出版・読書メモランダム

出版と近代出版文化史をめぐるブログ

古本夜話1143 金星堂と上方屋『ヴアヰオリン独習』

 前回の『日本精神文化大系』に合わせるように、昭和十年に金星堂から『現代随筆全集』が出版されている。これは『全集叢書総覧新訂版』によれば、全十二巻とある。例によって浜松の時代舎で、その第一巻「学藝篇」を見つけ、購入してきた。B6判函入の一冊で、「現代」が入るタイトルや函の佇まいからすると、戦後の出版のような印象をもたらす。だが奥付には「予約頒価二円」が見えるので、この全集も円本時代の予約出版を継承しているとわかる。

f:id:OdaMitsuo:20210323112500j:plain:h110  全集叢書総覧 (1983年)  f:id:OdaMitsuo:20210330184341j:plain:h110(『現代随筆全集』)

 しかし函に記載された哲学者の桑木巌翼を始めとする十四人の執筆者は金星堂らしくなく、岩波書店の著者たちといったほうがふさわしいし、それは『日本精神文化大系』の監修、編纂者のイメージと共通している。それにくわえて、この「学藝篇」五〇六ページには十四人が三篇から六篇を寄せ、アンソロジーを形成している事実を考えると、彼らのそれぞれの著書などから抽出して編まれたと判断すべきであろう。つまりその編纂者が誰なのかは不明だけれど、そのような出版企画として金星堂に持ちこまれ、それを刊行しなければならない理由もあったはずだ。

 『金星堂の百年』は昭和十年前後の不況と出版事情にふれ、続けている。「それでも、書籍は出し続けなければならない。自転車操業であろうとも、そうしないと金が回っていかないのだ。1935(昭和10年)以降も、叢書や全集が入れ替わり立ち替わり発刊される」ことになると。

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 それにはもうひとつの理由もあった。営業責任者ともいうべき門野虎三が辞めてしまったことだ。『金星堂の百年』も参考文献として、門野の『金星堂のころ』(ワーク図書、昭和四十七年)を挙げているが、そこには拙著『古本探究Ⅱ』も含まれている。それは拙著に、門野の著書に基づく一編「知られざる金星堂」が収録されているからである。ここではそれにより、門野と金星堂のことをたどってみる。

古本探究 2

 金星堂の前身は大正七年に福岡益雄が開いた上方屋という書店と取次で、門野はその上方屋に勤めることになった。門野の証言によれば、取次としての上方屋の商品は、福岡が京都の山中巖松堂出身だったこともあって、八割が大阪や京都の出版物で占められていた。その中には当時のベストセラで、『近代出版史探索Ⅱ』274などの「立川文庫」もあり、常に万を数える在庫を有し、三省堂、東京堂、丸善、大倉書店だけでなく、どこの書店に持っていっても、数百部単位で売れたという。版元は大阪の立川文明堂だったので、福岡の出自と信用もあって、「立川文庫」を始めとする大阪、京都の出版社の売れ行き良好書を常備し、上方屋の取次事業は順調であった。その一方で、福岡は文芸書出版の金星堂を発足させていく。

近代出版史探索II

 しかし福岡は実用書を主とする大阪本=「阪本」、『近代出版史探索』28の浅草的な歌本、譜本=「赤本」の出版も学んでいたので、そうした利益率の高い出版も忘れず、それらは上方屋出版として手がけていた。門野は『金星堂のころ』で、次のように述べている。

近代出版史探索

 主人の福岡は、浅草畑から出て行った人なので、ありとあらゆる方面に顔が利き、出版物の市会でもうまく立ち回っていた。
 文芸書の出版が表看板であったが、やはり儲け仕事のような出版も捨てていなかった。一例をあげると、以前から手掛けていたハーモニカの譜本のような楽譜の出版である。

 『近代出版史探索Ⅱ』266で、春秋社や京文社の音楽書出版にふれ、後者は特価本業界に属し、上方屋と同様に「浅草畑」出身だと推測できたけれど、上方屋の楽譜出版は入手しておらず、そこでは取り上げていなかった。ところが最近になって、それを古書目録で見つけ、入手したのである。

 その一冊は「上方屋楽譜叢書」の『ヴアヰオリン独習』で、大正十年初版、同十二年五刷、著作者はミユジツク倶楽部となっている。A5判並製、四八ページ、目次に当たる「目録」を示せば、「上編」が「ヴアイオリンの持方」に始まる、引き方などの説明、「中編」「下編」は「君が代」や「ラ・マルセーユ」などの各国歌から「よさこい節」や「ぎつちよん節」といった流行歌の楽譜で構成されている。

 奥付裏には「好評嘖々飛ぶやうに売れる」というキャッチコピーの付された、「上方屋の楽譜書」が並び、それらはヴアヰオリンだけでなく、ハモニカ、マンドリン、大正琴などの九冊に及んでいる。いずれも定価は四十銭から六十銭である。門野はこれらの楽譜の売れ行きについて、銀座の山野楽器店で二千部が五掛けの現金取引でさばけ、名古屋の星野書店、大阪の三木佐助商店=開成館、札幌の富貴堂でも百から千部単位で売れたと述べている。またこちらは未見だが、流行歌の歌本は一万部も売れたという。

 これらの上方屋出版部の楽譜や教本の売上で得た資金が金星堂の文芸書出版に注ぎこまれ、それに加えて、上方屋は取次としても機能し、その売上の七割が大阪、京都の出版社、三割を金星堂が占めるようになった。つまり金星堂は大手取次も出荷するが、主だった書店は金星堂の文芸書の場合、仕入れ正味を安くする「入銀」的対応を導入していたのである。そのようにして、金星堂の営業も兼ねた上方屋としてのエリアは大阪、九州、北海道、朝鮮にまで広がり、文芸書版元しての金星堂は門野が証言しているように、博文館や新潮社とも異なる独自の販売促進活動を繰り拡げていたことになろう。

 その立役者の門野が昭和五年に退職してしまったのであるから、取次としての上方屋にしても、金星堂にしても、大きな痛手であったにちがいない。『金星堂の百年』もその門野を忘れるとなく、ねぎらうように、戦前編にその後の門野も描いた「呻吟」という一章において、「住み込み月給45円でみずから進んで休みなく働く門野のおかげで、金星堂は歴史に残る文芸書を出し続けることができたわけだ」とのオマージュを捧げている。ただ残念なのは時期が早かったので、『ヴアヰオリン独習』の発行者がまだ門野の名前になっていなかったことだ。
 
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古本夜話1142 金星堂と『日本精神文化大系』

 前回の先進社『大日本思想全集』の解題と明細は『世界名著大事典』第六巻の「全集・双書目録」に見出したけれど、金星堂の『日本精神文化大系』は含まれていなかった。残念ながら『金星堂の百年』(平成三十年)においても何の言及もなく、タイトルすらも挙げられていなかった。

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 この『日本精神文化大系』は昭和九年から全十巻が出され、手元にあるのはその第二巻の「大和時代篇」で、聖徳太子の「十七箇條憲法」に始まり、主として『古事記』『日本書紀』『続日本紀』、『出雲風土記』を始めとする各風土記を収録している。本文組は本探索1116の『校註日本文学大系』と同じで、下が本文、上が注釈となっているし、「大系」というタイトルばかりか、構成も踏襲しているように思える。函はあったと思うが、私の所持する一冊は裸本で、菊判上製五六六ページ、予約頒価三円とあるので、時代は昭和九年と下っているが、円本と同じ予約出版のかたちだとわかる。

 『金星堂の百年』に描かれているように、金星堂は大正十三年に川端康成や横光利一たちを同人とする『文芸時代』を創刊し、『近代出版史探索Ⅱ』354の「先駆芸術叢書」、同202の「随筆感想叢書」、「金星堂名作叢書」、「全訳名著叢書」、同346絡みの「世界近代劇叢書」という五大叢書を刊行している。また川端の『感情装飾』や横光の『御身』なども出版し、モダニズム文学の版元としてその名を高めつつあった。それらに続いて『ジイド全集』『チェーホフ全集』も出していた。しかし御多分にもれず、それらの出版が利益をもたらすはずもなく、昭和五年には在庫の大バーゲンを行なわざるを得なかった。

f:id:OdaMitsuo:20200304175256j:plain:h120 f:id:OdaMitsuo:20210328144739j:plain:h120  f:id:OdaMitsuo:20180813155456j:plain:h120(『ジイド全集』)

 その後に『日本精神文化大系』の企画が持ちもちこまれ、金星堂は発売所を引き受けたと考えられる。それはこのような大部な「大系」ものは編集や製作費から見ても、金星堂の自社企画ではありえない。それは監修に名を連ねている徳富蘇峰、佐佐木信綱、鵜澤總明、吉田熊次、新村出を見ても、金星堂の関係者のようではないし、編輯の藤澤親雄、藤田徳太郎、森本治吉も同様である。
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 監修の吉田と編輯の藤澤は国民精神文化研究所員の肩書が付されている。藤沢は『近代出版史探索』113、『近代出版史探索Ⅳ』714、国民精神文化研究所はやはり『近代出版史探索』124、『近代出版史探索Ⅳ』711で既述しているように、同研究所が「戦時下全国民於教育」のために、大量発行していた「国民精神文化類輯」の著者だった。それは吉田も同じだ。その事実とタイトルに含まれている「精神文化」の共通性を考慮すれば、この出版が国民精神文化研究所人脈をベースにして企画編集され、金星堂が発行所となっているけれど、実質的には発売所の役割を引き受けたと推測できよう。その奥付の「編輯者代表」は藤田で、検印の欄にも藤田の印が押されていることは版権が金星堂ではなく、「編輯者代表」たる藤田にあると見なせるからだ。

近代出版史探索 近代出版史探索IV

 ただ藤田の肩書は浦和高校教授とあるので、国民精神文化研究所員ではなかったにしても、『近代出版史探索Ⅴ』977などの堀一郎や和歌森太郎がそこに属していたことからすれば、藤田も関係していたとも考えらえる。藤田は『日本近代文学大事典』の人名索引に見出せるが、立項されていないので、それらをたどってみる。藤田は近代文学研究者の塩田良平の東京帝大国文科の同窓で、改造社の昭和八年一月号の『短歌研究』の付録「日本歌人人名辞典」の編者のようなので、和歌や短歌の研究者であり、その実績を通じて浦和高校教授に就任したのだろう。

近代出版史探索V

 そうした藤田、及び「編輯者代表」と検印のことを考えてみると、『日本精神文化大系』第二巻の「大和時代篇」の『万葉集』解題は藤田の手になるものかもしれない。だがもう一人の編輯の日大教授とある森本治吉のほうは『日本近代文学大事典』に立項され、彼も塩田や藤田と同窓で、記紀歌謡や『万葉集』に造詣が深く、それらの研究も多いとされている。とすれば、「大和時代篇」の「解題」は森本のほうがふさわしいようにも見える。

 もちろんこのような大冊が個人の研究者や編輯者だけで成立するわけではないことは承知しているし、多くの研究者や編輯者たちのコラボレーションの結実ゆえに、単独の研究者名の記載がないことも弁えている。それもあって、全集の明細はどうなっているのか、また藤田の印はこの第二巻だけなのかを確かめられないことは隔靴掻痒の感が生じてしまう。それは時代が少し下ったとはいえ、やはり円本時代の遅れてきた産物だといえば、これもまた前回の『大日本思想全集』などとも共通する色彩である。そこに国民精神文化研究所や助成金出版事情が絡んでいるので、金星堂が発行所=発売所とされていても、出版の経緯と詳細をたどることが困難になっている。

 それにしても、本探索1027の春陽堂の「大日本文庫」、前回の先進社の『大日本思想全集』と同じく昭和十年前後に、このような「日本」をタイトルに付した全集類が相次いで文芸書版元から出されていったのは、支那事変を前にしての時代の風潮、トレンドであったのだろう。


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出版状況クロニクル156(2021年4月1日~4月30日)

 21年3月の書籍雑誌推定販売金額は1529億円で、前年比6.5%増。
 書籍は970億円で、同5.9%増。
 雑誌は559億円で、同7.7%増。
 20年12月から4ヵ月トリプル増で、かつてないプラスが続いている。
 雑誌の内訳は月刊誌が478億円で、同10%増、週刊誌は81億円で、同4.1%減。
 返品率は書籍が24.9%、雑誌は38.8%で、月刊誌は38.2%、週刊誌は42.1%。

 書籍のプラスは大部数の文庫本が多かったこと、改訂新版が相次ぐ中学学参などで送品ボリュームが増え、出回り金額が同5.0%増となり、返品率が改善されたことによっている。
 雑誌も週刊誌以外は返品率の改善と『呪術廻戦』『怪獣8号』などのヒットが続き、『鬼滅の刃』による激増ほどではないにしても、プラスとなっている。
 だが店頭売上はコミックを除くと、書籍も定期誌もムックもマイナスである。
 送品と実売のギャップは5月以後、どうなるのだろうか。

呪術廻戦 1 (ジャンプコミックス) 怪獣8号 2 (ジャンプコミックス)


1.4月25日に新型コロナウイルスの感染拡大が続く東京、大阪、京都、兵庫の4都府県に3度目の緊急事態宣言が出された。
 その中で、小売業はどうなっていくのか。『日経MJ』(4/2)に衣料品・靴専門店13社の2月販売実績が掲載されているので、本クロニクル154に続いて書店の販売動向と比較する意味で挙げておく。


■衣料品・靴専門店販売実績 2月(前年同月比増減率%)
店名全店売上高既存店売上高既存店客数
カジュアル衣料ユニクロ1.30.40.1
ライトオン▲9.2▲6.5▲5.3
ユナイテッドアローズ▲30.5▲32.1▲29.8
マックハウス▲14.3▲9.3▲18.5
ジーンズメイト▲46.1▲41.6▲35.1
婦人・子供服しまむら2.12.2▲2.7
アダストリア▲8.5▲9.6▲10.1
ハニーズ▲7.9▲8.1▲6.4
西松屋チェーン0.8▲0.6▲6.3
紳士服青山商事▲25.6▲23.7▲22.6
AOKIホールディングス▲20.1▲19.1▲14.8
チヨダ▲19.3▲17.7▲15.5
エービーシー・マート▲8.5▲9.80.3

 13社のうちで、既存店売上高は11社が前年を下回り、先の第3波の緊急事態宣言の影響をうかがわせている。
 プラスを確保しているユニクロとしまむらは在宅や春、夏物衣服が好調で底堅さを示したとされるが、衣料品・靴専門店の明暗は今後も続き、エッセンシャルと非エッセンシャルとに分断されていくのだろうか。
 ただアメリカの場合、これも本クロニクル154で既述しておいたように、破綻した主要小売企業は40社に及び、閉店も1万1157店と過去最高記録に至ったようだ
 ちなみに、同じ『日経MJ』(3/31)によれば、1月のファミレス、モスフード、居酒屋などの外食35社のうちの30社が減収で、持ち帰りや宅配需要のマクドナルド、ファストフード、ケンタッキー・フライド・チキンの3社は増収となっている。
 これらの衣料品・靴専門店、外食の大手はともかく、中小零細に他ならない、単店、個人店舗の苦戦はいうまでもあるまい。果たして5月以降はどうなるのか、今後も注視していきたいと思う。
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2.『出版月報』(3月号)が特集「文庫アンケート2020」を組んでいる。
 その「文庫本マーケットの推移」を示す。

■文庫マーケットの推移
新刊点数推定販売部数推定販売金額返品率
増減率万冊増減率億円増減率
19995,4612.3%23,649▲4.3%1,355▲1.0%43.4%
20006,09511.6%23,165▲2.0%1,327▲2.1%43.4%
20016,2412.4%22,045▲4.8%1,270▲4.3%41.8%
20026,155▲1.4%21,991▲0.2%1,293 1.8%40.4%
20036,3733.5%21,711▲1.3%1,281▲0.9%40.3%
20046,7415.8%22,1352.0%1,3132.5%39.3%
20056,7760.5%22,2000.3%1,3392.0%40.3%
20067,0253.7%23,7987.2%1,4165.8%39.1%
20077,3204.2%22,727▲4.5%1,371▲3.2%40.5%
20087,8096.7%22,341▲1.7%1,359▲0.9%41.9%
20098,1434.3%21,559▲3.5%1,322▲2.7%42.3%
20107,869▲3.4%21,210▲1.6%1,309▲1.0%40.0%
20118,0101.8%21,2290.1%1,3190.8%37.5%
20128,4525.5%21,2310.0%1,3260.5%38.1%
20138,4870.4%20,459▲3.6%1,293▲2.5%38.5%
20148,6181.5%18,901▲7.6%1,213▲6.2%39.0%
20158,514▲1.2%17,572▲7.0%1,140▲6.0%39.8%
20168,318▲2.3%16,302▲7.2%1,069▲6.2%39.9%
20178,136▲2.2%15,419▲5.4%1,015▲5.1%39.7%
20187,919▲2.7%14,206▲7.9%946▲6.8%40.0%
20197,355▲7.1%13,346▲6.1%901▲4.8%38.6%
20206,907▲6.1%12,541▲6.0%867▲3.8%35.3%

 新刊点数は15年ぶりに7000点を下回り、出回り数は2000年の半分の2億冊を割り、販売部数も同様の1億2541万冊、数年後は1億冊以下となるのだろう。
 それとパラレルに販売金額もついに900億円を下回る867億円となってしまった。
 本クロニクル153の推定販売金額からわかるように、出版物売上を支えてきたのは、コミックを含む雑誌と文庫であり、それが書店の集客力の源泉であった。
 前回の本クロニクルで、『鬼滅の刃』などのコミックの爆発的売れ行きによる回復を伝えておいたが、雑誌のもうひとつの柱であるムックは、本クロニクル154のそれを主力とする枻出版社の民事再生法申請に象徴されているように、週刊誌や月刊誌と同様に凋落の道をたどっている。
 要するに1970年代以後の出版業界を支えてきた大量生産と大量消費の文庫と雑誌の両輪がもはや役割を果たすことができなくなっているのである。それが現在の日販とトーハンの取次事業に集約されているといえよう。
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3.トーハンとメディアドゥは資本・業務提携契約を締結し、29億円ずつ出資し、株式を持ち合う。
 この資本提携によって、メディアドゥはトーハンの株式の5.56%を保有する筆頭株主となる。


4.トーハンは三菱地所などの5社と本社跡地有効活用事業に関する基本協定書を締結し、24年にオフィ棟、住宅棟の賃貸用建物を竣工予定。

 本クロニクル154と155で、電子出版市場規模と電子コミック市場販売金額推移を取り上げておいたけれど、電子市場の成長と紙の市場の衰退の狭間にあって、トーハンもメディアドゥの提携を試みるしかなかったように思われる。ただしそれが書店の活性化を導いていくかは疑問だが。
 それにトーハンの筆頭株主がメディアドゥになったことは象徴的で、前回の日販がCCC=TSUTAYAに寄り添う役員体制とともに、取次がもはや出版社や書店との三位一体のポジションからテイクオフし始めたことを告げているのだろう。楽天BNがまさにそうであるように。
 トーハンの不動産プロジェクトに関しては本クロニクル146や前回も書いてきたように、水面下に進められていたものであろう。しかし複雑なサブリースが張りめぐらされた長期にわたる不動産プロジェクトがトーハンを支えるものになるとは思えないし、むしろ売却し、そのキャッシュフローで取次事業のリストラを図るべきだったのではないだろうか。
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5.メディアドゥは「メディアドゥとトーハン、NFT活用『デジタル付録』を全国書店で展開へ/書店の来店者・売上増による出版業界の活性化を目指す」とのリリースを発表。
 トーハンの業務得提携の目的は書店の活性化のためで、ブロックチェーン技術を基盤とするNFT(非代替制トークン)を活用した「デジタル付録」サービスを開始する。
 このサービスに関してはKADOKAWA,講談社、集英社、小学館と健闘中で、書店でのデジタルコンテンツを入手可能とするrデジタルフォーメーションを実現したい。


6.メディアドゥはRIZAPのグループ会社である日本文芸社の全株式を取得し、子会社化。
 19年のジャイブに続くもので、ジャイブは少女漫画レーベル「ネクストF」を刊行している。


7.メディアドゥの連結決算は売上高835億4000万円、前年比26.8%増、営業利益は26億6400万円、同43.8%増、経常利益は27億2000万円、同54.4%増、当期純利益は15億1900万円、同71.7%増。
 売上高における「電子書籍流通事業」は823億円、同28%増、営業利益は25億9000万円、同39%増。
 取引出版社は2200社、電子書店は150店、取扱コンテンツ数は200万点以上とされる。

 トーハンと関連して、メディアドゥの動きを続けて取り上げてみた。
 メディアドゥのことは本クロニクル145などでトレースし、また同153で、藤田社長へのインタビューを紹介してきた。
 でふれた衣料品・靴専門店や外食産業とは逆に、このコロナ禍、及び「漫画村」の閉鎖がメディアドゥなどの電子書籍市場を成長させる大きな要因となったようだ。また東証1部の株価は6000円台で推移し、本クロニクル143で示しておいた上場企業の書店株価の低迷を圧倒している。
 しかし3、4に関して前述したように、メディアドゥとトーハンの「デジタル付録」サービスの試みが書店を活性化するかは疑問だし、是も本クロニクルで繰り返し書いてきたように、電子コミックそのものが『鬼滅の刃』のような大ベストセラーを生み出していけるかという問いに尽きるであろう。
 に関しては後述するのビーグリーのぶんか社のような位置づけに当たるのかもしれない。
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8.『新文化』(4/8)がビーグリーの「吉田仁平社長に聞く」を掲載している。
 同社はスマホ向け電子ストア「まんが王国」を開設し、電子コミックや電子小説を配信して急成長し、20年度は売上高123億円、今期は196億円なると予測されている。
 それを要約してみる。

* ビーグリーは2004年設立、17年に東証マザーズ上場、その翌年に東証第1部格上げ。筆頭株主は9%を保持する小学館。
* ビーグリー単体売上高の9割を占める「まんが王国」の販売コンテンツは10万点、無料で読める「じっくり試し読み」点数は常時3000点以上ある。
* 会員数は19年10月時点で300万人が現在は450万人で、この1年半で150万人の新ユーザーを獲得。「まんが王国」の会員は半数以上が女性で、そのうち20~40代が6割を占めている。それは各種サービスやポイントなどの特典によるもので、ビーグリーのビジネスモデルとなっている。
* ビーグリーは電子取次会社を通さず、1800の出版社や作家との直接取引によって収益性を高め、販促費やライセンサー還元費にあてることができるので、そこが強みである。
* 3ヵ年計画、コンテンツ配信会社からコンテンツプロデュースカンパニーへの移行を推進し、マンガだけでなく、ラノベ小説、ゲーム、アニメ、映像などをプロデュースしていくことをめざす。
* リアル書店との共存は『鬼滅の刃』に顕著で、書店での紙の本を通じて大ベストセラーになったのであり、新しい作品が創出され、新人を育てなければならないし、書店と敵対しない関係をつくり、様々な書店と話したい。


 ビーグリーに関しては本クロニクル150で、ぶんか社グループを53億円で買収したことに言及しておいたが、それも功を奏し、21年度における60%増という高成長へと結びついたのであろう。
 もちろんそれが「災害ユートピア」の賜物とはいわないけれど、メディアドゥのコロナ禍におけるプラスと共通している。
 同じく東証1部の株価のほうはメディアドゥほど高くはないけれど、1400円前後で推移し、やはり上場書店の株価低迷とは異なっている。文教堂に至っては80円を下回ったりしているからだ。
 そのようなメディアドゥとビーグリーの株価推移を見ると、電子コミックの時代に入ったことを実感してしまうし、映画がビデオへと移行した1980年代が想起されてくる。
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9.国会図書館は21年から5年間で、100万点以上の所蔵資料をデジタル化する「NDLビジョン 」を策定し、「NDLデジタルシフト推奨期間」とする。


10.日本電子図書館サービス(JDLS)が提供する電子図書館サービス「LibrariE」(ライブラリエ)は401館となる。
 昨年3月は155館だったので、コロナ禍を契機として一気に増え、そのうち公共図書館は168館。


11.TRCと富士山マガジンサービスは電子図書館事業と雑誌の図書館向けの定期購読サービス拡大のために業務契約を締結。
 それに伴い、TRCはカルチュア・エンタテイメントが所有する富士山マガジンサービスの株式(3億円)を取得し、保有率は10.56%となった。


12. note と博報堂は業務提携契約を締結し、両社による法人向け―ビス「new branding with note」を展開し、企業のオウンドメディアの立ち上げを支援する。


13.KADOKAWAの新社長にNTTドコモ出身でドワンゴの夏野剛社長が8代目として就任。


14.マガジンハウスは福祉をテーマとするウエブマガジン『こここ』を創刊。


co-coco.jp

 から14にかけては、からのメディアドゥやビーグリーと同じく、コロナ禍中でのデジタル化その問題をめぐる動向として記しておくことにした。
 9、10、11をめぐっては前回のクロニクルで日本出版著作権協会の高須次郎の反対声明や日本ペンクラブの声明を紹介しておいたが、さらなる論議が必要なことはいうまでもあるまい。
 12は本クロニクル152で、noteの第三者割当増資と引受先の文藝春秋の業務提携にふれているが、ここで博報堂もリンクしていくことになる。
 13はこれも同151の「ところざわサクラタウン」や電子コ
ミックや電子書籍の配信、韓国のIT大手のカカオとの関係も絡んでいるのだろう。
 14のようなウエブマガジンの創刊もこれからさらに試みられていくと推測される。
 いずれにしても、コロナ禍の中で起きていることに留意すべきである。

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15.「地方小出版流通センター通信」(4/15)が裏面に「M&J変更対照表」を示し、「このような大規模の取次の変更はかつてないことで、当社の最大の危機と認識しています」と書いている。

 確かに戸田書店も含んだ66店に及ぶリストはあらためて見ると、一体どのくらいの返品が押し寄せるのかという恐怖心を募らせる。
 いずれも書籍を多く抱える大型店であり、中小出版社にしてもものすごい返品で、逆ザヤにならなければ幸いだという声が聞こえてくるほどだ。
 それは多くが返品によって売上どころか、数ヵ月先の納品すらも相殺されてしまう返品状況を意味している。
 そして新たにトーハンや日販を通しての同量の注文は出されないであろうし、大きな書籍市場としての丸善&ジュンク堂グループの縮小を伝えていよう。



16.『選択』(4月号)がテレビ、新聞、雑誌、ラジオという「マスコミ四媒体」の広告費を超えた2兆2290億円に及ぶ「ネット広告が直面する『二つの壁』」、「泣く子も黙る『文春砲』の謎」、「NHK会長『前田晃伸』」、「首都における『地方紙』ともいえる東京新聞」問題を取り上げている。

 「NHK会長、『前田晃伸』」以外は大見出し記事ではないし、大きな記事ではないけれど、コロナ禍の中にあって起きているマスコミや雑誌問題といえるし、これらのいずれもが今後の焦点として浮かび上がってくるようにも思われる。
 コロナ禍の影響と『選択』のような直販誌の関係は不明だが、コロナによって部数が減ったとも聞いていないので、かなり健闘しているのではないだろうか。

www.sentaku.co.jp

17.月刊誌『日本カメラ』が21年5月号で休刊し、日本カメラ社も解散する。

日本カメラ 2021年 05 月号 [雑誌]

 本クロニクル146で朝日新聞社の『アサヒカメラ』の休刊を伝えたが、それに続くことになる。
 戦前のカメラ雑誌やカメラ書、写真集などについては『近代出版史探索Ⅱ』などで言及している、スマホなどのデジカメの出現を見て、カメラ雑誌の役割も終わったといえるのかもしれない。 



18.『ブルータス』(5/1)の特集「やっぱりマンガが好きで好きで好きでたまらない」と、さいとう・たかを『ゴルゴ13 200 亡者と死臭の大地』(リイド社)を一緒に書店で購入してきた。

BRUTUS(ブルータス) 2021年 5月1日号 No.937[やっぱりマンガが好きで好きで好きでたまらない] ゴルゴ13 200 亡者と死臭の大地 (SPコミックス)

 残念ながら、前者に挙げられたマンガはほとんど読んでいないことに比べ、後者は1968年の『ビッグコミック』連載開始から読んでいて、恥ずかしながらほぼ全巻を読破している。それに何とこの巻ではフェミニストとしてのゴルゴ13に出会えるのだ。
 かつて冗談で、『空手バカ一代』で空手、『キャプテン』や『プレイボール』で野球、『キャプテン翼』でサッカー、『スラムダンク』でバスケットボールをめざした読者はいても、『ゴルゴ13』を読んで殺し屋になろうと思った奴はいないだろうといっていたことがあった。
 それはともかく、確認してみると、リイド社の創業は1960年で、おそらく貸本マンガプロでクション兼出版社としてスタートしたと思われる。それが60年以上続いていることは特筆すべきことだし、やはり「ゴルゴ13」の原作者の小池一夫の小池書院の失敗と対照的であることは出版史に記録されなければならない。



19.山本義隆『リニア中央新幹線をめぐって』(みすず書房)を読了。

リニア中央新幹線をめぐって――原発事故とコロナ・パンデミックから見直す

 サブタイトルに「原発事故とコロナ・パンデミックから見直す」とあるように、福島原発事故、コロナ禍、リニア中央新幹線を一直線でむすんで、戦後の巨大プロジェクトとエネルギー問題を論じ、戦前からの大企業の既得権益と、変わることのない経済成長への過信を浮かび上がらせている。
 これらの三つの問題をテーマとする同書は、時宜を得た好著で、たまたま政府による福島第一原発の処理水の海洋放出方針の決定が報道される中で読んだこともあり、まさにリアルな著作として刊行されたことが了解される。



20.金彦鎬著、舘野晳監修『カラー版世界書店紀行』(山田智子・宗実麻美・水谷幸恵英訳、出版メディアパル)を、ノセ事務所の能勢仁から恵送された。

カラー版 世界書店紀行―本は友を呼び未来を拓く  ヨーロッパ 本と書店の物語 (平凡社新書)

  目の保養になる一冊で、私も『ヨーロッパ 本と書店の物語』で、シェイクス・アンド・カンパニイ書店のことを書いていることを思い出す。



21.本クロニクル127で紹介しておいたジェンカ・ブルーダー『ノマド』(鈴木素子訳、春秋社)を原作とするクロエ・ジャオ監督『ノマドランド』がアカデミー賞を受賞。

 春秋社の前社長澤畑吉和が存命であったら、さぞ喜んだであろう。
 早速映画も観てきた。アマゾンも出てくるけれど、『ノマドランド』はちょうど半世紀前の『イージーライダー』の現代版のように思えた。
ノマド: 漂流する高齢労働者たち 映画チラシ『ノマドランド』5枚セット+おまけ最新映画チラシ3枚 イージー★ライダー コレクターズ・エディション [DVD]
odamitsuo.hatenablog.com 



22.論創社のHP「本を読む」〈63〉は「イザラ書房と高橋巖『ヨーロッパの光と闇』」です。
 『出版状況クロニクルⅥ』は遅れてしまい、5月下旬発売。

ronso.co.jp

古本夜話1141 先進社『大日本思想全集』

 昭和六年に先進社から『大日本思想全集』が刊行されている。その第五巻に当たる『貝原益軒・平賀源内集』の一冊だけが手元にある。タイトルは正確にいえば、「付心学一派・石田梅巖・手島堵庵・中澤道二」との断わりが示されているけれど、煩雑なので、先の二名に統一する。同書は菊判函入、上製天金四九四ページに及び、『全集叢書総覧新訂版』で確認すると、全十八巻予定だったが完結に至らず、定価は上製が三円、並製が一円八十銭で、やはり時代から考えても、円本のひとつに数えられよう。

全集叢書総覧 (1983年)

 奥付には編輯兼発行人として上村勝弥、発行所は先進社内大日本思想全集刊行会とあるけれど、先進社と大日本思想全集刊行会の住所は異なり、またその検印は同刊行会の印が押されていることからすれば、版権は後者にあるとわかる。『大日本思想全集』自体がオリジナル企画で、同刊行会が製作と編集経費を負担し、出版したと推測される。それに際して、先進社と上村は編輯兼発行人として名義を貸し、発売所を引き受けたことになろう。このような例を本探索1027の「大日本文庫、同1028の「全訳王朝文学叢書」に見たばかりだ。

 先進社に関しては『近代出版史探索Ⅱ』365、366で言及してきているが、兄の上村哲也は満鉄、東亜経済調査局を経て、昭和七年に満州国文教部学務司長に就任している。それと『大日本思想全集』は時代的にも符合しているし、満鉄や満州絡みの資金、もしくは助成金などを得ての出版ではないかと思われた。先進社の記録は見当らず、この一冊だけでは手がかりがつかめないままだった。

 だがずっと既述してきたように、ここしばらく『世界名著大事典』の「全集・双書目録」を利用する機会が多かったので、念のために引いたところ、何と解題が見出されたのである。それは藤村作、紀平正美、大川周明、高須芳三郎、斎藤茂吉、塩谷温監修で、「徳川時代の日本の思想家の著作集。上段に原文、下段に現代語訳。簡素な著者小伝を付す。ただし第1巻は未刊である。大日本思想全集刊行会刊」とあり、次のような明細がリストアップされていた。著作等の細目は省略する。

世界名著大事典〈第6巻〉マラーワン (1961年)

1 『藤原惺窩・林羅山集』
2 『中江藤樹・熊沢蕃山集』
3 『山鹿素行・大道寺友山・宮本武蔵集』
4 『伊藤仁斎・伊藤東涯・山崎闇斎集』
5 『貝原益軒・平賀源内集』
6 『新井白石・室鳩巣集』
7 『荻生徂徠・太宰春台・中井竹山・雨森芳洲集』
8 『佐藤信淵・三浦梅園・海保青陵集』
9 『賀茂真淵・本居宣長・橘守部・上田秋成集』
10 『平田篤胤・富永仲基・伴信友・伊勢貞丈集』
11 『本田利明・青木昆陽・安藤昌益集』
12 『杉田玄白・浅田宗伯・司馬江漢・大槻磐水集』
13 『渡辺崋山・高野長英・林子平・蒲生君平集』
14 『二宮尊徳・大原幽学集』
15 『頼山陽・山県大弐・竹内式部集』
16 『大塩平八郎・佐藤一齋集』
17 『吉田松陰・佐久間象山・会沢正志・浅見絧斎集』
18 『徳川光圀・藤田東湖・橋本左内・松平定信・藤田幽谷集』

f:id:OdaMitsuo:20210322114522j:plain:h120(第15巻『頼山陽集』)

 こうしてラインナップしてみると、まさに5などの貝原益軒と平賀源内の組み合わせはちぐはぐな印象を与えるけれど、本探索1114,1115の「大系」と同様に、戦後の岩波書店の『日本思想体系』の範になったのではないかという思いにも駆られてしまう。

 完結に至らなかったとはいえ、誰がこのような徳川時代の思想家の著作集を編み、『大日本思想全集』という出版プロジェクトの実現を果たしたのであろうか。監修者の六人を見てみると、藤村作は本探索1060、紀平正美は『近代出版史探索Ⅳ』712,大川周明は『近代出版史探索Ⅲ』563,565、高須芳次郎は『近代出版史探索Ⅴ』843で取り上げてきたように、彼らは同時代の仕事やキャラクターからしても、名前だけの監修者であろう。最後の塩谷温は本探索1134で言及したばかりで、『国訳漢文大成』の業績ゆえに、監修者として召喚されたと推測できる。そうした意味において、同1130の石井研堂『増訂明治事物起原』のいう「監修者の流行」は続いていたのである。

f:id:OdaMitsuo:20210209115102j:plain:h120 (『増訂明治事物起原』)

 ところで少し話は変わるけれど、この先進社からは昭和五年に川端康成の『浅草紅団』が出されていて、この装幀は『近代出版史探索Ⅱ』344などの吉田謙吉によるものだ。もちろん私の所持しているのは近代文学館の復刻だけれど、その巻末広告に大佛次郎『日蓮』、細田民樹『黄色い窓』、林房雄『都会双曲線』、明石鉄也『失業者の歌』などのプロレタリア小説に加え、時代小説を主とする「先進社大衆文庫」シリーズも掲載されている。一冊も入手していないが、先進社が文芸書の版元であったことを示しているし、『大日本思想全集』の企画と何らかの関係があるように思われてならない。

近代文学館〈特選 〔25〕〉浅草紅団―名著複刻全集 (1971年) 新・プロレタリア文学精選集 (9) f:id:OdaMitsuo:20210323110427j:plain:h120


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古本夜話1140 坂本嘉治馬と吉田東伍『大日本地名辞書』

 本探索1133において、冨山房の『漢文大系』には言及しなかったので、ここでその代わりとしてではないけれど、これも同じく予約出版だったと見なせる吉田東伍の『大日本地名辞書』を挿入しておきたい。

f:id:OdaMitsuo:20210322111520j:plain:h100

 私が架蔵しているのは明治三十三年初版、昭和十二年十二月再版の『大日本地名辞書』全七冊である。著者の吉田のプロフィルと編集執筆状況、その刊行に至る経緯と事情に関しては『冨山房五十年』、杉村武「大日本地名辞書」(『近代日本大出版事業史』所収)、紀田順一郎「超人学者の記憶容量―吉田東伍と『大日本地名辞書』」(『日本博覧人物史』所収)などにおいて、詳細に語られているので、やはり続けて流通販売の視点から考えてみよう。

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 冨山房については『近代出版史探索Ⅱ』237と『近代出版史探索Ⅴ』994で「模範家庭文庫」、『近代出版史探索Ⅴ』995で「画とお話の本」、『近代出版史探索Ⅱ』238で『国民百科大辞典』、『近代出版史探索Ⅳ』626で『カトリック大辞典』といった児童書シリーズや辞典を取り上げ、前者が児童書としてはとても高価であることにふれた。それゆえに当時の書店事情からして販売が限定されたのではないかと推測しておいたが、視点を変えると、外交販売市場に向けての企画ゆえに高定価も成立したのではないかとも思われた。それは「近代社と『世界童話大系』」(『古本探究』所収)も同様で、当時のハイレベルな児童書は書店とは異なる外交販売市場を有していたことから、そうした企画と高定価設定も許されたと認識するに至ったのである。

近代出版史探索II 近代出版史探索V 近代出版史探索IV 古本探究

 冨山房にあって、児童書のみならず、辞典の分野においても、それが成立していたと考えられるので、まずはそのことをうかがわせている創業者の立項を引いてみる。

 [坂本嘉治馬さかもと・かじま]一八六六~一九三八(慶応二~昭和一三)冨山房創業者。高知県生れ。一八歳で上京、郷土の先輩小野梓の経営する書肆東洋館に入り、支配人格となったが、小野の没後、一八八六年(明治一九)神田神保町に冨山房を創業。天野為之の『経済原論』を処女出版、以来、学術書、教科書などを出版、円本合戦のさなか一九二七年(昭和二)には、時流に超然としてわが道を行くの態度で『日本家庭大百科事彙』全四巻の刊行をはじめ多くの出版を成功させた。また、上田万年、松井簡治『大日本国語辞典』全五巻、大槻文彦『大言海』、『国民百科大辞典』全一二巻などで社名を高めた。小野梓の遺訓「益世報効」を社是とし、「良い本は高くとも売れる」という信念をもって生涯良書の出版事業に専念した。中学教科書協会会長もつとめた。

 残念ながら、ここには『大日本地名辞書』は挙げられていないので、それを補足しておく。吉田は明治二十六年に冨山房から『日刊古史断』を上梓した際に、史学研究には地理地誌の知識が不可欠だと痛感し、そのためにはまず地名辞書を編纂すべきだと考えた。それを同郷の市島春城に相談した。拙稿「市島春城と出版事業」(『古本探究』所収)で既述しているように、この時代に市島は早稲田大学出版部設立に参加し、さらに国書刊行会、大日本文明協会などの出版事業に関係していくことになる。

 その市島が吉田の企画を冨山房の坂本のところに持ちこみ、明治三十三年に『大日本地名辞書』第一冊上が出され、四十年に十一冊目の「汎論索引」によって完結する、この五一八〇ページに及ぶ大冊は「歳月を閲すること十有三春秋」(「序言」)に及んだのであり、その書影と早大図書館蔵の数万枚の原稿は、先述の紀田の論稿に見ることができる。そして吉田はこの編纂の功によって、中学しか出ていないにもかかわらず、文学博士の学位を授けられたのである。

 それでも吉田は休む間もなく、続篇の『北海道・樺太・琉球・台湾』をも完成して全五巻、さらに死後の大正十二年の第三版は全七巻となり、私が入手したのは昭和十年の「新修復興版」に他ならない。四六倍判の七冊は「上方」「中国・四国・西国」「奥羽」「北国・東国」「北海道・樺太・琉球・台湾」「汎論索引」となっている。奥付定価は七十円で、著者吉田東伍と並んで、右相続者吉田春太郎の名前がある。その事実からすれば、長きにわたって著作権と印税が吉田の遺族に保証されていたことを示し、吉田の仕事が家族に対して報いられたことを知るのである。

 「汎論索引」の巻頭に収録された八六ページに及ぶ多数の「祝辞、序、評論」は『大日本地名辞書』が当時の一大出版プロジェクトであることを知らしめている。巻末の坂本の「大日本地名辞書の後に書す」には、明治三十三年当初「予約価七円五十銭なりき」が刊行に連れ、ページ数が増え、「三十五年九月予約は諸君子の義俠に訴へて、第三冊以下実費半額の追加を請ひて事業を継続せり」、「今日本書が無事実成の功を全うし得たる所以のもの、一は予約諸君子が深大なる同情の賜と感激措く能はざる所なり」との言が見える。

 これらは『大日本地名辞書』が予約出版と外交販売市場に多くを負っていたことを伝えているし、先の坂本の立項にしても、そうした含みをこめているのだろう。また冨山房の辞書事業にしても、市島経由で早稲田大学出版部の予約出版を見習っていたこと、それに加えて『坂本嘉治馬自伝』(「出版人の遺文」所収、栗田書店)でほのめかされているように、中等教科書の合同事業としての明治図書株式会社に参加し、新たな書店外商ルートとつながったことが大きく作用したのではないかと思われる。

f:id:OdaMitsuo:20210321152752j:plain:h110(「 出版人の遺文」)


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