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古本夜話1369 岩田専太郎『挿絵の描き方』と新潮社「入門百科叢書」

 前回、長谷川利行の人脈に岩田専太郎も含まれていることを既述しておいた。それは大正を迎えての新聞や雑誌の隆盛に伴う挿絵の時代を想起させるし、岩田に関しては『「奇譚クラブ」から「裏窓」へ』(「出版人に聞く」12)で、飯田豊一が戦前における岩田の挿絵画家としての広範な影響に言及し、それは戦後も同様に続いていたとの証言を思い出してしまう。

『奇譚クラブ』から『裏窓』へ (出版人に聞く)

 またその岩田の編になる『挿絵の描き方』を浜松の時代舎で入手したばかりなので、ここで書いておくしかないだろう。それは新潮社の「入門百科叢書」の一冊として、昭和十三年に刊行され、買い求めたのは十四年五月の十三版で、飯田の言を肯っているといえよう。それに新潮社のこの「叢書」にしても、初めて目にするので、本探索1358などの実用書との関連もあり、その巻末のラインナップを示す。なお番号は便宜的に振ったもので、「著」表記は除いている。

 

加藤武雄 『小説の作り方』
2 嶋田青峰 『俳句の作り方』
3 金子薫園 『歌の作り方』
4 久米正雄 『文章の作り方』
5 佐藤惣之助 『詩と歌謡の作り方』
6 岩田専太郎 『挿絵の描き方』
7 吉屋信子 『女性の文章の作り方』
8 吉川速男 『写真の写し方』
9 瀬越七段閲 『碁の打ち方』
10 土屋八段 『将棋の指し方』


     

 5の『挿絵の描き方』だけは岩田編とあることを示すように、彼が同タイトルの最初の章の「挿絵画家志望者へ」と「私の描いた挿絵を例に」を寄せている。それに富永謙太郎「製版・スケッチ・遠近法その他」、志村立美「小説が挿絵になるまで」、小林秀恒「挿絵の用具、材料」、林唯一「顔と表情の研究そのほか」が続き、最後に口絵写真にも示されている、これらの五人の「『挿絵』座談会」で大団円を迎え、「挿絵」の「入門百科」というコンセプト以上のものを体現していよう。

 それは岩田の「序」にも明らかで、「挿絵は、娯楽或は余技には適さないと思ひます。志す以上は、中途半端で止るべきものでありません。本書中に説くところを、よく熟読体得されて、各自十分の研究を積まれるやう希望します」と述べている。この言葉は「入門」というよりもプロをめざすようにとの誘いに響く。

 それは最後の「『挿絵』座談会」にも顕著である。小林と富永は挿絵を描くにも絵画の勉強が必要だといい、それを受けて、志村と小林は活動俳優とファンとの関係と同じく、挿絵に憧れるような気持から挿絵画家になりたい人がとても多くいて、出世が早いと思いこんでいると応じている。それらの発言に対して、岩田は「挿絵を希望する人が、非常に簡単になれると考へるのを第一の間違ひだ」とし、「少くとも需要供給の関係から、挿絵画家として挿絵だけ描いて生活して行かれる人といふ人は、極端に言ふと、恐らく二十人か三十人くらゐに限られるのではないか」と語っている。

 しかし昭和十年代において、挿絵画家になりたい人々が多く出現していたのは、この『挿絵の描き方』の半年余での十三版という売れ行きにも投影されていよう。それは本探索でふれてきたように、絵画流行を促した『みづゑ』の創刊や水彩画の隆盛も、そうしたトレンドの一端を担っていたはずだが、大正から昭和にかけて挿絵文化が定着したことも大きかったと思われる。

 その事実は『近代出版史探索Ⅱ』385の平凡社の『名作挿画全集』に象徴されていた。この全集は昭和十五年六月から全十二巻が刊行され、その企画の中心にいたのは岩田専太郎や林唯一たちで、この出版を機として、挿絵研究会も発足している。また『平凡社六十年史』は「読者からの手紙がつぎつぎに編集部に寄せられたが、挿絵画家を志望し、憧れている地方在住の読者たちにとっては、『名作挿画全集』は唯一の窓口ともなったのである」と述べている。

  

 つまり『挿絵の描き方』にしても、平凡社の成功と反響を見て、それに続く「第二の窓口」を想定して企画刊行されたことになろう。もちろんそれを推進させたのは岩田を始めとする挿絵研究会の面々だと考えられる。しかしまだコミックやアニメという言葉も生まれていなかったけれど、ここで最初にブームを見た挿絵文化こそは「劇画」の発祥のようにも思われるし、後のコミックやアニメの起源だったといえるのではないだろうか。

 それとともに本探索1353などの大下藤次郎の最初の著書『水彩画之栞』を刊行したのは新潮社の前身の新声社であり、新潮社は戦後の昭和二十二年に実用書専門の子会社というべき大泉書店をスタートさせていることを想起させる。それは『水彩画之栞』から『挿絵の描き方』も含んだ「入門百科叢書」に至るまでの実用書という出版分野の水脈があってのことだと了承されるのである。私もかつて「大泉書店の『旅へのいざない』『釣百科』」(『古本屋散策』所収)を書いているので、よろしければ参照されたい。

  (大泉書店版)   釣百科 (1951年)  古本屋散策 
 

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