出版・読書メモランダム

出版と近代出版文化史をめぐるブログ

出版状況クロニクル181(2023年5月1日~5月31日)

23年4月の書籍雑誌推定販売金額は865億円で、前年比12.8%減。
書籍は483億円で、同11.6%減。
雑誌は382億円で、同14.2%減。
雑誌の内訳は月刊誌が324億円で、同15.1%減、週刊誌が57億円で、同8.9%減。
返品率は書籍が31.9%、雑誌が42.3%で、月刊誌は41.2%、週刊誌は47.9%。
村上春樹の6年ぶりの長編小説『街とその不確かな壁』(新潮社)の重版合わせ35万も焼け石に水のようで、
最悪のマイナスと返品率ということになろう。
これに定価値上げのことを考えれば、さらなるマイナスで、23年下半期はどのような出版状況を迎えることに
なるのか、予断を許さない。

街とその不確かな壁


1.日本図書館日本図書館協会の『日本の図書館 統計と名簿』が出されたので、その「公共図書館の推移」を示す。

日本の図書館 2022: 統計と名簿

■公共図書館の推移
    年    図書館数
専任
職員数
(人)
蔵書冊数
(千冊)
年間受入
図書冊数
(千冊)
個人貸出
登録者数
(千人)
個人貸出
総数
(千点)
資料費
当年度
予算
(万円)
1971 8855,69831,3652,5052,00724,190225,338
1980 1,3209,21472,3188,4667,633128,8981,050,825
1990 1,92813,381162,89714,56816,858263,0422,483,690
1997 2,45015,474249,64919,32030,608432,8743,494,209
1998 2,52415,535263,12119,31833,091453,3733,507,383
1999 2,58515,454276,57319,75735,755495,4603,479,268
2000 2,63915,276286,95019,34737,002523,5713,461,925
2001 2,68115,347299,13320,63339,670532,7033,423,836
2002 2,71115,284310,16519,61741,445546,2873,369,791
2003 2,75914,928321,81119,86742,705571,0643,248,000
2004 2,82514,664333,96220,46046,763609,6873,187,244
2005 2,95314,302344,85620,92547,022616,9573,073,408
2006 3,08214,070356,71018,97048,549618,2643,047,030
2007 3,11113,573365,71318,10448,089640,8602,996,510
2008 3,12613,103374,72918,58850,428656,5633,027,561
2009 3,16412,699386,00018,66151,377691,6842,893,203
2010 3,18812,114393,29218,09552,706711,7152,841,626
2011 3,21011,759400,11917,94953,444716,1812,786,075
2012 3,23411,652410,22418,95654,126714,9712,798,192
2013 3,24811,172417,54717,57754,792711,4942,793,171
20143,24610,933423,82817,28255,290695,2772,851,733
2015 3,26110,539430,99316,30855,726690,4802,812,894
20163,28010,443436,96116,46757,509703,5172,792,309
2017 3,29210,257442,82216,36157,323691,4712,792,514
2018 3,29610,046449,18316,04757,401685,1662,811,748
2019 3,3069,858453,41015,54357,960684,2152,790,907
2020 3,3109,627457,24515,05458,041653,4492,796,856
20213,3159,459459,55014,89356,807545,3432,714,236
20223,3059,377463,84914,09756,626623,9392,764,325

 本クロニクル173で、21年の個人貸出数が5.4億冊で、20年の6.5億冊にくらべ、1億冊以上減少している事実に注視しておいた。
 ところが表に見られるように、22年は6.2億冊と回復してきている。この21年のマイナスと22年の回復の原因を突き止めていないのだが、コロナ禍によるとは判断できないし、何に起因するのだろうか。ただ他の数字はほとんど変わっていないにしても、図書館数が22年は減少を見ている。これはこの30年間で初めてなので、23年も注目する必要があろう。
 その一方で、『私たちが図書館について知っている二、三の事柄』で示しておいた書店数と書籍販売冊数との対比だが、22年の書店数は1万1495店、前年比457店減、書籍販売冊数は4億9759万冊、同3073万冊減となり、後者はついに5億冊を割りこんでしまった。
 図書館貸出冊数は6億2393万冊であるので、その差は1億2634万冊となり、こちらも戻ってしまっている。安易な判断は下せないし、23年のデータを見てからということになろう。しかし図書館と書店の関係は『私たちが図書館について知っている二、三の事柄』で下しておいた結論を修正する必要はないだろう。
  

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2.トーハンと未来屋書店から出版社に対して、152店舗(直営店114店、コンセ店10店、及び準直営店28店)の日販からトーハンへの帳合変更が、店舗リストともに伝えられてきた。
 帳合変更は9月1日、スタンド商品供給店舗929店は7月以降、順次取引を開始。

 本クロニクル172で、『日経MJ』の専門店調査「書籍・文具売上高ランキング」を示しておいたが、未来屋は第5位、売上高は485億円に及ぶ。
 今回の帳合変更で、そのすべてが日販からトーハンへと変更となる。ダイエーのアシーネから始まった未来屋も長きにわたる歴史を重ねてきたことになるが、これがどのような行方をたどることになるのだろうか。

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3.『FACTA』(6月号)が「COVER STORY」として、「朝日を潰す社長『中村史郎』の正体」という記事を発信している。

 このリードキャプション、サブタイトルは「まるで宦官支配の清朝末期」「戦後長らく日本のジャーナリズムの主軸をなした朝日新聞社はいま、音を立てて自壊しようとしている」とある。その内実は読んでもらうしかないのだが、ここで言及しておきたいのは新聞販売部数の凋落で、本クロニクル177でも伝えたばかりだ。しかしそれはとどまることがないようだ。
 直近の販売部数は朝日380万部(前年比50万部減)、読売640万部(同40万部減)、毎日180万部(同14万部減)、日経150万部(同20万部減)、産経90万部(同10万部減)で、実質的に朝日は300万部とされている。
 これらの新聞販売部数も考えてみると、読売を除いて最盛期の『週刊少年ジャンプ』600万部にも及んでいないし、朝日はその半分にも至らないということになる。まして電子の戦いとなれば、新聞はコミックに太刀打ちできないであろうし、誰も予想していなかったメディア状況を迎えようとしている。
 前回のクロニクルで、百貨店の凋落を伝えたが、百貨店、新聞、出版も近代の装置に他ならず、そのいずれもが同じ状況に追いやられているのだ。

facta.co.jp
4.三洋堂HDの連結決算は売上高177億9800万円、前年比5.6%減、営業損失は2億5900万円(前年は500万円の利益)、当期純損失は4億9600万円(同2億7500万円の損失)。
 部門別売上高は「書店」109億9100万円、前年比10.9%減、「文具、雑貨、食品」17億3700万円、同7.4%減、「TVゲーム」15億7200万円、同64.5%増、「レンタル」12億8600万円、同13.9%減。

 上場ナショナルチェーンにして複合型書店としての三洋堂も2期連続赤字で、ビュッフェ事業や駿河屋のFC業態にも進出しているが、「書店」事業を回復する手立ては見出していない。
 それは有隣堂も同様で、店売事業本部売上はピーク時から100億円減少し、8期連続の営業赤字であることも明らかにされている。
 書籍、雑誌売上が減り続ける一方、店舗経費、無人レジ、キャッシュレス手数料などは上昇し、人件費もしかりだ。
 日経新聞の2023年賃金動向調査によれば、小売業などの非製造業の賃上げ率が3.39%で、1993年以来、30年ぶりの高水準になっている。だが書店はその賃上げ原資も確保することもできないだろう。



5.KADOKAWAの連結決算は売上高2554億2900万円、前年比15.5%増、営業利益は259億3100万円、同40.0%増、当期純利益は126億7900万円、同9.9%減で、売上高と営業利益は過去最高額。
 その要因は「ゲーム事業」で、売上高303億5100万円、同55.7%増、営業利益も142億1800万円、同173.4%増。
 「出版事業」は売上高1399億9000万円、前年比5.3%増、営業利益は131億5500万円、同24.3%減、紙の新刊点数は5500点、返品率は24%。

 ゲーム事業はフロム・ソフトウェアの「ELDEN RING」のヒットによるもので、KADOKAWAも「映像」「webサービス」に加え、電子書籍、コミックいう分野へと移行し、書籍市場らテイクオフしつつあるように思われる。の三洋堂でも「TVゲーム」の成長を見ているけれど、書店シェアは限られていよう。
 それから24%の低返品率だが、これは取次ルートからアマゾン、TRCの直取引のシェアが高くなっているゆえなのだろうか。
ELDEN RING Windows版|オンラインコード版



6.メディアドゥの連結決算は売上高1016億円、前年比2.9%減、営業利益は23億9300万円、同14.9%減、当期純利益は10億5700万円、同33.0%減の減収減益。LINEマンガ移管によって120億円減収となったことによる。
 セグメント別では「電子書籍流通事業」売上高は943億3100万円、同4.5%減、セグメント利益は52億4800万円、同9.8%増。

 メディアドゥはクレディセゾンの電子コミックサービス「まんがセゾン」で、5のKADOKAWAのコミック4万冊の配信を開始している。
 このようにメディアドゥの「電子書籍流通業」はアメーバ状に拡がり、多くの出版社との提携が進んでいるのであろう。それもトーハン筆頭株主というポジションも効力を発揮しているはずだ。めざすところは「電子書籍流通事業」のトーハン化と見なすべきかもしれない。
 また講談社もアメリカでマンガ配信サービス「K MANGA」を始め、『進撃の巨人』『東京ベンチャース』など400作品がラインナップされている。



7.学研HDとポプラ社が出版事業や海外展開を主とする業務提携契約を締結。

 学研HDはベトナムの教育・出版事業の大手でタイやシンガポールでも事業展開しているDTP社と、こちらも業務締結しているので、ポプラ社の児童書もそれらの中に加えられていくのだろう。
 だが一方で、学研プラスの「地球の歩き方」などの旅行ガイド出版事業を譲渡したダイヤモンド・ビッグ社は解散に至っている。
 様々な業務提携や事業譲渡の中で、消えていく会社もあることを伝えていよう。



8.民事再生法を申請していたマキノ出版はブティック社と資産譲渡契約を交わし、ブティック社がマキノ出版の雑誌、書籍、ムックの版権、ウェブサイト事業を引き継ぐ。

 本クロニクル179からマキノ出版の民事再生をトレースしてきているが、マキノ出版のグループ会社のマイヘルス社や特選街出版はすでに破産しているので、のダイヤモンド・ビッグ社と同じく、消えていくことになろう。



9.楽天ブックネットワークは第9期決算(2022年12月期)を公表。
 売上収益39億1700万円、営業利益1億7500万円、経常利益2億1600万円、純利益2億9200万円。
 これは新たな収益認識基準に基づき、収益を総額から純額に変更し、監査法人との協議で「代理人取引」へと移行し、収益認識学は「顧客から受け取る対価から仕入れ先に支払う額を控除した純額」で計上する方式に変更したことによる。

 本クロニクル173で、『日経MJ』の「卸売業調査」によるデータを挙げ、売上高は477億円で赤字であろうことを報告しておいた。
 このような「新たな収益認識基準」がトーハンや日販に導入されることはないと思われるが、インヴォイス制のこともあり、書店も含め、変動することも考慮に入れておくべきかもしれない。



10.『キネマ旬報』は6月20日発売の7月上下旬合併号で隔週刊発行を終了し、月刊化。

キネマ旬報 2023年6月上旬号 No.1923 (6月上旬号)

 近年は上下旬合併号も多くなり、それこそ『キネマ旬報』も5のKADOKAWA傘下に入っていたが、存続するためには月刊化に移行せざるをえなかったのであろう。
 私も本クロニクル178、179と続けて取り上げているし、キネマ旬報社の『日本映画俳優全集・男優編』『同・女優編』を始めとする事典類、「映画史上ベスト200シリーズ」は座右の銘の書として、絶えず参照している。それも本体の長きにわたる『キネマ旬報』の持続発行があってのことだと実感しているが、月刊であっても本当に続いてほしいと思う。
  折しも詩人で映画監督の福間健二の74歳の死も伝えられてきた。

日本映画映画俳優全集・男優編 キネマ旬報増刊 10.23号 創刊60周年記念出版   キネマ旬報 増刊 12・31号 日本映画俳優全集 女優編    アメリカ映画200 (1982年) (映画史上ベスト200シリーズ)  



11.海野弘が83歳、原尞が76歳でなくなった。

 海野は平凡社の編集者で、多彩な領域を横断する評論家として、ずっと触発される存在であった。愛着があるのは『モダン都市東京』『プルーストの部屋』(いずれも中央公論社)だが、近年は辞書代わりとして、『陰謀の世界史』『スパイの世界史』『ホモセクシャルの世界史』(いずれも文春文庫)の三部作を重宝させてもらっていた。
 草森伸一に続いて、オールラウンドの評論家としての海野も失ってしまったことになり、それは雑誌の終わりの時代を象徴しているかのようだ。

 原は実作者として、早川のポケミスと創元推理文庫を出自としていて、同じようにそれらを読んできた私などは面識がなかったけれど、彼に親近感を抱いていた。
 そうした意味において、二人はまさに「僕の伯父さん」ともいえたのである。

モダン都市東京: 日本の一九二〇年代 (中公文庫 う 17-8) プルーストの部屋 上: 失われた時を求めてを読む (中公文庫 う 17-4) 陰謀の世界史 (文春文庫 う 18-1) スパイの世界史 (文春文庫 う 18-2) ホモセクシャルの世界史 (文春文庫 う 18-3)



12.外岡秀俊遺稿集『借りた場所・借りた時間』(藤田印刷エクセレントブックス)読了。

  週刊東洋経済 2023年4/22号[雑誌](ChatGPT 仕事術革命)

 冒頭の「チョウチンアンコウとAI」を読んだだけでも、外岡が卓越したジャーナリストで、文学者であったことを彷彿とさせる。
 ちょうどチャットGPTが騒がれ始め、『週刊東洋経済』(4/22)も、ChatGPTの特集を組み、たちまち3刷となっているので、外岡が存命ならば、必ずチャットGPTにも言及したと思われる。外岡の68歳の死は本当に残念だ。
 私も外岡には二度ふれているが、『借りた場所・借りた時間』の解説は久間十義が寄せていて、私なりのミッシングリンクを理解したように感じられた。 
 なお同書の出版は北海道の印刷所で、取次は神田の専門取次JRCだけなので、書店注文の際にはそのことを伝えたほうがよいと思われる。



13.『本の雑誌』(4月号)が短歌出版社対談として、藤枝大(書肆侃侃房)と村井光男(ナナロク社)の「この百年で一番、詩歌を読む人が増える時代が来る!」を掲載している。

本の雑誌478号2023年4月号

 この対談は短歌出版の現在について教えられることが多かったのだが、やはりもう一人の死者のことを思い出してしまったので、ここで続けて書いておきたい。
 それは講談社の元編集者の鷲尾賢也のことで、彼は歌人の小高賢であり、2014年に亡くなり、『出版状況クロニクルⅣ』でその死を追悼している。
 彼は講談社退職後も、現役の編集者にして歌人だったので、この対談を読んだらどのような感慨を抱いたであろうかと思った。その死からすでに10年近くが経とうとしている。



14.『神奈川大学評論』(23・102号)の「境界」特集に安彦良和が「百年の今昔―シベリア出兵と満州・ウクライナ」を寄せている。

www.kanagawa-u.ac.jp

 これは高橋治の未完に終わった『派兵』(朝日新聞社)を枕として始まり、それを資料として『アフタヌーン』連載中の『乾と巽―サバイバル戦記』(講談社)からウクライナ戦争へと続いている。
 歴史コミックの実作者ならではウクライナ戦争論であるし、『乾と巽』はまだ2巻までしか読んでいないので、続けて既刊の巻までは追いかけなければならないと思った次第だ。
 私も高橋の『派兵』について言及しているし、安彦の『虹色のトロツキー』(中公文庫)や『王道の狗』(講談社)のファンなので、ここで紹介してみた。

派兵 全4冊   乾と巽―ザバイカル戦記―(1) (アフタヌーンKC)  虹色のトロツキー (1) (中公文庫 コミック版 や 3-19)  王道の狗 1 (ミスターマガジンDX)



15.『人文会ニュース](No143)が届き、菊池壮一の図書館レポート「図書館、出版業界を取り巻く情勢と提案」が掲載されていた。

jinbunkai.com

 このタイトルであるから、必然的に『私たちが図書館について知っている二、三の事柄』への言及もあると考えていたが、まったくない。
 菊池は元リブロで、他ならぬ中村文孝の弟子だと語っていたし、『文化通信』に長きにわたって「書店員の/図書館員の目」を連載もしている。
 それなのにこれまで『私たちが図書館について知っている二、三の事柄』に関し、言及もしなければ、取り上げてもこなかったし、今回も同様なのである。

 ここで彼がTRCに属していることを初めて知ったが、「菊池の私見」だと断っているのだから、テーマからして言及があってしかるべきだろう。
 このような菊池の対応に関して、私はボクシング用語の「ホームサイド・デシジョン」というタームを想起してしまった。これは勝手に私訳すれば、「出版業界忖度判断」とでも称すべきもので、菊池のみならず、人文会も梓会も同様なのであろう。
 図書館業界に至ってはいうまでもない。だがで見ておいたように、我々の一冊を直視せずしてこれからの日本の図書館を語ることはできないはずだ。



16.高須次郎『出版権をめぐる攻防』(論創社)が刊行された。

 出版権をめぐる攻防  再販/グーグル問題と流対協 (出版人に聞く 3)

 著者は緑風出版の経営者で、『再販/グーグル問題と流対協』(「出版人に聞く」3)にも示されているように、持続して小出版社の著作権問題に取り組んできた。
 今回の同書は電子書籍と2014年の著作権法改正をめぐる問題にスポットを当てた記録であり、今後の電子出版問題の基本文献にすえられよう。



17.『日本近代文学館』(No.313)に書肆山田の鈴木一民代表から、書肆山田の刊行物の多数の寄贈が記されていた 。

www.bungakukan.or.jp

 書肆山田も実質的に廃業したことを意味しているのであろう。



18.今月の論創社HP「本を読む」〈88〉は「高橋徹、現代企画室、山根貞雄『映画狩り』」です。
ronso.co.jp

 『新版図書館逍遥』(論創社)は7月下旬刊行予定。