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古本夜話1361 佐藤紅霞『貞操帯秘聞』

 佐藤紅霞に関しても、もう一編書いておきたい。それは最近になって彼の『貞操帯秘聞』という一冊を入手しているからだ。同書は昭和九年に丸之内出版社から刊行され、その発行者は麹町区丸の内の多田鐵之助で、版元にしても出版社名にしても、ここでしか目にしていない。だが検印紙に押された「紅霞」の印の紅はまさに生々しいまでに鮮やかであり、歳月の流れを感じさせないし、函入上製、四六判二八五ページの一冊である。

(『貞操帯秘聞』)

 これは「民俗随筆」と銘打たれていうように、「貞操帯の話」から始まる性的民俗譚集と見なしていいだろう。そうした内奥は佐藤が梅原北明グループの一人として登場してきたこともあるけれど、東西の文献資料に通じた在野の研究者、エンサイクロペディストというキャラクターを抜きにしては語れないと思われる。そのために佐藤の「民俗随筆」は柳田国男や折口信夫に連なる民俗学というよりも、山中共古『共古随筆』(平凡社「東洋文庫」)が引かれているように、近世随筆に通じた街頭のアカデミズムと称すべき集古会、あるいはまたしばしば参照されている南方熊楠や宮武外骨の論考や著作からうかがわれるように、独学者たちの系譜上に位置づけられるのではないだろうか。

共古随筆 (東洋文庫)

 それでは佐藤の「民俗随筆」がどのようなものか、「貞操帯」に見てみよう。その前に記しておけば、『近代出版史探索Ⅴ』819のタイトルを同じくするピチグリリ『貞操帯』は発禁処分を受けている。それがほぼ同時代の昭和六年であることを考えると、丸之内出版社と多田鐵之助も梅原北明の出版人脈に属していると思われる。そのことはともかく、佐藤は「一体、貞操帯とはどんなものか、何の為めに発明され、如何なる階級の人々が之れを使用したのであらう?」と始めている。主として英仏の文献が挙げられ、「貞操帯」の歴史がたどられていくだが、それらは邦訳されていないし、煩雑なので、日本のことから入っていこう。ちなみに私はそれを初めて目にしたのは薔薇十字社の『血と薔薇』第2号の表紙写真においてだった。

 (『血と薔薇』第2号)

 佐藤は貞操帯が古来からあったとして、『古事記』に見える「美豆の小紐」、『万葉集』の中の「裏紐(シタヒモ)」「下紐」を挙げている。さらに『古今著問集』や様々な江戸時代の文献、絵画にも及び、明治初年になって、横浜で「嬉遊帯」というものが発売されたと指摘する。その後、類似品は現われなかったが、大正半ばにパリのクリニユー博物館の貞操帯の写真と絵画が新聞や雑誌に紹介され、関東大震災後の同十三年秋にそれを模倣した「貞操保全器」が発売に至る。佐藤はその「取説」も引用し、これは「一部の有産階級の猟奇家の手に渡つただけ」だったが、昭和七年春には早稲田大学出身者の発明になる「男女貞操猿又」として売り出されたと記す。これは「昔時西洋に行はれた処の、貞操帯と大いに異なる点で、又本器の特色とするところ」であり、しかも「女子のみならず、男子にも同じく用ゆることが出来る」のだ。それを佐藤は発明者の言と「取説」を引き、説明した後で、次のように述べている。

 今までの我国の貞操保護器は、『嬉遊帯』とか、『貞操保全器』とか、『男女貞操猿又』とかの名称を付せられて売出されたが、同じ昭和七年の夏には、完全に『貞操帯』と云ふ名のものが売出された、これもやはり一種の改良された月経帯に過ぎないものであつて、何れかと云ふと当時流行の猟奇趣味愛好家の玩弄物として売出されたものに外ならない。といふのは之を帯びて居ても男女の親近は自由であると云ふので、貞操帯本来の意義を全ゝ無視して居る不真面目なるものであるからである。尚其不真面目さを裏書きするものは、其別製に義毛を付着したものが製作されて居るからである。

 そして佐藤は昭和七年十一月発行の通俗医学雑誌『健康日本』に掲載された広告を挿入している。それには「おもぐろばんど」という名称がふられ、佐藤は「一見ぐろてすくで面白い」との意味であろうと推測し、この発売動機のいかがわしさを物語ると述べてもいる。『近代出版史探索』32の新潮社『現代猟奇尖端図鑑』や平凡社『世界猟奇全集』などに象徴される昭和初期のエロ・グロ・ナンセンス時代はこのような「おもぐろばんど」なる商品も生み出したことになろう。

 (『世界猟奇全集』)

 それは佐藤にも似たところがあって、『貞操帯秘聞』を読んでいくと、彼が『近代出版史探索』19の『世界性欲学辞典』『万国比較神話学辞典』『日本民俗学辞典』の他に、『自然及人文科学的性欲学百科大辞典』『性欲学語彙』『図解日本性的風俗百科大辞典』『世界軟文学辞典』『万国比較神話学辞典』『日本民俗学辞典』なども編集しているようなのだ。それこそ、これも5の『風俗の歴史』を著したフックスを想起してしまう。

 そのような佐藤の性格に関して、自ら「私はある一つの事を研究し出すと、必ずそれに関係する総ゆる資料を蒐集する癖を持つて居る。それが何年かゝつても倦むことがない」と告白しているのは、そうした多彩な仕事のよってきたるべき衝動を伝えていることになろう。 

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