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古本夜話1379 都新聞出版部と金井紫雲『花と鳥』

 中里介山の『大菩薩峠』を連載した『都新聞』にもふれてみたい。それは浜松の時代舎で、都新聞出版部から刊行された金井紫雲を編集者とする『花と鳥』を入手し、都新聞社が出版も手がけていたことを知ったからである。

大菩薩峠 都新聞版〈第1巻〉

 『花と鳥』は四六判函入、上製五〇五ページで、函は中村岳陵のシックな意匠、それに西沢笛畝による華やかな装幀に加え、川崎小虎を始めとする「画伯」たちの口絵、挿絵、及び写真などの多くを配した贅沢な一冊の印象がある。定価は二円八十銭だが、大正十四年五月の三版であり、それなりの売れ行きを示していよう。そうした造本はサブタイトルに「趣味と栽培飼育」とあるように、花と鳥を主とする栽培飼育の実用書である。金井は都新聞記者で、主として花をめぐって四季に分け、大正十年から連載したものをまとめた一冊とされる。

 おそらく関東大震災後の郊外と文化生活の始まりにあって、花の栽培などがトレンドになっていたことがうかがわれる。「序文」を寄せているのは遅塚麗水で、「花情禽心具さにその真趣を尽し、読者をして百花不断の園に遊びて、名禽の和鳴を聴くが如し」とある。それは根岸派の近傍にあった遅塚と金井の関係を彷彿とさせる。

 また都新聞と関係が深かったのは介山も同様で、明治三十九年から大正八年にかけて都新聞社に在籍し、『大菩薩峠』に先駆け、『高野の義人』や『島原城』を連載している。『都新聞』に関しては『日本近代文学大事典』第五巻「新聞・雑誌」」に一ページ近い解題が掲載されているが、ここでは『近代出版史探索Ⅵ』1066で野崎左文『私の見た明治文壇』を引き、既述している「小新聞」的な側面をたどってみる。

(『私の見た明治文壇』、春陽堂版)

 明治十七年に夕刊新聞の嚆矢として創刊され、主筆は仮名垣魯文で、やがて朝刊紙となるが、新富座、中村座、市村座の新狂言や役者の紹介につとめたことで、梨園や花柳界とも密接につながっていた。それに主筆となった黒岩涙香の翻訳小説が好評だったが、明治二十五年には彼が退社したことから、やはり旧幕臣の記者で、元警視庁刑事だった高谷為之の「探偵実話」を連載するに及び、新聞紙上に探偵実話時代が到来した。この事実は拙稿「春江堂版『侠客木曽冨五郎』」(『古本屋散策』所収)を参照されたい。

 (『侠客木曽冨五郎』、金松堂版)古本屋散策

 その後を受けて伊原青々園が劇誌とともに探偵実話も書き、介山の他に遅塚麗水、平山蘆江、長谷川伸なども小説を連載するようになった。つまり「小新聞」としての『都新聞』と連載小説の関係は涙香の翻訳小説、高谷や青々園の探偵実話、介山たちの時代小説=大衆文学へと継承され、昭和に入ってからは尾崎士郎の『人生劇場』、武田鱗太郎の『下界の眺め』、徳田秋声の『縮図』なども連載されていったのである。尾崎の『人生劇場』についてはこれも拙稿「尾崎士郎と竹村書房」(『古本探究Ⅱ』所収)ですでに取り上げている。

   (『縮図』) 古本探究 2

 そうした『都新聞』ならではの読者層と小説連載の流れを背景として、『大菩薩峠』の連載が始まったことになるし、それゆえに花柳界を中心として、『大菩薩峠』は人気を博していったのである。そこに注目したのは春秋社からの出版を企画した木村毅で、『近代出版史探索』182の『私の文学回顧録』でも、その事実に言及している。

 実は先の『花と鳥』の巻末に三ページにわたり、『都新聞』広告が出され、「定価一ヵ月一円二十銭」として、次のように謳われている。

 わが都新聞は、常に新時代の第一線に立つ日本唯一の朝刊十二ページ新聞である。実益と趣味に富む、明るい、親切な、責任を重んずる新聞である。政治経済、商況、社会記事、演芸、家庭、文芸等の各分派に亘り会社員の努力を傾注せる迅速、誠実、平易、親切なる報道は、あらゆる家庭の白熱的歓迎を受けて他の追従を許さゞる健実なる新聞である。都新聞は新聞の米の飯であると共に山海の珍味でもある。都新聞は時世に遅れざらんとする人の読む新聞にして、人生行路の一大羅針盤である。

 さらにこの補足説明として、第一面は「読者と記者のための紙面、及び連載時代小説」、第二面は「政治雉」、第三面は「経済記事」で、第四、第十二面の「商況面」とともに他紙に優越し、第五面は「文芸欄」、第七面は「演芸欄」、第九面は「家庭欄」、第十面、第十一面は「社会記事」で、まさに「都新聞は時世に遅れざらんとする人の読む新聞にして、人生行路の一大羅針盤」たらんとすることを訴求していることが伝わってくる。

 その他にも、都新聞出版部の単行本として、江見水蔭の問題長編小説『紫蜻蛉』、おそらく『近代出版史探索Ⅲ』428でふれた長谷川伸絡みの『新選都々逸』、それに実用書としての鈴木京平編『家庭に於ける実用科学』、三須裕著としての当世化粧秘伝『化粧美学』が並んでいる。これらはいずれも『都新聞』の各面に連載されたものの単行本化であり、大正7時代の都新聞の紙面の一端を浮かび上がらせていることになろう。

(『化粧美学』)


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