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古本夜話1535 第一書房、鈴木善太郎、モルナアル『お互に愛したら』

 第一書房に関しては『近代出版史探索』116を始めとして断片的にふれてきているが、これから少し続けて言及してみたい。

 創業六年目の昭和五年に第一書房はPR誌『伴侶』を創刊し、そこに「第一書房と昭和四年――高速度内幕話――」が掲載され、「単行本の成績」が語られている。この『伴侶』は未見なので、『第一書房長谷川巳之吉』からの再引用になるのだが、そこには「小説では、何んといつてもモルナアルの「お互に愛したら」(鈴木善太郎訳)です。題もいいし、内容もよかつたからでせう?」という一文が見える。

  第一書房長谷川巳之吉 (『お互に愛したら』)

 もちろん戦前においても海外文学の翻訳は流行に左右されるし、現在から考えてみても、どうして同じ訳者と出版社によって、多くが続けて出されたのか、奇異に思える外国文学者がいたりする。そのひとつの典型がここに挙げられたモルナアルであろう。第一書房は昭和三年の『開かれぬ手紙』から初めて、昭和八年までにすべて鈴木善太郎訳で、『お互に愛したら』『芝居は誂向き』『町のをんな』『男の流行』『奥さんは嘘つき』『恋はあれども』『陽気な女たち』と短編集、戯曲集を合わせて八冊刊行している。またそれらに先駆け、昭和二年の『近代劇全集』38の『中欧篇』にやはり鈴木訳で、モルナアルの『リリオム』などが収録されていることからすれば、第一書房、モルナアル、鈴木の関係はここに端を発し、その後の八冊の単行本化へと結実していったことになる。

 (『開かれぬ手紙』) 近代劇全集第38巻 中欧篇【非売品】(『近代劇全集』)(『男の流行』)

 しかし私たちにとってモルナアルはもはや馴染みが薄いこともあり、それらの翻訳と併走するように出された中央公論社版『世界文芸大辞典』を引いてみる。

 モルナール Molnar Frenc(1878~1952)ハンガリーの文学者。小説、戯曲をよくするが、特に劇作家としては世界的に有名、生地はブタペシュト。教養あるユダヤ人の家庭に生れ、始め法律を学んだが、後新聞記者となり、文学カフェ、舞踏場、カジノに入り浸つて、人生の皮肉な見方を覚えた。これはブタペシュート人の通有性である。しかも童心を失はず、常に皮肉の裏に愛情を湛へてゐる。出世作は子供の世界を描いた小説『パール街の少年たち』(1907)で、殆んど同時に発表された戯曲『悪魔』(1907)が又彼の劇作家としての位置を確立した。劇作の巧みなることは既にこの作品より現はれてゐる。然し、彼の名を世界の舞台にひろめた戯曲は『リリオム』(1909)である。(後略、また原語タイトルは省いた)
リリオム (1951年) (岩波文庫)  リリオム [DVD]

 ちなみに訳者の鈴木善太郎も『日本近代文学大事典』に見出せたので、こちらも引いておく。

 鈴木善太郎 すずきぜんたろう 明治一七・一・一九~昭和二六・五・一九(1884~1951)小説家。劇作家。福島県郡山市生れ。明治三八年早大英文科卒。国民新聞、のち東京朝日新聞記者となり、はじめ秋風と号した。短編小説集『幻想』(大七・一 万朶書房)にすでに完成した鋭い社会認識がみえ「文章倶楽部」(大七・九)には新進作家として菊池寛、野村愛正とともにその名が掲げられた。研究座などに新劇運動のかたわら大正一一年の欧米遊学を経て、とくにフェレンツ=モルナールの紹介にその半生を傾けた。(後略)

 このモルナアルと鈴木による第一書房の最初の単行本である『お互に愛したら』を入手している。菊判の裸本だが、第一書房特有の造本の面影は保たれ、そこに収録されている五枚の挿絵はモルナアルの世界をうかがわせているようだ。これはいずれもLEO KOBERの署名入りなので、『世界文芸大辞典』を確認してみたが、立項されておらず、また『新潮世界美術辞典』にも見当たらない。この時代にモルナアルとコラボレーションしていたマイナーな画家なのであろうか。

 モルナアルの短篇集『お互に愛したら』には表題作も含め、二十八篇が収録され、そのうちの五篇にKOBERの挿絵が添えられている。ここでは二番目の「博士夫人の拾ひ物」に寄り添う「THE PEARL」を見てみる。その挿絵は劇場らしい階段のところで、一人の若い夫人が何かを見出し、拾ったような姿が描かれ、それを斜め後ろから見ている若い男、ユーゲネがいる。その下に「THE PEARL」とあり、やはり英語でキャプションが示されているけれど、これは私訳してみると、次のようになる。「若い女性が階段を降りてきて立ち止まり、赤いカーペットの上から何かを拾った。それは大きな本物の真珠で、その発見は彼女にあふれんばかりの法悦と開放感をもたらした」と。

 ユーゲネも、また後からきた夫の博士も、彼女が拾ったものは何かと訊ねたが、何でもないと答えるだけだった。彼女の夫はかなり年上のようであるけれど、「博士夫人は若くて、健康で、立派な体格をしてゐた。そして派手な着物と、お昼時に街の中をぶらぶら歩く事が好きであつた」と説明される。そうした夫婦の関係と彼女の性格に見合って、拾った大きな本物の真珠は「あふれんばかりの法悦と開放感をもたらした」のである。それは彼女の日常生活をかき乱し、ユーゲネや夫の博士にも影響を及ぼしていく。そうしてかもし出される彼女とその感情の動向は博士に「電流のやうな嫉妬の情」を湧き立たせ、ユーゲネには「極度の幸福感」を与えたりした。しかし結局のところ、彼女は憔悴してしまい、夫に真珠を拾ったことを告白し、それを博士に手渡し、「わたくし真珠を手放してから、あなたといふ拾ひ物をしました」と述懐する。「そして彼女は博士に熱いキッスをした。/これがこの話の終りである」と閉じられている。束の間の真珠幻想譚とでもいっていいのだろうか。

 その後判明したことによれば、LEO KOBER=Kóber Leóはハンガリー人の両親を持つチェコ生まれの画家、イラストレーターで、ウィーンやブダペストでも挿絵画家として活動していたとされる。


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