本探索でお馴染みの生活社だけでなく、「ユーラシア叢書」に見たように、様々な出版社から東西交渉史、回教史、中国史、蒙古史、ロシア史、アジア史などに関する古典ともいうべき書物が刊行されていた。それらの企画や翻訳は『近代出版史探索Ⅲ』563の東亜経済調査局、『同Ⅲ』571の奉天図書館関係者を始めとする満鉄各セクション、『同Ⅲ』577の回教圏研究所、『同Ⅲ』580の東亜研究所、『同Ⅳ』718の東亜考古学会、『同Ⅴ』719の蒙古善隣協会と西北研究所、また民族学協会や外務省調査局を加えることができる。
さらに挙げていけば、美術書の座右宝刊行会も連なるであろうし、それは『同Ⅳ』738のアンダーソン『黄土地帯』で示しておいたとおりだ。また最近になって、浜松の時代舎で、木下杢太郎『大同石仏寺』を入手し、あらためてその事実を認識した次第だ。同書は函入菊半、上製四〇〇ページのずっしりとした一冊で、昭和十三年初版、手元にあるのは同十六年三刷となっている。定価は三円八十銭なので、よく版を重ねているといえよう。
やはり『同Ⅳ』717で、「アルス文化叢書」として刊行された小川晴暢の『大同の石仏』を取り上げてきたが、同じくその写真をアイテムとした一冊であるけれど、『大同石仏寺』のほうが美術書として秀逸で、座右宝刊行会らしい装幀と体裁を有し、それは現在でも変わらない。だが同書には昭和十三年付の「重版大同石仏寺序」と大正十年付の「原版序」のふたつが寄せられ、巻末には座右宝版の「跋」も付され、初版は木村荘八との共著で、中央美術社から出版されていたことを知った。いずれにしても中央美術社と座右宝刊行会との関係は意外だったので、『日本近代文学大事典』の立項を確認してみた。
(座右宝版) (中央美術社版)
すると木下は大正五年に南満医学堂教授として満州奉天に向かい、九年に至るまで中国語を学習し、大和文化の源泉たる中国古典や仏教美術の研究にいそしんだ。その成果として、大正十一年に日本美術学院から木村荘八との共著で、『大同石仏寺』を上梓している。したがって座右宝刊行会版はその増補改訂に他ならないことが了承された。日本美術学院に関しては拙稿「田口掬丁と中央美術社」(『古本探究Ⅲ』所収)、及び『近代出版史探索』163でも言及し、中央美術社=日本美術学院であることを実証している。おそらくパンの会を通じて、木下杢太郎も田口とつながっていたのであろう。
日本美術学院版は未見だが、おそらく座右宝版『大同石仏寺』は木下の満を持した美術書として刊行されたと考えられる。それを体現しているのは口絵写真を始めとする図版一一三、挿絵六七で、すべてがモノクロであるけれど、大同石仏寺の細部までがリアルに浮かび上がってくる。大同石仏寺は大同の雲崗に位置し、北京から最も近い石窟で、『大同石仏寺』も木下のレポート「雲崗日録」から構成されている。潘絜茲『敦煌の石窟芸術』(土居淑子訳、中公新書、昭和五五年)に示された
『大同石仏寺』において、山本明のカメラは二ページに及ぶ「雲崗石窟全景」のロングショットの折り込み写真に象徴されるように、これらを見事に写し出している。山本のプロフィルは不明だが、木下の言からすれば、北京で山本写真館を営み、大同石仏寺を写真に収めていたようで、その三十葉を初版にも提供していたようだ。しかし重版に際しては百余の写真を収録し、木下自身にしても、「山本明君が百余の写真の被写を諾して下さらなかつたなら、此書の重印は其根拠の大半を失つたでせう」と述べている。それとともに重印のコラボレーションに携わったのは座右宝の編集者の齋藤菊太郎で、「重印」の企画、資料収集、付録の五〇余ページの「雲崗石仏文献鈔」も彼の手になると見なしていいように思われる。
それからさらに興味深いのは巻末の出版広告で、やはり木下の『支那伝説集』が見える。 これも大正時代に刊行の改訂版とされるので、齋藤の企画編集であることは明白だ。さらに新刊として、民族学会員にして画家の染木煦『北満民具採訪手記』が満鉄・総裁室・弘報課編で刊行されている。また日満文化協会館、田村実造等編『満蒙史論叢』、東亜考古学会報告書として、原田淑人等『東京城』、浜田耕作等『赤峰紅山後』もある。
さらに近刊として、東方文化研究所報告書として、水野誠一、長廣敏夫共著『龍門石窟の研究』、東洋文庫論叢として、梅原末治『蒙古ノイン・ウラ発見の遺物』、石田幹之助解説『乾隆銅版画再版』、ル・コツク、藤枝晃訳『西域紀行』、田村実造、小林行雄、齋藤菊太郎共著『興安蒙古紀行』が挙げられている。これらがすべて刊行されたのか確認していないけれど、齋藤は『興安蒙古紀行』に著者として名を連ねている事実からすれば、彼は編集者と研究者を兼ねていたことになり、座右宝版『大同石仏寺』重版における仕事の力量がうかがわれることになろう。
(『西域紀行』)
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