出版・読書メモランダム

出版と近代出版文化史をめぐるブログ

古本夜話1253 日本評論社『日本プロレタリア傑作選集』と徳永直『能率委員会』

 本探索1248の山内封介『レーニン』と一緒に、やはり浜松の時代舎で、徳永直の『能率委員会』を入手している。これは昭和五年に日本評論社から刊行された『日本プロレタリア傑作選集』の一冊で、文庫版を一回り大きくした判型の並製である。奥付には定価三十銭、十三版と見え、昭和円本時代においても、かなりの売れ行きだったと推測される。

 

 徳永は大正十一年に博文館印刷所(同十四年に共同印刷と改称)の植字工となり、翌年に出版従業員組合創立集会が開かれ、久堅支部責任者となる。そして十五年一月から三月にかけての共同印刷争議に加わり、敗北して解雇されている。その体験に基づき、昭和四年に『戦旗』に『太陽のない街』を連載した。それは戦旗社から刊行され、五年には築地小劇場で上演され、日本プロレタリア文学の記念碑的作品に位置づけられている。『近代出版史探索Ⅲ』645で戦旗社の出版流通と販売にふれているが、当時のベストセラーだったはずだ。

(ほるぷ復刻版)

 そうしたプロレタリア文学状況を背景としていたゆえに、『能率委員会』は七編の作品集ながらも、好調な売れ行きだったのであろう。実際に「能率委員会」などは共同印刷葬儀をテーマとする短編だし、中編「何処へ行く?」は争議敗北後の生産組合運動に題材をとり、徳永の最初の中短編集でもあったからだ。

 タイトルの「能率委員会」はK印刷工場における能率委員会提案をめぐる会社と組合の攻防、糺察隊の存在、組合新旧幹部の動向、暴力団の介入に抗する組合員たちを描き、『太陽のない街』の前哨戦といった色彩に包まれている。ただ私も『近代出版史探索Ⅲ』582、583、『近代出版史探索Ⅳ』679などで日本評論社に言及してきているけれど、『能率委員会』を収録した『日本プロレタリア傑作選集』に関する企画編集の証言は目にしていない。それゆえに『日本近代文学大事典』第六巻の「叢書・文学全集・合著集総覧」の解題を引いてみる。

 日本評論社が当時のプロレタリア作家を動員、各冊三〇銭の廉価版のいきのいい傑作選集。金一円也の「円本全集」にみあった、超廉価のプロレタリア版で、「もう一つの円本」というべき性格をもつ。同じ月日にまとめて幾冊か出してもいる。のちこのうちの二冊で合本にして刊行したりしている。戦旗系、文戦系の区別がされていないゆえプロレタリア文学全体が見わたせる。この成功をもとにしてさらに書きおろしの『新作長篇小説選集』(五〇銭)へと進み出た。この系列は塩川書房版の『プロレタリア小説戯曲新選集』、戦旗社版の『日本プロレタリア作家叢書』、文芸戦線出版部の『文芸戦線叢書』などとつづく。

 ちなみに『能率委員会』巻末のラインナップでは不明であった全点リストや刊行時も明らかにされているので、それらも挙げてみる。

1  林房雄 『密偵』
2  平林たい子 『敷設列車』
3  金子洋文 『赤い湖』
4  黒島伝治 『氷河』
5  前田河広一郎 『セムガ』
6  村上知義 『暴力団記』
7  岩藤雪夫 『血』
8  片岡鉄兵 『太刀打ち』
9  葉山嘉樹 『誰が殺したか?』
10  藤森成吉 『蜂起』
11  小林多喜二 『不在地主』
12  徳永直 『能率委員会』
13  貴司山治 『敵の娘』


これらの出版で特異なのは先の解題にもあるように、刊行年月が集中していることである。例えば、3から12は昭和五年一月に刊行され、1と2にしても同四年十二月、13も五年三月とされているので、『日本プロレタリア傑作選集』全十三巻は実質的にわずか二ヵ月ほどで完結したことになろう。

 これらの事実はこの『日本プロレタリア傑作選集』が日本評論社プロパーの企画ではなく、編集のみならず流通や販売を含め、それなりの見通しがあって、日本評論社が発行所を引き受けたといっていいのではないだろうか。それに元来、日本評論社は文芸書というよりも、社会科学書の版元であり、このようなプロレタリア文学のシリーズ化、集中的刊行や販売は編集営業的視点からみても、従来の取次や書店ルートだけでは困難だと考えるしかないからである。おそらく左翼陣営や組合の組織的流通や販売に負うところが大だったと見なすべきだろう。

 だがそれは予想を上回る成功で、その勢いで、続けて昭和五年にプロレタリア文学の書き下しである『新作長篇小説選集』全九巻も刊行されていったのだろう。こちらも集中配本で、全巻が十一月に刊行されている。そのような流通や販売も作用してなのか、私にしても『日本プロレタリア傑作選集』は『能率委員会』の一冊だけしか入手していないし、『新作長篇小説選集』に至ってはいまだ未見である。それは当時のプロレタリア文学に共通しているかもしれないし、購入した『能率委員会』の末尾のページには、昭和五年の購入時の日付と思われる「1930・3・1」の記載があった。それはほぼリアルタイムでのタイムでの入手を意味していよう。

 (『新作長篇小説選集』)


odamitsuo.hatenablog.com


[関連リンク]
 過去の[古本夜話]の記事一覧はこちら