出版・読書メモランダム

出版と近代出版文化史をめぐるブログ

出版状況クロニクル166(2022年2月1日~2月28日)

22年1月の書籍雑誌推定販売金額は853億円で、前年比4.8%減。
書籍は510億円で、同0.9増。
雑誌は343億円で、同12.3%減。
雑誌の内訳は月刊誌が275億円で、同14.4%減、週刊誌は67億円で、同2.3%減。
返品率は書籍が30.2%、雑誌は43.3%で、月刊誌は43.8%、週刊誌は41.0%。
書店売上は実質的に書籍もマイナスで、雑誌はコミックスが28%のマイナスとなり、
22年は1月から幸先がよくない。
取次POSレジ調査でも二ケタ減が3ヵ月続いている。


1.出版科学研究所による21年度の電子出版市場販売額を示す。
 

■電子出版市場規模(単位:億円)
20142015201620172018201920202021前年比
(%)
電子コミック8821,1491,4601,7111,9652,5933,4204114120.3
電子書籍192228258290321349401449112.0
電子雑誌701251912141931301109989.9
合計1,1441,5021,9092,2152,4793,0723,9314662118.6

 21年の電子出版市場は4662億円で、前年比18.6%増。それらの内訳は電子コミックが4114億円、同20.3%増、電子書籍449億円、同12.0%増、電子雑誌は99億円、10.1%減。
 電子コミックの占有率は18年の80.8%から90%に迫る88.2%で、日本の電子出版は電子コミック市場に他ならないことがあからさまになっている。「縦スクロールコミック」が好調のようだ。
 それに対し、電子雑誌は4年連続のマイナスとなり、ついに100億円を割ってしまった。電子書籍はコロナ禍の中にあって、新規ユーザーが増えているとされるが、500億円までに達するであろうか。
 紙と電子を合わせた出版市場は1兆6742億円で、同3.6%増となり、電子出版シェアは27.8%と3割近くを占めている。22年度は確実に3割を超え、紙の雑誌を上回るであろう。



2.講談社、集英社、小学館、KADOKAWAの4社がアメリカのIT企業クラウドフレア社に4億6000万円の損害賠償を求め、民事で提訴。
 クラウドフレア社は多くの海賊版サイトに「コンテンツ・デリバリーネットワーク」(CDN)サービスを提出している。そのために出版社4社は海賊版コンテンツの公衆送信、複製の差し止め、及び各社1作品、計4作品の被害総額の一部として算出されたものを損害賠償額として求めている。

 本クロニクル158や163で、コミックの海賊版サイト「漫画村」や「漫画BANK」に関して既述しておいたが、大手4社がついに提訴に及んだことになる。
 これらの4社とメディアドゥなどで組織される海賊版対策の一般社団法人ABJによれば、アクセス数の多い上位10の海賊版サイトで読まれたコミックの小売価格は21年だけで1兆円を超えると試算されている。
 それは21年の電子コミック市場の2倍以上で、デジタル化が必然的に伴う自律的分散型システムの内包性からいって、こちらもさらに増えていくと予想されよう。
odamitsuo.hatenablog.com
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3.国会図書館は5月からデジタル資料のうちの絶版などで入手困難なもの153万点の「個人向けデジタル化資料送信サービス」を開始。
 サイト「国会図書館デジタルコレクション」の画面から、スマホ、パソコンなどの端末によって閲覧でき、1年後には印刷機能も提供予定。
 「図書」55万点、「雑誌」82万点などが対象となる。

 中村文孝との3冊目の対談集『私たちが図書館について知っている二、三の事柄』の仕上げに入っているのだが、ひとつの焦点は1980年以後の図書館の増殖、そのことによって起きた2010年に至っての書籍販売部数と図書館貸出冊数の逆転で、その後ずっと後者のほうが上回る事態が続いている。その事実とパラレルに出版社の書籍にしても、既刊在庫=ストックではなく、新刊=フローのほうの出荷が多くなってしまったこととリンクしている。
 そのような図書館貸出状況は、これまで書店によって支えられてきた書籍販売という生態系を変貌させてしまったのではないかという問題を直視することになった。
 国会図書館の「個人向けデジタル化資料送信サービス」もまた、古本屋も含んでの出版物の生態系を否応なく変えていくだろう。



4.TSUTAYAやゲオのレンタル市場に肉薄してきたネットフリックスやディズニー+(プラス)などの動画配信市場も、急成長から減速しつつあるようだ。

 藤村厚夫「先読みウエブワールド」(『日経MJ』2/7)によれば、ディズニープラスもネットフリックスも会員数の伸びが鈍化し、アマゾンプライムビデオ、HBOマックス、Hulu、ピーコックと群雄割拠状態になり、動画配信市場のそれぞれの成長余地は限られていることが明らかになった。
 この成長の壁に対して、ネットフリックスなどは海外市場でのオリジナル作品の開発だけでなく、どのようにゲームやアニメの品揃え強化を進めていくかが課題となっている。
 このような構図は1の電子コミックス配信市場にも当てはまるであろうし、やはり品揃えとコンテンツにより、淘汰されるところも出てくると考えられる。
 ネットフリックスなどの海外市場ではないけれど、NHNコミコ運営の電子洋画アプリ「comico(コミコ)」は英語や中国語の他にフランス語、ドイツ語の電子コミック配信も手がけていくと発表されている。



5.コミック物流が破産手続き開始。
 同社はリトバの関係会社として、2011年に設立され、運営サイト「全巻漫画com」など書籍保管や物流を手がけていたが、販売の低迷と過剰在庫で苦戦していた。
 リトバが同時期に破産したことに伴い、負債額は1億3000万円。

 電子コミック市場の成長の背後で、従来のコミックの物流や在庫のパラダイムチェンジが起きているのであろうし、しかもそれは始まったばかりだと考えられる。
 それは出版倉庫会社にしても同様で、最大手の大村紙業は春日部市の庄和物流センターに物流拠点を集約し、従来の新刊在庫、出荷から返品処理、改装、断裁などに加え、受注情報のデータ化、受注代行、プリントオンデマンド(POD)にも対応する機能を完備させたという。
 その取引出版社は390社、出庫は月400万冊に及び、出版倉庫会社のシステムの進化もサバイバルを含め、必然的な方向へと絶えず更新されていくのだろう。それは出版社系の昭和図書なども同じであろう。
 そうした中で、唯一変わらないのが再販委託制ということになる。



6.山形の書物屋ほんべいが破産。

 この書店は1990年代の記憶からすると、太洋社帳合のショッピングセンターなどに出店する雑誌中心の小書店であった。この時期に至っての破産には何らかの事情が秘められていると推測される。



7.角川春樹事務所、河出書房新社、筑摩書房、中央公論新社の4社は王子製紙と共同で、「文庫用のオリジナル本文用紙」を開発し、2月の新刊から順次使用し、生産効率の改善とコスト削減をめざす。

 かつてNR出版協同組合が印刷や用紙仕入れの共同化を試みていたが、文庫用紙を共通化するのは初めてとされる。
 そうはいっても、各社の文庫特有の問題もあり、開発までに3年を要したという。文庫用紙の共通化によって、それぞれの文庫がどのように変わっていくのかの検証を怠らないようにしよう。新書も続いていくかもしれないので。



8.『選択』(2月号)の「マスコミ業界ばなし」が、岩波書店の内紛を伝えている。
 岩波書店の坂本政謙社長が『文藝春秋』(2月号)に「創業の精神」を寄稿し、改革の決意を語っていることから、『世界』をめぐる騒動への言及に加え、21年度3月期の赤字決算にもふれている。

 本クロニクル162で、坂本新社長のインタビューを取り上げ、何もいっていないに等しいし、「業界全体の問題として対応を考えて」いるとは思えないと記しておいた。
 「創業の精神」にしても、『文藝春秋』の巻頭エッセイで、「明らかに岩波社内にいる旧派を牽制する内容」とまではいかないであろう。
 要するに『選択』にしても、『文藝春秋』と岩波新社長の組み合わせ、そこから派生する『世界』編集長問題へと誘導していく意図が透けて見える。
 しかしもはや『世界』は岩波の「看板雑誌」とはいえないし、そのような時代はすでに終わっていることを自覚すべきであろう。

文藝春秋2022年2月号 (創刊100周年記念号第2弾) 『世界』2022年3月号(Vo.954)
www.sentaku.co.jp
odamitsuo.hatenablog.com



9.『芸術新潮』(3月号)が特集「楳図かずおの大いなる芸術」を組んでいる。

芸術新潮 2022年2月号 迷宮としての世界―マニエリスム美術 (『迷宮としての世界』)

 手元に2005、6年に小学館クリエイティブが「楳図かずおデビュー50周年記念出版」として復刻した『姿なき招待・続姿なき招待』『別世界・幽霊を呼ぶ少女』がある。それらの中でも『別世界』(トモブック社)は1951年、楳図が高校3年の時のデビュー作で、何と70年近く前の作品に他ならない。それらが現在にあって、「大いなる芸術」として昇華したことを今回の特集はまざまざと示している。

 私は1970年代前半の『イアラ』(小学館)に愛着を覚えるのだが、この特集を前にして、当時読んでいた美術出版社のA5判函入の翻訳書シリーズ、ルネ・ホッケ『迷宮としての世界』(種村季弘、矢川澄子訳)を始めとする一連の美術書を想起してしまった。楳図とそれらの美術書が重なり、彼もまた読んでいたではないかと思ったりもしたのである。
 それから2008年に映画化に伴い、『おろち』(小学館集英社プロダクション)が大判で出され、この特集と相通じるクローズアップされた楳図の世界を垣間見せてくれた。これからもそのような企画を願って止まない。
 なお今月から1年ほど続けて、論創社HPの「本を読む」で日本の「バンド・デシネ」的な大判コミックなどに関して連載する予定であることも付記しておく。

完全復刻版「姿なき招待」「続姿なき招待」 完全復刻版 別世界・幽霊を呼ぶ少女 f:id:OdaMitsuo:20220223112334j:plain:h115 イアラ (1) (小学館文庫) おろち: 楳図PERFECTION! (1) (ビッグコミックススペシャル 楳図パーフェクション! 4) おろち [DVD]



10.『昭和の不思議プレミアム 裏社会の顔役』(「ミリオンムック」09、大洋図書)を購入してきた。  
昭和の不思議プレミアム VOL.1 (ミリオンムック) 実話時代 2019年 09 月号 [雑誌] (最終号)

 それは大八木一輝「日本初の「ヤクザ雑誌」を立ち上げ、権力に歯向かった武闘派編集長伝説」なる一文が掲載されていたからである。
 この雑誌は1985年に創刊された『月刊実話時代』で、最盛期には20万部を超えたとされる。
 私も本クロニクル158などで書いているけれど、1980年代は極道ジャーナリズムの時代でもあり、それらの中でも『月刊実話時代』はエディターシップが突出していた。その事情と内実がこの大八木文によって明らかになった。
 創刊したのはその後、20年にわたって編集長の座にあった酒井信夫と相棒の渡辺豊だった。2人はブント出身で、小出版社を経て、編集プロダクションの創雄社を立ち上げ、ヤクザは門外漢ながらも『月刊実話時代』を創刊するに至る。
 しかし酒井の権力に対する挑発もあってか、東日本大震災後、創雄社に税務署の査察が入り、最終的に酒井が自己破産申請して、第一線から退くことになったようだ。その後別の編プロが引き継ぎ、刊行は続けられたが、17年に酒井は糖尿病が悪化、69歳で逝去し、19年に『月刊実話時代』も廃刊となっている。
 大洋図書の「昭和の不思議」シリーズは売れているようで何よりだが、新左翼と極道ジャーナリズムの併走も終わっていくのだろう。



11.元弓立社の宮下和夫が亡くなった。

 「出版人に聞く」シリーズの著者の死は宮下で8人目である。彼の『弓立社という出版思想』は残されたので、それだけでもよかったと思う。 
 私たちの世代にとって、宮下が1970年代前半に弓立社を立ち上げ、吉本隆明の著書をベースとして、インディーズ出版の試みに挑んでいったことは大いなる刺激と範になったのである。それは「出版人に聞く」番外編の鈴木宏『風から水へ』にも明らかだ。
 弓立社の最初の出版物である吉本の『敗北の構造』は忘れられない一冊だし、宮下もまた近代出版史の掉尾を担った一人だったといえよう。
 報道もされていないので、まだ彼の死は知られていないと思われるが、謹んでご冥福を祈る。
弓立社という出版思想 (出版人に聞く) 風から水へ─ある小出版社の三十五年  敗北の構造―吉本隆明講演集



12.中田耕治の死も伝えられてきた。

 中田には少年時代に早川書房のポケットミステリの翻訳者として大いに恩恵にあずかった。
 とりわけロス・マクドナルドの初期から中期にかけての『人の死に行く道』『ど5作の翻訳は、ロス・マクドナルドの世界のイメージが確立したように思える。
 私も『ゾラからハードボイルドへ』(『近代出版史探索外伝』所収)において、『運命』を論じ、そのトマス・ハーディの詩も含んだ訳文を引用させてもらっている。
 しかし翻訳者としてはともかく、作家や研究者としてはよくわからないところがあり、薔薇十字社から『ド・ブランヴィリエ侯爵夫人』も出されていたので、内藤三津子『薔薇十字社とその軌跡』(「出版人に聞く」10)のインタビューの際に尋ねてみるつもりでいたが、聞きそびれてしまった。
 でもよく考えてみると、ポケットミステリや創元推理文庫の翻訳者たちは詩人を始めとして多くの才に富んだ人々がいて、それらの翻訳を通じて外国文学に馴染んできたことを実感してしまう。そのような戦後の翻訳出版の時代も終わろうとしている。

人の死に行く道 (ハヤカワ・ミステリ文庫 8-6) 近代出版史探索外伝 f:id:OdaMitsuo:20220223145344j:plain:h120 f:id:OdaMitsuo:20220223143912j:plain:h120 薔薇十字社とその軌跡 (出版人に聞く)



13.西村賢太が急死した。

 『週刊読書人』(1/14)の新庄耕との対談「なぜ小説を書いているのか」を読んだばかりだったので、その死には少しばかり驚かされた。
 そこで彼は「あと十年でしょうね。体力がもつのは」と語っていたのに、わずか1ヵ月ほどしかもたなかったことになる。
 西村のように、古本屋、同人誌、私小説というインフラとアイテムで、登場してくる作家は彼が最後であり、そうした意味において、西村こそは最後の近代文学者だったのかもしれない。
 このようにして近代文学も終わっていくのだろう。

dokushojin.stores.jp



14.ブックオフ創業者の坂本孝が死去した。

 ブックオフと坂本に関しては拙著『ブックオフと出版業界』で言及しているので繰り返さないが、それでもブックオフと日販、CCC=TSUTAYAとの関係はその後どうなったのかは判明していない。
 いずれ明らかになる日もくるであろう。
ブックオフと出版業界 ブックオフ・ビジネスの実像



15.東京子ども図書館理事長、『くまのパディントン』の訳者の松岡享子も亡くなった。

 松岡の石井桃子、慶應義塾大学図書館学科などとの関係は、中村文孝との『私たちが図書館について知っている二・三の事柄』でふれているので、これも偶然の暗合のようにも思われなかった。
 そればかりか、山本まつよも亡くなっている。彼女は子ども文庫の会を主宰し、『季刊子どもと本』を刊行し、絶版となった『ちびくろさんぼ』も『ブラック・サンボくん』として出版してきた。
 今月は多くの死が伝えられたこともあって、物故者のクロニクルの色彩が濃くなってしまった。
 だが私たちの世代はこれからもそうした状況に立ち会っていくことになるだろう。

くまのパディントン (世界傑作童話シリーズ)  季刊子どもと本 (第168号) (『季刊子どもと本』) ちびくろ・さんぼ (瑞雲舎版)ブラック・サンボくん



16.論創社HP「本を読む」〈73〉は「つげ義春『夢の散歩』」です。
ronso.co.jp

 『近代出版史探索Ⅵ』は3月下旬、『私たちが図書館について知っている二、三の事柄』は4月下旬刊行予定。