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古本夜話1345 博文館『日露戦争実記』

 博文館の雑誌といえば、『太陽』創刊の前年の明治二十七年創刊の『日清戦争実記』、同三十七年の『日露戦争実記』にふれないわけにはいかないだろう。

   (第1号)

 前者については拙稿「近代文学と近代出版流通システム」(『日本近代文学』第65号掲載、日本近代文学会、後に『古雑誌探究』所収)で言及しているので、ここでは後者を取り上げてみる。ただ『日清戦争実記』は十冊入手した上でのことだったが、『日露戦争実記』は明治三十七年十二月の第四十五編の一冊を見つけただけなので、その定期増刊として創刊された『日露戦争写真画報』も入手してからふれることにしようと考えていたのである。

古雑誌探究  (『日露戦争写真画報』)

 この『日露戦争写真画報』のほうは『近代出版史探索Ⅲ』534でも既述しておいたように、押川春浪が編集長を務め、後に『冒険世界』へと継承されていったからだ。また『博文館五十年史』の証言によれば、田山花袋と写真技師柴田常吉に加えて、博文館私設写真班を派遣し、『日露戦争実記』よりも大きい四六倍半、多くの写真と地図を添えたもので、戦争報道における写真の重要性が伝わってくる。それゆえに『日露戦争写真画報』を入手すれば、日清戦争時代から進化した写真と印刷技術を見ることができるはずだった。

 ところが長きにわたってめぐりあえていないので、この『日露戦争実記』を語るしかない。それに売上部数のことだが、明治三十七年二月の第一号は一冊十銭で、二十六回版を重ね、十万余部を発行し、博文館創立以来の空前の売れ行きだったという。しかもその印刷部数は号を追うごとに増え、前年に外国へ発注した最新式輪転機械の到着によって、それが可能だったとされ、戦争が出版ジャーナリズムだけなく、印刷やグラフィック技術のイノベーションともリンクしていることを浮かび上がらせている。

 それはこの『日露戦争実記』にも明白で、口絵写真は一ページに及び、本文一二八ページは「同実記」「露西亜」「世界の反響」「日本魂」、詩、歌、俳句などの「戦時文学」「戦時叢話」「従軍通信」「軍国時事」で構成され、トータルな日露戦争のクロニクルを形成していると思われる。しかも口絵写真には「露軍中より来り投じたる露国看護婦」エカリーナの写真に添え、「わが軍は之を営口の仏国領事に渡したり」というキャプションが付され、さらにこれは病院列車のようだが、「敵隊中の赤十字病院」の写真も認められ、日露戦争が国際赤十字の理念に則っていた一端を教えてくれる。

 また「同実記」冒頭の法学博士有賀長雄の「満州の委任統治と司法」を読むと、日露戦争の根底にあるのは日本とロシアの双方にとっても満州問題に他ならないことが伝わってくる。有賀は「日本が満州の全部又は一部分に対し統治の権を委任せらるゝに至りたるときは其の統治事務の一種として此の地域内に於て行ふところの司法権は如何なる性質なるやは専門上に於て最も精密なる講究を要する問題」だと始めている。すでにここでは日本の勝利を前提としての司法権の問題がテーマとなっていて、それは翌年のポーツマス条約へと反映されていくのだが、第二次世界大戦のソ連参戦による満州国崩壊にまで尾を引いていた問題だと見なせよう。

 ただ『日露戦争実記』のすべてに言及できないし、日露戦争にも通じていないのだが、単純に帝国の昂揚を謳っているわけではなく、それなりに誠実な日露戦争クロニクル、現地レポートとして読むことができる。それに関連して、巻末に田山花袋の『第二軍従征日記』の出版広告が掲載されている。そのキャプションコピーは「一読再読紙上即戦場」で、森鷗外の「序」を付し、大型本として明治三十八年一月の出版予定となっている。

 

 この『第二軍従征日記』はやはり筑摩書房の『明治文学全集』の『田山花袋集』に収録され、読むことはできるし、戦場の鷗外との関係は伊藤整の『日本文壇史』第八巻でも描かれているのだが、実物は入手していない。先の広告によれば、それは「大判美本紙数五百頁」で、「読者はまたかの著によりて戦争美の最も完全に発揮せられたるを認むるなるべし。盖し戦争文学中最も光彩に富める著作なること勿論也。其他写真は一々撮影せし箇所を文中に示し、第二軍の行進踏査地図を付し、寺崎広業画伯の実与になれる写真図を添ゆ。錦上の花とは是也」との言が捧げられている。

日本文壇史8 日露戦争の時代 (講談社文芸文庫)

 いってみれば、この一冊は田山花袋、森鷗外共演の『日露戦争実記』にして、博文館の印刷製本、グラフィック技術のすべてを投影した作品のようにも考えられる。しかし田山の『東京の三十年』にも一度も出会っていないのと同様に、この『第二軍従征日記』にもめぐり会えていない。


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