出版・読書メモランダム

出版と近代出版文化史をめぐるブログ

2015-01-01から1年間の記事一覧

古本夜話526 田中英夫『洛陽堂河本亀之助小伝』、中山三郎、小川菊松『出版興亡五十年』

前回、田中英夫の『河本亀之助伝』を鶴首して待ちたいと書いたが、それにただちに応えてくれるようにして、田中から『洛陽堂河本亀之助小伝』(燃焼社、二〇一五年十一月刊)を恵送された。それゆえにここでそれにまつわる何編かを書いておきたい。 同書には…

混住社会論128 邱 永漢『密入国者の手記』(現代社、一九五六年)

太平洋戦争における日本の敗戦とGHQによる占領が強制的といっていい混住社会を出現させたことに関して、本連載でも繰り返しふれてきた。しかしそれは日本ばかりでなく、その混住の位相は異なっていても、日本の植民地でも起きていた現実に他ならない。例えば…

古本夜話525 南条文雄『忘己録』と井冽堂

本連載512で光融館の南条文雄の『梵文阿彌陀経』を始めとする「通俗仏教講義」シリーズを紹介し、それらの内容が学術的なもので、シリーズのタイトルとしてふさわしくないように思えると述べておいた。だがその一方で、ほぼ同時代に南条は「通俗仏教講義…

古本夜話524 尾上八郎『平安朝時代の草仮名の研究』と自費出版

前回で雄山閣のことは終えるつもりでいたけれど、書いておかなければならない、もう一冊が出てきたので、さらに一編を追加しておきたい。この連載は出版物の編集事情と並んで、流通や販売に関しても言及することを心がけているのだが、定かに解明できないの…

混住社会論127 宮内勝典『グリニッジの光りを離れて』(河出書房新社、一九八〇年)

前回の有吉佐和子の『非色』の舞台となったマンハッタンのハーレムから、さらに南に下ったところにイースト・ヴィレッジがある。『非色』にはプエルトリコ人たちのスラムとして、スパニッシュハーレム=イースト・ハーレムが描かれていたけれど、イースト・…

古本夜話523 田村栄太郎と雄山閣「生活史叢書」

これもしばらく後のところでと考えていたのだが、注目すべき何人かが揃って登場していることもあり、やはりここで書いておこう。『雄山閣八十年』はそれに寄せられた「雄山閣八十年を祝って」という祝辞の三十数名の顔ぶれからすると、大半が大学教授で占め…

古本夜話522 未来社『金日成著作集』と雄山閣『金日成伝』

前回、吉本隆明の初期の著作を出版したのが雄山閣に「同居」していた淡路書房と未来社であることを記しておいた。それは同時代の雄山閣と未来社のささやかな縁を垣間見せてくれるが、それ以上に両社が朝鮮民主主義人民共和国(以下北朝鮮)の金日成の伝記や…

混住社会論126 江成常夫『花嫁のアメリカ』(講談社、一九八一年)と有吉佐和子『非色』(中央公論社、一九六四年)

私が同時代を背景とする現代小説を読み始めたのは、一九六〇年代前半で、しかも光文社のカッパノベルスが全盛だったことから、それらは松本清張、水上勉、黒岩重吾、梶山季之などの、所謂「社会派推理小説」が多かった。これらの作品群はミステリーでありな…

古本夜話521 吉本隆明、武井昭夫『文学者の戦争責任』と淡路書房

これは戦後の出版に属するし、時代もテーマも飛んでしまうので、この連載に書くべきか、少しばかり迷ったのだが、主たる出版物に関して吉本隆明と併走した宮下和夫へのインタビュー『弓立社という出版思想』(論創社)がようやく上梓されたこともあって、こ…

古本夜話520 蘆田伊人と『大日本地誌大系』

前回の後藤朝太郎野『文字の史的研究』を確認するために、十数年ぶりに社史の『雄山閣八十年』を再読し、やはり昭和円本時代に『大日本地誌大系』全四十巻を刊行していることをあらためて知った。ただ社史にはまとまった言及はみられず、戦前の講座、全集本…

出版状況クロニクル91(2015年11月1日〜11月30日)

出版状況クロニクル91(2015年11月1日〜11月30日) 15年10月の書籍雑誌の推定販売金額は1227億円で、前年比7.8%減。 その内訳は書籍が588億円で、前年比2.5%減、雑誌は639億円で同12.1%減、そのうちの月刊誌は12.6%減、週刊誌は10.1%減。 この月刊誌、…

混住社会論125  トシオ・モリ『カリフォルニア州ヨコハマ町』(原書一九四九年、毎日新聞社一九七八年)

南北アメリカへの日本人移民に関しては本ブログの「謎の作者佐藤吉郎と『黒流』」でふれてきたが、アメリカで生まれた日系二世、日系アメリカ人の物語にはほとんど言及してこなかった。ここではそれを取り上げてみたいと思う。これまで様々に論じてきたよう…

古本夜話519 後藤朝太郎『文字の史的研究』

これも本連載514で記しておいたが、マックス・ミュラーの『言語学』に金沢庄三郎とともに共訳者として名前を連ねているのは後藤朝太郎である。これは金沢が「序」で断わっているように、「本書の訳文は文科大学学生後藤朝太郎氏の筆になつた」ものであり…

古本夜話518 金沢庄三郎『日鮮同祖論』

本連載514で、マックス・ミュラーの『言語学』の共訳者として金沢庄三郎の名前を挙げておいた。近年石川遼子による初めての評伝『金沢庄三郎』(ミネルヴァ書房、平成二十六年)が出され、その生涯が克明にたどられている。(『言語学』下) 金沢の詳細な…

混住社会論124 スティーヴン・グリーンリーフ『探偵の帰郷』(早川書房、一九八五年)とリチャード・ピアス『カントリー』(ポニー、一九八四年)

(パンフレット) 本連載122で一九八〇年前後のタイの農村を見たように、様々な時代における日本やフランスやアメリカの農村の風景にふれてきた。そして日本の農村が八〇年代になって、ロードサイドビジネスの林立する郊外消費社会へと変貌してしまったこ…

古本夜話517 今岡十一郎『ツラン民族圏』と『ハンガリー語辞典(洪和)』

本連載514と515で、続けてマックス・ミュラーのアーリア人、セム人、トラニアン人の言語と民族分類、及び宗教の関係を既述しておいたが、日本人もまたそこに世界を代表する民族を見て、それらに日本人の出自、もしくは日本を重ねるという試行錯誤を繰…

古本夜話516 マックス・ミュラーの小説『愛は永遠に』

これは戦後の出版ではあるけれど、マックス・ミュラーの唯一の文学作品『愛は永遠に』が昭和二十八年に相良守峯訳で角川文庫から刊行されているので、この小説も紹介しておきたい。その前にこれまでマックス・ミュラーに言及してきたが、詳しいプロフィルを…

混住社会論123 『アメリカ教育使節団報告書』(一九四六年、講談社学術文庫、一九七九年)

前回、タイの農村と小学校を舞台とする『田舎の教師』にふれたが、タイは他の東南アジア諸国と異なり、外国の植民地になったことがない。それゆえに近代の波にさらされていても、その教育システムはタイ社会の在り方と密接に結びついているのだろう。しかし…

古本夜話515 マックス・ミュラー『宗教学綱要』

前回、マックス・ミュラーの南条文雄訳『比較宗教学』が明治四十年に博文館の「帝国百科全書」の一冊として刊行されたことを既述しておいた。これは一八七〇年に王立協会でミュラーが四回にわって行った講演に参考資料を加え、七三年に“Introduction to the …

古本夜話514 マックス・ミュラー『言語学』と『比較宗教学』

明治三十一年から四十二年にかけての十二年を要し、博文館の「帝国百科全書」第二百編が刊行された。『博文館五十年史』の明治三十一年のところで、「数多き本館出版物の中に、当時最も権威あるものは、此年より創刊したる『帝国百科全書』二百冊であった」…

出版状況クロニクル90(2015年10月1日〜10月31日)

出版状況クロニクル90(2015年10月1日〜10月31日)15年9月の書籍雑誌の推定販売金額は1416億円で、前年比6.1%減。 その内訳は書籍が741億円で、前年比2.3%減、雑誌は675億円で9.9%減、そのうちの月刊誌は8.1%減、週刊誌は17.8%減。週刊誌は今年に入って…

古本夜話513 島地黙雷『維摩経』

もう一冊、光融館の「仏教通俗講義」シリーズを見つけているので、それも書いておこう。それは前回挙げた島地黙雷の『維摩経』である。本連載510でふれた渡辺海旭の増上寺での日曜講演において、相馬黒光たちに語ったテキストの黙雷版ということになる。…

古本夜話512 光融館と南条文雄『梵文阿彌陀経』

本連載505でふれた南条文雄の『懐旧録』の中に、「牛津生活一―梵語研究」と題された一章がある。そこで東洋文庫版のサブタイトルとなっている「サンスクリット事始め」が語られている。南条は明治十一年八月にロンドンに着き、翌年の正月に紹介状をもらい…

混住社会論122 カムマーン・コンカイ『田舎の教師』(勁草書房、一九八〇年)

前回の谷恒生の『バンコク楽宮ホテル』の一文を書くために、難民写真集、タイ文献などに目を通した。それらは谷の小説のモデルとされている人物たちによる『難民 終りなき苦悩』(文・犬養道子、写真・小林正典、岩波書店)や『難民 国境の愛と死』(写真と…

古本夜話511 実業之日本社『岡田式静坐法』と大田黒重五郎

本連載143「岡田虎二郎、岸本能武太『岡田式静坐三年』、相馬黒光」を書いた時、明治四十五年に実業之日本社から刊行された『岡田式静坐法』は未見であると述べておいたが、その後入手しているし、前回とも関連するので、これにもふれておきたい。 [f:id:…

古本夜話510 渡辺海旭と相馬黒光『黙移』

本連載506などで、渡辺海旭が大東出版社の名付け親にして後ろ盾であったことを既述しておいた。その渡辺の生涯に関して、同じく大東出版社から刊行された芹川博通の『渡辺海旭研究―その思想と行動』(昭和五十三年)を参照してきた。その第四章「渡辺海旭…

混住社会論121 谷恒生『バンコク楽宮ホテル』(講談社、一九八一年)

バンコクは癌が進行していくような速さで拡大し、周辺の田園地帯を飲み込み、水田を、投機的な住宅開発、 あわただしく作られた郊外地図、そして巨大な新しいスラムへと変化させた。ベネディクト・アンダーソン『比較の亡霊』(糟谷啓介他訳、作品社) 本連…

古本夜話509 東方書院『昭和新纂国訳大蔵経』

『世界宗教大事典』によれば、大東出版社の『国訳一切経』と東方書院の『昭和新纂国訳大蔵経』はいずれも「漢訳大蔵経」の国訳ということになる。巻数は前者が百五十六巻、後者は四十八巻と異なるにしても、刊行開始はいずれも昭和三年である。これは円本時…

古本夜話508 鈴木大拙と大東出版社版『日本的霊性』

もう一冊大東出版社の本を取り上げてみたい。それはやはり『世界聖典全集』の執筆者で、『大正新修大蔵経』の会員でもあった鈴木大拙の『日本的霊性』である。これは昭和十九年十二月に初版が出されているが、私の所持しているのは戦後の二十一年三月の再版…

混住社会論120 矢作俊彦『THE WRONG GOODBY ロング・グッドバイ』(角川書店、二〇〇四年)

(角川文庫版)(『複雑な彼女と単純な場所』) 横浜には絵になる景色の港などどこにもない。私が生まれてこのかた、一度としてそんなものは存在しない。たしかに十数年前まで、調布の日活撮影所の塀の中に、その幻影が転がっていた。 しかし、幻影であっても…