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混住社会論131 江藤淳、吉本隆明「現代文学の倫理」(『海』、一九八二年四月号)

難かしい話題 (『難かしい話題』、「現代文学の倫理」所収)



「われらは遠くからきた。そして遠くまでいくのだ。……」

白土三平『忍者武芸帖』

忍者武芸帖
 

前回のカレン・テイ・ヤマシタのアメリカ人日系三世、おそらくブラジル国籍も有するであろう複数の国籍とその出自、彼女の存在のクレオール性を考えると、あらためて人種とは何かという問いが浮かび上がる。

この問題に関して、どうしても取り上げておかなければならない江藤淳と吉本隆明の対談「現代文学の論理」がある。これは本ブログ「謎の作者 佐藤吉郎と『黒流』」の31「人種と共生の問題」で引いているけれど、ここでもう一度言及してみる。なおこの対談は後に吉本隆明対談集『難かしい話題』(青土社、一九八五年)などに収録されている。

この対談が行なわれたのは一九八二年で、江藤が『ワシントン風の便り』(講談社)、『一九四六年憲法―その拘束』『落葉の掃き寄せ』(いずれも文藝春秋)を刊行し、それらでアメリカによる日本占領と占領下の検閲問題の研究を発表していたことが前提となっている。それに対して、吉本は江藤のそのような仕事のモチーフがよくわからないし、知識人はもっと根本的問題、いかなる国家も歴史のある時代に出現し、またある時代がくればなくなってしまうだろうし、相対的なものだといった問題に取り組むべきではないのかと始めている。そして「江藤さんから見ると、ぼくは理想主義者で空想的、抽象的に見えるかもしれないけれど、ぼくは逆に江藤さんはリアリストすぎると思う」と付け加えている。
一九四六年憲法 [f:id:OdaMitsuo:20160126112043j:image:h110]
その吉本の言を受けて、江藤は「これが私にとって文学(傍点)だからやっている」と述べ、自分は「プラトン主義者、根っからのアイディリスト」で、「文学者や知識人なんて、別段偉くもなんともない」し、吉本の知識人定義は「ずいぶん楽観的」だし、それもまたアメリカの支配下にある戦後の知的、言語的空間がもたらした「幻想」であると返している。さらに吉本は「型通りの理想主義」で、自分のほうが「ラディカルな理想主義」を実践しているのではないかともいっている。それは問わず語りに、八〇年代まではまだ異なったかたちの「理想主義」を語り合うことができた事実をも示している。

そうした江藤の発言に対して、吉本はいう。日本国には千五百年の伝統とその思考様式があるかもしれないが、「その日本国というのもあと百年も経てばなくなっちゃうかもしれません。しかし人間という概念は、百年ぐらいではまずはなくならないでしょう」と。これはもちろん吉本の『共同幻想論』(角川文庫)などに示された、国家は共同幻想であり、国家よりも人間の歴史のほうが長いという見解に基づいている。その吉本に続いて、江藤は次のようにいっている。
共同幻想論

 (……)あなたは百年といわれたけれども、うっかりすればこの八〇年代の間にだって、日本がなくなることもあり得ると思っています。それではなくなったらどうなるのか。一億一千七百万の人間が一人残らず死んでしまうとはちょっと考えられない。そうするとベトナムのボート・ピープルではないけれど、少なくとも数十万か数百万人ぐらいはどこかへ逃げるだろう。その場合、逃げた人たちはどうなるのだろう。彼らは人間(傍点)として見られるのか、決してそうではないんですね。吉本さん、まず人種(傍点)として見られるんですよ。亡国の日本人という人種は、千五百年だか二千年だかわからないけれど、この人種がそこに至った故事来歴を背負った人種として、突き放して冷たく見られるのですよ。その時点から改めて人間であるということの自己証明を始めなければならない。それは日系移民がすでにやって来たことの、おそらくはもっと過酷な繰り返しです。いまは韓国系の新移民が非常に多くなっていてロサンジェルスだけでも八万人もいる。この人たちも人間であることの自己証明を日夜迫られている。アメリカだからまだいいんで、もしこれがヨーロッパでも行ってごらんなさい。それはもうどうなるかわかりませんね。そういうことを考えると、その点でも実は失礼ながら吉本さんは楽観的に過ぎると思うのです。つまり日本国がなくなったとき、直ちに人間(傍点)という概念が残るという考えが楽観的なのです。その次に出てくるのは必ず人種(傍点)です。それは文学的に想像してもわかることではないでしょうか。亡国の憂目を見て、只の人種になり、人間への道を模索している人々は、アメリカには沢山います。ポーランド難民、チェコの難民、とにかくさまざまな国からやって来ている。かつては高校の先生だった人が、アメリカの大学の小使いさんになって、床を毎日磨いている。その時彼らは何と見られているか、もちろん建前からいえば人間(傍点)ということになるでしょうが、実際にはスラブ人とかあるいはユダヤ人という人種(傍点)としてしか認識されていない。あなたのお考えからは、この問題が抜けていませんか。吉本さんが人間に至る思想を構築される上で、是非この人種の問題を踏まえていただきたい。人種というとナチスのユダヤ人排斥とか、日本人の人種差別とか、いろいろな連想が沸きますが、この問題はやはりきちんと一段階踏まえた上で、人間に至る道をお考えいただきたいと思います。そうでなければ、その思想は綺麗ごとだとぼくは思う。

この一九八〇年代初頭における江藤の発言は自らも挙げているように、本連載242526でもふれてきたインドシナ難民の日本への漂着などもふまえている。また現在の世界的状況に引き寄せて注釈すれば、さらにリアルに響いてくる。それに「八〇年代の間にだって、日本がなくなることもあり得る」との言説は、当時の日本の社会状況ともクロスしている。それに八〇年代に隆盛しつつあった郊外消費社会と同時期の東京ディズニーランドの開園は、アメリカ的風景に覆われてしまった日本を意味し、その産業構造は五〇年代アメリカのそれとまったく重なってしまい、そうした事実は第二の敗戦をも暗示させるものだった。

そして九五年の阪神淡路大震災、二〇一一年の東日本大震災と福島原発事故は、日本国内でも難民と同様の状況を生じさせ、多くの人々がディアスポラ状態に追いやられてしまっている。また今世紀に入ってのグローバリゼーションの急速な進行、戦争や内戦に伴うシリア難民に象徴される問題は、欧米だけでなく、日本でも現実化し、一五年の難民認定申請はこれまで最多の七五八六人に及んでいる。

それゆえにこの時点での江藤の生々しい言説は、欧米や日本でも起きている共通の問題を浮かび上がらせていよう。難民も移民も「人間として見られる」のではなく、「まず人種として見られる」。「その時点から改めて人間であることの自己証明を始めなければならない」からこそ、「この人種がそこに至った故事来歴」、つまり日本人の場合、それを支えるのは必然的に日本という国家と天皇制ということになる。この江藤の発言に対して、吉本は『共同幻想論』における国家と天皇制を形成する「観念の運河」をあえて展開せずに、江藤の「だいぶ強力な主張」に、「そういう事実について無知なんですよ。無知なんであって、別に楽観的というんじゃないんです」と述べ、とりあえずそこで「人間」と「人種」の問題は途切れてしまう。

しかし「現代文学の論理」と題された対談のこのシーンには、江藤と吉本の二人ならではの文学者や知識人としての深い感慨が含まれているはずだ。だから吉本は江藤の白熱する「張力な主張」のよってきたるべきところを察知し、「そういう事実に無知なんです」といって、持論を提出しなかったと思われる。それはアメリカを始めとして海外生活とその事情に通じた江藤と、一度も外国に出なかった吉本自身の立場を弁えていることに起因している。江藤のほうはここで紛れもなく『アメリカと私』(文春文庫)の二十年後の姿を見せている。そして驚くべきことに、自ら任じる文学者や知識人として、アメリカで自分も「人間」ではなく、「人種」として見られてきたと告白しているに等しいと判断できよう。
アメリカと私

本当は当たり前のことかもしれないが、「驚くべきこと」と記したのは、蓮實重彦や柄谷行人であったら、これに類する発言を絶対にしないであろうからだ。太宰治が『如是我聞』(角川文庫)でいっているように、大半の「外国文学者」の「洋行」は「外国生活に於けるみじめさを、隠したがる」のだ。それは日本の経済大国への移行、海外旅行の自由化と大衆化、円高状況にあっても変わっていないはずだ。少なくとも欧米においては。

ところがここで江藤はその「外国生活に於けるみじめさ」をカミングアウトしたことになる。吉本は太宰の徒として、「江藤淳ともあろう人」がそれについて告白したことに、あらためて驚きを覚えたのではないだろうか。まだ「日本国」はなくなっていないのに、「人間」ではなく、「人種」としてみられているという江藤の言に対して、先に挙げた返答をするしかなかったと思われる。

もはや二人とも故人となっているし、これ以上の言及は差し控えるが、この「人間」と「人種」の問題は混住化のプロセスにおいて、アポリアとして表出し、それは現在の移民や難民問題にも常につきまとっているし、そのことをひとつのテーマとして本連載も書かれてきた。ここで私のささやかな体験も記しておこう。

『〈郊外〉の誕生と死』でもふれておいたけれど、九〇年代半ばから、私の隣人には日系ブラジル人も含まれるようになった。それは隣の家が所有する一戸建の古い借家に、日系ブラジル人が住むようになったからである。それからの状況をトレースしてみる。九〇年に出入国管理法および難民認定法が改定されたことで、それまで日系一、二世しか適用されていなかった働くことができる定住者資格が三世にまで及び、その数は増加するばかりだった。それは当時のバブル景気による求人増、企業の労働力の需要と確保とも重なるものであった。私の住む東海地方は特に顕著で、カレン・テイ・ヤマシタも、『サークルK・サイクルズ』 で豊田市保見団地に二千人の日系ブラジル人が住んでいることにふれていたが、二〇〇八年に浜松市は二万人、豊橋市は一万三千人に達した。

〈郊外〉の誕生と死  Circle K Cycles(『サークルK・サイクルズ』)

そのことによって九〇年代に入ると、八〇年代に成立していた郊外消費社会は、日系ブラジル人がいる風景が見慣れた日常的なものになった。日系ブラジル人は夫婦、もしくは家族と一緒に来日していて、その買物などの日常生活も同様に営まれていたからだ。それに三世まで加えられたことで、混血化も進み、夫婦や家族も日系、ラテン系、黒人系などが混じり合い、日系ブラジル人の多様性を知らしめてくれたし、それらの多様な人々と日本人の一般的混住は、日本の歴史が始まって以来のことだと思われた。そうして市役所には多文化共生・国際課といった部署が設置され、公共施設やゴミ回収などにはポルトガル語表記が併記され、その一方で日系ブラジル人による商店や飲食店も立ち上がっていった。

しかし二〇〇八年のリーマンショックによる世界的不況の影響を受け、東海地方の自動車関連産業にもそれが及び、日系ブラジル人の急速な減少が始まり、その数は半減したと伝えられ、私の隣人たちもいなくなり、それと同時に郊外消費社会からもその姿を見かけることが少なくなり、何か寂しい気にさせられるほどだった。九〇年代半ばから十年間ほどは常に日系ブラジル人が隣人で、仕事の関係ゆえだろうが、絶えない移り変わりもあり、その数は二十人以上に及んでいる。深いつき合いをしたわけではないけれど、日常的に挨拶を交わし、人によっては相談を受け、多少なりとも助言し、公共サービスを紹介したこともある。それに私はいつも自転車に乗っているせいか、同じく自転車を利用することが多い、面識のない日系ブラジル人から、すれちがいざまによく挨拶されたものだった。私も同じ「人種」として見られたことになる。それはともかく、彼ら/彼女らは無事に帰国できたのであろうか。それともまだ日本のどこかで住み続けているのだろうか。その一方で、定住者は減少するばかりだが、永住者は増加する傾向にあるとも伝えられている。

だがここで私もあらためて考えてしまう。私も日系ブラジル人と書いてきたように、彼ら/彼女らを「人種」として見ている。それはかならずしも「人間」として見ていないということではないが、混住しているにもかかわらず、言語と生活習慣の相違もあり、彼らとのコミュニケーションが成立していたとはいえないからだ。ただそうはいっても、十年以上に及ぶ混住は平穏なものであり、日本の郊外消費社会の風景の中にあっては、彼ら/彼女らの存在が肌や髪の色の多彩さ、その身体とファッション、日常のハビトゥスゆえに、私たち以上に似合っていたように思われてならない。それは北アメリカを出自とする郊外消費社会がラテンアメリカ状況と異なり、曲がりなりも平和であることを前提としているゆえなのであろうか。

だがこれからはその存続が問われる時期へと向かっているのかもしれない。

◆過去の「混住社会論」の記事
「混住社会論」130  Karen Tei Yamashita , Circle K Cycles(Coffee House Press、二〇〇一年)
「混住社会論」129  高橋幸春『日系ブラジル移民史』(三一書房、一九九三年)と麻野涼『天皇の船』(文藝春秋、二〇〇〇年)
「混住社会論」128  邱 永漢『密入国者の手記』(現代社、一九五六年)
「混住社会論」127  宮内勝典『グリニッジの光りを離れて』(河出書房新社、一九八〇年)
「混住社会論」126  江成常夫『花嫁のアメリカ』(講談社、一九八一年)と有吉佐和子『非色』(中央公論社、一九六四年)
「混住社会論」125  トシオ・モリ『カリフォルニア州ヨコハマ町』(原書一九四九年、毎日新聞社一九七八年)
「混住社会論」124  スティーヴン・グリーンリーフ『探偵の帰郷』(早川書房、一九八五年)とリチャード・ピアス『カントリー』(ポニー、一九八四年)『アメリカ教育使節団報告書』(一九四六年、講談社学術文庫、一九七九年)
「混住社会論」123  『アメリカ教育使節団報告書』(一九四六年、講談社学術文庫、一九七九年)
「混住社会論」122  カムマーン・コンカイ『田舎の教師』(勁草書房、一九八〇年)
「混住社会論」121  谷恒生『バンコク楽宮ホテル』(講談社、一九八一年)
「混住社会論」120  矢作俊彦『THE WRONG GOODBY ロング・グッドバイ』(角川書店、二〇〇四年)
「混住社会論」119  スタインベック『怒りの葡萄』(原書、一九三九年、第一書房、一九四〇年)とピエトラ・リボリ『あなたのTシャツはどこから来たのか?』(東洋経済新報社、二〇〇七年)
「混住社会論」118  ゾラ『大地』(原書、一八八七年、論創社、二〇〇五年)と長塚節『土』(春陽堂、一九一二年)
「混住社会論」117  渡辺京二『逝きし世の面影』(葦書房、一九九八年)と久米邦武編『特命全権大使 米欧国回覧実記』(新橋堂、一八七八年)
「混住社会論」116  ゾラ『ボヌール・デ・ダム百貨店』(原書、一八八三年、論創社、二〇〇二年)
「混住社会論」115  M・M・ジンマーマン『スーパーマーケット』(経済界、一九六二年)
「混住社会論」114  『大和ハウス工業の40年』(同編集委員会、一九九五年)
「混住社会論」113  安土敏『小説スーパーマーケット』(日本経済新聞社、一九八一年)とテーラー『科学的管理法』(産業能率短期大学出版部、一九六九年)
「混住社会論」112  藤田 田『ユダヤの商法』(KKベストセラーズ、一九七二年)と『日本マクドナルド20年のあゆみ』(同社、一九九一年)
「混住社会論」111  ジョージ・リッツア 『マクドナルド化する社会』(早稲田大学出版部、一九九九年)
「混住社会論」110  藤原伊織『名残り火』(文藝春秋、二〇〇七年)
「混住社会論」109  ピエール・ブルデュー『住宅市場の社会経済学』(藤原書店、二〇〇六年)と矢崎葉子『それでも家を買いました』(大田出版、一九九〇年)
「混住社会論」108  庄野潤三『夕べの雲』(講談社、一九六五年)
「混住社会論」107  宮部みゆき『理由』(朝日新聞社、一九九八年)
「混住社会論」106  黄 春明『さよなら・再見』(めこん、一九七九年)
「混住社会論」105  日影丈吉『内部の真実』(講談社、一九五九年)
「混住社会論」104  ウェイ・ダーション『セデック・バレ』(マクザム+太秦、二〇一一年)
「混住社会論」103  松本健一『エンジェル・ヘアー』(文藝春秋、一九八九年)
「混住社会論」102  村上春樹『羊をめぐる冒険』(講談社、一九八二年)
「混住社会論」101  赤坂真理『ヴァイブレータ』(講談社、一九九九年)
「混住社会論」100  中上健次『日輪の翼』(新潮社、一九八四三年)
「混住社会論」99  多和田葉子『犬婿入り』(講談社、一九九三年)
「混住社会論」98  本間洋平『家族ゲーム』(集英社、一九八二年)
「混住社会論」97  黒岩重吾『現代家族』(中央公論社、一九八三年)
「混住社会論」96  近藤ようこ『ルームメイツ』(小学館、一九九七年)
「混住社会論」95  鎌田敏夫『金曜日の妻たちへ』(角川文庫、一九八五年)
「混住社会論」94  山田太一『岸辺のアルバム』(東京新聞社、一九七七年)
「混住社会論」93  小島信夫『抱擁家族』(講談社、一九六五年)と『うるわしき日々』(読売新聞社、一九九七年)
「混住社会論」92  佐藤洋二郎『河口へ』(集英社、一九九二年)
「混住社会論」91  佐藤泰志『海炭市叙景』(集英社、一九九一年)
「混住社会論」90  梶山季之『夢の超特急』(光文社カッパノベルス、一九六三年)
「混住社会論」89  岩瀬成子『額の中の街』(理論社、一九八四年)
「混住社会論」88  上林暁『武蔵野』(現代教養文庫、一九六二年)島田謹介『武蔵野』(暮しの手帖社、一九五六年)
「混住社会論」87  徳富蘆花『自然と人生』(民友社、一九〇〇年)と『みみずのたはこと』(新橋堂、一九〇七年)
「混住社会論」86  佐藤春夫『田園の憂鬱』(新潮社、一九一九年)と『都会の憂鬱』(同前、一九二三年)
「混住社会論」85  『東京急行電鉄50年史』(同社史編纂委員会、一九七二年) 『萩原朔太郎写真作品 のすたるぢや』(新潮社、一九九四年)
「混住社会論」84  『萩原朔太郎写真作品 のすたるぢや』(新潮社、一九九四年)
「混住社会論」83  谷崎潤一郎『痴人の愛』(改造社、一九二五年)
「混住社会論」82  三浦朱門『武蔵野インディアン』(河出書房新社、一九八二年)
「混住社会論」81  大岡昇平『武蔵野夫人』(講談社、一九五〇年)
「混住社会論」80  国木田独歩『武蔵野』(民友社、一九〇一年)
「混住社会論」79  水野葉舟『草と人』(植竹書院、一九一四年、文治堂書店、一九七四年)
「混住社会論」78  小田内通敏『帝都と近郊』(大倉研究所、一九一八年、有峰書店、一九七四年) 『都市から郊外へ―一九三〇年代の東京』(世田谷文学館、二〇一二年)
「混住社会論」77  『都市から郊外へ―一九三〇年代の東京』(世田谷文学館、二〇一二年)
「混住社会論」76  『宝塚市史』(一九七五年)と『阪神間モダニズム』(淡交社、一九九七年)
「混住社会論」75  小林一三『逸翁自叙伝』(産業経済新聞社、一九五三年)と片木篤・藤谷陽悦・角野幸博編『近代日本の郊外住宅地』(鹿島出版会、二〇〇〇年)
「混住社会論」74  柳田国男『明治大正史世相篇』(朝日新聞社、一九三一年)と山口廣編『郊外住宅地の系譜』(鹿島出版会、一九八七年)
「混住社会論」73  柳田国男『都市と農村』(朝日新聞社、一九二九年)
「混住社会論」72  内務省地方局有志『田園都市と日本人』(博文館一九〇七年、講談社一九八〇年)
「混住社会論」71  ローラン・カンテ『パリ20区、僕たちのクラス』(ミッドシップ、二〇〇八年)とフランソワ・ベゴドー『教室へ』(早川書房、二〇〇八年)
「混住社会論」70  マブルーク・ラシュディ『郊外少年マリク』(集英社、二〇一二年)
「混住社会論」69  『フランス暴動 階級社会の行方』(『現代思想』二〇〇六年二月臨時増刊、青土社)
「混住社会論」68  ディディエ・デナンクス『記憶のための殺人』(草思社、一九九五年)
「混住社会論」67  パトリック・モディアノ『1941年。パリの尋ね人』(作品社、一九九八年)
「混住社会論」66  ジャン・ヴォートラン『グルーム』(文春文庫、二〇〇二年)
「混住社会論」65  セリーヌ『夜の果ての旅』(原書一九三二年、中央公論社、一九六四年)
「混住社会論」64  ロベール・ドアノー『パリ郊外』(原書一九四九年、リブロポート、一九九二年)
「混住社会論」63  堀江敏幸『郊外へ』(白水社、一九九五年)
「混住社会論」62  林瑞枝『フランスの異邦人』(中公新書、一九八四年)とマチュー・カソヴィッツ『憎しみ』(コロンビア、一九九五年)
「混住社会論」61  カーティス・ハンソン『8Mile』(ユニバーサル、二〇〇二年)と「デトロイトから見える日本の未来」(『WEDGE』、二〇一三年一二月号)
「混住社会論」60  G・K・チェスタトン『木曜の男』(原書一九〇八年、東京創元社一九六〇年)
「混住社会論」59  エベネザー・ハワード『明日の田園都市』(原書一九〇二年、鹿島出版会一九六八年)
「混住社会論」58  『日本ショッピングセンターハンドブック』と『イオンスタディ』(いずれも商業界、二〇〇八、〇九年)
「混住社会論」57  ビクター・グルーエン『ショッピングセンター計画』『都市の生と死』(いずれも商業界、一九六九、七一年)
「混住社会論」56  嶽本野ばら『下妻物語』(小学館、二〇〇二年)
「混住社会論」55  佐伯一麦『鉄塔家族』(日本経済新聞社、二〇〇四年)
「混住社会論」54  長嶋有『猛スピードで母は』(文藝春秋、二〇〇二年)
「混住社会論」53  角田光代『空中庭園』(文藝春秋、二〇〇二年)
「混住社会論」52  宮沢章夫『不在』(文藝春秋、二〇〇五年)
「混住社会論」51  吉本由美『コンビニエンス・ストア』(新潮社、一九九一年)と池永陽『コンビニ・ララバイ』(集英社、二〇〇二年)
「混住社会論」50  渡辺玄英『海の上のコンビニ』(思潮社、二〇〇〇年)
「混住社会論」49  いがらしみきお『Sink』(竹書房、二〇〇二年)
「混住社会論」48  佐瀬稔『金属バット殺人事件』(草思社、一九八四年)と藤原新也『東京漂流』(情報センター出版局、一九八三年)
「混住社会論」47  山本直樹『ありがとう』(小学館、一九九五年)
「混住社会論」46  重松清『定年ゴジラ』(講談社、一九九八年)
「混住社会論」45  ジョン・ファウルズ『コレクター』(白水社、一九六六年)
「混住社会論」44  花村萬月『鬱』(双葉社、一九九七年)
「混住社会論」43  鈴木光司『リング』(角川書店、一九九一年)
「混住社会論」42  筒井康隆『美藝公』(文藝春秋、一九八一年)
「混住社会論」41  エド・サンダース『ファミリー』(草思社、一九七四年)
「混住社会論」40  フィリップ・K・ディック『市に虎声あらん』(平凡社、二〇一三年)
「混住社会論」39  都築響一『ROADSIDE JAPAN 珍日本紀行』(アスペクト、一九九七年)
「混住社会論」38  小林のりお と ビル・オウエンズ
「混住社会論」37  リースマンの加藤秀俊 改訂訳『孤独な群衆』(みすず書房、二〇一三年)
「混住社会論」36  大場正明『サバービアの憂鬱』(東京書籍、一九九三年)
「混住社会論」35  ジョージ・A・ロメロ『ゾンビ』(C-Cヴィクター、一九七八年)
「混住社会論」34  エドワード・ホッパーとエリック・フィッシュル
「混住社会論」33  デイヴィッド・リンチ『ブルーベルベット』(松竹、一九八六年)
「混住社会論」32  黒沢清『地獄の警備員』(JVD、一九九二年)
「混住社会論」31  青山真治『ユリイカ EUREKA』(JWORKS、角川書店、二〇〇〇年)
「混住社会論」30  三池崇史『新宿黒社会 チャイナ・マフィア戦争』(大映、一九九五年)
「混住社会論」29  篠田節子『ゴサインタン・神の座』(双葉社、一九九六年)
「混住社会論」28  馳星周『不夜城』(角川書店、一九九六年)
「混住社会論」27  大沢在昌『毒猿』(光文社カッパノベルス、一九九一年)
「混住社会論」26  内山安雄『ナンミン・ロード』(講談社、一九八九年)
「混住社会論」25  笹倉明『東京難民事件』(三省堂、一九八三年)と『遠い国からの殺人者』(文藝春秋、八九年)
「混住社会論」24  船戸与一「東京難民戦争・前史」(徳間書店、一九八五年)
「混住社会論」23  佐々木譲『真夜中の遠い彼方』(大和書房、一九八四年)
「混住社会論」22  浦沢直樹『MONSTER』(小学館、一九九五年)
「混住社会論」21  深作欣二『やくざの墓場・くちなしの花』(東映、一九七六年)
「混住社会論」20  後藤明生『書かれない報告』(河出書房新社、一九七一年)
「混住社会論」19  黒井千次『群棲』(講談社、一九八四年)
「混住社会論」18  スティーヴン・キング『デッド・ゾーン』(新潮文庫、一九八七年)
「混住社会論」17  岡崎京子『リバーズ・エッジ』(宝島社、一九九四年)
「混住社会論」16  菊地史彦『「幸せ」の戦後史』(トランスビュー、二〇一三年)
「混住社会論」15  大友克洋『童夢』(双葉社、一九八三年))
「混住社会論」14  宇能鴻一郎『肉の壁』(光文社、一九六八年)と豊川善次「サーチライト」(一九五六年)
「混住社会論」13  城山三郎『外食王の飢え』(講談社、一九八二年)
「混住社会論」12  村上龍『テニスボーイの憂鬱』(集英社、一九八五年)
「混住社会論」11  小泉和子・高薮昭・内田青蔵『占領軍住宅の記録』(住まいの図書館出版局、一九九九年)
「混住社会論」10  ウラジーミル・ナボコフ『ロリータ』(河出書房新社、一九五九年)
「混住社会論」9  レイモンド・チャンドラー『長いお別れ』(早川書房、一九五八年)
「混住社会論」8  デイヴィッド・ハルバースタム『ザ・フィフティーズ』(新潮社、一九九七年)
「混住社会論」7  北井一夫『村へ』(淡交社、一九八〇年)と『フナバシストーリー』(六興出版、一九八九年)
「混住社会論」6  大江健三郎『万延元年のフットボール』(講談社、一九六七年)
「混住社会論」5  大江健三郎『飼育』(文藝春秋、一九五八年)
「混住社会論」4  山田詠美『ベッドタイムアイズ』(河出書房新社、一九八五年)
「混住社会論」3  桐野夏生『OUT』後編(講談社、一九九七年)
「混住社会論」2  桐野夏生『OUT』前編(講談社、一九九七年)
「混住社会論」1