出版・読書メモランダム

出版と近代出版文化史をめぐるブログ

古本夜話1359 大杉栄・伊藤野枝『二人の革命家』と娘たち

 もう一冊、大杉栄と伊藤野枝の共著があることを思い出したので、そちらも書いておきたい。それはアルスからか刊行された菊半截判、フランス装三三八ページの『二人の革命家』で、奥付には大正十二年六月初版、同十二年十二月十七版とあり、この版も前回の『乞食の名誉』と同じく、関東大震災における二人の虐殺後の重版だとわかる。

二人の革命家

 その事実を伝えているのは巻末の『日本脱出記』の一ページ広告で、「無政府主義の巨頭大杉栄氏の絶筆」との見出しコピーが付され、「未曽有の大震災の余波、遂に無惨の死を遂げし日本無政府党の巨頭大杉栄氏が」と始まる日本脱出からパリでの行動に至る内容紹介がなされ、次ページにはやはり「思想界の巨匠」と謳われている大杉の『正義を求める心』の掲載もある。大杉とアルスの関係は『近代出版史探索Ⅱ』330のロマン・ロラン『民衆芸術論』の翻訳から始まっている。

(『日本脱出記』) 

 そのような大杉と伊藤の虐殺は幼い甥も同様だったので、私たちがリアルタイムで知った昭和四十五年の三島由紀夫の自決ほどではないにしても、社会主義関係者や出版業界だけでなく、社会的にも広範な衝撃をもたらしたはずだ。それゆえに二人の共著や大杉の著書も重版され、かなりの売れ行きを示したのであろうし、それは先の重版表記が証明していよう。またこの時代に大杉は『日本脱出記』に象徴されるように、凱旋将軍のごとく書き立てられ、本も売れ、「無政府主義成金」と自嘲していたように、ジャーナリズムの売れっ子となっていったことも軍部の反感を募らせていたと思われる。

 私が『二人の革命家』を入手したのは二十年ほど前で、『エマ・ゴールドマン自伝』の翻訳に取りかかっていた際に、浜松の時代舎で、この一冊を見つけたのである。これは前編が大杉の「ミシェル・バクウニン其他」、後編が伊藤による「エマ・ゴオルドマン其他」で、つまり同書のタイトルはバクーニンとエマのことさしていることになる。後編にはエマの「婦人解放の悲劇」などの翻訳が収録され、これらは前回も挙げた『婦人解放の悲劇』(東雲堂書店、大正三年)からの再録であろう。

エマ・ゴールドマン自伝〈上〉 エマ・ゴールドマン自伝〈下〉

 また『二人の革命家』には大杉のいう「琉球の新進画家」「親しい同志」である伊是名朝義によるバクーニンとエマの「肖像」が寄せられている。伊是名は『日本アナキズム運動人名事典』に立項され、労働運動社に出入りしていたようで、その関係からイラストを依頼されたと推測される。彼は琉球で社会主義関係の書籍や雑誌を扱う書店を開き、『近代出版史探索Ⅴ』961の比嘉春潮などとも交流があったとされる。

日本アナキズム運動人名事典

 ただここでは伊藤や伊是名のことはさておき、大杉の「序」にふれてみたい。それは前回記述しておいたように、『乞食の名誉』の初版は大正九年刊行なので、共著としての「序」は『二人の革命家』のほうが絶筆ということになる。またその内容も二人にふさわしいものであり、私にしても『エマ・ゴールドマン自伝』の訳者ゆえに、引いてみる。大杉は伊藤が十年前からエマ・ゴールドマンにずっと私淑していると述べ、続けている。

 これは余りに僕等の個人的の事にわたるやうだが、彼女と僕との間に出来た第一の子は、僕等があんまり世間から悪魔! 悪魔!と罵られたもんだから、つい其の気になつて、悪魔の子なら魔子だと云ふので魔子と名づけて了つた。そして第二の女の子は、其の母親によつてエマと呼はれた。が、此の子は、生れると直ぐに、僕の妹の一人に殆ど掻つさらはれて行つて、さち子と云ふ飛んでもない名に変へられて了つた。間もなく又第三の子が生れた。これが又先のエマの名を継いだ。伊藤は其の思想の母であるエマの名を飽くまで、其の肉体の子に負はせようとしたのだ。果して此のエマがあのエマにあやかるかどうか。
 伊藤は今第四の女子を生んで産褥にある。僕が伊藤の代理までして、この序文を一人で書いて了つたのは其のわけだ。今度の子は、僕の発意で、ルイズと名づけた。フランスの無政府主義者ルイズ・ミシエルの名を思ひ出したのだ。彼女はパリ・コムユンの際に銃を執つて起つた程勇敢であつたが、しかし又道に棄てゝある犬や猫の子を其儘見棄てゝ行く事のどうしても出来なかつた程の慈愛の持主であつた。が、うちのルイズはどうなるか。

 大杉はこの「序」に「ルイズが此の世に出てから一週間目に」と記しているのだが、そのほぼ一年後に虐殺されてしまったことになる。

 その後の魔子のことは本探索1243でふれているが、大杉と伊藤の娘たちの行方は松下竜一『ルイズ―父に貰いし名は』(講談社、昭和五十七年)において、戦後の昭和までたどられていくのである。

ルイズ―父に貰いし名は

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古本夜話1358 聚英閣「社会文芸叢書」と大杉栄、伊藤野枝『乞食の名誉』

 ここで宮嶋資夫の『坑夫』に関して、ほとんど知られていないエピソードを付け加えておこう。
 

 私の手元にある大杉栄、伊藤野枝共著『乞食の名誉』は大正十二年九月二十八日の発行で、同年十二月一日の九版となっている。これは大杉の「死灰の中から」に、伊藤の「転機」「惑ひ」「乞食の名誉」の三編を収録し、いずれも大杉と野枝をめぐる辻潤、神近市子などのもつれた関係を小説仕立てで描いた作品集といっていいだろう。

 その発行年月日からして、大杉たちの虐殺後に出版された一冊で、遺族の生活資金捻出のために企画されたものだとばかり思っていた。それは奥付の検印紙のところに近藤の捺印もあり、その事実を裏付けているはずだった。この近藤は『近代出版史探索Ⅱ』331の『一無政府主義者の回想』の著者だと見なせよう。ただ同書ではアルス版『大杉栄全集』のことに記述が多く占められていることもあってか、『乞食の名誉』の編集と出版事情にはふれていない。それに版元の聚英閣は本探索1236などでも言及してきているけれど、『乞食の名誉』は裸本で、巻末広告などの記載もなく、そのまま放置していたのである。

一無政府主義者の回想 (1965年)

 ところがアナキズム文献を揃えている静岡の水曜文庫に立ち寄ると、『乞食の名誉』とエマ・ゴールドマンの野枝訳『婦人解放の悲劇』(東雲堂、大正三年)が並んで置かれていた。しかも前者はカバーつきで、そこには「社会文芸叢書」と銘打たれていた。それだけでなく、刊行月と奥付裏広告も私の所持するものと異なり、五月の出版で、大杉の「序」の「五月八日」と符合することに気づいた。『乞食の名誉』は二人の死後出版ではなく、生前に出され、私の入手したのはたまたま死後の重版ゆえに、近藤の印が押されていたことになる。

 また奥付裏には「社会文芸叢書」の広告が見え、それは次のようなラインナップであった。

1 上司小剣 『生存を拒否する人』
2 荒川義英 『一青年の手記』
3 大杉栄、伊藤野枝 『乞食の名誉』
4 宮嶋資夫 『坑夫』

 しかし『坑夫』が収録されている『宮嶋資夫著作集』第一巻の「解題」において、「社会文芸叢書」版はなかったように思われたし、それだけで『乞食の名誉』の二冊目の購入はためらわれた。そこで帰ってから紅野敏郎の『大正期の文芸叢書』を繰ってみると、「社会文芸叢書」も取り上げられ、その『一青年の手記』の書影を示した上で、四冊しか出なかったが、「そのすべてをそろえることはきわめて困難なシリーズ」とあった。またその特質は「シリーズとして同じ体裁ではなく、各自装幀を異にしている点」だと説明されていた。

宮嶋資夫著作集 第1巻  大正期の文芸叢書

 ところで4の『坑夫』ということになるが、これは『恨なき殺人』のタイトルで、大正九年七月に刊行となっている。この中編は『宮嶋資夫著作集』第一巻になどとともに収録されている鉱山を舞台とする作品で、鉱山を異にする坑夫たちの争い、そこで起きた殺人をテーマとしている。宮嶋の鉱山生活から生まれた中編に他ならないけれど、そのまま「社会文芸叢書」に収録し、タイトルとするほどの作品ではない。おそらく当初の『坑夫』のままでは発禁処分のリスクもあり、『恨なき殺人』と改題されたと考えられる。本探索1349で既述しておいたように、『坑夫』は大正五年に近代思想社から出版され、発禁処分を受けていたし、それから四年が経っていたにしても、その懸念は払拭されていなかったのであろう。

 そのような状況におかれていたけれど、紅野の言を引けば、『坑夫』は「ただちに発売禁止となった故、多くの人の眼に触れず、同時代評もほとんどなく、黙殺どころか抹殺に近い処置を受けたのである。従って『社会文芸叢書』の一冊として、ここで蘇えることは大いに意義があった」ことになる。しかしこれも紅野によれば、「多くの伏字」による「発売禁止とならぬような処置」が施され、やはりタイトルも『恨なき殺人』とあらためられての刊行となった。

 それでも紅野もいうように、この「社会文芸叢書」は「そのすべてをそろえることはきわめて困難なシリーズ」とされるので、『恨なき殺人』は私も未見だし、古本屋で出合うことも難しいだろう。また1の『生存を拒否する人』の巻末広告において、4は藤井真澄『最初の奇蹟』が予定されていたが、どういう事情なのか、『近代出版史探索Ⅱ』205の新潮社「現代脚本叢書」に移されたという。だがこの『坑夫』を含んだ『恨なき殺人』の刊行によって、昭和三年の平凡社の円本『新興文学全集』第三巻の『宮嶋資夫・江口渙集』での『坑夫』の収録も実現したように思われる。

最初の奇蹟

 『新興文学全集』に関しては拙稿「平凡社と円本時代」(『古本探究』所収)を参照されたい。

古本探究


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出版状況クロニクル177(2023年1月1日~1月31日)

22年12月の書籍雑誌推定販売金額は972億円で、前年比5.7%減。
書籍は522億円で、同3.5%減。
雑誌は449億円で、同8.2%減。
雑誌の内訳は月刊誌が388億円で、同9.1%減、週刊誌が61億円で、同1.8%減。
返品率は書籍が29.0%、雑誌が37.8%で、月刊誌は36.4%、週刊誌は45.3%。
書店売上は書籍が8%減、雑誌は定期誌が3%減、ムックが4%減、コミックスが13%減。
ゲオのレンタルリサイクル50円コーナーで、大量に『鬼滅の刃』が売られていたが、
あの神風的ベストセラーはもはや完全に終焉したのであろう。


1.出版科学研究所による1996年から2022年にかけての出版物推定販売金額を示す。

■出版物推定販売金額(億円)
書籍雑誌合計
金額前年比(%)金額前年比(%)金額前年比(%)
199610,9314.415,6331.326,5642.6
199710,730▲1.815,6440.126,374▲0.7
199810,100▲5.915,315▲2.125,415▲3.6
1999 9,936▲1.614,672▲4.224,607▲3.2
2000 9,706▲2.314,261▲2.823,966▲2.6
2001 9,456▲2.613,794▲3.323,250▲3.0
2002 9,4900.413,616▲1.323,105▲0.6
2003 9,056▲4.613,222▲2.922,278▲3.6
2004 9,4294.112,998▲1.722,4280.7
2005 9,197▲2.512,767▲1.821,964▲2.1
2006 9,3261.412,200▲4.421,525▲2.0
2007 9,026▲3.211,827▲3.120,853▲3.1
2008 8,878▲1.611,299▲4.520,177▲3.2
2009 8,492▲4.410,864▲3.919,356▲4.1
2010 8,213▲3.310,536▲3.018,748▲3.1
20118,199▲0.29,844▲6.618,042▲3.8
20128,013▲2.39,385▲4.717,398▲3.6
20137,851▲2.08,972▲4.416,823▲3.3
20147,544▲4.08,520▲5.016,065▲4.5
20157,419▲1.77,801▲8.415,220▲5.3
20167,370▲0.77,339▲5.914,709▲3.4
20177,152▲3.06,548▲10.813,701▲6.9
20186,991▲2.35,930▲9.412,921▲5.7
20196,723▲3.85,637▲4.912,360▲4.3
20206,661▲0.95,576▲1.112,237▲1.0
20216,8032.15,276▲5.412,079▲1.3
20226,496▲4.54,795▲9.111,292▲6.5

 22年の出版物推定販売金額は1兆1292億円、前年比.6.5%減となり、ついに1兆2000億円を割り込んでしまった。
 ピーク時の1996年の2兆6564億円に対して、定価上昇も含めれば、3分の1の販売金額へと落ちこんでしまったと見なせよう。
 これをGDPにたとえると、そのような失墜が続けば、国家は崩壊し、総理大臣にしても政府や内閣にしても責任を問われ、社会経済システムの変革や抜本的対策を否応なく迫られるはずだ。
 ところが出版業界は近代出版流通システムとしての再販委託制が崩壊していく過程において、何の対策も改革も提示することができず、そのまま放置し、ここまで来てしまい、このような事態へと至ってしまったのである。
 電子書籍のほうは5013億円、前年比7.5%増だが、紙と合わせても、1兆6305億円、同2.6%マイナスになっている。



2.12月29日から1月3日までのPOS店の売上動向調査によれば、日販は前年比4.4%減、トーハンは同2.9%減。
 調査対象書店は日販が1418店、トーハンは1553店。

 前回の本クロニクルで、日販とトーハンの中間決算にふれ、取次と書店事業の双子の赤字を指摘しておいた。
 すでに両社の流通と販売は赤字状態のままで稼働していると考えられるし、それは23年には加速していくだろう。
 そのことを象徴するのは22年の電子書籍売上5013億円で、雑誌の4795億円を超えてしまったのである。
 流通業の場合、売上高が採算ベースを上回れば、利益も加速していくとされるが、出版物の流通業としての取次はまさにその逆の状況へと追いやられている。
 しかも23年の出版物売上高は1兆円を割ってしまう可能性が高い。そうした取次状況を直視しながら、出版社と書店はサバイバルを求められていることなる。



3.「新文化」編集部編「出版流通データブック2022」(『新文化』12/1)が出され、「出店ファイル2021年100坪以上店」が掲載されている。
 全店で53店だが、そのうちの300坪以上の24店を示す。

 

■出店ファイル2021年100坪以上店
店 名所在地売場総面積(坪)帳合
ツタヤブックストア 則武新町店 愛知県688日 販
ツタヤブックストア 川崎駅前店神奈川県681日 販
ツタヤブックストア カラフルタウン岐阜店岐阜県553日 販
未来屋書店 川口店埼玉県540トーハン
TSUTAYA サンリブ宗像店福岡県519日 販
メトロ書店 熊本本店熊本県508トーハン
WonderGoo 野田桜の里店千葉県500トーハン
ツタヤブックストア 名鉄名古屋愛知県487日 販
ツタヤブックストア イオンモール白山石川県482日 販
TSUTAYA 十和田元町店青森県441日 販
TSUTAYA 鴻巣吹上店埼玉県402日 販
くまざわ書店 アリオ仙台泉店 宮城県400トーハン
宮脇書店 イオンモール日吉津店鳥取県360日 販
三洋堂書店 シャオ西尾店愛知県355トーハン
未来屋書店 新利府南館店 宮城県354トーハン
駿河屋 静岡本店静岡県350日 販
三洋堂書店 菰野店三重県346トーハン
TSUTAYA 鶴岡ミーナ店山形県343日 販
TSUTAYA 苫小牧店北海道327日 販
リブロ南砂町SUNAMO店東京都323日 販
喜久屋書店 府中店東京都310トーハン
ツタヤブックストア アプラたかいし大阪府302日 販
駿河屋 大宮マルイ店埼玉県300日 販
駿河屋 藤枝店静岡県300日 販

 前回の本クロニクルでも既述しておいたように、出版科学研究所の『出版月報』の季刊化、アルメディアの休業、出版ニュース社の廃業に伴い、出版データのリアルな把握が難しくなりつつある。要するにそうした分野に金が回らなくなったことが原因だが、まだ健在の新文化の年度版「出版流通データブック」は簡約な資料として貴重である。
 あらためて21年の出店を見てみると、実質的に坪数は減少し、出店にしてもさらに限られてきたことがわかる。24店のうち、ツタヤ関連が12店と半分を占め、それに駿河屋3店、未来屋、三洋堂が各2店となっている。
 本クロニクル168で、日販と駿河屋の提携を取り上げ、同174で三洋堂がレンタルに代わる業態としての駿河屋売場の導入を見てきている。22年は駿河屋絡みが増えているのではないだろうか。
 昨年暮れに駿河屋静岡店を訪れたところ、残念ながら改装リニューアルのために閉店中であった。
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4.くまざわ書店の連結決算は総売上高428億4000万円、前年比4.9%減、経常利益は前年の14億円から半減し、当期純利益は6億円。

 くまざわ書店グループは法人別でくまざわ13店、くまざわ書店108店、神奈川くまざわ書店75店、東京ブックセンター開発22店、球陽堂(田園書房)6店の224店、その他に文具店のパペリーア・イケダ14店がある。
 の「出店ファイル2021年100坪以上店」にはアリオ仙台泉店、イーアス春日井店、蕨錦町店、さがみ野店、鹿児島中央店が挙げられ、5店だが、ツタヤに続く多出店となっている。
 これも昨年のことだが、沼津駅ビルに立ち寄ったところ、そのテナントであった静岡の江崎書店がくまざわ書店に変わっていた。くまざわ書店グループの多店舗化には明らかにトーハンとの関係で、取次リストラ対象店も様々な事情から引き継いでいると思われる。
 決算時における既存店売上高は前年比6.0%減で、借入金は70億円とされている。



5.『週刊朝日』が5月の最終号の6月9日号で休刊。
 1922年、朝日新聞社からの創刊で、2008年に発行は朝日新聞出版へと移されていた。
 22年の平均発行部数は7万部。


週刊朝日 2023年 2/3 号【表紙:豊川悦司 】 [雑誌]

 雑誌の凋落の中で、雑誌出版社としての朝日新聞社=朝日新聞出版は終焉しつつあるのだろう。
 週刊誌のことだけを考えても、やはり1923年の関東大震災に端を発するグラフジャーナリズムの『週刊アサヒグラフ』が2000年、『朝日ジャーナル』が1992年に休刊していることからすれば、よくぞ延命してきたといえるかもしれない。
 月刊誌も思いつくままに挙げると、『月刊Asahi』『科学朝日』『論座』『アサヒカメラ』などは1990年代以降に休刊となっている。残っている『AERA』にしても時間の問題であろう。



6.KADOKAWAの『週刊ザテレビジョン』も3月1日号で休刊。
 『月刊ザテレビジョン』と統合。1982年創刊で、22年の平均発行部数は9万5000部。


ザテレビジョン 首都圏関東版 2023年1/27号 月刊ザテレビジョン 首都圏版 2023年2月号

 週刊誌や次の新聞に続いて、テレビの時代も終わりを迎えようとしているのかもしれない。
 だが考えてみれば、テレビの時代が始まったのは1960年第になってからで、私たち戦後世代にとって、テレビはニューメディアであり、それから60年余を経てきたことになる。



7.『FACTA』(2月号)が「FACTA REPORT まさに『存亡の機』」として、ジャーナリスト井坂公明による「新聞の『底なし』5年連続200万部超減」を発信している。
 そのリードは「全国紙中心に5年間で1100万部余り消失。これから高齢者層の購読者減が本格化、地方詩の落ち込みも拡大へ」である。


 FACTA ONLINE

 かつて『読売新聞』は1000万部、『朝日新聞』は800万部といわれていたが、それは10年以上前のことで、今や前者は700万部、後者は400万部を下回り、『毎日新聞』『日経新聞』は5割台半ば、『産経新聞』も6割にまで落ちこんでいる。そのために全国紙の減少分は139万部で、全体の76%を占めている。
 その大きな要因はいうまでもないが、インターネット、とりわけスマホの普及による若年層から中年層の新聞離れ、主要な購読者の高齢者のさらなる高齢による新聞市場からの退場にある。それは本クロニクル175で示した「消費支出と品目別支出金額の推移にも明白だ。
 『朝日新聞』では200万部まで減少すると想定し、デジタル有料購読者を現在の20万人台から50万人台までの倍増を目標にしているというが、紙の減少に追いつくことはないだろう。
 『選択』(1月号)は朝日新聞社の早期希望退職による割増引当金が予測よりも膨らみ、中間決算での赤字転落を記事にしている。



8.『静岡新聞』が3月末で夕刊を廃止。
 朝刊のページ数を増やし、夕刊の特集を収容し、デジタルサービスを強化することで、購読料は変わらず、月決め3300円。

 でも地方紙の減り方は穏やかで、『静岡新聞』は53万1000部、前年比3.5%減とされていた。
 本クロニクル175においても、ノセ事務所の「ブロック紙・地方紙一覧」レポートを引き、『静岡新聞』が朝刊、夕刊ともに50万部を超え、地方紙では唯一の存在ではないかとの見解を紹介しておいた。もっともそれは朝夕刊セットとなっていることも大きな要因ではあったにしても、その『静岡新聞』ですらもということになろう。
 私は『静岡新聞』をとっていないけれど、全国紙の夕刊とともに配達されている。周りは夕刊にしても圧倒的に『静岡新聞』が多いし、それに相乗りするかたちで全国紙の夕刊も届けられているのである。
 そこで新聞配達の人に、『静岡新聞』の夕刊がなくなれば配達収入も減ってしまうし、全国紙の夕刊の配達もできなくなるのではないかと尋ねてみた。すると我々もそのことに関して不安だが、それらの詳細はまだ伝えらえていないということだった。
 全国的に夕刊がなくなってしまうのも、それほど遠い先のことではないかもしれないし、中馬清福の『新聞は生き残れるか』(岩波新書)が刊行されたのは2003年で、いよいよそれが現実化してきたのである。

新聞は生き残れるか (岩波新書)
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9.『本の雑誌』1月号 で「六十五歳で訪れた人生の転機」を大見出しとして、「岡崎武志 古本屋になる!」の連載が始まっている。


本の雑誌2023年1月号475号 サンデー毎日 2023年 2/5号【表紙:美 少年(ジャニーズJr.)】

 それは「このたび私は、岡崎武志は古本屋になることを決意しました。いきなりではありますが、予兆は顕在しており、なし崩し的にそこに追い込まれた」という事情によっている。
 まだ彼もの『週刊朝日』休刊は知らなかったと思うが、その「転機」も同じく『サンデー毎日』の28年に及ぶ書評欄連載が終了してしまったことで、すでに本クロニクル173でも、その事実にふれている。それでも彼の証言にしたがい、もう一度週刊誌ライター事情をたどってみる。

 岡武の1995年からの『サンデー毎日』書評連載は一ページギャラが3万円、月に4回で12万円、それに合わせて著者インタビュー特集記事、他の仕事などの余禄、書評、古本原稿の注文などの仕事も増え、2000年には年収1千万円を超え、フリーライターでも住宅ローンを組むことができたのである。
 彼の証言からわかるように、そうした週刊誌の仕事はギャラもよく、しかも確実な月収が見こめる所謂「おいしい仕事」で、新聞の書評委員などと同じで長期にわたるゆえに、フリーライターのみならず、出版関係者にとっても願ってもない仕事といえる。それは1969年の『週刊ポスト』創刊などによる新たな週刊書評の隆盛から始まり、多くの書評家たちを召喚し、週刊誌と書評を活性化させてきたのである。その事実は週刊誌が売れ、大きな利益も上がり、経費も潤沢に使えたことを反映している。
 だがそれから半世紀が過ぎ、週刊誌も凋落してしまった。『サンデー毎日』にしても、必然的に『週刊朝日』に続くであろう。
 月末になって、『本の雑誌』の目黒考二=北上次郎の死が伝えられてきた。



10.医療用医薬品専門の週刊誌『薬事新報』と書籍を刊行していた薬事新報社が破産。

 『選択』(1月号)によれば、定期購読の取引先にもまったく知らされず、社員の解雇通知も数日前で、「突如とした破産」だという。従来、医学書関連出版は安泰とされてきたが、「二三年には、薬事新報社と同じ道を辿る媒体が出かねない」とされている。
www.sentaku.co.jp



11.講談社のコミック誌『イブニング』が本年2月28日発売号で休刊。
 2001年に『月刊イブニング』として創刊され、03年から月2回刊行で、『もやしもん』『モテキ』『金田一少年の事件簿』なども連載していた。発行部数は4万2000部。
もやしもん(13)<完> (モーニング KC) モテキ(4.5) (イブニングKC) 金田一少年の事件簿R(1) (講談社コミックス)


12.フリューのアメリカンコミックレーベル「ヴィレッジブックス」が終了。
 『アベンジャーズ』『バットマン』などの邦訳出版シリーズを刊行していた。

アベンジャーズ:タイム・ランズ・アウト III (MARVEL) バットマン:ホワイトナイト

 コミックの一人勝ちのような出版状況だが、この分野においても、デジタルと紙のせめぎ合いが起きており、『イブニング』の一部の作品はやはり講談社の漫画アプリ『コミックDAYS』に引き継がれるという。
 「ヴィレッジブックス」のほうも動画配信サービスとの競合、翻訳出版の採算性の難しさによっているようだ。この事実を考慮すれば、小学館集英社プロダクションの『ジョーカー』「バットマン」シリーズも重版が困難になってくるかもしれない。 
ジョーカー・ウォー:コラテラル・ダメージ<上> (ShoPro Books)  バットマン:スリー・ジョーカーズ (ShoPro Books)



13.『フリースタイル』54が出され、恒例の特集「THE BEST MNGA2023 このマンガを読め!」が組まれている。

フリースタイル54 THE BEST MANGA 2023 このマンガを読め! (54)

 今回のBEST10で読んでいたのは、前回のクロニクルでもふれた松本大洋『東京ヒゴロ』だけで、今年もこの特集を参照しながら少しずつ読んでいくしかないと思う。
 個人的には村上たかしのファンなので、『ピノ:PINO』(双葉社)が入っているかなと期待したけれど、数人が挙げているだけで番外であった。
 その他には遅ればせだが、ようやくスヴェトラーナ・アレクシエーヴィチ原作、小梅けいと『戦争は女の顔をしていない』(KADOKAWA)を読んでいる。  
東京ヒゴロ (1) (ビッグコミックススペシャル) ピノ:PINO 戦争は女の顔をしていない 1



14.いしいひさいち『ROCA 吉川ロカストーリーライブ』((笑)いしい商店)読了。

 これは12のBEST1に選ばれていたので知り、((笑)いしい商店)からの直販で購入した次第だ。
 22年8月初版、23年1月1日5版となっていた。ファドで歌う女子高生ロカを主人公とするすばらしい作品で、「バンド・デシネ」のダヴィッド・プリュドム『レベティコ』(原正人訳、サウザンブックス社)を想起してしまった。これは21年のBEST 6で、私も「本を読む」72で取り上げている。

 それに加えて、『ROCA』はいしいによる個人出版の試みであり、こちらもいしいの名物4コママンガ集『バイトくん』(プレイガイドジャーナル社、1997年)の刊行を思い出してしまった。
 本当に『ROCA』もさらに多くの読者が得られますように。

レベティコ-雑草の歌 (サウザンコミックス) 
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15.菊地史彦の『沖縄の岸辺へ―五十年の感情史』(作品社)が届いた。

沖縄の岸辺へ: 五十年の感情史

 菊池は戦後社会論における「わが同志」にして「同時代人」であり、彼は同書に先行して『「幸せ」の戦後史』『「若者」の時代』(いずれもトランスビュー)『「象徴」のいる国』(作品社)を刊行してきた。
 今回の「やや長い前書き」で、それらのモチーフを次のように述べている。

「ざっくりいうと『日本戦後史』という分野に属しているが、狭くいうと『戦後社会文化史』になる。さらに面倒なことをいうと、戦後の日本人が経済・社会の変化にどんな反応をしめしたか、どんな感情を持ったか、その変化をたどる『意識』の歴史と定義付けている。」


 そうなのだ。この菊地の言に便乗させてもらえば、私が出版をテーマとして追求してきたのも、近代におけるイメージの変容と造型、戦後を通じての新たな反復が何をもたらしたかということなる。それは人間がイメージによって生きることを宿命づけられた存在であることによっている。
 そのようにして、菊地も戦後における「幸せ」「若者」「象徴」をたどり、今回はカッコが付されていない沖縄に至ったのである。
「幸せ」の戦後史  「若者」の時代  「象徴」のいる国で



16.またしても出版人の訃報が伝えられてきた。

 一人は元『話の特集』編集長の矢崎泰久で、89歳。和田誠との共著『夢の砦 二人でつくった雑誌「話の特集」』(ハモニカブックス)が刊行されたばかりだった。若かりし頃、『話の特集』には色々と教えられている。
 もう一人は明石書店の石井昭男で、コロナ感染症により、82歳で亡くなった。彼には「出版人に聞く」シリーズに出てほしかったが、諸事情から実現しなかったことが悔やまれる。

夢の砦 ___ 二人でつくった雑誌「話の特集」



17.グラフィックデザイナーの工藤強勝も亡くなった。享年74。

 面識はなかったが、翻訳した『エマ・ゴールドマン自伝』(ぱる出版)の装丁者で、上下巻の大著だったこともあり、印象深く、遠くから追悼する。
 桑沢デザイン研究所長だったことも訃報で知った。
エマ・ゴールドマン自伝〈上〉 エマ・ゴールドマン自伝〈下〉



18.『私たちが図書館について知っている二、三の事柄』に続いて、その対となる『新編図書館逍遥』を刊行することになり、現在編集中である。
 論創社HP「本を読む」〈84〉は「『つげ忠男作品集』と「丘の上でヴィンセント・ゴッホは」です。

   図書館逍遥

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古本夜話1357 宮嶋資夫とゾラの『金』

 これは『宮嶋資夫著作集』(全八巻、慶友社、昭和五十八年)を入手するまで、その作品の存在も書かれていたことも知らなかったのだが、『宮嶋資夫著作集』第五巻に唯一の長編小説『金』が収録されていたのである。この作品は宮嶋が『英学生』の広告取りや編集を手伝う一方で、蠣殻町の米相場に手を出し、兜町の相場師の店に勤めたり、大阪の鬼権という高利貸の手代となった経験をベースにしている。それは時代的にいえば、明治三十八年から四十年にかけての二十代当初のことだった。この大阪の高利貸に関しては「鬼権」(第六巻所収)という一文がある。

宮嶋資夫著作集 第5巻

 ここで本探索の読者であれば、『近代出版史探索Ⅳ』612のゾラ『金』を連想するであろう。これはゾラの「ルーゴン=マッカール叢書』第十八巻に当たり、宮嶋が大正十五年に『金』(万生閣)を刊行する以前に、『近代出版史探索』195のゾラの翻訳の先駆者飯田旗軒によって翻訳されていたのである。『金』はまず『大阪毎日新聞』に大正三年に連載され、同五年に博文館から単行本化され、十年には大鐙閣から再び刊行されている。私が所持するのは大鐙閣版である。

(万生閣)  (大鐙閣) 

 したがってタイトルと株式取引所という背景を同じくするゾラの『金』を宮嶋が読んでいなかったとは考えられないし、当然のことながら参照したと見なすべきであろう。それに大鐙閣は『解放』の版元であり、宮嶋も小説や評論を寄稿していたし、ゾラの小説の刊行も知っていたはずだ。

 それに宮嶋は『金』を上梓する以前に、評論集『第四階級の文学』(第六巻所収、下出書店、大正十一年)を刊行している。だがそのタイトルと冒頭の論考は本探索1348『坑夫』(『全集・現代文学の発見』1所収)と同じく、中野秀人と平林初之輔の「第四階級の文学」が収録されていたように、同時代にすでに中野と平林によって提唱されていたことを受けてのエッセイである。いうなれば、荒畑寒村から聞いた京都の友愛会演説の際の国粋会と警察の暴力の惨劇を枕とした本歌取りともいえよう。このように、プロレタリア文学にあっても、同時代の翻訳や理論は積極的に利用反復されていたのであり、ゾラの『金』にしても同様だったと思われる。

 (『全集・現代文学の発見』1)

 そうはいっても、双方の『金』を呼んだ上でのプロレタリア文学研究も目にしていないので、とりあえず宮嶋の『金』のストーリーを紹介してみよう。一九二〇年=大正九年の第一次世界大戦後の日本の株式市場が好況を来たしている頃、株屋山八の磯部庄五郎は落ち目になっていたが、いきなり取引所で株を売りに回り、一度に二百万円を手に入れる。そうした中で相場が暴落した兜町の取引所はパニックに襲われ、立会休止に追いこまれる。磯部の背後には栗田や安達といった金主がいて、彼らはさらに大きな利益を得ている。

 磯部には文学青年の息子の茂と深窓育ちの無垢な娘の房子がいて、父の株屋の仕事を嫌っている。茂は房子と親しい池田鈴子に恋しているが、その父は今回の相場で五万円の損失を蒙り、茂は鈴子に頼まれ、父に救済を交渉する。だが拒絶され、病床にあった鈴子の父は自殺し、彼女は悪どい株屋の妾になるしかなかった。一方で茂の友人の杉中は青年相場師で、その地方の銀行家だった父は安達の悪辣な策謀によって銀行をつぶされ、掠奪されてしまう。その復讐のために杉中は上京し、兜町で一旗あげて安達に報復するつもりで、バクチ好きの浜口老人と一枚屋仲買店を開いていく。

 ここまでたどってきて、かつて拙稿「『村上太三郎傳』と『明治文学書目』」(『古本屋散策』所収)で、日露戦争後の東京株式取引所における、村上を始めとする一騎当千の相場師たちに言及したことを思い出した。『金』のほうはそれが第一次世界大戦後へと置き換えられていたことになろう。

古本屋散策

 さてゾラの『金』のほうだが、これは『近代出版史探索』195でふれているけれど、「ルーゴン=マッカール叢書」最終巻の『パスカル博士』において要約されたシノプシスを示しておこう。ここでのサッカールはアリスティッド・ルーゴンの通称で、マッカール家にあって、金と富に執着する象徴的な人物とされている。拙訳を引いてみる。

パスカル博士 (ルーゴン=マッカール叢書) (『パスカル博士』)

 それから数年後に、またしてもサッカールはユニヴァーサル銀行という巨大な数百万フランに及ぶ搾取機関を作動させたのである。サッカールは決して打ち負かされず、成り上がり、金の野蛮にして文明的な役割を理解し、大金融家として知勇両面に至るまで昇りつめ、アウステルリッツやワーテルローでのナポレオンのように、証券取引所という戦場に出陣し、勝利し、そして敗北した。無数の哀れな人々が災厄の中に呑みこまれ、彼の私生児ヴィクトールは予想もつかぬ犯罪へと解き放たれ、夜陰に乗じて姿を消した。そしてサッカール自身も冷酷無情な環境の中で、健気なカロリーヌ夫人に愛されていたが、おそらく彼の呪われた人生に対する応報であろう。

 もし興味を覚えた読者がおられたら、ぜひふたつの『金』を読み比べてほしい。幸いにして、ゾラの『金』のほうは野村正人訳『金』(「ゾラ・セレクション)7、藤原書店)が新訳として、平成十五年に刊行されているからだ。だが宮嶋の『金』は先の拙稿における大正十三年の飯田旗軒訳の大鐙閣版と通底していると思われるし、ここに日本のプロレタリア文学とゾラのコレスポンダンスを見出すことができよう。

金 (ゾラ・セレクション)
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古本夜話1356 スタンダール、阿部敬二訳『アンリ・ブリュラールの生涯』、冨山房百科文庫

 宮嶋資夫の自伝といっていい『遍歴』には男女、有名無名を問わず、多くの人たちが登場している。しかし書かれたのは戦後の昭和二十五年だが、たどられているのは大正から昭和戦前のことなので、プロフィル不明の人物も少なくない。ないものねだりになってしまうけれど、『宮嶋資夫著作集』(慶友社)収録にあたって、注を付してほしかったと思ってしまう。ただ発行者は宮嶋秀で、『東京に帰す』を『遍歴』とあらためた編集者でもあり、この著作集が宮嶋の子息によって実現したと考えられるので、それだけでもオマージュを捧げるべきだろう。

宮嶋資夫著作集 第1巻

 それはひとまずおくとしても、プロフィル不明の一人に阿部敬二がいて、これは宮嶋のアル中時代のことだから、昭和十三年頃のことだと推測される。

 私の家には、阿部敬二がよく訪ねてきて共に飲んだ。その中に彼は突然に頭の工合が変になつた。ある朝私の家に来て、大衆党のクーデターが始まつたと言ひ出した。自分にはそれが聞えて来る、と彼は言ふのである。かと思ふと、向ひの二階家に友人の伊藤虎雄が監禁されてゐる。救ひ出すから日本刀を貸せと言ふ。私は思案に余つて彼を戸外に連れ出した。往来の門前で里芋を売つてゐる男を見ると、彼も大衆党のスパイだ、と言ふのである。
 暑い日であつた。が歩いて、大久保の友人の家まで行つて休んで氷水を飲んだら彼はやや落着いた。そしてその後間もなく回復していまはすつかり健康である。

 この「大衆党」とは昭和七年に全国労働大衆党と社会民主党が合同して結成された社会大衆党をさしていると思われるが、阿部だけでなく、伊藤虎雄もここで初めて出てくるし、両者ともよくわからない人文なのである。ただ阿部の言動だけでも、彼も宮嶋がいうところの「この時代は世を挙げて、酒狂ひしてゐた」アル中の一人だったことは明らかで、宮嶋の同世代に他ならないことは伝わってくる。

 そして『遍歴』が閉じられようとする昭和二十四年の東京逓信病院での胃潰瘍手術と入院に際して、阿部の見舞いにふれ、「彼はスタンダールの『アンリ・ブリュラールの生涯』の訳者である」との言及に出会う。ここでようやく阿部がフランス文学者だったとわかる。だがこの死後出版されたスタンダールの自伝的作品は『スタンダール全集』(人文書院)の桑原武夫、生島遼一訳だけだと思っていたので、阿部訳の存在は初めて知らされてことになる。

 そこで『明治・大正・昭和翻訳文学目録』を繰ってみると、確かに阿部訳だけが挙げられていたが、それは昭和二十二年の新樹社版であった。宮嶋の『遍歴』執筆は二十四年とされるので、確かに符合する。しかし新樹社は戦後の創業で、戦前の翻訳の重版が多いことを考え、さらに調べてみると、昭和十五年に「冨山房百科文庫」の一冊として刊行されていたとわかり、「日本の古本屋」で検索し、入手することができた。

 (新樹社)

 送られてきた『アンリ・ブリュラールの生涯』は「冨山房百科文庫」115で、そのリストが巻末に付録されているので、先に見てみると、この「百科文庫」が翻訳書の盲点だったことに気づかされた。未知の翻訳書を少しだけ挙げてみると、ハツクスリ、林正義訳『ジオコンダの微笑』、ゲーテ、石中象治訳『ゲーテ箴言集』、シラー、藤澤古雪訳『オルレアンの少女』、メリデイス、繁野天来訳『エゴイスト(白我狂)』、後藤末雄他訳『フランス短篇小説集』Ⅰ、Ⅱなどである。

(『アンリ・ブリュラールの生涯』)(『ジオコンダの微笑』)(『エゴイスト』)

 これらに阿部訳も加わるし、誰が企画編集者だったかは判明していないが、「この時代は世を挙げて、酒狂ひ」中にあって、彼らをも翻訳の世界へと召喚した人物が存在していたことになろう。それに阿部のわずか二ページの「解説」からだけでも、彼がスタンダリアンであることがうかがわれる。本探索でゾラの翻訳が社会か主義人脈から始まったことに繰り返し言及してきた。それにスタンダールにしても、『近代出版史探索』21などの佐々木孝丸が『赤と黒』『パルムの僧院』、同434の齋田禮門が同じく『パルムの僧院』を翻訳していることにふれてきたが、阿部もアカデミズムではなく、こちらの系譜に属すると見なせよう。

近代出版史探索
 またさらに阿部を探索してみると、明治三十四年東京生まれで、早大仏文科卒業後、同大学付属図書館に勤務し、洋書部司書とあり、他に戦後の翻訳として、ドーデ『少年スパイ』『風車小屋からの便り』(いずれも同和春秋社)が挙がっている。そして宮嶋の妻の八木うら子の妹で、本探索1205の八木さわ子がこれもまたドーデの『プチ・ショーズ』『ヂャック』の翻訳者であることを想起してしまう。ここでも翻訳人脈は連鎖していることを伝えていよう。

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