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古本夜話1289 『エマ・ゴールドマン自伝』をめぐって

 前回のインターナショナリスト田口運蔵をめぐる様々な人脈などにリンクして、拙訳『エマ・ゴールドマン自伝』を例にとり、承前的な数編を書いておきたい。

エマ・ゴールドマン自伝〈上〉 エマ・ゴールドマン自伝〈下〉

 これから田口に関連する日本、アメリカ、ロシア、ドイツなどの社会主義人脈に分け入っていくつもりだが、自戒しておかなければならないことが多い。それは二十世紀前半という戦争と革命の時代が近代ジャーナリズムと出版の成長期でもあり、それぞれの分野において、多くの自伝や手記、評伝や研究書が書かれ、史資料、証言集や記録集も編まれ、出版されている。そのために分野によっては汗牛充棟の状態にあるようにも思える。しかし歴史と人間の謎は奥深く、すべての真相が明らかになっているとはいえず、ロシア革命と第一次世界大戦、ナチズムとファシズム、スペイン市民戦争とスターリズムなどは、現在でも新たな評伝や研究書の出現を見て、教えられることが多い。

 それらの問題は日本においては大正時代、世界的には一九二〇年代論としても考えらえるので、朝日ジャーナル編『光芒の1920年代』(朝日新聞社、昭和五十八年)、『1920年代の光と影』(『現代思想』臨時増刊総特集、同五十四年)も視野に入れたいのだが、それを試みると、とめどもなくなってしまうし、ここでは断念するしかない。

 現代思想 1979年6月臨時増刊 総特集=1920年代の光と影

 それにまた戦争と革命の時代は、亡命とスパイと裏切りの世紀でもあり、必然的にダブルスパイの跳梁する色彩も強い。そのためにひとつの事件や出来事をめぐっても証言は当事者によって異なり、それが国際的に錯綜していくことを前提としなければならない。それを痛感したのは二十年ほど前に『エマ・ゴールドマン自伝』(小田透共訳、上下、ぱる出版、平成十七年、Emma Goldman ,Living My Life , 1931)を翻訳した際にだった。

Living My Life, Vol. 1 Living My Life, Vol. 2

 エマは戦前において、アナキズムのみならず、女性解放運動の先駆者の一人であり、国際的にもスーパーヒロインにして、革命のミューズ的な存在であった。アメリカの強権主義体制への果敢な批判者であるノーム・チョムスキーもエマの影響を受けていることはよく知られていよう。しかしそのエマの自伝は四百字詰原稿用紙三千枚を超える大部のもので、日本のアナキズム陣営やいくつかの出版社でも翻訳は試みられたようだが、実現に至らず、原書の出版からほぼ七十年後に、私たちによって初めて完訳されたことになる。

 彼女の自伝の詳らかな成立経緯と事情は明らかではないけれど、前半と後半では文体が異なり、複数の口述筆記担当者の存在がうかがわれるし、そこには明らかにされていない編集問題も絡んでいるのだろう。アナキズム、社会主義、フェミニズム人脈だけでなく、二十世紀初頭から第二次世界大戦の間の思想、文学、美術、演劇史においても重要な人物たちが交錯している。

『近代出版史探索Ⅵ』1159で、エマを取り巻く人々の一人であるジェイムズ・ヒュネカーにふれた際に、別巻として『エマ・ゴールドマン自伝登場人物事典』を編むつもりだったことを既述しておいた。これが実現すれば、戦前のアナキズムから文学、思想史などに及ぶ広範な人々が一堂に会すツールとなるはずであった。ところがゾラの「ルーゴン=マッカール叢書」十三作の翻訳と編集に没頭せざるをえなくなり、機会を失ってしまった。

 しかしそれでも『エマ・ゴールドマン自伝登場人物事典』の参考資料として、翻訳過程と同様に、それらの人々の自伝や評伝を読み続けてはいた。するとエマと記述と相反する証言に出会うことになったのである。それをまずエマのほうから示す。エマはコロンタイに続いて、同じくロシアの代表的女性コミュニストのアンジェリカ・バラバノフに会いに行く。

 彼女の大きな物哀しい目の中には知的な深見、哀れみの気持ち、優しさが光っていた。彼女が全生涯を捧げてきた民衆への敬意、故国の陣痛、虐げられた者への苦しみがその青白い顔い深く刻まれていた。具合の悪さがすぐにわかり、小さな部屋の寝椅子にもたれこんでいたが、すぐに私に対して全面的興味と関心を示し始めた。(中略)
 私は寝椅子に近づき、すでに灰色の縞になっている彼女の厚く結んだ黒髪をなでた。彼女は自分をアンジェリカと呼んでほしいと言って、私を胸に引き寄せた。(後略)

 同じシーンをバラバノフの『わが反逆の生涯』(久保英雄訳、風媒社、昭和四十五年)からも引いてみよう。

 彼女(エマ―引用者)が私をたずねてきたとき、私は自分の身近に起ったばかりのできごとのため、まだ病気で寝こんでいた。彼女と話を始めると、彼女は突然黙ってしまい、泣き崩れたのである。この突然の涙の中にこそ彼女はつもりつもった憤慨と幻滅、彼女が目撃したり耳にした不正にたいする痛恨をふり注いだのであった。(後略)

 この後、アンジェリカの手配でエマは一緒にレーニンと会うのだが、エマのほうはアンジェリカが同席したとは書いていない。女性同士のささいな思い違いや見栄の部分もあるかもしれないが、このような重要なシーンにおいても、異なる証言が残されたことになる。

 そうした事実は続いて編集に携わったガルシア・オリベルの『過去のこだま』(仮題、ぱる出版刊行予定、Garcia Oliver , El eco de los pasos , 1978)でも、千ページを超える大著の翻訳者の労とともに思い知らされた。オルベルはスペインのCNT(全国労働連合)やFAI(イベリア・アナキスト同盟)の指導者で、共和国の司法大臣を務め、ヒュー・トマス『スペイン市民戦争』(都築忠七訳、みすず書房)やバーネット・ボロテン『スペイン革命―全歴史』(渡利三郎訳、晶文社)にも主要人物として挙げられ、『日本アナキズム運動人名事典』にも立項がある。

 EL ECO DE LOS PASOS: EL ANARCOSINDICALISMO En la calle En el Comité de Milicias En el gobierno En el exilio (Spanish Edition) スペイン革命 全歴史 日本アナキズム運動人名事典

 ところが一九三〇年代のスペイン内戦はファシズムとの戦いだっただけでなく、激烈な内部抗争、イギリスやドイツなどの列強の思惑、ソ連の介在などに象徴される、まさにインターナショナルな「仁義なき戦い」の様相をも呈していた。例は挙げないが、オリベルの著者はとりわけその内幕に迫っていて、それまでのスペイン内戦を異化させてもいる。そのためにやはり多くの資料を参照しながら編集を進めたのだが、様々な神話に包まれたスペイン内戦の謎の深さを実感させられたのである。

 ちなみに『エマ・ゴールドマン自伝』にはそこまで書かれていないが、エマはその後バルセロナでオリベルと出会い、CNTの代表として国際情宣を担当し、イギリスを始めとして講演行脚を続けた。だが一九三八年にフランス軍がバルセロナやマドリッドを陥落し、多くのスペインアナキストたちが殺戮され、オリベルも亡命を余儀なくされた。彼の『過去のこだま』はそれを描いているのである。だが残念なことに出版社の事情で、いまだに刊行されていない。


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