22年5月の書籍雑誌推定販売金額は734億円で、前年比5.3%減。
書籍は407億円で、同3.1%減。
雑誌は327億円で、同7.9%減。
雑誌の内訳は月刊誌が268億円で、同7.4%減、週刊誌は58億円で、同10.2%減。
返品率は書籍が38.8%、雑誌は45.4%で、月刊誌は45.8%、週刊誌は43.2%。
雑誌の返品率が45%を超えたのは初めてだと思われる。最悪の返品率だといっていい。
22年1月から5月にかけての販売金額累計は6.9%減、書籍は3.4%減、雑誌は11.6%減である。
そうした出版販売状況の中で、22年後半に突入していく。
1.2022年の東京書店組合加盟数は21年の291店から14店減の277店。
21年の東京も含めた日書連加盟書店数は2887店であり、この数年で2000店を下回るであろう。
このような書店状況下で、『朝日新聞』(6/21)の「天声人語」が東京の赤坂駅周辺で書店が全てなくなってしまったことに関して、個人的にして感傷的な思いをしたためている。それは「身の回りから書店がどんどん消えている。小さなまちでも、そして大都市でも」といった語り口や、「書店という業態は世の中に街に必要とされなくなっているのだろうか?」という閉店告知の引用にも明らかだ。
だが今さら何をいっているのだろう。書店数は今世紀初頭の2万店に対して、21年は実質的に1万店を割りこみ、半減している。それは1990年代から始まり、アマゾンだけに起因するのではなく、再販委託制という近代出版流通システムの終焉に端を発し、郊外店出店ラッシュとコンビニ、大型複合店の全盛、図書館の増殖によって街の中小書店が消えていったことは自明のことではないか。それに現在は電子コミックにも包囲されているのだ。この「天声人語」はジャーナリストによって書かれたものではなく、歴史も出版状況も直視しない新聞記者が書いた書店消失に対するひとつの感想文と見なすべきであろう。このような「天声人語」が範とされ、同じような感想文が多く書かれていくことを危惧するし、それはすでに始まっているからだ。
2.同じく『朝日新聞』(6/5)「歌壇」に見える、電子書籍に包囲されつつある書店主の一首を引いておく。
返本の荷造りしてる本屋なり
本が紙にて刷られるうちは
(長野県) 沓掛喜久男
本クロニクルでも、この人の短歌を何度も引かせてもらっているが、永田和宏の選評は「沓掛さん、返本の面倒さはあるが、紙の本をまだ扱える喜びと矜持」とある。
21年の長野県の日書連加盟店は61店で、前年比4店減となっている。岩波書店や筑摩書房を始めとして、多くの出版人を生み出した長野県にしても、書店数は減るばかりだ。
10年以上前に今泉正光『『「今泉棚」とリブロの時代』(「出版人に聞く」1)のインタビューで長野に出かけた際に、すでに書店が少なくなり始めていることに気づかされた。
沓掛による閉店の歌が詠まれないことを祈るばかりだ。
3.丸善ジュンク堂の第12期決算は売上高699億6600万円、前年比4.1%増、営業利益は同3.7倍の2億7900万円、経常利益は5800万円(前期は1億9500万円の損失)。
2015年に丸善ジュンク堂と社名変更してから初めての最終黒字となる。
それまでの最終赤字額を示す。
第6期 | 3億8000万円 |
第7期 | 22億9300万円 |
第8期 | 23億5100万円 |
第9期 | 1億1200万円 |
第10期 | 1700万円 |
第11期 | 2億8900万円 |
これらの累計だけでも50億円を超える赤字であり、第1期から通算すれば、さらに巨額な赤字となろう。DNP傘下の丸善CHIグループでなければ、とても支えきれなかったと見なせよう。
ナショナルチェーンの大型店にしても、過去10年の実態が赤字だったことを伝えている。今期は初めて黒字化したことで、これらの赤字も公表されたが、来期以降も黒字が続いていくかは保証されていない。
4.未来屋書店の決算は売上高485億4700万円、前年比3.3%減、経常利益は2300万円、同94.9%減、当期純利益1900万円、同88.5%減。
未来屋書店はイオングループの書店として、イオンのショッピングセンターに出店し、21年には書店業界でも最多の244店を数えるチェーン店を形成していた。
その立地もあって、雑誌、コミック、文庫をメインとしていたが、それらの凋落を受け、チェーン店としても難しいところにきているのだろう。
それはくまざわ書店、三洋堂、トップカルチャー、文教堂なども同様で、決算や中間決算にも明らかだ。もちろんCCC=TSUTAYAグループにしても。
そうした事実は20世紀後半の流通革命のコアであったチェーンストア理論が21世紀を迎え、少なくとも書店業界においてはもはや有効でなくなっていることを告げている。
21世紀のアマゾンの出現と成長こそはそれを象徴していよう。
5.久美堂は図書館業務受託のヴィアックスと共同で、町田市立図書館のひとつである鶴川駅前図書館の指定管理者となる。
町田市には公立図書館8館があり、その最初の指定管理が鶴川駅前図書館で、鶴川駅近くの複合施設「和光大学ポプリホール鶴川」2階にある。
久美堂は図書館運営の経験がないので、ヴィアックスとジョイントして応募し、「市内事業者」が代表となっている久美堂=ヴィアックスが共同事業体として選ばれた。
指定管理期間は5年間で、22年度委託料は8631万3000円、職員は館長も含めてヴィアックスが20人、久美堂は3人の計23人。
このような書店による図書館受託も増えていくだろうし、紀伊國屋書店の荒屋市立図書館形態も同様であろう。
荒屋市立図書館に関しては『新文化』(6/16)が一面特集しているし、かつての武雄図書館の再現のような報道である。
しかし前回も書いておいたが、これらの図書館問題に関しては、中村文孝との対談『私たちが図書館について知っている二、三の事柄』を読んだ上で語ってほしい。ヴィアックスなどの図書館業務受託のことにも言及している。
出版が遅れてしまったが、7月には刊行される。
6.日販GHDの連結決算は売上高5049億9300万円、前年比3.1%減、営業利益28億4000万円、同31.6%減、経常利益36億4800万円、同17.5%減、当期純利益13億9100万円、同43.0%減の減収減益。
日販の取次事業の売上高は4074億6300万円、同3.0%減、営業利益7億3400万円、同27.6%減、当期純利益は4億8500万円、同22.5%増。その内訳と返品率は次のとおりである。
金額 | 前年比 | 返品率 | |
書籍 | 211,843 | 3.6 | 27.0 |
雑誌 | 100,420 | ▲8.0 | 48.4 |
コミックス | 71,774 | ▲18.5 | 24.4 |
開発品 | 24,993 | ▲7.9 | 44.1 |
合計 | 409,032 | ▲4.6 | 34.5 |
「小売事業」は売上高616億1400万円、同0.8%減、営業損失2億4600万円(前年は3億2800万円の利益)、経常損失800万円。グループ書店数は234店で、出店が8店、閉店が19店。
7.トーハンの連結決算売上高は4281億5100万円、前年比0.8%増、営業利益12億7900万円、同68.3%減、経常利益11億7700万円、同30.0%減、当期純損失は16億4800万円(前期は5億7600万円の黒字)。
特別損失はメディアドゥの株式評価損と固定資産除却損が34億1800万円計上されたことによっている。
トーハン単体の売上、返品率を示す。
金額 | 前年比 | 返品率 | |
書籍 | 187,888 | 10.6 | 34.1 |
雑誌 | 115,360 | ▲3.4 | 47.8 |
コミックス | 54,322 | ▲12.6 | 22.5 |
MM商品 | 45,966 | ▲5.5 | 22.3 |
合計 | 403,537 | 0.9 | 36.5 |
日販にしてもトーハンにしても、「取次事業」で書籍がプラスになっているが、コミックスや雑誌の落ちこみはまだ続いていくだろうし、売上の回復は難しい。
それに日販の小売事業が赤字になっているが、トーハンも同様であろうし、今期はさらに厳しくなっていくことは確実だ。
それに書店数の減少は日販やトーハン帖合の書店数のマイナスとリンクしていく。22年後半の書店の動向が、日販、トーハンの今期の決算へと大きく反映していくと考えられる。
8.地方・小出版流通センターの決算も出された。
「地方・小出版流通センター通信」(No.550)によれば、21年総売上は8億9856万円で、前年比1.0%減、営業損失1588万円を営業外収入1718万円で埋め、最終当期利益269万円で、「なんとか赤字決算を逃れた」とレポートされている。
地方・小出版流通センターの場合、昨年の丸善ジュンク堂主要大型20店の楽天BNとの取引停止、それに伴うトーハン、日販への取次変更による返品、楽天のネット専門取次化による売上減がボディブローとなったようだ。
電子書籍と版権収入で好調な大手出版社は例外で、取次と書店は危うい赤字路線をたどっているように思えてならない。
本当に22年後半の書店動向はどうなっていくのだろうか。
9.小学館の決算は売上高1057億2100万円、前年比12.1%増、経常利益は89億4500万円、同23.4%増、当期利益は59億9500万円、同5.7%増、4年連続黒字決算で、売上高が1000億円を超えたのは7年ぶりとなる。
売上高内訳は「出版売上」470億5300万円、前年比0.6%増、「広告収入」91億3700万円、同0.5%増、「デジタル収入」382億8700万円、同25.2%増、「版権収入等」112億4400万円、同43.0%増と全分野で前年を上回った。
「出版売上」のうちで、雑誌だけは170億2400万円、同7.8%減と減収となっているが、「デジタル収入」と「版権収入等」の2つの分野で、「出版売上」を超え、しかも全分野の半分を占める500億円に迫っている。
雑誌の出版社からデジタル、版権収入の小学館へと移行しつつあり、それは講談社、集英社、KADOKAWAと歩みをともにしている。その事実はこれらの大手出版社が書店から限りなくテイクオフしていく現実を伝えていよう。
これらの大手出版社にしても、近代出版史の事実からして、街の中小書店によって育てられ、成長してきたのだが、それらはすでに全滅状況にあるし、もはや何の忖度も必要としなくなったことも告げている。
10.『日経MJ』(6/3)が「アクションRPGの王となれ」との大見出しで、KADOKAWAの子会社フロム・ソフトウェアが2月に発売した『ELDEN RING(エルデン リング)』が3月末時点で1300万本を超える大ヒットだと報じている。
これまで初期販売で1000万本を超えたのは任天堂『ポケモン』、新作の『あつ森』だけだったので、当初は400万本を予想していたが、最終的には2500万本に達するのではないかと観測されている。
私はこのようなRPGはまったく門外漢なので、語る資格もないのだが、そこには「書店でも売れた」として、書店の売場写真も掲載されている。
7の日販の「開発商品」、8のトーハンの「MM商品」にはこれらのRPGも含まれているのだろうし、実際にゲオや三洋堂はこの分野にも力を入れているはずだ。それに21年度玩具市場は前年比8.5%増の8945億円に達し、書籍の6804億円、雑誌の5276億円を超えている。
取次も書店もサバイバルしていくためにはこのような分野にも積極的に進出していかなければならない。だがそれは出版物から限りなく離れていく道をたどることになるだろう。
11.同じく『日経MJ』(5/30)の藤村厚夫「先読みウエブワールド」がネットフリックスの2022年第1四半期における20万人の会員減を伝えている。
19年に1億6000万人だった会員数はコロナ禍により総会員数は2億2000万人まで増加していたが、第2四半期には200万人減少が見こまれ、社員のレイオフと広告収入確保に向かうのではないかとされている。
コロナ禍と韓国ドラマ『愛の不時着』人気も相乗して、ネットフリックスは飛ぶ鳥落とすような勢いもあって、本クロニクルでも注目し、『愛の不時着』にはまってしまったことも既述してきた。『イカゲーム』は かわない。
ところがその後、ディズニープラス、アマゾンプライム、ディスカバリーナ、HBO Maxといったライバルも急成長し、熾烈な争いとなっているようだ。
日本の『鬼滅の刃』ではないけれど、コミックでも物語が世界を制することもあるし、ネットフリックスもドラマ『愛の不時着』によって世界を制したかのように見えた。
しかし続けて世界を制するようなコミックやドラマを生み出すことは難しいし、そこにこそ、神話や伝説に端を発する物語の謎が秘められているのかもしれない。
12.フライヤーがクロステックベンチャーズ、みずほキャピタルを対象とし、3億円の第三者割当増資。
ビジネス書などの要約サービスを現在の660社から23年には1000社へと拡大予定。
その後さらに3億円の資金調達もなされたようだ。
フライヤーのことは本クロニクル162で紹介したばかりで、ビジネス書要約サービスに加え、書店にフライヤー棚を設置し、それは5の未来屋の100店を始めとして、トップカルチャー、三洋堂、ゲオなどが続いている。
そのフライヤーが早々と第三者割当や資金調達を実施したことになり、それは稲田豊史『映画を早送りで観る人たち』(光文社新書)のビジネス版の急速な市場化といえるだろう。
odamitsuo.hatenablog.com
13.『週刊読書人』(6/3)が緊急寄稿として、石原俊「『稼げる大学』法案を問う」と「緊急集会レポート」が掲載されている。
それによれば、世界トップレベルの研究大学つくるという目的で、10兆円規模の大学ファンドを政府が創設し、その支援大学規準を定めた「国際卓越研究大学法」が5月18日に参院本会議により可決成立した。
これは同紙で読むまでは知らなかったが、「国卓大」に設定された大学は年3%以上の事業規模成長、つまり特許取得や知財収入などの「稼げる大学」への転換とガバナンス体制の大幅な改革を求められるものである。
この法案の廃案を求めるオンライン署名には大学教職員、学生など1万8千人の賛同が集まったが、審議もされずに成立し、この大学ファンドは始まってしまっている。
これも12のフライヤーのビジネス要約サービスの第三者割当増資などの動向と根底でつながっているのだろうし、出版業界の現在とも密通しているように思える。
幸いにして、『週刊読書人』は公共図書館でも常備しているところが多いと考えられるので、興味をもたれた読者はぜひ当たってほしい。
14.『古書目録26』(股旅堂)が届いた。
www.matatabido.net
今回は「或る性風俗研究家旧蔵(遺品)の『昭和平成ニッポン性風俗史料』」特集といっていいだろう。
しかもその「或る性風俗研究家」は旧知の人物で、『出版状況クロニクルⅥ』でも追悼しておいた講談社の白川充だった。彼は船戸与一と志水辰夫をデビューさせ、所謂冒険小説の時代を用意した編集者で、最後に会ったのは原田裕『戦後の講談社と東部書房』(「出版人に聞く」14)の出版記念会の席においてだった。
だがまさか彼が「性風俗研究家」だったこと、『昭和平成ニッポン性風俗史』(展望社)を刊行していたことはまったく知らずにいたし、近代出版史の系譜にはそのような研究家や編集者の存在が不可欠であったことを想起してしまう。現在でいえば、『赤線跡を歩く』(ちくま文庫)の木村聡を連想する。白川がその一人だったことは想像していなかった。
目録の表紙の裏表に白川の自筆によるメモや地図が掲載され、彼からもらった手紙やはがきの字とまったく同じであることに気づいた。彼にもインタビューしておけばよかったと思うけれど、同じ講談社の鷲尾賢也、原田裕、大村彦次郎に続いて、白川も続けて亡くなってしまい、本当に残念だというしかない。
15.14の股旅堂の『古書目録26』に1950年代の風俗娯楽雑誌が多く出され、それらの中に『笑の泉』が別冊共々12冊が掲載されていた。
実は最近古本屋からこの『笑の泉』の1961年2月号を贈られたばかりなのである。出版社は現在でも存続している一水社で、発行人は村田愛子、編集人は蔭山和由と奥付に記されている。
もちろん二人とも知らないが、その「風流ばなし百人選」特集には「粋と洒落との大人の雑誌」を名乗るだけあって、金子光晴、黒沼健、式場隆三郎を始めとして、作家、翻訳者、芸能人などの百人が勢揃いし、心温まる「風流ばなし」の満載となっている。
おそらく当時は「エロ雑誌」「悪書」扱いされていたと思われるし、巻頭にヌード写真は掲載されているけれど、リベラルな文化の香りを味わわせてくれる。またそこには出版の自由すらも感じられるし、そのような出版の時代もあったことを思い出させてくれる。
16.エマニュエル・トッド『第三次世界大戦はもう始まっている』(大野舞訳、文春新書)読了。
トッドはウクライナ戦争に関して、いつまで続き、これからどうなるのか、「事態は流動的で、信頼できる情報は限られ、現時点で先を見通すのは困難」だが、「世界が重大な歴史的転換点を迎えているのは明らか」であり、自身がいうように「冷酷な歴史家」として語っている。
それはフランスの歴史家がヨーロッパから見たウクライナ戦争分析であり、すべてを肯うわけではないが、最も啓蒙的にして、示唆されることが多い発言だと見なせるであろう。
このトッドの一冊を読みながら想起されたのは、かつて編集に携わったガルシア・オリベルの『過去のこだま』(仮題、ぱる出版刊行予定)のことだった。オリベルはスペイン市民戦争において、共和国の司法大臣を務めた主要人物だが、彼が語るスペイン市民戦争は列強各国の思惑も絡んで、インターナショナルな「仁義なき戦い」のようでもあった。トッドの指摘によって、ウクライナ戦争も「仁義なき戦い・代理戦争」のような様相を呈することが浮かび上がってくる。
私はトッドのように、人口動態や家族システムなどに注視していないけれど、それでも年度版『世界国勢図絵』(矢野恒太記念会)は常々参照している。それにより、プーチン帝国も第3次産業就業者が70%を占める消費社会化しているので、20世紀のアメリカのベトナム戦争へと至る状況と異なると思っていた。ところが間違っていた。あらためて消費社会と戦争のことも考えなければならない。
17.『近代出版史探索Ⅵ』は発売中。
論創社HP「本を読む」〈77〉は6月に亡くなった石井隆を追悼するために「喇嘛舎と石井隆『さみしげな女たち』」に急遽差し換えてアップしています。