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古本夜話1342 『中野秀人全詩集』と「真田幸村論」

 花田清輝、中野正剛、『我観』『真善美』といえば、それらにまつわる前後史があるので、そうした事実にも言及しておかなければならない。

  

 まずは前史からふれてみる。中野正剛の弟秀人は早大中退後、大正九年に『文章世界』の懸賞当選論文「第四階級の文学」によってプロレタリア理論の先駆的ポジションを得て、朝日新聞記者となる。演劇、文芸評論を手がけ、実際に演劇にも関わるが、十五年にはイギリスやフランスにわたり、絵も描き、昭和六年に帰朝し、自らの滞欧洋画展覧会を開く。十五年には花田清輝と文化再出発の会を組織し、総合文芸誌『文化組織』を創刊し、エッセイ、小説、戯曲などを書き、「魚鱗叢書」を企画刊行している。

 それらは『日本近代文学大事典』第六巻の「解題」によれば、『文化組織』によって文学者たちの「全体的記念塔にまで発展させるべく」編まれた叢書で、「職能的ジャングルの破壊」「すべては実質であり、戦ひ取られたもの」との意思のもとでの刊行とされ、昭和十六年から十七年にかけて、すべてが中野の装幀で、次の五冊が出された。

1  花田清輝 『自明の理』
2  岡本潤 『夜の機関車(詩集)』
3  中野秀人 『中野秀人散文自選集』
4  赤木健介 『意欲(歌集)』
5  田木繁 『釣狂記』

  

 これらは文化再出発の会発行で、さらに同会から『中野秀人画集・画論』も出ているようだが、いずれも未見である。ただ本探索1310の赤木健介がここでは歌人として登場していることに少しばかり驚かされる。それでも1の花田の第一評論集『自明の理』は戦後に『錯乱の論理』として改題され、『花田清輝著作集』(第一巻所収、未来社)に収録されているので、私の場合『復興期の精神』と同じく、そちらで読んでいる。

   

 さてこのような戦前の中野、花田、文化再出発の会と『文化組織』の関係から、戦後においても、真善美社、『真善美』、それに『綜合文化』が必然的にリンクしていくことになるし、中野は真善美社から初の長編小説『精霊の家』(昭和二十三年)も刊行しているとされる。ただ『文化組織』と「魚鱗叢書」、『綜合文化』と『精霊の家』なども含めて中野の生前の著書や掲載誌をまったく見ていないし、入手していないので、本探索でもほとんどイレギュラーだが、『文化組織』や『綜合文化』も『日本近代文学大事典』第五巻「新聞・雑誌」の解題によっている。

 

 そうはいっても、拙稿「真善美社と月曜書房」(『古本探究』所収)で既述しておいたように、「我観社・真善美社刊行目録」と「『綜合文化』全目録」(『花田清輝全集』(別巻2所収、講談社)には目を通している。またそれ以前にも、拙稿「学藝書林『全集・現代文学の発見』と八木岡英治」(『古本屋散策』所収)で書いているように、その第一巻『最初の衝撃』で、中野の「第四階級の文学」を読んでいた。それは貴族、ブルジョワ、中間階級に続くプロレタリアを第四階級として捉え、これらの文学はそれに担われるであろうとする提起であった。後に船戸与一が難民の存在を第四世界の人々と定義するのだが、そのタームとコンセプトの起源は中野の提起にあったのではないかと思ったりもした。

 それもあって、たまたま偶然入った静岡の古本屋の棚で見つけた村上知義装幀の『中野秀人全詩集』(思潮社、昭和四十三年)を購入しておいたのである。しかしこの 『全詩集』 に目を通しての印象だが、全体的に散漫で、これだけは引用しておきたいという詩が見当たらなかった。その印象は高村光太郎による肖像「中野秀人の首」の口絵写真、中野和泉「中野秀人略年譜」、付録の編集委員岡本潤、長谷川四郎、花田清輝、関根弘たちによる座談会、「中野秀人のプロフィル」も同様で、彼らは口を揃えてプライベートな交際はなく、中野のことは「解らない」と発言している。やはり兄という番人、政治家中野正剛の自死なども大きく作用しているのだろうが、兄の存在を抜きにして弟は語れず、戦後の真善美社と『綜合文化』での活動や日本共産党への入党、その揺曳と考えるべきかもしれない。

 それでも彼らが兄との関係も含め、評価しているのは中野の「真田幸村論」で、戦後の映画や演劇における真田への評価は中野によるものが大きいとも考えられる。福田善之の戯曲『真田風雲録』(昭和三十七年)、それに続く加藤泰の映画『真田風雲録』も安保闘争と中野の影響下に成立したといえるのかもしれない。
  
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 だがこの「真田幸村論」は先の「魚鱗叢書」の『中野秀人散文自選集』に収録されているのだが、その後どこかに転載されたのであろうか。まだ読む機会を得ていない。
 なおその後、この作品は『中野秀人作品集』(「福岡市文学館選書」2所収、海鳥社)に収録されていることを知った。

中野秀人作品集 (福岡市文学館選書)  

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