出版・読書メモランダム

出版と近代出版文化史をめぐるブログ

出版状況クロニクル169(2022年5月1日~5月31日)

22年4月の書籍雑誌推定販売金額は992億円で、前年比7.5%減。
書籍は547億円で、同5.9%減。
雑誌は445億円で、同9.5%減。
雑誌の内訳は月刊誌が382億円で、同9.0%減、週刊誌は63億円で、同12.2%減。
返品率は書籍が28.5%、雑誌は40.2%で、月刊誌は39.3%、週刊誌は45.2%。
22年1月から4月にかけての販売金額累計は7.2%減、書籍は3.5%減だが、雑誌のほうは12.6%の大幅なマイナスとなっている。
雑誌の時代の凋落はとどめるすべもなく、コミック頼みで、このまま進行すれば、22年後半は何が起きてもおかしくない出版状況に追いやられると考えるしかない。


1.『出版月報』(4月号)が特集「ムック市場2021」を組んでいるので、そのデータを示す。

■ムック発行、販売データ
新刊点数平均価格販売金額返品率
(点)前年比(円)(億円)前年比(%)前年増減
20057,8590.9%9311,164▲4.0%44.01.7%
20067,8840.3%9291,093▲6.1%45.01.0%
20078,0662.3%9201,046▲4.3%46.11.1%
20088,3373.4%9231,0621.5%46.0▲0.1%
20098,5112.1%9261,0912.7%45.8▲0.2%
20108,7622.9%9231,0980.6%45.4▲0.4%
20118,751▲0.1%9341,051▲4.3%46.00.6%
20129,0673.6%9131,045▲0.6%46.80.8%
20139,4724.5%8841,025▲1.9%48.01.2%
20149,336▲1.4%869972▲5.2%49.31.3%
20159,230▲1.1%864917▲5.7%52.63.3%
20168,832▲4.3%884903▲1.5%50.8▲1.8%
20178,554▲3.1%900816▲9.6%53.02.2%
20187,921▲7.4%871726▲11.0%51.6▲1.4%
20197,453▲5.9%868672▲7.4%51.1▲0.5%
20206,461▲13.3%870572▲14.9%50.2▲0.9%
20216,048▲6.4%901537▲6.1%51.21.0%

 最大のマイナス100億円を記録した20年ほどではないが、21年もさらに落ちこみ、販売金額は11年の半分になってしまった。おそらく22年は500億円を下回り、1990年代の3分の1というムック販売状況を迎えるであろう。
 1970年代の平凡社の『百人一首』(「別冊太陽」)に始まるとされるムックも半世紀の歴史を経てきたけれど、21年はムックを多く刊行してきた枻出版社や日本カメラの倒産、及び九州と沖縄のムック返品の九州雑誌センターでの処理と古紙化などが起きている。それに雑誌の凋落も重なってくる。
 本クロニクル165の雑誌全体、同167の紙のコミックス市場、同168の文庫本市場、それに今回のムック市場のデータを合わせて見れば、21年の書店状況が浮かび上がってくるだろう。しかも22年はさらに悪化しつつあり、その先には何が待ち受けているのだろうか。
百人一首 (別冊太陽 日本のこころ 1)
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2.『朝日新聞』(5/21)の「フロントランナー」に「女の修羅場 ペン一筋で越え」との大見出しで、漫画家井出智香恵が登場している。

 自作の一部を並べた中に井出が映し出されているが、そこには1990年代のベストセラーでテレビドラマ化された『羅刹の家』(主婦と生活社)の複数の書影がひときわ目立っている。
 1990年代に「レディスコミック」の時代が到来し、彼女は「レディコミの女王」とされ、私にしても嫁姑バトルを描いたおどろおどろしい表紙の『羅刹の家』は読んでいる。
 だがその「女王」が今でも健在で、コロナ禍で売春に手を染める主婦4人の物語や、自らが被害にあった「国際ロマンス詐欺」の話を描いているという。前者は桐野夏生『OUT』の21世紀コミック版のように読めるし、後者は『毒の恋』(双葉社)として刊行されるようなので、読んでみることにしよう。
 井出のことを取り上げたのは、「レディスコミック」と「女王」の時代がコミックスの全盛で、ピークの1995年に販売金額は5864億円に達していた。21年は2645億円だから、倍以上を売っていたことになる。「レディスコミック」はコンビニのシェアが高く、コンビニと郊外店を背景として出現し、成長したと見なせよう。そうした井出の過去の作品も、現在でも電子コミックとして読まれ続けているようだ。
 雑誌と紙のコミックスが衰退していく中で、「レデコミの女王」は74歳になっても、たくましくサバイバルしていることになり、私たちも範とすべきであろう。
羅刹の家(1)〈改修版〉: (生魚をかじる大姑) OUT 上 (講談社文庫 き 32-3)



3.KADOKAWAの連続決算の売上高は2212億800万円、前年比5.4%増、営業利益は185億1900万円、同35.9%増、当期純利益は140億7800万円、同46.9%増。
「出版事業」売上高は1329億7200万円、同2.6%増、「映像事業」売上高は331億1200万円、同5.7%増、「WEBサービス事業」売上高は213億4200万円、同3.0%減。
「出版事業」はグローバル化が進み、海外事業が高成長し、権利許諾収入が収益に貢献し、電子書籍はコミック販売、海外売上も増。

 前回、ノセ事務所の2020年「出版社の実績」を示し、総じて大手出版社は売上、利益ともに回復しつつあり、取次や書店と異なる状況下にあることを既述しておいた。
 それは版権収入や電子コミックなどによるもので、KADOKAWAも本クロニクル164の集英社、同167の講談社と同様であり、さらにデジタル化が進められていくだろう。 
odamitsuo.hatenablog.com



4.楽天ブックネットワーックの決算は売上高477億3700万円、営業利益は2億7900万円、純利益は2億4100万円。

 前期の赤字から黒字への転換は丸善ジュンク堂との取引の終了、楽天ブックスへの移行、日販との仕入業務の提携、リーディングスタイルの解散などによる流動資産や流動負債の半減も作用しているのだろう。
「地方・小出版流通センター通信」(No.549)によれば、楽天BNでは新刊登録見本の代わりにJPRO(出版情報登録センター)の登録情報を活用するという。そのためにJPROを利用していない出版社の新刊は、今後楽天BNの書誌データベースに反映されないこともあるので、この機会に利用を開始すべきだと促している。



5.メディアドゥの連結決算売上高は1047億2200万円、前年比25.4%増、純利益は15億7600万円、同3.8%増で、売上高、利益ともに過去最高。
 電子書籍流通事業売上高は993億900万円、同20.6%増、取引出版社は2200社、電子書店は150店、取扱稼働コンテンツは200万点。
 昨年は10月にNFTプラットフォーム「FanTop」をリリースし、トーハンと協業でNFT付き出版物を書店流通させ、好調とされる。

 本クロニクル165で、トーハンと筆頭株主のメディアドゥのコラボレーションを伝えているが、電子書籍流通事業のシェアが92%を占めるメディアドゥとトーハンの関係はどうなっていくのだろうか。
 メディアドゥは5ヵ年計画で27年には1500億円の売上高をめざすという。そこに至る過程で、トーハンと既存の出版社や書店との関係はどのようなものになっていくのか、少なくとも書店に対してプラスとなる方向へと進まないことだけは確かであろう。



6.絵本の情報・通販サイト「絵本ナビ」を運営する絵本ナビは既存株主SIGの他、講談社、KADOKAWA、ポプラ社、日本テレビ放送網、Spotligntを引受先として、11億円の第三者割当増資を実施。
 Eコマース、デジタルコンテンツ配信のプラットフォームとして、子育てユーザーを中心とする2000万人の利用者を有し、今回の資金調達と提携により、大手出版社各社のコンテンツの大幅な拡充を図り、日本テレビとの映像化、絵本制作などに取り組み、日本と世界の絵本児童書市場の拡大に貢献するとされる。

 これもと同じく出版社を利することはあっても、取次と書店にとってはプラスということにはならないだろう。
 その一方で、DNPが入手困難な絵本や児童書をデジタルデータ化し、PODで製造し、hontoに特設サイト「復刻書店いにしえ」を開設し、販売もしている。
 コミックだけでなく、絵本もまたひたすらデジタル化へと向かっているのである。



7.日販は100%子会社として株式会社ひらくを設立。
 新会社には日販のプロデュース事業「YOURS BOOKS STORE」の名称、及びブランドに関わるすべての事業、株式会社リブロプラスが運営する事業を吸収分割して承継する。
 それらは「文喫」事業、プロデュース事業、公共プレイス企画事業で、染谷拓郎社長は日販プラットフォーム創造事業本部プロデュース事業チームプロデューサーで、「箱根本箱」、イオンモール上尾「Park of Tables」、和多屋別荘「BOOKS&TEA三服」などのプロジェクトを手がけてきた。

 取次という本業が行き詰っていく中で、プロデュース事業にひとつの方向性を見出そうとしているのだろうが、「文喫」にしても、「箱根本箱」にしも、マスコミ露出は多くあっても、採算にのっていると判断できない。
 結局のところ、これまでのレンタル、文具複合店に代わる新たな事業の模索でしかないだろうし、多種多様なコンサルタントの持ちこみ案件への対応セクションと考えられよう。



8.『人文会ニュース』(No.140)に「図書館レポート」として、紀伊国屋書店の藤戸克己・花田吉隆による「荒尾市図書館+書店プロジェクト、地域の活性化と本の力」が掲載されている。

 前回の本クロニクルで、紀伊國屋書店の公共図書館融合型店舗にふれておいたが、このレポートはその「あらお本の広場概念図」を始めとして、「店舗レイアウト」や「図書館レイアウト」なども示された詳細なもので、今後の公共図書館融合型店舗の先行形式となるであろう。おそらく視察、見学者が多く訪れているはずだ。
 ここでこのような図書館の出現に関する是非は問わないが、6月下旬刊行の中村文孝との対談『私たちが図書館について知っている二、三の事柄』を読んだ上で、言及してほしいと思う。
jinbunkai.com



9.『選択』(5月号)の「マスコミ業界ばなし」に、CCCが「再上場しようと動いている」として、その準備のために「グループ内の『整理』が粛々と進められている」とある。
 その対象となっているのは子会社で『ペン』や『ニューズウィーク日本版』を刊行しているCCCメディアハウス、『アサヒ芸能』を看板誌とする徳間書店で、社長や編集長人事とめぐる問題が起きているというものだ。

 しかしこれは『選択』らしくない、CCC筋のリーク情報をそのまま記載していると推測される。
 もしCCCが再上場するのであれば、本クロニクル159で言及した巨額の赤字である連結、単体決算、トータルとしての子会社やFC問題、日販やMPDとの関係の開示も必要となるので、それはできないし、ありえないと考えるほうが妥当だろう。
 したがってこうした再上場話がリークされてくるCCCの内部事情のほうを推察すべきだ。
 なおCCCの最大のFCであるトップカルチャーの上半期売上動向は、既存店は15%以上のマイナスとなっている。
www.sentaku.co.jp
odamitsuo.hatenablog.com



10.三洋堂HDの決算は売上高188億5300万円、前年比9.7%減、営業利益500万円、同99.1%減、最終損益は2億7500万円の赤字で、資本金を19億8600万円から1000万円への減資を決定。 
 書店部門は123億4100万円、前年比15億円のマイナスで、既存店売上は90.1%にとどまり、一度も前年を超えていない。
レンタル部門も14億9300万円、前年比3億円のマイナス。
次期連結業績予想は売上高180億円、純損失8000万円とされる。


11.文教堂GHDの中間連結決算の売上高は84億1100万円(前年同期は98億4300万円)、営業利益は500万円、前年比97.6%減、純利益は1800万円、同91.8%減。

 続けてトップカルチャー、三洋堂、文教堂の連結決算や中間決算をトレースしてきたが、本クロニクルで取次のポスレジ調査に基づいてレポートしてきたように、書店売上はずっと20%近いマイナスとなっていて、それが3社の決算にも反映されているのは明らかだ。
 ゴールデンウィークの書店売上動向も、トーハンは1.5%、日販は13.9%のマイナスである。22年前半はともかく、後半は何が起きてもおかしくない書店状況に入っている。
 そのような中で、三省堂本店が閉店したことになる。



12.沼津市のマルサン書店仲見世店が閉店。
 テレビアニメ「ラブライブ!サンシャイン!!」ゆかりの書店として知られていた。

 マルサン書店仲見世店は沼津のアーケード商店街の中にあり、沼津漁港や三島の温泉に行く際に待ち合わせしたりすると同時に、20年近く商店街の老舗書店として定点観測させてもらったりしていた。
 その際には必ず雑誌や岩波文庫、ちくま文庫などを買うようにしていたが、行く度に商店街と同じく店のほうも衰退していくニュアンスを否めなかった。
 だがコロナ禍でこの2年ほど訪れていなかったし、そのような定点観測も、もはやできなくなってしまったことを痛感させられる。



13.『神奈川大学評論』の創刊100号記念号が届き、特集「過去・現在・未来—『神奈川大学評論』から見る未来」が組まれ、それと同時にウクライナ特集ともなっていて、様々に啓発された。

 この記念号を読んでいて、想起されたのは昨年末の『アステイオン』(95号、2021・11)で、こちらの特集は「アカデミック・ジャーナリズム」であった。同誌はのCCCメディアハウスを発行所とするもので、編者はサントリー文化財団アステイオン編集委員会である。
 『神奈川大学評論』のようなアカデミズムを横断し、編集発行も大学とコラボしながらも独立したかたちであれば、「アカデミック・ジャーナリズム」も持続可能であろうが、『アステイオン』のようなメセナと発行編集の絡みを考えると、今後は難しくなっていくと考えざるをえない。

アステイオン95



14.春風社編集部編『わたしの学術書』を読了。

わたしの学術書――博士論文書籍化をめぐって

 これは『週刊読書人』(5/20)による紹介で知ったのだが、ここに挙げられている学術書は、春風社による「博士論文書籍化」58冊で、それらの書名をここで初めて目にするし、1冊も読んでいないことに気づいた。
 人文書出版社が博士論文の書籍化に関わっていることは承知していたが、春風社がここまで本格的に、しかも専門的に出版を試みていることは知らずにいた。
 そして読みながら、13の「アカデミック・ジャーナリズム」ならぬ、「アカデミック・パブリッシング」をも再考すべき時代となっていることを教えられた。
 私も地方大学の教授たちからの出版に関する相談を受け、版元を紹介したりしているが、そうした問題も含んで、アカデミズムの「出版の共同体」が失われてしまったことも実感しているからだ。



15.『週刊東洋経済』(4/30-5/7)がウクライナ危機と経済情勢の行方がわかる「世界激震!先を知るための読書案内」特集を組んでいる。

 この特集を購入してきたのはショシャナ・ズボフ『監視資本主義』(野中香方子訳、東洋経済新報社)を、『人新世の「資本論」』(集英社)の斎藤幸平と精文館書店の西田豊が挙げていたからである。
 『監視資本主義』は東洋経済新報社から出された高価な一冊だが、これからの世界を考えるべき必読の一冊のように思える。それはプライバシーやGAFAの問題だけでなく、戦争と経済とも密接にリンクしているし、そのような世界へともはや入ってしまっていると見なすべきだろう。

週刊東洋経済 2022/4/30-5/7合併特大号  監視資本主義: 人類の未来を賭けた闘い  人新世の「資本論」 (集英社新書)



16.またしても訃報が届いた。しかも二人である。
 『書評紙と共に歩んだ五〇年』(「出版人に聞く」9)の元『日本読書新聞』『図書新聞』編集長井出彰、及び小泉孝一『鈴木書店の成長と衰退』(同15)のオブザーバーを務めてくれたJRC会長後藤克寛である。
 謹んでご冥福を祈る。

書評紙と共に歩んだ五〇年 (出版人に聞く)  鈴木書店の成長と衰退 (出版人に聞く)


17.『近代出版史探索Ⅵ』は発売中。

近代出版史探索VI
 今月の論創社HP「本を読む」〈76〉は「ブロンズ社とほんまりう『息をつめて走りぬけよう』」です。

ronso.co.jp