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古本夜話1261 『現代日本文学全集』と『プロレタリア文学集』

 これまで見てきたように、昭和円本時代はプロレタリア文学の時代でもあった。しかもそれには他ならぬ円本も寄り添っていたし、時代のトレンドだったというべきであろう。

 それをまさに表象しているのは『近代出版史探索Ⅵ』1101の円本の嚆矢としての改造社『現代日本文学全集』62の『プロレタリア文学集』で、昭和六年二月に刊行されている。つまりこの巻は『現代日本文学全集』の大正十五年の第二回予約募集に際して、全三十七巻、別冊一巻が全五十巻へと増補されたが、その後さらに全六十二巻、別巻となり、昭和六年にこれも『近代出版史探索Ⅵ』1063の別巻の斎藤昌三『現代日本文学大年表』で完結となる。それゆえに『プロレタリア文学集』は実質的に『現代日本文学全集』の掉尾を飾ったことになろう。この事実はこの時代にプロレタリア文学もまた不可欠の勢力となり、ひとつの確固たる文学の分野を占めるに至ったことを告げている。しかし管見の限り、この巻の編集に関する証言は見ていない。

現代日本文学全集〈第1-63篇〉 (1927年)   f:id:OdaMitsuo:20220329210950j:plain:h119 

 あらためて口絵写真も示された収録作家を確認してみると、林房雄、小林多喜二、武田麟太郎、藤澤桓夫、村山知義、中野重治、貴司山治、徳永直、落合三郎の九人である。この巻には小林の『蟹工船』や徳永直の本探索1253の「能率委員会」も収録され、前者が同巻の目玉のようにも察せられる。末尾の短編「染色体(クロモゾオメン)」の落合は初めて目にするので、その「年譜」を見ると、『近代出版史探索Ⅱ』248などの佐々木孝丸のペンネームであり、もう一度口絵写真を見てみると、確かに戦後の映画で右翼や黒幕を演じた俳優としての佐々木と異なる若かりし頃の面影をうかがうことができる。

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 また意外なことに、巻頭に江口渙と貴司山治の連名で、「『プロレタリア文学集』の序に」が寄せられ、「一九三〇年に日本プロレタリア作家同盟は数人の同志を、支配階級の手にうばわれた」と始まり、「真に正しいプロレタリア文学の建設運動」が言挙げされ、続いて次のような記述に出会うのである。

 この集はしかしわれゝゝのさうした目的のための闘争として編された出版ではない。これは「現代日本文学全集」増刊刊行を機とし改造社のすゝめにより、この全集愛読者諸君に、日本には今自然主義文学についで、文学の主流としてかやうにプロレタリア文学がめざましく発達して来てゐるといふ新しい視野を提供するために、日本プロレタリア作家同盟の九人を選びこれまでのなるたけ「有名な」作品のあれやこれやを編んだ一冊としたものである。

 そして同時に九人のうちの四人が獄中にあるので、この出版は「同時の救護慰安のための」ものであり、読者にとってはこの『プロレタリア文学集』の購入は作家たちを富ませるのではなく、この「困難な文学運動に加勢し、うばわれてゐるわれゝゝの先進同志を援助することなる」のだと宣言されている。確かに本探索1257でふれた小林多喜二が戦旗社に『蟹工船』の印税の大半を寄付したエピソードが示しているように、この『プロレタリア文学集』も奥付の検印紙に発行者の山本美と見なせる山本の印が打たれ、編纂者も山本三生とある。それらの事実はこの一冊の版権が改造社に属し、日本プロレタリア作家同盟からの版権移譲を受けての買切出版だと見なすことができよう。

 もちろん『現代日本文学全集』の最終回配本としていいし、初期の二十万部以上の予約者の確保は難しかったであろうが、それでも日本評論社の『日本プロレタリア傑作選集』や戦旗社の「日本プロレタリア作家叢書」を上回る読者層はいたはずだ。それは拙稿「円本時代と書店」(『書店の近代』所収)で既述しておいたように、改造社の『現代日本文学全集』は円本の先駆けでもあり、その流通と販売は取次と書店の外商をも含んで、広範に展開されていたからだ。その外商規模とエリアはその地域に書店が無い場合、他の商店も巻きこんでのことだったと推測できるのである。

書店の近代―本が輝いていた時代 (平凡社新書)

 したがって改造社の版権買切条件の出版であっても、印税に見合うだけの版権料は日本プロレタリア作家同盟に支払われたと考えられる。またそのようなコラボレーションによっても、大正十五年の企画時と異なり、『現代日本文学全集』に『プロレタリア文学集』を週ロックすることが時代の要請となっていたのであろう。それは昭和円本前期と後期におけるプロレタリア文学の受容と隆盛の推移を物語り、自ずと文学においても、時代の趨勢をうかがわせている。

 そのことに関して、「『プロレタリア文学集』の序に」の連盟の江口渙が『たたかいの作家同盟記』(新日本出版社、昭和四十一年)で、日本プロレタリア作家同盟の結成にふれ、昭和三年の「三・一五」の大弾圧の一周年記念が迫る二月十日に浅草の信愛会館で創立大会が開かれたことをレポートしている。その議場は特高課の警官によって固められ、「文学団体の会合と思われないほどの異常な緊張」の中で、「プロレタリアートの解放のための階級文学の確立」が綱領として採択され、それに伴って単行本、リーフレット、パンフレットなどによる出版物の編集刊行が活動方針として挙げられていたのである。

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 そのような日本プロレタリア作家同盟の綱領と方針に基づき、『現代日本文学全集』での『プロレタリア文学集』が編まれたことになろう。


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