23年2月の書籍雑誌推定販売金額は997億円で、前年比7.6%減。
書籍は634億円で、同6.3%減。
雑誌は363億円で、同9.7%減。
雑誌の内訳は月刊誌が305億円で、同8.9%減、週刊誌が58億円で、同13.4%減。
返品率は書籍が31.0%、雑誌が41.2%で、月刊誌は39.9%、週刊誌は47.3%。
前回最悪に近いマイナスと返品率で、23年が始まったと記しておいたが、出版科学研究所の1月のデータに間違いがあり、書籍雑誌推定額販売金額マイナスは前年比9.0%減、書籍は7.0%減、雑誌は11.9%減だった。それに2月の数字が続いていることになる。
本当に23年の出版状況はどうなるのか。予断できない状況下にあることだけは確かだ。
1.『出版月報』(2月号)が特集「コミック市場2022」を組んでいるので、その「コミック市場全体の推定販売金額推移」を抽出してみる。
年 | 紙 | 電子 | 合計 | ||||
コミックス | コミック誌 | 小計 | コミックス | コミック誌 | 小計 | ||
2014 | 2,256 | 1,313 | 3,569 | 882 | 5 | 887 | 4,456 |
2015 | 2,102 | 1,166 | 3,268 | 1,149 | 20 | 1,169 | 4,437 |
2016 | 1,947 | 1,016 | 2,963 | 1,460 | 31 | 1,491 | 4,454 |
2017 | 1,666 | 917 | 2,583 | 1,711 | 36 | 1,747 | 4,330 |
2018 | 1,588 | 824 | 2,412 | 1,965 | 37 | 2,002 | 4,414 |
2019 | 1,665 | 722 | 2,387 | ー | ー | コミックス コミック誌統合 2,593 | 4,980 |
2020 | 2,079 | 627 | 2,706 | ー | ー | 3,420 | 6,126 |
2021 | 2,087 | 558 | 2,645 | ー | ー | 4,114 | 6,759 |
2022 | 1,754 | 537 | 2,291 | ー | ー | 4,479 | 6,770 |
前年比 | 84.0% | 96.2% | 86.6% | ー | ー | 108.9% | 100.2% |
22年のコミック市場全体は6770億円で、5年連続のプラスとなっているが、前年比0.2%増で、紙のマイナスを電子が補っているという内訳である。
紙のほうはジャンプコミックスを始めとする値上げがあっても、同13.4%減となっていることを考えれば、23年の各社の広範な値上げを含めても、プラスは期待できないだろう。
ただ電子にしても、前年の20.3%増と比べて半減しているので、いずれ5000億円には届くであろうが、今年は難しいと思われる。
しかし22年の紙の推定販売金額は1兆1292億円であり、コミック市場全体の推定販売金額のシェアは高まるばかりで、このような出版状況が出来するとは20世紀には誰も考えていなかった。しかしそれは書店の平積みも含めて店頭光景にも感じられる。コミック市場面積が拡がっているし、その傾向は後も続いていくはずだ。
2.紙のコミックスの「新刊点数の推移」も示しておこう。
年 | 雑誌扱い | 書籍扱い | 合計 | |||
前年比 | 前年比 | 前年比 | ||||
1995 | 4,627 | 103.9 | 2,094 | 156.3 | 6,721 | 116.0 |
2011 | 9,128 | 103.1 | 2,893 | 92.5 | 12,021 | 100.4 |
2012 | 9,376 | 102.7 | 2,980 | 103.0 | 12,356 | 102.8 |
2013 | 9,481 | 101.1 | 2,680 | 89.9 | 12,161 | 98.4 |
2014 | 9,937 | 104.8 | 2,763 | 103.1 | 12,700 | 104.4 |
2015 | 9,701 | 97.6 | 2,861 | 103.5 | 12,562 | 98.9 |
2016 | 9,762 | 100.6 | 2,829 | 98.9 | 12,591 | 100.2 |
2017 | 9,608 | 98.4 | 2,853 | 100.8 | 12,461 | 99.0 |
2018 | 9,596 | 99.9 | 3,381 | 118.5 | 12,977 | 104.1 |
2019 | 9,295 | 96.9 | 3,510 | 103.8 | 12,805 | 98.7 |
2020 | 9,023 | 97.1 | 3,916 | 111.6 | 12,939 | 101.0 |
2021 | 9,272 | 102.8 | 4,148 | 105.9 | 13,420 | 103.7 |
2022 | 9,417 | 101.6 | 4,770 | 115.0 | 14,187 | 105.7 |
この新刊点数の推移は、21世紀に入ってからの日本の出版業界がコミックスの時代であったことを浮かび上がらせていよう。
しかし22年の紙のコミックスの推定販売金額は1で見たように、1754億円、前年比16%減で、2年連続のマイナスである。その内訳は雑誌が1491億円、同19.4%減、書籍が263億円、同10.5%増となっている。新刊点数のプラスが続いていても、やはり紙のコミックスの実売とリンクしていないことが明らかだ。
それは1で示した書店の店売光景と背反するが、他の分野に比較して、コミックスのほうが集客効果があるということなのだろう。
それらの事実に関連して指摘しておかなければならないのは、本体のコミック誌の販売部数で、1995年の13.4億部が2022年には1.4億部と、ほぼ10分の1になっていることだ。
それゆえに20世紀はコミック誌の時代、21世紀は炭鉱本と電子のコミックスの時代という補足修正を加えておかなければならない。
3.『サイゾー』(2・3月号)も「マンガ大全2023」を特集している。そのリードは次のようなものだ。
「出版不況なんてなんのその、令和5年もヒット作が生まれ続けるマンガ業界。集英社/講談社/小学館の大手最新事情から、好景気でも鬱憤は深まる若手マンガ編集者座談会、『HUNTER×HUNTER』休載続きでも神格化される富樫義博の謎、劇場版も絶好調な『SLAM DUNK』『の“本当の戦力“を計画する企画で、気になるマンガ事情を網羅しました。」
そして海原あいによる「電子の売り上げが紙を超えた! 2023年のマンガ業界㊙話」に始まる10本の座談会や記事が組まれている。
いずれも興味深く、教えられることが多い特集だが、取り上げられているマンガを読んでいないので、座談会「2023年のマンガ業界㊙話」に気軽に参加できない。
例えば、そこでは①篠原健太『ウィッチウォッチ』(集英社)②金城宗幸原作、ノ村優介『ブルーロック』(講談社)③和久井健『東京卍リベンジャーズ』(講談社)④山口貴由『劇光仮面』『劇光仮面』(小学館))⑤板垣恵介『自伝板垣恵介自衛隊秘録』(秋田書店)⑥近藤信輔『忍者と極道』⑦岡本倫『パラレルパラダイス』(講談社)⑧足立和平『飯喰らいて華と告ぐ』(白泉社)が挙げられているのだが、ひとつも読んでいないし、それだけでも失格のように思える。
それでも本クロニクル177で、『フリースタイル』54の恒例の特集「THE BESTMNGA2023」にもふれているように、私は同世代の人たちよりもマンガを読み続けているほうに属するけれど、これらのマンガはお手上げだと告白するしかないし、大半がここで初めて目にするものだ。
すでに電子コミックの隆盛を受け、マンガリテラシーが異なる時代に入っているだろうし、買ったり読んだり借りたりするというマンガをめぐるハビトゥスがまったく変わってしまったことを示唆している。また同じくそれはマンガ家というポジション、マンガをめぐる編集コンセプトも大きく変わってしまったことを伝えていよう。
そのように考えてみると、松本大洋『東京ヒゴロ』(小学館)がどうして描かなければならなかったかがわかるような気がする。
ただ座談会は「サイゾーを読む人たちは今の『週刊少年ジャンプ』(集英社)に載っているマンガを知っているのかな?」という発言から始まっているので、それほど気にすることはないかもしれないが。
それらのことはともかく、『サイゾー』を買ったのは数年ぶりで、次号リニューアル予定の4・5月号とあり、『サイゾー』も隔月刊となっていくのだろう。
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4.講談社の決算は売上高1694億8100万円、前年比0.8%減、営業利益は191億円、同11.9%減、当期純利益は149億6900万円、同3.8%減。
その内訳は紙媒体の「製品」が573億5500万円、同13.5%減、デジタル、版権関連の「事業収入」は1001億7200万円、同10.0%増。そのうちの「デジタル関連」収入は778億円、同10.9%増、「国内版権収入」は98億円、同13.6%減、「海外版権収入」は124億円、同35.2%増。
本クロニクル173で、集英社の決算が売上高1951億円のうち、デジタル版権事業収入が65%を占めていることを既述しておいたが、講談社も同様の決算になっている。
それはマス雑誌とコミックによって町の書店とともに歩んできた講談社のイメージからテイクオフしつつある現在の姿を伝えている。そうした事実は従来の既刊コミックの在庫と販売のかたちも変わっていくだろう。コミックのシリーズ物は巻数も多く、書店でも常時全巻を揃えておくことは難しかったが、それ以上に版元在庫も同様であった。
しかし電子コミック化がさらに進行していけば、版元の多大のコストを必要とする在庫問題は解消されることになるし、現在の大手出版社状況から考えると、必然的にそのような方向へと進んでいくしかないようにも思われる。
それはかつてなく新刊依存が高くなっている書籍の在庫問題とも共通するものであり、コミックだけにとどまらない事態をすでに迎えていよう。
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5.マキノ出版が民事再生申請。
同社は1977年設立で、健康雑誌『壮快』『安心』、実用情報誌『特選街』、女性雑誌『ゆほびか』などを発行し、そのほかにも書籍やムックを刊行していた。
2004年は年間36億円を計上していたが、雑誌売り上げが低迷し、22年には14億円にまで落ちこみ、赤字となっていた。負債は15億円。
マキノ出版は実質的に1974年の『壮快』創刊から始まり、近年に至るまで、『壮快』が売上の7割を占めていたとされる。
マキノ出版の創業者の牧野武朗は講談社出身で、『なかよし』『少年マガジン』『少女フレンド』『現代』の創刊編集長を務めた著名な人物で、そのプロフィルは塩澤実信『戦後出版史』の「『壮快』と牧野武朗」でも、その卓抜した編集歴がたどられている。
『壮快』は健康雑誌の走りといえたが、牧野はその後も『特選街』、家庭教育雑誌『太郎塾』、中高年生活誌『わかさ』も創刊し、来るべき高齢化社会に向けてのライフスタイル雑誌を送り続けてきた編集者だったといえる。
しかし牧野亡き後の雑誌の寿命は否応なく訪れてきたようで、21年には『特選街』も休刊となり、『壮快』は続いているものの、今回の措置に及んだことになる。それは4の講談社の現在を映しだす反面教師的鏡のようでもある。
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6.鳥取の定有堂書店の閉店が伝えられてきた。
これは「地方・小出版流通センター通信」(No.559)で知ったが、店主の奈良敏行の高齢化と体調不良、それに後継者も見つからなかったゆえだという。
定有堂を訪ねたのは今世紀初頭のことで、あれからすでに20年が経ってしまったのかとあらためて思う。確かに当時は私たちも若くはないにしても、50代に入ったばかりだったのだ。
奈良には「出版人に聞く」シリーズに出てほしかったが、辞退されてしまった。今になってもう一度オファーしておけばと悔やむ次第だ。
仙台の八重洲書房なき後、同世代の個人書店として、京都の三月書房と鳥取の定有堂書店を挙げることができたけれど、もはや三月書房も閉店し、今度は定有堂書店であり、彼らの肉声を聞くことがかなわなくなってしまった。そうして私たちの世代の書店の物語も終わっていくのであろう。
それらはともかく、芥川賞受賞の佐藤厚志の前作『象の皮膚』(新潮社、2021年)はファンタジーではないリアルな書店小説だが、読まれているのだろうか。
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7.千葉県富津市はイオンモール富津に、TRCを指定管理者として市立図書館を開館。
同市は公共図書館がなく、初の公共図書館となる。
図書館面積は446坪、座席数は134席、蔵書数は6万5000冊、開館時間は10時から20時。
『私たちが図書館について知っている二、三の事柄』において、TRCと公共図書館の増殖が地域の書店を駆逐していった事実を指摘しておいた。
今回の富津市立図書館のショッピングセンター内での開館もまた、地域の書店を閉店に追いやるだろうし、もはや新たな書店の出店も不可能とさせるにちがいない。
1990年代半ばには富津市内には書店が9店あったが、ほとんどが閉店してしまったと思われるし、その仕上げのようにして、今回の図書館の開館を迎えたことになろう。
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8.イトーヨーカ堂創業者の伊藤雅俊が死去した。
伊藤の場合、ダイエーの中内㓛を描いた佐野眞一『カリスマ』(日経BP社)、セゾンの堤清二を追った立石泰則『漂流する経営』(文藝春秋)のような評伝類は刊行されていないが、それは伊藤がロマン主義者としての二人を異なり、徹底したリアリストだったことに起因しているのだろう。
またそれゆえにイトーヨーカ堂の成長とオリジナリティがあったと思われるので、そのことにふれておこう。
伊藤は出店に際して、従来イの土地買収によるのではなく、借地借家方式=オーダーリース方式を採用することで、土地バブルにまみえなかった。このオーダーリース方式はすかいらーくなどのファミレスへと継承され、さらにそれはロードサイドビジネスの隆盛に伴い、出店の原則にまで普及していき、書店も例外ではなかった。
1980年代の郊外消費社会はそのようにして造形され、画期的な郊外の風景が出現するまでに至ったのである。
そして鈴木敏文が東販からイトーヨーカ堂へ転職することによって、セブンイレブンも設立され、取次と書店の関係をモデルとしたフランチャイズシステムのコンビニも開発されていった。
つまり現在の郊外消費社会のコアである出店メカニズムのオーダーリース方式とFCシステムの発祥は、伊藤とイトーヨーカ堂にあったとみなすことができよう。
しかし21世紀に入り、オーダーリース方式による出店もまたバニシングポイントを迎えつつあり、近年のイトーヨーカ堂の閉店もその清算に追われている。伊藤は中内や堤と一線を引き、サバイバルしてきたが、最後まで見届けずに亡くなったとも考えられる。
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9.ノセ事務所より「紀伊國屋書店のデータに思う」が届いた。
それは紀伊國屋書店だけでなく、丸善ジュンク堂、くまざわ書店データも添えられ、ナショナルチェーンの大型書店の書籍販売の現在を浮かび上がらせている。
紀伊國屋に限っていえば、22年度の売上の1209億円は21年の出版物販売額の9.87%に及び、それは書籍販売のシェアの高さを伝えている。
さらにノセの分析は人文社会系の版元もリストアップし、高シェア出版社として、9位の原書房が12.93%、13位の白水社が11.26%、14位の新書館が10.57%、その他にも東大出版会が9.89%、勁草書房が9.66%、みすず書房が9.32%に及ぶことを示している。
もちろん店売だけでなく、外商と図書館販売を含んだ数字であるにしても、アマゾンの時代の中で、これらの人文社会書版元の10%前後の売上を維持していることは特筆すべきだろう。
なおノセ事務所の2021年「出版社実態調査」は本クロニクル176で言及している。また紀伊國屋の「2022年出版社別売上ベスト300」は『新文化』(2/16)にも掲載されていることを付記しておく。
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10.『FACTA』(4月号)が井坂公明「紙代高騰で『夕刊廃止ドミノ』拡大」を発信している。
facta.co.jp
本クロニクル175で、やはりノセ事務所の2022年上半期46紙の「ブロック紙・地方紙一覧」レポートを紹介し、同177で『静岡新聞』の夕刊廃止、同178で『毎日新聞』の夕刊の愛知、岐阜、三重の3県の廃止を伝えてきた。
井坂によれば、『朝日新聞』も5月1日から『毎日新聞』と同地域で追随するという。
それに加えて、「朝日新聞は2020年代にすべての夕刊を廃止することを視野に入れている模様で、今後、全国紙や地方紙で夕刊をなくす動きが広がりそうだ」とも述べられている。
日本の出版業界が欧米の書籍と異なり、雑誌を主体としてスタートしたことと同様に、夕刊も欧米にはなく、大正時代に入って朝夕刊セットが始まっていたのである。
井坂のレポートは「21世紀に入りリアルタイムの情報提供が当たり前となった現在、夕刊はその使命を終えつつあるのではないか」と結ばれている。
また新聞だけでなく、出版社も「紙代高騰」に直面している。
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11.『新潮』(3月号)に石戸諭「〈正論〉に消される物語―小説『中野正彦の昭和九十二年』回収問題考」が掲載されている。
これは桐野夏生の「正義の名の下に断罪される表現の自由への危惧」の言葉を枕として、「樋口毅宏のディストピア小説『中野正彦の昭和九十二年』が、書店への搬入も済ませ、いよいよ発売というタイミングになって、版元のイースト・プレス社(ママ)によって回収された問題」を論じたものである。
その帯には「安倍晋三元首相暗殺を予言した小説」と謳われていた。ところが同じ版元の別の編集者がこの小説をツイッターで激しく批判し、刊行への抗議を示した。そして石戸によれば、「ついには編集者同士のLINEの内容まで公開し、自分の主張が如何に正しいかを喧伝し、フォロワーに助けを求めるのであった、一連のツイートはツイッター上で差別問題に関心を持つ層へと広がり、作品を読まずして、樋口、担当編集者と版元への批判が高まるという異例の事態となった」のである。
それを受けて、書店への搬入が始まっていた12月16日にイースト・プレスから回収が発表され、18日に「社内協議の上、回収対応」というリリースも出されたが、樋口のほうはそうした経過はほとんど知らされていなかったようだ。
ただ私も『中野正彦の昭和九十二年』を読み得ていないし、これ以上のことは石戸の「〈正論〉に消される物語」に当たってほしい。
*『群像』掲載としましたが『新潮』の誤りでした。訂正します。
12.『キネマ旬報』(4/上)の「映画本大賞2022」が発表された。5位までを示す。
①オーソン・ウェルズ他『オーソンとランチを一緒に』
②蓮實重彦『ジョン・フォード論』
③上野昂志『黄昏映画館 わが日本映画誌』
④堀越謙三『インディペンデントの栄光』
⑤四方田犬彦『パゾリーニ』
読んでいたのは第5位の四方田犬彦『パゾリーニ』(作品社)だけだが、22年の1冊はこれと決めていたので、それだけで満足している。
私は10代の頃からイタリア映画ファンで、とりわけリアルタイムで観たパゾリーニの『テオレマ』と『アポロンの地獄』を偏愛していたからでもある。
それに加えて、藤脇邦夫『人生を変えた韓国ドラマ2016―2021』(光文社新書)も挙がっているのではないかと期待していたが、映画ではなく「韓国ドラマ」であったこと、それに刊行が21年11月だったこともあるのか、どの評者も選んでいなかったのは残念だ。
ただそれでも思いがけずに本当に驚かされたのは第1位の『オーソンとランチを一緒に』で、訳者と出版者の赤塚成人が周知の人物だったことだ。20年近く会っていないけれど、お達者で何よりだと思う。
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13.「週刊現代プレミアム」の『脇役稼業』も読了。
これは書店で見かけて買ってきたのだが、川谷拓三や大滝秀治を始めとする14人の「脇役」完全保存版で、懐かしく楽しませてくれた。
この一冊はかつての川本三郎による『傍役グラフィティ』(ブロンズ社)に範が求められ、本クロニクル162で、『韓流スター完全名鑑2022』(コスミック出版)を愛読していることを既述しておいたが、韓国映画、ドラマの物語の奥行と魅力のひとつは、他ならぬ「脇役」層の厚さにあると思う。
それは12の『人生を変えた韓国ドラマ』を読んでも実感されるし、韓国映画とドラマは物語の勢いを沸騰させている。あえていうなれば、物語を征することは世界を征することにもつながっていくのではないだろうか。
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14.22年のアカデミー賞受賞作『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』を観てきた。
それは前回の本クロニクルでもふれておいたように、『キネマ旬報』(2/下)の「日本映画」「外国映画」の双方のベストテンを一作も観ていなかったことを反省し、本年はできる限り映画館に出かけるつもりでいるからだ。
近年のアカデミー賞は『パラサイト 半地下の家族』『ノマドランド』『ミナリ』とアジア出身の監督や作品が続いているし、今回の『エブ・エブ』にしても、その流れの中にあるのだろう。一度観ただけでは不明のところも多いので、もう一度観るつもりでいるし、見巧者町山智浩の映画評も聞いてみたい。
だがたまたま少し前に、ケン・リュウの「外来種侵入」(『ニューズ・ウィーク』2/7)を読んだばかりだったので、このSF短編を重ね合わせてしまったことも付け加えておく。
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15.大江健三郎が亡くなった。享年88歳。
私が大江を読み出した19860年代は日本文学全集の時代であり、当時は現代文学の文庫化はほとんどなされていなかったので、それらによっていた。
思い出すままにそれらを挙げてみれば、まさに大江と江藤淳を編集委員とする『われらの文学』(講談社)、『現代の文学』(河出書房新社)、『新日本文学全集』(集英社)などで、1965年刊行の『われらの文学』18の『大江健三郎』には「性的人間」「セヴンティーン」「飼育」「死者の奢り」「奇妙な仕事」「芽むしり仔撃ち」などが収録されていた。
私も及ばずながら、小論だが、「飼育」は「村と黒人兵」、『万延元年のフットボール』は「スーパーマーケットの誕生」(いずれも『郊外の果てへの旅/混住社会論』所収)として、また『取り替え子』を対象として「CIE図書館」(『図書館逍遥』所収)を書いている。
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それらのことはさておき、大江が偉大であったのは一貫して河盛好蔵のいうところの「田舎者の文学」を書き続けてきたことだと思われる。これは奇異に感じられるかもしれないが、最大のオマージュであり、そうした意味において、最後の近代文学者だったようにも見えてる。
そのような視座から尾崎真理子による『ポータブル・大江健三郎』が編まれることを期待する。それに22年はマルコム・サロウリーの『ポータブル・フォークナー』(池澤夏樹他訳、河出書房新社)が翻訳刊行されているし、大江文学もまたフォークナーのヨクナパトーファ・サガと密接にリンクしていると信じているからでもある。
また思潮社の創業者小田久郎の死も伝えられてきたが、どこかで大江の死と結びついているように思えてならない。
なお戦後の文学全集に関しては田坂憲二『日本文学全集の時代』(慶応義塾大学出版会)を参照されたい。
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16.『新編図書館逍遥』は編集中で、6月刊行予定。
論創社HP「本を読む」〈86〉は「朝日ソノラマ『サンコミックス』と橋本一郎『鉄腕アトムの歌が聞こえる』」です。
ronso.co.jp