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古本夜話1324 共学社と『ディナミック』

 本探索1321で、昭和二年に石川三四郎が世田谷の千歳村で土民生活の実践としての共学社を発足させ、それに望月百合子がパートナーとして加わったことを既述しておいた。

 その共学社から昭和四年に二人の編集で、月刊紙といっていい『ディナミック』が創刊されている。たまたま最近、アナキズム文献を主とするりぶる・りべろの古書目録で『ディナミック』全五十九号のうちの五十二冊を見つけ、入手したので、ここで続けて書いておきたい。初めて目にしたからだ。

 ディナミック ―石川三四郎個人紙 完全復刻 (『ディナミック』復刻版、黒色戦線社)

 『ディナミック』はA4判四ページの創刊号から始まり、昭和九年の最後の第五十九号は表裏二ページとなっている。例外は第五号で、エリゼ・ルクリエ特集という八ページ仕立てである。いずれも発行編輯兼印刷人は石川で、発行所は千歳村の共学社である。この「リー、フレット」の編輯助手を名乗っているのは望月入りで、タイトルの『ディナミック』はコントのタームDynamique Sociale(社会力学)からとられ、それは石川による巻頭言というべき「解放の力学」に顕著に表出している。

 その石川の言によれば、「今はディナミックの時代」で、小さな機械の建立と運転に際しても力学の知識と練習が必要なように、「況や大きな生きた社会を改造し、それを構成する数多き人類が解放されやうといふには、各自が綜合的社会力学の知識を以て其れを実行」しなければならない。そのための「綜合的社会力学の知識」を啓蒙普及しようとするのが『ディナミック』の創刊のひとつの目的だったと見なせよう。石川とコントの関係は本探索1225で見たばかりだ。

 この力学思想は昭和初期の日本社会のトレンドとしての文化モダニズム、プロレタリア文学などの影響もうかがえる。だが創刊後、ただ5にその特集が組まれていることから推測されるように、エリゼ・ルクリユの「綜合的社会力学」的思想に多くを負っていることは確実だし、石川はもちろんのこと、望月にしても、フランスでルクリユ一家の近傍にいたはずで、二人ともフランスからの帰朝者だったことに留意すべきだろう。

 号と話は飛んでしまうけれど、石川は最終号に「回顧五年」をよせ、この五年間の出来事として、騒がしい社会運動に対し、保守反動のうねりが起きたとして、満州事変、五・一五事件を挙げている。それらにまつわる盲動、策動は社会不安を伴い、深刻さを増すばかりで、「世を挙げて凶夢に悶えてゐるとしか思はれない」「激動の五箇年」だったと述べている。確かにそれは『ディナミック』を通読していくと伝わってくるものだ。石川の証言を聞いてみよう。

 今から十二年前、ヨーロッパから帰つて来て、最初に私の唱へたことは「土に還れ」といふことであつた。はでやかな社会運動の盛んななかに「土民生活」の提唱なぞを敢へてしたことは些さか突飛であつたかも知れない。だが併し農村問題のやかましい今日から見ると、それは可なり先見を誇つてもよい思想であつた。(中略)
 私が此地に来て、二反の土地も小作して半農生活を始めたのは、こゝを中心にして広い農村的共学組織を設ける為であつた。我々は今日の資本主義社会に於ては、産を共にすることは容易ではない。せめて学問知識だけでも共にしようといふ意味で私は共学社の名称を採用した。

 農村への回帰をテーマとする『近代出版史探索』141の島木健作『生活の探求』はまだ書かれていなかったけれど、石川は大正十四年に下中弥三郎たちと農民自治会の創立に加わり、昭和二年に下中の平凡社からは『同Ⅱ』242の権藤成卿『自治民範』が刊行されていた。したがって「土に還れ」、「土民生活」はアナキストだけでなく、ナショナリスト、後にコミュニストも含んだ時代のトレンドを形成していくのである。

 

 それに加えて、石川が共学社としてめざしたのは音楽家、画家、諸々の語学者も来訪し、独立自治のかたちで半農生活を営み、毎週一回一堂に会して、共学、共楽、共同的研究も行なうことだった。そうした生活は全国の同志たちにも伝わっていくことを予想したが、好事魔多しで、それはまったく実現に至らなかったとされる。そのために『ディナミック』の創刊が構想されたのである。その助走段階として、石川の共学社パンフレットとして、『土の権威』『土民芸術論』なども出版されていたことにも注目しよう。

 ただ『ディナミック』は「土民生活」を表現するには至らず、石川の科学的哲学的研究に終始し、そのコアは先述のコントだけでなく、『近代出版史探索』74のエドワード・カーペンター、とりわけエリゼ・ルクリユの『地人論』に基づく宇宙観的歴史論であった。石川は『ディナミック』を刊行するともに、その『地人論』の翻訳にも携わっていたのである。


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