出版・読書メモランダム

出版と近代出版文化史をめぐるブログ

出版状況クロニクル151(2020年11月1日~11月30日)

 20年10月の書籍雑誌推定販売金額は1000億円で、前年比6.6%増。
 書籍は536億円で、同14.0%増。
 雑誌は464億円で、同0.8%減。
 その内訳は月刊誌が382億円で、同0.5%増、週刊誌は82億円で、同6.4%減。
 返品率は書籍が32.2%、雑誌は41.3%で、月刊誌は40.6%、週刊誌は44.1%。
 書籍は出回り金額の6%増、送品ボリュームの多量さ、返品率の大幅改善、前年の台風と消費税増税による売上不振の4つの要因が相乗し、近来にないプラスとなった。
 書店店頭売上も書籍は6%増、児童書は『劇場版 鬼滅の刃 無限列車編』(集英社みらい文庫)のヒットで11%増、ビジネス書は『人は話し方が9割』(すばる舎)などで8%増。
 雑誌は映画で大ヒットの『鬼滅の刃』全22巻が10月も爆発的に売れ、40%増。
 コロナ禍と『鬼滅の刃』の大ベストセラー下の10月送品、販売状況ということになろう。

劇場版 鬼滅の刃 無限列車編 人は話し方が9割 


1.『出版月報』(10、11月号)が2ヵ月続けて、特集「新型コロナウイルス感染拡大と出版業界」を組んでいるので、それを要約してみる。

出版月報

* コロナ禍の3月から8月期の書籍雑誌推定販売金額は、前年同期比2.8%減、19年は同4.3%減、18年は同7.0%減だったので、悪い数字ではない。
* 各月データは3月が同5.6%減、4月が11.7%減、5月は1.9%増、6月は7.4%増、7月は2.8%減、8月は1.1%減。
* 実際に日販調査によれば、5月は同11.2%増、6月は2.6%増、7月は3.8%増、8月は1.6%増。その要因は一斉休校による学参と児童書の特需、コロナ禍による日常生活の激変と出版物への新たな需要。また公共図書館の休刊維よる需要増。
* 読者の購買行動も変化し、購入は都市部の書店から郊外型書店、身近な街の中小書店へとシフトし、またネット書店もそれらを上回る伸びを示している。
* 書籍の動向は3月から8月期において、同3.1%減、4月は同21.0%減、5月は9.1%増、6月は9.3%増、7月は7.0%減、8月は4.6%増。やはり休校による学参、児童書、テキストなどの学校採用品の伸びが大きい。
* テレワーク、リモート会議という働き方の変化に伴い、PC書やビジネス書、就職関連書が伸長しているが、都市部の大手書店や専門店の販売シェアは下がり、とりわけ工学書や医学書は厳しい状況にある。
* 文芸書と文庫本の5月から9月にかけては、前者はすべてプラス、後者は前年並、もしくは微増で、5月以降、売れ行きの伸長が顕著である。
 趣味実用書はゲーム攻略本、お菓子作り本、パズル、脳トレ、ぬり絵関連書は好調だが、旅行ガイド本は半減している。
* 雑誌の動向の3月から8月は同2.4%減、定期誌は同11%減、コミックス同29%増、ムック21%減。コミックスの好調が全体を牽引し、小幅なマイナスとなった。
* トータルとして、ネット書店、電子出版、電子図書館は大幅に伸長し、町と郊外の書店は活況だったが、都市部の書店は苦戦の傾向にある。


 リードの10月状況やこれらのコロナ禍レポートからすると、書店状況は予想以上に改善されたかのように見える。しかし取次のPOSデータを参照すると、たしかに5月からは前年を上回っているものの、休業もあってトータルでは前年を下回り、書店全体がコロナ禍の中にあって潤ったわけではないことを示している。それは取次にしても、出版社にしてもしかりだろう。
 売上を伸ばした町の書店にしても、店主がいうごとく「このような伸長が来年も続くかは未知数なうえに、書店の抱える問題は何も変わっていない」のであり、それは出版業界全体も同様だといえよう。



2.『鬼滅の刃』1巻を購入して読んだ。

鬼滅の刃

『出版月報』(10月号)に、20年1月から9月にかけての『鬼滅の刃』を含めた「コミックス店頭販売冊数」の推移が掲載されている。それによれば、7月は何と同月前年比160%を超える大幅なプラスで、コロナ禍の書店売上が『鬼滅の刃』による恩恵を受けたことは間違いないだろう。
 全巻で1億冊は売れたとされるので、出版科学研究所の小売ベース金額は400億円となる。これは前回のクロニクルの20年1月から9月にかけての出版物販売金額の推移を参照してほしいが、書籍の400億円台は1、4、5、6、7、8月の5ヵ月、雑誌の場合1月は370億円、5月は346億円、6、7、8、9月の4ヵ月は400億円台なのである。『鬼滅の刃』1作だけで、それらを上回る、あるいは比肩する売上を達成してしまったことになる。

 初版は2016年6月で、もちろんコロナ禍の期間だけのものではないけれど、恐るべきコミックスの大奇跡的売上というしかない。だが来年もミリオンセラー100点に匹敵する『鬼滅の刃』のようなコミックスが出現するとは考えられない。いかにコミックスが好調で『鬼滅の刃』の超ベストセラーはコロナ禍の出版業界にあって、奇貨とすべきだが、最後のあだ花となってしまうことも考えられるからだ。 
 あのハリーポッターでさえも、もはや読んでいるという声は聞こえてこない。読者はどこへいってしまったのか。



3.日販の『出版物販売額の実態2020』が出された。

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■販売ルート別推定出版物販売額2019年度
販売ルート推定販売額
(億円)
前年比
(%)
1. 書店8,575▲9.3
2. CVS1,285▲11.0
3. インターネット2,1874.5
4. その他取次経由470▲10.8
5. 出版社直販1,964▲0.3
合計14,484▲6.5

 出版科学研究所による19年の出版物販売金額は1兆2360億円、前年比4.3%減だったが、こちらは1兆4484億円、同6.5%減である。
 この19年の数字を見ると、確かに20年のコロナ禍の書店売上は救いのように思える。それでも9月までの出版物販売金額は9137億円、同2.3%減であり、前年を上回ることは難しい。
 なぜならば、郊外店や街の中小書店は好調だったにしても、都市部の大型書店チェーンやコンビニは売上の低迷が見られ、トータルとしての出版物販売金額のプラスへは結びついていかないであろう。
 それに相応して、こちらの「出版物販売額」も多少の改善は見られるかもしれないが、やはりマイナスは否めないだろう。



4.アマゾンが日本に上陸して20年になり、『日経MJ(11/8)が「アマゾン巨人の創造と衝撃」と題し、「アマゾン・エフェクト」を特集している。出版業界関連を抽出してみる。
 2019年度のアマゾン国内売上高は1兆7443億円、そのうちのマーケットプレイス流通総額は18年に9000億円を超えた。
 「アマゾン・エフェクト」の影響を最も受けたのは出版業界、とりわけ書店で、書店数は半減、文教堂GHDは事業再生ADRに追いこまれた。
 アマゾンは書籍流通で約2割のシェアを持つに至り、KADOKAWAを始めとして、直接取引出版社は3631社に及び、取次の機能も果たすようになった。
 2000年の電子商取引市場は8200億円だったが、19年は19兆3600億円。

 そこに添えられた「アマゾンの日本での主な取り組みや動き」の表を見ると、この20年が出版業界においても、アマゾンの時代だったことを再認識させられる。
 アマゾンの出版物販売金額は明らかにされていないけれど、書籍流通で2割のシェアを持つとされる。単純にの1兆4484億円の2割とすれば、3000億円近くとなる。近年の取次兼書店化の動向から考えても、あながち間違っていないだろう。『鬼滅の刃』の売上シェアはどれほどだったのか。
 その売上からすれば、アマゾンは日本の最大の書店に位置づけられるし、遠からず最大の取次の座を占めることになろう。



5.楽天は千葉県市川市の伊藤忠商事の物流センターにオンライン書店「楽天ブックス」の新たな物流センターを稼働。
 それは6800坪に及び、物流センターとしては最大で、業務自動化の新システムの導入により、人員による作業工程の30%削減、在庫保有量を1.5倍、1時間当たりの出荷件数を1.3倍とする。

 こうした楽天ネットワークの新しいロジステクスの試みの一方で、中小出版社に対しての大量返品が続いている。それはコロナ禍の中にあって、さらに顕著となり、かなりの出版社が逆ザヤ状態で、新刊や注文も相殺され、入金ゼロが恒例化している。
 それは取次書店の閉店の影響によるものと考えられ、楽天ブックスネットワークがオンライン書店「楽天ブックス」を展開する中で、大阪屋や栗田からつながる書店の清算を進めているかのように思える。
 しかしそのプロセスと取次の関係はどうなっているのか、よくわからない。例えば、戸田書店は静岡本店の閉店に続き、残されていた支店やフランチャイズ店が明屋書店へと変わっている。明屋は2012年にトーハン傘下となり、浜松のイケヤ文楽館を吸収し、今回は戸田書店に及んでいる。
 これが平常であれば、単なる帳合変更と見なせようが、このようなコロナ禍と深刻な書店状況下での出来事なので、気になるところだ。 



6.ファミリーマートは雑誌売場を縮小し、5台を3台へと減らし、2台は文具や日用品へと転換させる。

 3で見たように、19年のコンビニの出版物販売金額は1285億円、前年比11.0%減で、数年うちに1000億円を割ることは確実であろう。ファミリーマートは1万6000店あるので、トータルの雑誌量としては大きく、販売額減少の一因となるだろう。
 20年になって、併設書店閉店が目立って増えている。例えばこの数ヵ月を見てみると、ホームセンターやスーパー、オーディオ店、電機店、病院売店などである。
 これらはファミリーマートと同様に、雑誌スタンドがメインと思われるが、それでもトータルすれば、年間の閉店はかなりの数になるし、雑誌衰退に拍車をかけていくだろう。
 コンビニもファミリーマートだけでなく、他社も続くことも考えられる。アマゾンの時代は続いていくが、雑誌の時代は終わりつつあるのかもしれない。



7.日販は埼玉県川口市の入谷営業所で行っていた週刊誌送品を、練馬区のねりま流通センターと北区のCVS営業所へ移管する。これで雑誌送品は3拠点から2拠点となり、書店向け週刊誌送品はねりま流通センター、コンビニ向け週刊誌送品はCVS営業所へと統合される。

 6のファミリーマートの雑誌の縮小、様々な併設書店の閉店などと関連する取次の動向である。
 出版科学研究所による2019年の雑誌販売部数は09年と比べて、57.0%減、週刊誌だけでは64.1%減となっていて、10年間で半減どころか、さらに減少は続いている。
 それに運送会社の労働問題も絡み、21年度の土曜休配日は32日が設定され、取協と雑協は週稼働5日以内の早期実現をめざしている。
 その結果、日販の入谷営業所などがリストラされ、高齢者施設などの不動産プロジェクトへと利用されていくのだろう。
 しかし予想もしなかったコロナ禍の中で、それらの行方はどうなるのだろうか。



8.九州雑誌センターの近藤貴敏社長(トーハン)が九州地区のムック返品を現地で古紙化することについて、出版社に理解と協力を求めた。
 それに九州の書店や取協の平林彰会長(日販GHD)なども出版社に協力を呼びかけた。

これも7でふれたように、雑誌販売数が半減以下となり、返品運賃の負担が厳しくなっているからだ。
 しかし定期誌と異なり、ムックは本クロニクル146で見てきているように、19年は7453点、平均価格は868円とされ、点数も多く、定価も高い。また返品期限はなく、出版社も書籍と同様に、再出荷し、ロングセラーとして売られているものも多い。つまり出版社の資産と見なすこともできよう。
 それをすべて現地で古紙化し、返品運賃を抑制するという取次と書店の主張は、あまりにも乱暴で、出版社の理解と協力を得ることはできないだろう。もし九州地区で実現すれば、北海道でも実施され、それは全国的なものになってしまう。
 ムックならでは流通販売の特質、その雑誌としての位置づけなどへの考慮もなく、つまり説明責任もなく、いきなりこのような乱暴な提案がトーハンの社長からなされることにあらためて驚く。雑協はどのように応じるのか、これからもこの問題には注視していくつもりだ。
 その後、九州地区ムック返品現地古紙化推進協議会が発足したという。
odamitsuo.hatenablog.com



9.『選択』(11月号)の「マスコミ業界ばなし」が、前回の本クロニクルでふれた日販とトーハンの雑誌返品業務の共同化を取り上げ、「業界トップ2ですら単独では支えられなくなっている」し、雑誌送品の協業も検討され始めていると指摘し、次のように続けている。

 ネックになるのは独占禁止法だ。合計八割という圧倒的シェアを持つ二社が全面的に手を組むと、「市場の競争原理を阻止すると判断される可能性は十分にある」(公取委担当記者)。歴史的協業に「待った」がかかるかもしれない。


 ところがである。ここにきて、消息筋より、ここまで出版業界が衰退し、日販とトーハンの2社の合計売上も1兆円を割り込み、しかも取次事業は赤字であるから、公取委は協業に関して「待った」をかけないという観測が伝えられてきた。もちろんアマゾンのことも絡めての上であろう。のような取次の発言もそれと関係しているのだろうか。
 それにかつては出版業界と公取委は再販制を始めとして、絶えず緊張関係にあるように見えたし、実際に書協患部からそうだとの証言を得ている。しかし再販制をなし崩しにしたアマゾンの台頭以後、公取委の影が薄くなってしまったように感じる。
 いずれそれも明らかになるであろう。



10.書協は来年の3月31日の消費税転嫁対策特別措置法の執行に伴う総額表示問題についてアンケート調査を行なった。
 そのアンケート特集として、スリップは45%が廃止、徐々に廃止に向かい、その96%が4月以降にスリップ復活、ボウズ総額表示は負担が大きく、したくないし、もしくは実施しないとの回答だった。
 また総額表示義務免除の終了の読者に対する影響は、56%が本体価格+税という表示に慣れているので、総額表示の有無について影響はないとの回答であった。
 この結果をもとに、書協と雑協は連名で総額表示の義務免除延長を求める要望書を提出。

 前回のクロニクルで、日本出版者協議会の総額表示の無期限延長や外税表示の恒久化声明を紹介しておいた。
 その後、トランスビューなどの呼びかけで、出版関係者25名による「総額表示を考える出版事業者の会」が「総額表示の一律義務化に反対し、消費税法の改正を提言します」というアピールを公開している。
 また出版労連も総額表示についての撤回、再延長を求める声明を発表。
 だが残念なことに、取次や書店からの声は聞こえてこない。
 総額表示義務違反に関して、消費税上の罰則規定は設けられていないのだから、これをめぐる攻防戦となろう。



11.KADOKAWAと角川文化振興財団による埼玉県所沢市の「ところざわサクラタウン」が全面オープン。
 KADOKAWAの直営書店「ダ・ヴィンチストア」が開店し、そのオフィスや文化複合施設「角川武蔵野ミュージアム」内の4Fエディトタウンの「ブックストリート」と「本棚劇場」、5Fの「武蔵野回廊/武蔵野ギャラリー」もオープンとなった。
 KADOKAWA、埼玉県、所沢市は文化・芸術などの観光コンテンツ活用の協定趣意書を締結し、「埼玉カルチャー観光共和国」をキャッチフレーズとし、観光振興と地域活性化をめざす。

 コロナ禍での「埼玉カルチャー観光共和国」はどのような行方をたどるのであろうか。
 めでたいオープンに水を差すようだが、たまたま『ZAITEN』(12月号)が「角川歴彦が『いまだ見つけられない後継者』」という記事を発信している。
 それによれば、8月に韓国IT大手のカカオがKADOKAWA株を大量取得し、保有率7.3%に達し、筆頭株主に躍り出た。乗っ取りではなく、長期的協力関係を望んだとされる。
 カカオのメッセンジャーアプリ「カカオトーク」は国民的アプリで、近年はM&Aで規模を拡大し、日本では「ピッコマ」という漫画閲覧用アプリをリリースし、売上ランキングでは「LINE マンガ」に次ぐ規模で、ラノベ配信に力を入れているという。 
 しかし社内でカカオとの提携は冷めた空気が流れ、それはドワンゴとの経営統合失敗の後遺症だという。19年KADOKAWAの赤字はドワンゴの不振がもたらしたもので、それがカカオに代わって光明を見出せるのかと問うている。後継者の不在とKADOKAWAの状況の不安定さは「ところざわサクラタウン」のオープンとどのように併走していくのであろうか。
ZAITEN



12.『朝日新聞』(11/17)がネットフリックスのリード・ヘイスティングス創業者、共同最高経営責任者にインタビューしているので、それを要約してみる。

* ネットフリックスは2015年に日本でサービスを開始したが、今年8月末で有料会員数が500万人、この1年で200万人増え、日本で幅広く受け入れられ、勇気づけられている。
* 日本では韓国ドラマ『愛の不時着』が大人気だが、日本制作のドラマで、世界に配信する『今際の国のアリス』も成功するだろう。
* 各国でローカルな独自作品を作り、世界に発信する戦略は何ゆえかというと、私たちは世界各地でのコンテンツ作りに飢えていて、それらの作品を世界中で共有したいと考えているからだ。
 最終的に世界に門戸を開いていくというのは私たちにとってきわめて自然で、ユーチューブが門戸を世界に開いているのと同じだ。
* 現在の消費者には多くの選択肢があり、動画の中身にしても、ゲームやスポーツ中継もあるが、その中で私たちはドラマシリーズや映画の分野でもリーダーとなりたいし、消費者の第一の選択肢になることをめざしている。
* 私たちは大半の会社と違い、最も優れた制作者の世界連合を作ろうとしているし、日本でもアニメや実写ドラマで、最も優れた制作会社の一つになりたい。日本発のアニメ『泣きたい私は猫をかぶる』『七つの大罪』は世界中で人気だし、今年配信の『ゼウスの血』は世界主要国でトップ10に入った。
 これこそまさに私たちがやりたかったことで、日本のアニメのために世界で大きな市場を作り、日本文化を輸出する主要な担い手になりたい。

 前半の部分しか紹介できなかったけれど、ネットフリックスの動画配信の明確なメッセージとポジションが伝わってくるだろう。
 世界各地でコンテンツを作り、それらを世界中で共有し、世界に門戸を開きたい。ドラマシリーズや映画の分野でリーダーとなり、消費者の第一の選択肢をめざしている。
 そのために最も優れた制作者の世界連合を作り、日本のアニメのための世界市場と日本文化輸出の担い手になりたいといっているのだ。
 11の「さいたまカルチャー観光共和国」においても、発せられなければならないのは、このような明確な文化創造に対する意志の表明ではないかと思われる。ネットフリックスによって日本のクールジャパン戦略は敗退するしかなく、その一方でネットフリックスの2億人の共和国の人口はさらに増え続けていくだろう。日経新聞社からネットフリックスの単行本も出たので、読んでみることにしよう。



13.先月の『JJ』に続いて、文化出版局の『ミセス』が来年の4月号で休刊。

ミセス

『ミセス』は1961年の創刊で、その創刊事情に関しては、私が編んだ塩澤実信『戦後出版史』(論創社)所収の「『ミセス』と今井田勲」が詳しい。
 「毎日の暮らしに美しさと豊かさを求めるすべての女性に」をコンセプトとして創刊された『ミセス』も60年を経て、「戦後出版史」を終えたことになるのかもしれない。幸いなことに『装苑』『ミセスのスタイルブック』は継続するというので、不世出の編集者今井田の遺産はまだ残されていることになる。
 コロナ禍の中にあって、著名な総合誌や経済誌などの休刊の噂が聞こえてくる。今年は何とか年末まで持ちこたえたけれど、来年は力尽きて休刊となる雑誌が多く発生するように思われる。

戦後出版史 装苑 ミセスのスタイルブック



14.ダイヤモンド社の子会社ダイヤモンド・ビッグ社が学研プラスと事業譲渡契約を締結し、ダイヤモンド・ビッグ社の海外旅行ガイドブック「地球の歩き方」を主とする出版、インバウンド事業を学研プラスの設立する新会社「地球の歩き方」(仮称)に譲渡する。
 ダイヤモンド・ビッグ社の前期売上高は30億円だが、譲渡金額は公表されていない。
 なお「地球の歩き方」の書店市中在庫は来年以降もダイヤモンド社が返品を受け、年内まで書店注文も出荷する。

 1969年に設立されたダイヤモンド・ビッグ社の「地球の歩き方」シリーズは多くの友人、知人が関わっていて、ひとつの出稼ぎ先のような時代もあったように記憶している。
 ちょうど円高の始まりとリンクしていて、海外旅行でも誰もが「地球の歩き方」シリーズを手にしていたという。
 しかしコロナ禍を迎え、ダイヤモンド社もビジネス、経営、経済書の出版に専念していく方向を選んだことになろう。



15.本の街・神保町を元気にする会の『神保町が好きだ』第14号を恵送された。

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 この号の特集は「現代マンガは神保町から始まった!?」で、編集と資料写真提供は他ならぬ『小学館の学年誌と児童書』(「出版人に聞く」シリーズ18)の野上暁なので、ビジュアルにしてとても楽しく読ませてもらった。
 これを一読し、あらためてマンガを読み始めた1950年代末のことを思い出した。その頃、
マンガを読むことは学校や家庭でも広く認められた行為ではなく、後ろめたいイメージにつきまとわれていた。それを象徴するのは貸本マンガで、そこには言い知れぬおどろおどろしい世界があった。野上も書影として挙げている水木しげる『鬼太郎夜話』などはその典型だったし、それは現代の『鬼滅の刃』にも若干通じているものだろう。そうしたファクターを抜きにして、コミックも語れないように思える。

小学館の学年誌と児童書 鬼太郎夜話 鬼滅の刃



16.書店で気まぐれに『CATALOGUE of GIFTBOOKS 2020-2021』(文化通信社)を買ってきた。

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これは「本を贈ること」に関して、阿刀田高を発起人とする34人の「Selectors」が3冊ずつ選んだリスト輯だが、そこには15でふれたおどろおどろしさはなく、良識をベースとする推薦図書の世界のニュアンスに包まれている。それは公共図書館の発するイメージとも共通している。そういえば阿刀田高がもはや作家ではなく、山梨県立図書館の館長であることにも気づく。

 たまた同時にBRUTUS特別編集『合本 危険な読書』も購入してきた。表紙には「人生を変えちゃうかもしれないあの1冊」、裏表紙には「この世に本は2種類しかない/読む足らない本か/読んでもロクなことにならない本」というキャッチコピーがあった。
 「読んでもロクなことにならない本」しか読んでこなかったので、いわせてもらえば、マガジンハウスに『漫画 君たちはどう生きるのか』のベストセラーは似合わないのである。

合本 危険な読書 漫画 君たちはどう生きるのか



17.野崎六助『北米探偵小説論21』(インスクリプト)を読みつつある。
 1300ページ、8800円+税だが、著者もよく書き、出版社もよくぞ出したというべき大冊である。
 私は購入したが、著者と出版社のためにも、図書館にリクエストしてほしい。

北米探偵小説論21

 読了していないので、個人的関連事項にだけふれる。
 同書はゾラの再発見をひとつのコアとしていて、私の「ルーゴン=マッカール叢書」の翻訳が参照されていることに付け加えれば、同じく拙訳『エマ・ゴールドマン自伝』上下(ぱる出版)も、そこに配置してほしかったと思う。

エマ・ゴールドマン自伝 エマ・ゴールドマン自伝



18.論創社HP「本を読む」<58>は「河出書房新社『世界新文学双書』とロレンス・ダレル『黒い本』」です。

ronso.co.jp

 『近代出版史探索Ⅴ』は12月下旬刊行予定。
 こちらも図書館へのリクエストを願って止まない。
 
近代出版史探索Ⅴ

古本夜話1092 戸川残花『幕末小史』と人物往来社「幕末維新史料叢書」

 前回の『金色夜叉』後編の巻末広告によって、明治三十年代初めの春陽堂が文壇の大家にして社会的名士の紅葉の著書二十九冊、村井弦斎は二十七冊、ちぬの浦浪六は十二冊を出していたとわかる。『金色夜叉』は当時のベストセラーだったし、弦斎と浪六は本探索1087で蛯原がいっているように、新しい流行作家、大衆作家として、群を抜いて読まれていた。もう一人の黒岩涙香は見当たらないけれど、これらの時代の流行作家とそれらの多くの著書を擁し、春陽堂が博文館と拮抗する文芸書の大手出版社だったことを伝えていよう。

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 春陽堂の場合、このような当代の著名作家たちの作品の背後に隠れがちだが、先の「目録」別で挙げれば、「諸家著書」「史伝」「戦記」「詩俳書」「雑著」などに分類される多くの諸家の著作を刊行している。その「史伝之部」に戸川残花の『幕末小史』全五冊があり、前回の『新小説』の口上と同じく、単著広告が同ページに掲げられているので引いてみる。

 維新の政変は日本歴史の明暗両界に一線を画したるものなり、然して其明界に於ける明治初年の大業は西郷によりて、木戸によりて、大久保によりて、遍く人の知る処となりたるも、暗黙の一面即ち幕府の歴史は、惜しい哉之れか伝ふるに便尠し、残花戸川先生は徳川氏旗下の家に生れ、三河以来の血統を承けたるの人、其著三百諸侯、旧幕府の諸書に於いて名声当代の文壇に輝やけり、然して今や幕末小史の著あり、此編材料を先生が家伝の珍書と勝 木村二翁其他先輩の談とに取り、其奇抜なる着眼と、剛健なる筆とを以て徳川幕府の為に万丈の気熖を吐きたるもの何ぞ尋常一様の歴史談として見るべけんや

 まず著者の「残花戸川先生」だが、『日本近代文学大事典』に立項が戸川残花として見出せるので、要約してみる。彼は安政二年江戸牛込の旗本戸川家生まれの詩人、評論家で、明治元年十四歳で彰義隊に参加。同年に家禄を継ぐが、維新後は大学南校、慶應義塾、築地学校に学び、七年に受洗し、十六年からは伝導師として関西で布教し、帰郷後に麹町教会の牧師となる。そのかたわらで、詩を発表し、賛美歌書や説教の翻訳書を刊行し、二十六年『文学界』が創刊されると、客員となり新体詩「桂川(情死を吊ふ歌)」を発表し、北村透谷の激賞を受けた。やはり同年に毎日新聞社に入社する一方で、勝海舟、榎本武揚などの賛助のもとに『旧幕府』を創刊し、旧幕時代の回顧、記録に尽力し、『幕末小史』などを著わしていく。三四年には日本女子大創設に携わり、開校にあたって国文科教授となる。幕臣としての著述も多く、晩年は南葵文庫主任。キリスト教に老荘思想が和し、清貧の中に風格ある生涯を送ったとされる。大正十三年没。

 この要約は春陽堂版の紹介文を補足することになるし、維新後の残花の幕臣としての軌跡は、同じく牧師と図書館司書の道をたどった『近代出版史探索Ⅲ』441の山中共古の生涯を想起させる。近代出版界にはそうした人々が数多く参画し、ひとつのアジールを形成し、同人誌、リトルマガジンが創刊され、その中から近世からつながる多彩な出版企画が生まれていったにちがいない。『幕末小史』もそのような一冊だし、それは明治百年を迎える昭和四十三年に人物往来社の「幕末維新史料叢書」として復刊されている。そのラインナップを挙げてみる。

近代出版史探索Ⅲ

1 島田三郎 『開国始末』
2 勝海舟 『氷川清話・幕府始末』
3 東久世通禧 『竹亭回顧録維新前後』
4 内藤耻叟 『安政紀事』、岡本武雄『戊辰始末』
5 小河一敏 『王政復古戯曲義挙録』、山県有朋『懐旧記事』
6 松本慶水 『逸事史補』、北原雅長『守護職小史』
7 福地源一郎 『懐往亊談・幕末政治家』
8 土方久元 『回天実記』
9 大鳥圭介 『幕末実戦史』
10 戸川残花 『幕末小史』
11 『幕末維新回顧録(一)』
12 『幕末維新回顧録(二)』

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 春陽堂の『幕末小史』は未見だが、このうちの9と10は入手していて、幸いなことにこちらの『幕末小史』には「月報」に当る『資料通信』が残され、そこにこの「明治100年記念出版」として「幕末維新史料叢書」一覧が掲載されていたのである。しかし残念なことに、人物往来社はこの年に実質的に経営危機に陥ったこともあって、11と12は未刊に終わったようだ。
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 残花の『幕末小史』は末尾に置かれているが、これを読むと明治三十一年の春陽堂の「叙」も収録され、「去年春陽堂主来り訪ふて、余に幕末史を編むことを勧む」ことによって、「一部の幕末史を世に公けに為すも可ならんと思ひて、此書を叙述す」とある。そればかりかこの「叙」には「幕末維新史料叢書」の1、2、4、7の著者や著作も挙げられ、この「叢書」自体が『幕末小史』をベースにして企画されたのではないかという推測も成り立つし、各書の初版を出した版元がどこだったのかも気にかかる。

 また残花の『幕末小史』は、明治二十六年創刊の『旧幕府』とともに収集された著作や資料、記録に基づいて書かれた幕府側から見た幕末ドキュメントともいえる。確か『旧幕府』は復刻されたように記憶しているが、もし入手できれば、それらのことも確かめてみたいと思う。

f:id:OdaMitsuo:20201119100230j:plain:h100(マツノ書店復刻版)


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古本夜話1091 富岡永洗『八雲の契り』

 前回、明治二十年代に春陽堂が文学書版元としての隆盛を見た一因が、文芸誌『新小説』の創刊であることにふれた。ただ『新小説』第一期は明治二十二年に創刊され、翌年には休刊となっているので、第二期『新小説』の明治二十九年創刊のほうが近代文芸誌としてふさわしかったであろう。

 実は二十年ほど前に、浜松の時代舎から富岡永洸『八雲の契り』というA4判の画集をプレゼントされている。この一冊は帙入りで、折り叩み、見開きの春画十二枚が収録されているのだが、奥付などはなく、ただ伐折羅堂主人による「『八雲の契り』について」という「付録」兼「解説」が付されているだけだ。それによれば、『八雲の契り』と『夜桜』『葉桜』は「明治三大名作」として総称される名高いもので、次のように説明されている。
f:id:OdaMitsuo:20201113110142j:plain:h120 (『八雲の契り』)

 まず『八雲の契り』が、明治三十年頃、文芸出版で著名な春陽堂の年玉として、ひいき筋に配られたらしい(福田和彦氏は、明治三十年の雑誌「新小説」の創刊記念とされている)。そしてその好評に刺激を受けたライバルの博文館が、武内桂舟を起用してあいついで刊行したのが、「夜桜」「葉桜」ということらしい。寸法がほぼ同一の画帖形式であること、表紙の模様の類似から、同一の工房で、同じ職人によって製作されたもの(後略)。

 そしてさらに伐折羅堂主人は「秘密出版の非売品」の序文が山田美妙によるもので、その後も再摺の異板も出されていることを指摘し、本作は題と序文は欠けているが、明治三十二年の永洸による新訂版『八雲の契り』と見なしている。

 私はこの方面に関しては門外漢だし、それらの文献を渉猟し、確認することはできないけれど、明治二十年代から三十年代にかけての近代小説に口絵がつきものだったことは弁えている。例えば、前々回の浪六『深見笠』にしても、まさに桂舟による見開き口絵、前回の紅葉『金色夜叉』にしても、武内桂舟、河村清雄などの口絵が付されている。

f:id:OdaMitsuo:20201022111343j:plain:h120 f:id:OdaMitsuo:20201024114645j:plain:h120

 たまたま『金色夜叉』後編の巻末広告は三十二ページに及び、その前半は「小説之部」として、それぞれの「著者目録」となっている。これは初見で、明治三十二年の春陽堂近代文学チャートとも見なせよう。それゆえに挙げてみる。紅葉、饗庭篁邨、村井弦斎、桜地居士、ちぬの浦浪六、塚原蓼洲、坪内逍遥、森鷗外、遅塚麗水、江見水蔭、三味道人、正直正太夫、眉山人、広津柳浪、漣山人、幸田露伴、山田美妙、川崎紫山、さらに諸家が続いている。

 まさに整然とした明治文学者の勢揃いといった感もあるし、その特色として、すべての「書名」の上に「画工」名が付されていることだ。「紅葉山人著作目録」を示せば、武内桂舟/『伽羅枕』、無名氏/『恋之病』富岡永洗/『冷熱』、渡辺省亭/『青葡萄』、鈴木華邨/『なにがし』、三島蕉窓/『笛吹川』、水野年方/『不言不語』、月岡芳年/『此ぬし』といった具合だ。これは多くが口絵だと思われる。ただ「画工」が同じこともあり、二十九冊のうちの八人の「画工」を挙げただけだが、明治文学と出版がこれらの「画工」とコラボレーションすることで成立していたことをあらためて教示してくれる。それが小説と挿絵の関係へと転化し、『近代出版史探索Ⅱ』385の平凡社『名作挿画集』の企画へと結びついていったのだろう。

近代出版史探索Ⅱ 

 そこで「画工」の一人である富岡永洸を『日本近代文学大事典』で引いてみると見出せる。

 富岡永洗 とみおか・えいせん 元治元・三?~明治三八・八・三(1864~1905)画家。信州松代藩士の家に生れる。通称秀太郎。明治一一年東京に出て参謀本部に出仕し、翌年勤務のかたわら小林永濯の門に入って絵を学んだ。二三年官を辞して画家として立ち、日本絵画協会その他に明治の風格を写した作品を発表し、また「風俗画報」「都新聞」などに挿絵の筆をとり、とくに「都新聞」には十余年にわたって黒岩涙香の小説挿絵を担当した。単行本の口絵には幸田露伴の『尾花集』、菊池幽芳の『己が罪』などもある。美人風俗画が得意であった。

 これに『新小説』が加わることはいうまでもあるまい。先の巻末広告には『新小説』も見出され、以上のような口上がしたためられている。「新小説は我文壇に於ける小説雑誌の泰斗なり。新小説が収むるものは各大家の傑作と新進英才の佳什なり。新小説の毎編挿入する木板、コロタイプ板、写真版等の絵画は当時有名の画伯が意匠と製板印刷の斬新なるを以て錦上花を添るの美観を呈す」と。

 そして「当時有名の画伯」たちが春陽堂の依頼に応じ、春画を試みたことも想像に難くないし、『八雲の契り』が明治三十年のお年玉とすれば、実際には『新小説』の第二期創刊は前年の七月だから、ちょうど春陽堂の『新小説』創刊とその好評を記念してのお年玉だったとも推測される。それに博文館が対抗して、桂舟による『夜桜』『葉桜』を刊行したのは、やはり二十八年創刊の『文芸倶楽部』に同じ「有名の画伯が意匠と製板印刷の斬新なるを以て錦上花を添るの美観」を呈そうとしたのかもしれない。

f:id:OdaMitsuo:20201114112129j:plain(『夜桜』)

 それにしても春陽堂と博文館の春画という「錦上花」の競合は、この時代ならではの隠れた出版エピソードとして記憶されてしかるべきなので、このような一文を草してみた。

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古本夜話1090 春陽堂と尾崎紅葉『金色夜叉』

 前回のように、明治二十五年の黙阿弥「狂言百種」第三号と同二十六年の村上浪六『深見笠』の奥付裏の春陽堂の出版目録を見ていると、明治二十年代の近代文学が春陽堂とともに歩んできたことをあらためて実感してしまう。

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 もちろんその背景にあるのは明治二十年代における近代文学の誕生だが、春陽堂にとっては『近代出版史探索』179の文芸誌『新小説』の明治二十二年の創刊も重なっているはずだ。第一期は主として須藤南翠による編集で、二十三年には休刊となった。だが二十九年には復刊され、そこに春陽堂から小説を刊行していた尾崎紅葉を始めとし、門下の四天王の小栗風葉、泉鏡花、徳田秋声、柳川春葉たちも加わっていくのである。そのようにして刊行された明治二十年代から末期にかけての小説叢書、合著などを挙げてみる。
近代出版史探索

1「新作十二番」  全八巻  明治二十三年
2「聚芳十種」   全十巻    〃
3「文学世界」   全十二巻 明治二十四年
4『後の月かげ』  合著      〃
5「探偵小説」  全二十六巻 明治二十五年
6『学園花壇』  合著    明治二十七年
7「小説百家選」  全十五巻   〃
8『五調子』    合著    明治二十八年
9『籠まくら』   〃     明治二十九年
10「春陽文庫」  全十巻  明治三十年
11『春すだれ』  合著    明治三十四年
12「袖珍小説」  全五巻  明治三十九年
13『玉琴』    合著    明治四十一年
14「現代文芸叢書」 全四十五巻 明治四十四年

 これらは『日本近代文学大事典』第六巻の「叢書・文学全集・合著集総覧」の「明治期」からの抽出だが、最多の博文館の十七種に対して、春陽堂はその次の十四種となる。1から7までは先のふたつの巻末出版目録にも掲載がある。ただやはりそこに前々回の「狂言百種」、饗庭篁村の『小説むら竹』全五集、幸堂得知の『大通世界』全三巻、さらに『春陽堂書店発行図書目録(1879年~1988年)』からシリーズや叢書らしきものを加えれば、ほぼ博文館の十七種と伍しているとわかる。したがって春陽堂が明治二十年代には近代出版業界の雄の博文館と並ぶ文芸書出版社だったことが了承されるだろう。そうした動向を「叢書」などで追ってみると、ようやく明治三十年代になって、新潮社の前身の新声社が台頭してくるのもわかる。

f:id:OdaMitsuo:20201029112936j:plain:h120(『春陽堂書店発行図書目録(1879年~1988年)』)

 それだけでなく、『春陽堂書店発行図書目録』とは異なる意味で、先のふたつの出版目録は春陽堂の創業からの出版記録として生々しい。そこに大きく見えている文芸書以外の出版物を挙げてみる。松島剛『内外地図集覧』『近世地理学』は中等教育教科用書、大島孝造『数学五千題』などは小学校教科及教員参考用書、訳書『近世化学』は中学校師範学校教科書、『古今名誉実録』全十巻は児童の教導書、谷口吉太郎纂訳『通俗病理問答』はまさに通俗医学書、橋爪貫一訳『男女交合新論』、及び『通俗男女自衛論』は『近代出版史探索』48などの通俗性欲書の走りであろう。

 また『同目録』を追っていけば、さらに創業期における春陽堂の出版物の多様性からして、異なる顔が表出してくるだろう。そうした意味で、山田俊治「初期春陽堂の研究―東京芝新橋書林の時代まで」(『日本近代文学館年誌資料探索』15所収)は実に興味深い。だがここではその細心な研究に踏みこまず、創業者の和田篤太郎を簡略な『出版人物事典』から引いてみる。

 [和田篤太郎 わだ・とくたろう]一八五七~一八九九(安政四~明治三三)春陽堂書店創業者。岐阜県生まれ。一六歳で上京、巡査になり西南戦争にも従軍するが、書籍の行商をはじめ、一八七八年(明治一一)芝新梅田町に春陽堂書店を創業。出版にも乗り出し盛んに翻訳物を手がけた。明治文壇の隆盛に伴い、八七年(明治三一)から刊行された尾崎紅葉の『金色夜叉』は大ベストセラーになった。小栗風葉『魔風恋風』、幸田露伴『五重塔』、坪内逍遥『桐一葉』など後世に残る名作も多く出版した。八九年(明治二二)創刊の『新小説』は文壇の登龍門となった。東京書籍出版営業者組合の結成には創立委員として参画、協議員、評議員をつとめた。

 これを『同目録』によって補足すると、春陽堂は明治十二年の『四則応用二百五十題』と『和英仏度量比較表』の二冊の出版から始まり、十三年は法律書、十四年は警察関係書などを刊行し、まだ文芸書版元のイメージは生じていない。おそらく明治十年代後半にあって、内田魯庵が「銀座繁盛記」(『読書放浪』所収、平凡社東洋文庫)で証言しているように、「春陽堂は芝の今入町の雑誌店で、先代鷹城が帳場格子の中で小さな出版をして小遣取をしていた」時代に当たるのだろう。先の山田の論稿が浮かび上がらせているのはこの時代の春陽堂である。また春陽堂も含めたこの時代については拙稿「明治前期の書店と出版社」(『書店の近代』所収)を参照されたい。

読書放浪  書店の近代

 さて春陽堂の明治二十年代については前述しているので、ここでは和田の立項にある紅葉の『金色夜叉』を取り上げてみたい。紅葉に関しては『近代出版史探索』47で『我楽多文庫』、同166,167で巌谷小波と小栗風葉の『金色夜叉』にまつわる話、『近代出版史探索Ⅴ』835で三つの『紅葉全集』にふれているが、紅葉の『金色夜叉』にはダイレクトに言及していないからだ。それに日本近代文学館の復刻だが、春陽堂の『金色夜叉』全五冊が手元にある。

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 これは菊判上製で、明治三十一年七月から三十六年六月にかけて刊行されている。読売新聞に同三十年から三十五年まで断続連載されたもので、それとパラレルに一冊ずつ出版である。明治二十年代の春陽堂の文芸書が和本仕立てだったことを見てきたが、『金色夜叉』は春陽堂の造本の一定の完成を彷彿とさせる。それは十年に及ぶ春陽堂と紅葉の関係、文壇の大家にして社会的名士ともなった紅葉にふさわしい装幀のようにも映る。前、中、後編の三冊はジャケットに包まれ、「近来絶無之書」にして「美本共四冊」と謳われている。

 しかもこれも拙稿「尾崎紅葉と丸善」(『書店の近代』所収)で既述しているように、五冊目の『続々金色夜叉』が出された頃、丸善に向かい、「冥途への好い土産」として、『センチュリイ大字典』を買っているのだ。それを内田魯庵は『新編思い出す人々』(岩波文庫)で、「自分の死期の迫ってるのを十分知りながら余り豊かでない財嚢から高価な辞典を買ふことを少しも惜しまなかった紅葉の最後の逸事」だと述べている。その三ヵ月後の十月に紅葉は鬼籍に入った。

f:id:OdaMitsuo:20201029113550j:plain:h115 新編思い出す人々

 だがここで現在から見れば、少しばかり奇異に感じるかもしれない。この時代に紅葉は文壇の大家にして社会的名士であり、しかも『金色夜叉』というベストセラーの著者だった。「高価な辞典」といっても、余裕をもって買えるはずではないかと。しかしそうした紅葉にしても、この五冊の奥付が物語っているように、印税は生じない仕組みになっていたのである。この事実については前回、前々回と続けて言及してきたので、ここでは繰り返さない。諒とされたい。


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古本夜話1089 ちぬの浦浪六『深見笠』と春陽堂

 前回の「狂言百種」の他に、同じく春陽堂のちぬの浦浪六の『深見笠』があり、これも明治二十七年二月初版、九月第三版の一冊で、やはり菊判和綴じ、一六七ページの和本仕立てであった。ちぬの浦浪六とは村上浪六の初期のペンネームで、故郷の堺にちなんでつけたという。

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 浪六は慶応元年泉州に生まれ、幼くして父を失い、母の手で育ち、その才と素質から堺県令に引き取られ、養育され、ともに上京する。政官界の有力者の庇護の下に官吏となり、各地を転々と、投機に成功し豪遊したかと思えば、たちまち貧窮のどん底に陥るという生活を繰り返す。明治二十三年に再起を期して四度目の上京をし、郵便報知新聞に校正係として入社し、翌年森田思軒編集長の勧めで、『三日月』を発表し、二十四歳で文壇の寵児となった。

 前々回もふれたように、本探索1065の蛯原八郎『明治文学雑記』において、明治二十年頃からの近代ジャーナリズムの台頭により、新しい潮流に乗った作家に黒岩涙香、村井弦斎、村上浪六たちがいると指摘されていた。また黒岩比佐子も『「食道楽」の人 村井弦斎』で、原抱一庵、村井弦斎、遅塚麗水に続いて、浪六が『郵便報知』の四天王とされるに至ったと述べている。
f:id:OdaMitsuo:20201022151134j:plain:h115(ゆまに書房復刻)「食道楽」の人 村井弦斎

 私も『近代出版史探索Ⅱ』250で、大正や昭和に入ってからの「浪六叢書」や『浪六全集』に言及し、また浪六の息子に関しても、「村上信彦と『出版屋庄平』」(『古本探究』所収)などを書いているけれど、春陽堂との関係についてはふれてこなかった。ところが『深見笠』の「はしがき」には次のような一文が見える。

f:id:OdaMitsuo:20201022155804j:plain:h115(『浪六全集』)近代出版史探索Ⅱ 古本探究

 (前略)浪六が衣食の料なる新聞の紙面を貸り。深見重左と題して五十回。後の髯重と題して三十回。合して八十回八十日の間この男によりて飢潟を見ざりし恩義。荒れたる墓碑をも建て廃れたる供養をもすべき筈ながら。さては物見遊山の外に何として由緒なき抹香に煤ぼらむ今の世の中。むしろ一冊の書物に掻き集めて広く世人に見せむこそ。莫大の功徳なり無上の手向けと思ひしまゝ。これも髯ばかりは少々似たる春陽堂主人を語らひ。ここに纏めて雨は降らねど深見笠。のぞいて見らるゝほどの美男でなしといふ。

 ここで浪六と春陽堂の濃密な関係を垣間見たように思われ、あらためて浪六の出版史をたどってみた。浪六は明治二十四年に春陽堂から処女作『三日月』、翌年には『奴の小万』を上梓している。それから東京朝日新聞社へ入り、二十七年までに『破太鼓』『鬼奴』『深見重左』『髯の自休』『日本近代文学大事典』では『髯の自体』)『後の三日月』などを連載した。これらは『三日月』に始まる町奴が任侠を競うことをテーマとする作品で、町奴が両鬢を三味線の撥形に剃り込んでいることから、所謂「撥鬢小説」の名を生じさせたのである。

 先の「浪六近作小説」の『深見笠』は「深見重左と題して五十回、後の髯重と題して三十回」連載したとされているので、朝日新聞に明治二十六年から二十七年にかけての『深見重左』と『髯の自休』を収録合本化するはずだった。だが「紙数の都合」で果たせず、『髯の自休』として出版するので、「引続御購覧を乞ふ」と巻末に断わりがある。

 そこで前回の「狂言百種」奥付裏の十七ページ、今回の『深見笠』二十二ページに及ぶ春陽堂図書目録を見てみると、ちぬの浦浪六の名前で、『三日月』『奴の小万』『破太鼓』『鬼奴』『深見笠』『髯の自休』の他に、『浪六漫筆』『夜嵐』『たそや行燈』なども挙がっている。この事実を考えると、浪六のデビュー作から数年は春陽堂が単行本化と出版を一手に引き受けていたことを告げていよう。

f:id:OdaMitsuo:20201022160605j:plain:h115(『奴の小万』)

 それで思い出されるのは黒岩が『「食道楽」の人 村井弦斎』で、浪六が春陽堂に一流作家の三倍の原稿料を要求し、それを春陽堂が認めたことで、浪六が専属作家となったと書いていたことだ。黒岩の著書を読んだ時にはまだ『深見笠』を入手していなかったので、読み過ごしただけだが、その奥付を見てみると、そこには「版権所有」とあり、前回の黙阿弥の「狂言百種」と同様に、検印のところに春陽堂の印が打たれ、「此欄内に発行者・印章捺印・なき者は偽・版也」とあった。

 これは繰り返すけれど、原稿は買切で、印税は発生せず、版権は春陽堂にあるという事実を示している。つまり近代ジャーナリズムの台頭とともに新しい作家のひとりとなった浪六にしても、原稿は買切で、いくら版を重ねても印税が生じることはなかったのである。この時代の春陽堂の一流作家たちとは尾崎紅葉に代表される硯友社の同人であろうし、たとえ浪六の原稿が買切だったとしても、紅葉たちの三倍は出せなかったであろう。春陽堂の和田篤太郎と浪六の親しい関係はあっても、せいぜい同等であれば、御の字だったとも思われる。それが売れっ子作家にはなったけれど、その後の出版の問題を考えると、浪六について回ったシビアな出版条件であったのかもしれない。


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