旅』は何度は買ったことがあり、懐かしい。
odamitsuo.hatenablog.com
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9.角川春樹事務所はフォーサイドと資本業務提携条約を締結。
 この資本提携によって、フォーサイドは角川春樹事務所の株式15.0%を保有する。
 会わせてフォーサイドは角川春樹事務所の子会社ホールワールドメディアの株式も取得し、子会社化した。
 同じくフォーサイドの子会社モビぶっくで、角川春樹事務所が発行していた女子高生向け雑誌『Popteen』の事業を展開する。
 フォーサイドは2000年2月に設立され、子会社フォーサイドメディアは女子小中学生向け雑誌『Cuugal』を発行している。

 株式の譲渡価格は非公表だし、『Popteen』発売元はそのまま角川春樹事務所で、しかもそれぞれの子会社が絡み、よくわからない印象がつきまとう。
 フォーサイドは『Cuugal』と連動するイベントなどを推進するとされているが、おそらくこれもデジタルトランスフォーメーション絡みと考えるべきだろう。
Popteen(ポップティーン) 2021年 08 月号 [雑誌] [Cuugal(キューーガル)2021年8月号(#10)]



10.広済堂は連結子会社の広済堂あかつきの全株式譲渡と同社に対する債権放棄を決議。
 広済堂あかつきは20年の売上高が9億円、純損失約2億円の2年連続赤字で、教科書事業も採算確保できないと判断し、株式譲渡に踏み切った。
 これにより、広済堂あかつきは広済堂グループから除外されるが、株式売却先と譲渡金額は公表されていない。

 これはとても錯綜しているので、簡略な説明を加えておく。
 広済堂あかつきは1947年に長野市で暁教材社として創業し、学参、教科書、学校用教材などを手がけ、その後は暁教育図書としてムックにも進出し、「日本発見」というシリーズを刊行していた。
 ところが90年代に破綻し、広済堂印刷による新会社が設立され、2008年には広済堂出版を吸収合併して広済堂あかつきとなっていたのである。つまり今回の処置によって、広済堂は出版から撤退したことになろう。幻冬舎の見城徹は広済堂を出自としている。
 古い話だが、暁教育図書にも広済堂にも旧知の人たちがいた。彼らはどうしているのだろうか。
大和路―古都の謎と魅力を探る (1979年) (日本発見―心のふるさとをもとめて〈1〉)



11.『出版月報』(6月号)が「ビジネス書」特集を組んでいる。

 1990年代から始まる「ビジネス書の歴史」チャートが掲載されているが、私見によれば、その流れは日本実業出版社の1970年代後半の四六判並製のビジネス書から始まっているように思える。
 それまでは経済書や法律書にしても、専門出版社の函入A5判上製が主流で、気軽に買えるビジネス書とはいえなかった。現在では当たり前だが、それゆえに当時としては日本実業出版社の戦略は画期的であり、ポピュラーなビジネス書の世界を築くことになった。
 一方で78年にTBSブリタニカのガルブレイス『不確実性の時代』がベストセラーとなり、新しいビジネス書販売の時代が迫りつつあった。それに鈴木健二を中心とする人生論的ビジネス書が大和出版によって引き継がれ、90年代へと至ったと考えらえる。
 
 そしてチャートにあるような90年代の経済入門書、寓話本、自己啓発書ブームが続き、今世紀を迎えるわけだが、当初の役に立つ実用書としてのビジネス書から人生論的なビジネス書の色彩が強くなってきているのではないだろうか。
 特集に21年前半のビジネス書ベストセラーが挙げられているので、そのタイトルを示すと、『人は話し方が9割』『本当の自由を手に入れる お金の大学』『よけいなひと言を好かれるセリフに変える言いかえ図鑑』『1日1話、読めば心が熱くなる 365人の仕事の教科書』『リーダーの仮面』となる。
 コロナ禍とデジタルの進行の中で、これらのビジネス書はどのような方向へと進んでいくのだろうか。

不確実性の時代 人は話し方が9割 本当の自由を手に入れる お金の大学 よけいなひと言を好かれるセリフに変える言いかえ図鑑 1日1話、読めば心が熱くなる365人の仕事の教科書 リーダーの仮面 ── 「いちプレーヤー」から「マネジャー」に頭を切り替える思考法



12.大和書房の創業者大和岩雄が93歳で亡くなった。

 11のところで、大和出版が80年代にビジネス書と人生論を組み合わせるかたちで、鈴木健二のベストセラー本を送り出したことを既述しておいたが、大和出版は大和書房の子会社で、大和が設立している。
 戦後にも人生論の時代があって、大和書房もその代表的な一社だった。櫻井秀勲に「売れる本づくりを実践した鬼才たち」のサブタイトルを付した『戦後名編集者列伝』(編書房)があり、そこには大和岩雄も登場し、大和書房と人生論の関係もレポートされている。
 なお1991年までの全出版目録は『大和書房三十年の歩み』(1991年)に収録がある。
 私にとっての大和は出版者以上に古代史研究家としてで、『秦氏の研究』(大和書房、1993年)を始めとする著書には多くを教えられてことを付記しておこう。
戦後名編集者列伝: 売れる本づくりを実践した鬼才たち 秦氏の研究―日本の文化と信仰に深く関与した渡来集団の研究



13.立花隆が亡くなり、偉大なジャーナリストとしての追悼の言葉があふれるように続いている。

 しかしそれだけでいいのだろうか。
 拙著『出版社と書店はいかにして消えていくか』『ブックオフと出版業界』を初めてまともに書評してくれたのは立花であることもふまえていうが、『立花隆の書棚』(中央公論新社)における『血と薔薇』に関する発言は思いこみによる間違いだらけである。それは『血と薔薇』を創刊編集した内藤三津子の『薔薇十字社とその軌跡』(「出版人に聞く」10)を参照していないことを浮かび上がらせている。このことは『出版状況クロニクルⅣ』で既述している。

 それから『田中角栄研究』(講談社)を労作だと認めるにやぶさかではないけれど、大宅壮一文庫、及び梶山季之とそのスタッフたちの田中金脈に関するデータ集積も不可欠であったことを忘れてはならないように思う。前者に関しては折しも阪本博志編『大宅壮一文庫解体新書―雑誌図書館の全貌とその研究活用』(勉誠出版)が出たばかりだ。
 先人の仕事を抜きにして、「知の巨人」も成立しないことを教えてくれるし、私なども何よりも自戒しなければならないと思う。

出版社と書店はいかにして消えていくか: 近代出版流通システムの終焉 ブックオフと出版業界 ブックオフ・ビジネスの実像 立花隆の書棚 薔薇十字社とその軌跡 (出版人に聞く 10) 出版状況クロニクル 4 2012.1~2015.12 田中角栄研究全記録 上 (講談社文庫 た 7-1) 大宅壮一文庫解体新書: 雑誌図書館の全貌とその研究活用



14.オリンピックに関して、ジュルース・ボイコフの『オリンピック 反対する側の論理』(井谷聡子他監訳、作品社)や『オリンピック秘史―120年の覇権と利権』(中島由華訳、早川書房)が刊行され、相次いでの書評も見ている。

オリンピック 反対する側の論理: 東京・パリ・ロスをつなぐ世界の反対運動 オリンピック秘史: 120年の覇権と利権

 しかしここではオリンピック基礎文献として、ジョン・J・マカルーンの『オリンピックと近代―評伝クーベルタン』(柴田元幸、菅原克也訳、平凡社、1988年)、同編『世界を映す鏡―シャリヴァリ・カーニヴァル・オリンピック』(光延明洋他訳、平凡社、1988年)を挙げておきたい。
 ただ出版されたのが30年以上前なので、絶版品切のはずで、この機会を得て、平凡社ライブラリーなどでの再版が望まれる。
 



15.みすず書房から『みすず書房図書目録』とともに「2021謝恩企画」の案内が届いた。
 それは7月30日を期限とする20%割引であった。

 せっかくの案内であるので、買いそびれていたM・プラーツ『生の館』とG・C・スピヴァク『スピヴァク 日本で語る』の2冊を注文した。
 あらためて『目録』を見て、「品切書目」が44ページ、3千点近くに及ぶことに驚いた。みすず書房は翻訳書が多いことから、版権問題も関係しているとが推測される。
 また3ページの「電子書籍」案内の方は150点ほどで、紀伊國屋書店やアマゾンなどの9の電子書店が挙げられている。だがそのタイトルや点数が書店名からいっても、それほど売れているようには思われない。
 人文書と電子書籍は1112のビジネス書や人生論の売れ方とはまったく異なっていることがうかがわれよう。
生の館 スピヴァク、日本で語る



16.駒場の河野書店から、明治古典会の『七夕古書大入札会』の目録を恵送された。

 といっても、私はこれらの初版本や稀覯本などに門外漢なので、目の保養をさせてもらうだけだが、「文学」部門に昭和26年メトード社、限定120部の塚本邦雄『水葬物語』があった。しかもそれは「三島由紀夫様」と書かれた塚本による献本で、いささか驚いてしまった。
 この塚本の処女歌集は、島崎博、三島瑤子共編『定本三島由紀夫書誌』(薔薇十字社、1972年)の「蔵書目録」にも見えていなかった。とすれば、三島がこの一冊を誰かにプレゼントしたもので、それが出品されたとも考えられる。でも真相は教えてもらえないであろう。



17.『月の輪書林古書目録十八 特集・堀柴山傳』が届いた。

 これは月の輪書林創業三十周年木年後で、全ページフルカラーという大冊となっている。
 最初のところに伊藤整の『日本文壇史2』の一節が引かれ、それは次のように書き出されている。
 「文士の生きる社会は、文学史にその名前を明らかに辿られる者のみで形成されているのではない。どの世代においても、その名もその仕事も失われ忘れられて行く無数の文士の渦巻いている混沌の中から僅か数人の者のみが、文学史の上に明確な存在を残すのである。」
 そして柴山の紹介が続いていく。
 堀柴山は尾崎紅葉の弟子にして、二人の妹の為子と保子が、革命家の堺利彦と大杉栄の妻となったことで知られていると。
 この目録を閲し、あらためて故黒岩比佐子『パンとペン―社会主義者・堺利彦と「売文社」の闘い』(講談社)を読むと、リアルな堀柴山と二人の妹の姿に出会うことになる。
 黒岩もこの一冊を著したことで、近代社会主義史と文学史に「明確な存在を残す」であろう。
日本文壇史2 新文学の創始者たち (講談社文芸文庫)  パンとペン 社会主義者・堺利彦と「売文社」の闘い



18.論創社HPの「本を読む」〈66〉は「日影丈吉『市民薄暮』と『饅頭軍談』」です。
 『近代出版史探索外伝』は8月下旬刊行予定。

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