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古本夜話1201 新潮社「ヱルテル叢書」と秦豊吉訳『若きヱルテルの悲み』

 『近代出版史探索Ⅵ』1199などの『世界文芸全集』や同1170の『ツルゲエネフ全集』に先駆け、しかもパラレルに新潮社から「ヱルテル叢書」が刊行されていた。ただ私の所持しているのはケルレルの『村のロメオとユリヤ』の一冊だけで、菊半截判、柿色の鮮やかな装丁である。巻末の「『若きヱルテルの悲み』の如き泰西の高名なる恋愛文学の傑作を網羅する叢書也」と謳われている紹介には十三冊が掲載されている。だが紅野敏郎の『大正期の文芸叢書』には十八冊までが示され、最後の一冊は昭和に入っての刊行だったとわかる。そのリストを挙げてみる。

大正期の文芸叢書

1 ギヨオテ  秦豊吉訳 『若きヱルテルの悲み』
2 サン・ピエル  生田春月訳 『海の嘆き』
3 ベチエ  後藤末雄訳 『恋と死』
4 ツルゲーネフ  後藤利夫訳 『薄幸の少女』
5 シヤトオブリアン  生田春月訳 『少女の誓』
6 ビヨルンソン  三上於菟吉訳 『森の処女』
7 ゲエテ  久保正夫訳 『ヘルマンとドロテア』
8 メリメ  布施延雄訳 『カルメン』
9 アベ・プレブオ  広津和郎訳 『マノン・レスコオ』
10 ミュッセ  佐々木孝丸訳 『二人の愛人』
11 ゴーチエ  奥栄一訳 『金羊毛』
12 シユニツツラア  三上於菟吉訳 『悲しき寡婦』
13 ケルレル  牧山正彦訳 『村のロメオとユリヤ』
14 ハウフ  谷茂訳 『ラウラの絵姿』
15 フィリップ  前田春声訳 『四つの恋物語』
16 ラマルチイヌ  高橋邦太郎訳 『青春の夢』
17 フェルディナン・ファブル  山内義雄訳 『美しき夕暮れ』
18 ヂョヴアンニ・ヴェルガ  千葉武男・井村成郎訳 『山雀の一生』

f:id:OdaMitsuo:20210831104330j:plain:h120 f:id:OdaMitsuo:20210831120559j:plain:h120(『山雀の一生』)

  訳者の多くが本探索で取り上げてきた人たちであり、 ここでは手元にある13の『村のロメオとユリヤ』に言及するつもりでいた。しかし現在では作家にしても作品にしても馴染みが薄いし、訳者もベーベル『婦人論』(岩波文庫)の訳者の草間平作の本名だったりするので、あえて「叢書」命名先である1のギヨオテ『若きヱルテルの悲み』にふれてみたい。同書は入手していないけれど、『近代出版史探索Ⅴ』827などの『世界文学全集』7にゲエテ『フアウスト其他』として収録されているからだ。それに私も拙稿「ゲーテとイタリアの書店」(『ヨーロッパ本と書店の物語』所収)で、「若きヴェルテルの悩み』の出版によって、ゲーテが世界文学のスターとなったことに言及しているのである。

婦人論 上巻 (岩波文庫 白 132-1) f:id:OdaMitsuo:20210831115633j:plain ヨーロッパ 本と書店の物語 (平凡社新書)

 訳者の秦に関しては『近代出版史探索』50で丸木砂土として紹介し、『近代出版史探索Ⅴ』822でルマルクの『西部戦線異状なし』の訳者、エッセイスト、帝国劇場社長として、新宿の帝都座で戦後の日本最初のストリップ「額ぶちショー」を開いたことなどにふれている。その秦と『若きヱルテルの悲み』の組み合わせは何となくおかしいが、翻訳史をたどってみると、秦こそがその「高名なる恋愛文学」の伝道者に他ならなかったことがわかるし、それゆえに「ヱルテル叢書」の幕開けの訳者にすえられたと考えられよう。
(中央公論社)などを出している。

f:id:OdaMitsuo:20180902201601j:plain:h120(『西部戦線異状なし』)

 『新潮社四十年』や『明治・大正・昭和翻訳文学目録』を確認してみると、秦訳『若きヱルテルの悲み』は大正六年の「ヱルテル叢書」が原典からのほぼ最初の完訳に位置づけられ、大正後半のロングセラーだったと推測される。そして秦訳は新潮社だけでも、昭和二年に『世界文学全集』、同十年に「世界名作文庫」、十一年に新潮文庫に収録され、二十年に及びロングセラーだったとわかる。本探索1149の茅野蕭々訳による『若きヱ゛ルテルの悩み』(岩波文庫)が出されるのは昭和二年である。

f:id:OdaMitsuo:20210512105601j:plain:h110  f:id:OdaMitsuo:20210801151015j:plain:h112 f:id:OdaMitsuo:20210831095514j:plain:h113 (新潮文庫復刻)

 その一方で、『ゲーテ全集』が本探索1156の大村書店、拙稿「聚英閣と聚芳閣」(『古本屋散策』所収)の聚英閣から刊行され始めている。前者は鼓常良訳『若きヱルテルの悩み』として全十九巻で、大正十二年、後者はやはり秦訳で全十三巻、同十三年からだが、いずれも未見である。このように大正から昭和にかけての『若きヱルテルの悲み』の翻訳出版史をたどってみると、聚英閣の全集版が広く読まれたとは考えられないので、秦訳を通じて、それも「ヱルテル叢書」や『世界文学全集』、新潮文庫によって、後のゲーテ『若きヴェルテルの悩み』は読書社会ばかりでなく、人口に膾炙していったと思われる。

 そうした意味において、秦の『若きヱルテルの悲み』の訳書は『西部戦線異状なし』のベストセラー化の陰に埋もれがちだが、あらためて翻訳史に位置づけられるべきかもしれない。それだけでなく、大正時代における新潮社の翻訳出版史も同様であろう。その企画は大正元年の「近代名著文庫」、『ニイチェ全集』、同六年の『ドストエーフスキイ全集』、同七年の『ツルゲエネフ全集』、同八年の『チエホフ全集』、『泰西名詩選集』、同十年の『世界文芸全集』『泰西戯曲選集』「最新文芸叢書」、同十二年の『ストリンドベルク全集』「ロシヤ文芸叢書」、同十三年の「フランス文芸叢書」「バルザック叢書」「海外文学新選」などである。

 しかし「ヱルテル叢書」の秦、生田春月、衛藤利夫、三上於菟吉、広津和郎、佐々木孝丸、山内義雄、布施延雄などは、『世界文芸全集』や『ツルゲエネフ全集』の訳者だったり、本探索で言及してきた人々だが、7の久保正夫、14の谷茂、15の前田春声、18の千葉武男、井村成郎などは『日本近代文学大事典』の「索引」にもその名前を見ていない。それでも久保正夫は久保天随の弟、前田春声は詩人の前田鉄之助のペンネームのようだ。谷は千葉や井村はわからない。かれらだけでなく、近代文学史だけでも少しだけ登場し姿を現わしているにもかかわらず、そのプロフィルがつかめない多くの人々が存在する。それを近代翻訳史や出版史にまで拡げると、その数はさらに多くなり、それは作家も同じであり、そうした事実は「海外文学新選」へもリンクしていくことになる。


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