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古本夜話1202 奥栄一と奥むめお『婦人問題十六講』

 前回、「ヱルテル叢書」のゴーチエ『金羊毛』の訳者の奥栄一をプロフィル不明の人物として挙げなかったのは、『日本近代文学大事典』で次のように立項されていたからである。

 奥 栄一 おく えいいち 明治二四・三・二七~昭和四四・九・四(1891~1969)詩人、評論家。和歌山県生れ。早大英文科中退。奥むめおの前夫。新宮中学同級の佐藤春夫とともに「はまゆふ」(新詩社門和貝夕潮主宰)同人の歌人奥愁羊として出発した。詩、小説、文芸および映画批評、翻訳も手がけ、「民衆の芸術」を創刊(大七)、大杉栄などの寄稿をうけた。生涯を通じて作家への望みを純粋に抱き続けたが志を得なかった。訳書数冊。没後、夫人浜子との共著詩歌集『蓼の花』(昭和四七・六 私家版)がある。

 どのような経緯があって、奥が立項されたのかは詳らかにしないけれど、主たる作品や著書も挙げられず、「生涯を通じて作家への望みを純粋に抱き続けたが志を得なかった」人物がこうして立項されているのも、『日本近代文学大事典』において異例だと思われる。その理由として「奥むめおの前夫」、もしくは『民衆の芸術』が考えられる。そこで双方を引くと、奥むめおは見えないが、後者は紅野敏郎によって解題されていたので、それも引いてみる。

 「民衆の芸術」みんしゅうのげいじゅつ 文芸雑誌。大正七・七(推定)~一一、二号より五号まで確認。編集兼発行者大石七分。民衆の芸術者発行。大石七分、奥栄一らに西村伊作が加わり、東雲堂の西村陽吉が応援して創刊。大逆事件に縁が深かった紀州新宮の関係者と東雲堂主のかかわりが濃厚。表紙には「The Propounder of the Collective in Arts」の語が記されている。民衆詩派的傾向も強い。堺利彦、大杉栄、伊藤野枝(小説『白痴の母』)らのほか荒川義英、和田信義らも寄稿。ブレークやゴーガンの絵も挿入されている。

 ここで奥栄一はキーパーソンとして扱われておらず、やはり「奥むめおの前夫」がその立項の主たる要因のように思われる。しかし『日本近代文学大事典』における立項はその後の人物事典などにも影響を及ぼしたようで、彼は『近代日本社会運動史人物大事典』『日本アナキズム運動人名事典』にも奥むめおと並んで立項されている。それらによれば、奥栄一は堺利彦の売文社の翻訳係を務め、大正八年にむめおと結婚し、一男一女をもうけた後、離婚に至り、静岡や埼玉で農場開墾に従事したとされる。

近代日本社会運動史人物大事典  日本アナキズム運動人名事典

 奥むめおのほうは栄一よりもはるかに長いので、要約してみる。彼女は明治二十八年福井市に生まれ、大正元年日本女子大家政科に入学し、『婦人週報』の編集を手伝い、『青踏』の茅野雅子や長沼千恵子を知る。卒業後、『労働世界』の記者となり、大正九年には平塚らいてう、市川房枝たちと新婦人協会を結成し、婦人参政権運動に取り組む。同十二年平凡社の下中弥三郎に勧められ、職業婦人社を設立し、機関誌『職業婦人』(後に『婦人と労働』『婦人運動』と改称)を発行する。その一方で、昭和三年には婦人消費組合設立、五年には本所で婦人セツルメントも開設し、さらに保育園、和・洋裁講習会、夜間女学部などの日常生活に根を張った社会運動に従事していく。戦時中は大政翼賛会の委員となったが、戦後は日本協同組合同盟を設立し、昭和二十二年には参議院議員に当選し、二十三年には主婦連合会を結成し、初代会長として生活に密着した婦人運動を日本に定着させた。

 私が奥むめおを再認識したのは、関根由子『家庭通信社と戦後五〇年史』(「出版人に聞く」シリーズ 番外編)のインタビューに際してだった。関根は日本女子大出身で、社会福祉、女性問題研究者の一番ヶ瀬康子に師事していた。そこで奥との関係を尋ねたのだが、関根によれば、社会事業専攻の一番ヶ瀬の三年先輩に奥の娘の中村紀伊がいた。社会福祉事業を推進するためには政治との結びつきが必要だったし、紀伊は主婦連合会長も務めていたので、彼女を通じて奥と関係があったということだった。蛇足ながら、この紀伊こそは奥栄一との間にもうけられた一女に他ならない。

家庭通信社と戦後五○年史

 そのしばらく後で、奥むめお『婦人問題十六講』を入手したのである。これは『近代出版史探索』181,182などで取り上げた新潮社の「思想・文芸講話叢書」の一冊で、大正十四年に出版されている。年代を少し戻してみると、奥栄一は同九年に新潮社の「ヱルテル叢書」;のゴーチエ『金羊毛』を翻訳刊行しているが、それは奥むめおと結婚した翌年である。むめおはその年に新婦人協会を結成して婦人参政権運動に参加し、十二年からは職業婦人社を設立し、婦人労働問題に取り組んでいる。

f:id:OdaMitsuo:20210901104703j:plain:h120(『婦人問題十六講』)

 『婦人問題十六講』はこのシリーズのフォーマットに従い、第一講「原始時代及び歴史上に於ける婦人の地位」から始まり、第十六講「婦人問題と我婦人界の現状」に及んでいるが、第十二講は「婦人参政権運動」、第十五講は「婦人労働問題」に当てられ、それらの章に、奥むめおの当時の直面していた問題とその意識が投影されているのだろう。ただ同書の広範なパースペクティブを考えると、彼女ひとりの仕事とは見なせないし、新婦人協会や職業婦人社の人々の協力を得ていることは確実で、「序」にはその中でも「特に起稿に際して学友岡田俊子氏」を煩わせたとの謝辞が記されている。

 それらに加えて、「思想・文芸講話叢書」十六冊のうち、女性の著者は奥むめおだけであることを考慮すれば、夫の奥栄一を通じて、『婦人問題十六講』の企画も成立したのではないかとも推測されるのである。

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