出版・読書メモランダム

出版と近代出版文化史をめぐるブログ

出版状況クロニクル163(2021年11月1日~11月30日)

21年10月の書籍雑誌推定販売金額は914億円で、前年比8.7%減。
書籍は514億円で、同4.1%減。
雑誌は399億円で、同14.0%減。
雑誌の内訳は月刊誌332億円で、同13.1%減、週刊誌は67億円で、同18.2%減。
返品率は書籍が32.8%、雑誌は43.9%で、月刊誌は43.4%、週刊誌46.3%。
雑誌のマイナスは大きく、返品率も高く、前年の『鬼滅の刃』の神風的ベストセラーの反動であろう。
だがさらなる問題は1月からの累計が1兆93億円、前年比0.4%減とマイナスに転じたことで、
コロナ巣ごもり需要はもはや見られず、21年の推定販売金額も前年マイナスが確実になったことだ。



1.『新文化』(11/8)が東京調布市の真光書店の矢幡秀治社長、日書連会長にインタビューしているので、それを要約抽出してみる。

* 20年4、5月の売上はコロナ禍の巣ごもり需要などにより、19年に比べ50%増となった。その後も20年はコミックが貢献して微増で推移したが、21年以降は徐々に売上は下がり、10月期は19年比で10%減となっている。
* 今年に入ってからは巣ごもり需要を感じられず、緊急事態宣言が解除され、街には人が戻ってきているが、店の客数は減っている。
* その結論は出ないけれども、商圏内にあるくまざわ書店、パルコブックセンター、TSUTAYAとの競合の影響によるのかもしれない。実際に17年のくまざわ書店出店後、売上は20%落ちた。
*真光書店は1968年創業で、調布駅周辺では最も古い書店である。77年には南口店、2015年には八王子にも出店したが、前者はブックオフの開店、後者は近隣スーパーの閉店で売上が落ちたために撤退している。
* 現在の真光書店は調布パルコがオープンした1989年に竣工した自社ビルに入店している。真光書店ビルは全7階で、1階と地下1階が書店、6階が事務所で、その他の階はマクドナルド、クリニック、学習塾などがテナントとして入っている。
* 書店売場面積は各60坪で、1階が雑誌、一般書、文庫、新書、地下がコミック、学参、理工書で、地元の水木しげるの常設コーナーもあり、また昨年まではパソコン教室も開いていた。
* 書店売上はここ5、6年赤字が続き、不動産経営、役員報酬の削減、外商部門の売上で補填している。従業員は社員、パート、アルバイト25人で、2000年代は35人だった。これ以上の人員削減は店舗運営に支障をきたす。2000年代前半は店売と外商比率が2対1だったが、現在は外商が店売をやや上回っている。
* 外商は閉店した他の書店の取引先を引き継ぎ、手を広げてきた。店舗を維持していることで、図書館や行政施設との関係を保てているし、調布の老舗書店として、店舗運営を止めるつもりはない。


 矢幡社長の率直なレスポンスによって、今世紀に入っての東京近郊の老舗書店の具体的な動向とポジション、現在状況が浮かび上がってくる。
 自店の出店と閉店の繰り返しの中でのさらなる競合店の開店、それに巣ごもり需要とコミックによる疑似回復、しかし21年に入るとそれらも失速し、19年比マイナスに追いやられていることになる。
 救いなのは自社ビルと不動産収益、店売を上回る外商売上であるが、どこまで赤字に耐えられるのか、ここ数年が正念場とも考えられよう。
 真光書店の側から見ると、自社ビルを持たず、テナントで、しかも外商もないとすれば、それこそ書店の「店舗運営」が成り立たないことが歴然となってしまうのである。



2.文教堂GHDは18年に債務超過となり、19年に再建のためのADRが成立し、その計画に基づき、アニメが事業譲渡、保有財産売却、30店の不採算店閉店、希望退職者募集などを経てきた。
 そうした中での2021年8月期決算は売上高187億8200万円、前年比11.8%減、営業利益3億6500万円、同11.8%減の減収減益だが、財務改善がなされつつあると発表。

3.ワンダーグーチェーン48店が楽天BNからトーハンへ帖合変更。

4.大垣書店が広島の廣文館をグループ会社化。

5.CCC=TSUTAYAが名古屋の名鉄百貨店本店に出店。

6.神戸市の三宮ブックスが解散。同社の村田耕平社長は1997年から2003年にかけて、兵庫県書店商業組合理事長を3期務めていたが、21年3月に死去していた。

7.作家の今村翔吾を代表とする株式会社京国(滋賀県大津市)が9月に閉店した大阪市箕面市のきのしたブックセンターを引き継ぎ、11月1日リニューアルオープン。京都のふたば書房のFC店としてである。

8.ノンフィクション作家の田崎健太の(株)カニジルはさきごろ米子市の鳥取大学医学部附属病院内に、小説家の鈴村ふみを店長とする「カニジルブックストア」を開店。
 ノンフィクション、医療、クオリティ・オブ・ライフをテーマとして15坪のセレクトショップで、俵万智や最相葉月などの100人の選書委員が選んだ本を中心とする。店内レイアウトは日販のリノベーション推進部による。

 書店の出店や閉店も含め、まだ他にもあるけれど、10月状況はこのぐらいにとどめておこう。
 に象徴される書店売上動向の中において、これらの事象が起きていることになる。
 からは大手書店の状況だが、2の文教堂に株式市場は反応しておらず、株価はついに60円を割りこんでいる。それは3のワンダーコーポレーションも同様である。
 の大垣書店にしても、『出版状況クロニクルⅥ』で、特別清算と新会社発足にふれた廣文館の傘下に収めるメリットがあるとは考えられない。トーハンの要請による、とりあえずの「囲い込み」と見なすしかない。それは本クロニクル154でふれた5のTSUTAYAのフタバ図書のFC化と酷似している。
 これも紛らわしいが、のふたば書房によるFC化とも通底し、前回の本クロニクルでも、その実例を挙げておいたばかりだ。
 のTSUTAYAだが、近くにある300坪ほどの店舗に12月閉店が告知されていた。すみやの店舗を引き継ぎ、合わせて30年ほど営業していたことになるが、ついに閉店となった。
 雑誌やコミックはともかく、書籍に関してはまったく売れているようではなく、レンタルに支えられていたことは明らかだった。
 しかしネット配信の隆盛を受け、文具や雑貨売場を新設しても、ほとんど効果はなかったと見なせよう。それにすみやを引き継いだテナント契約にしても、日販が介入していた可能性が強いし、この跡地はどうなるのか、それも追跡し、レポートするつもりだ。
 は経営者が亡くなると立ちゆかなくなり、後継者もいないことを浮かび上がらせている。それに負債はどう処理されたのだろうか。
 はこれも前回の本クロニクルで言及した落合博『新聞記者、本屋になる』(光文社新書)のラインにつながる動向で、これからも出版業界関係者によって続いていくだろう。こうした素人による本屋開店をあおった「シロサギ」本屋ライターたち、及び『本の雑誌』(5月号)の特集「本屋がどんどん増えている!」は罪が重いことを自覚すべきだ。

出版状況クロニクルVI: 2018.1~2020.12 新聞記者、本屋になる (光文社新書) 本の雑誌455号2021年5月号

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9.『創』(12月号)が特集「街の書店が消えてゆく」を組み、永江朗「とめどなき書店減少と流通再編」、田口久美子「本と書店を生かす道を考えたい」など11本のレポートが掲載されている。

創(つくる)2021年12月号

 『出版状況クロニクルⅥ』で、2019年の岩波書店『世界』(8月号)の特集「出版の未来構想」に関して、そのあまりの不毛な内容にあきれてしまったことを既述しておいた。
 このような『創』の恒例の特集にしても、本クロニクル153などで「床屋談議」にすぎないと批判してきている。
 それは寄稿者たちの出版状況認識の歴史的欠如、思いこみによるバイアス、データの捉え方の錯誤などに起因しているだけでなく、篠田博之編集長自身がそれらのすべを体現しているからに他ならないだろう。
 特集の前ふりとして、「街に書店が一軒もないという地域が拡大していることが何年か前から指摘されてきた。本や雑誌との新たな出会いや発見の機会が失われるという、それは深刻な意味を持っている」と書いている。本当に今さら何をか言わんやである。
 それに加えて、準出版業界誌に位置づけられる『本の雑誌』が本屋が増えていく特集、『創』が書店が消えていくという相反する特集を同じ2021年に組んでいるわけだから、これらも「シロサギ」特集といってかまわないだろう。
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10.『文化通信』(11/16)がビジネス書要約サービスのフライヤーをレポートしているので、ここでも紹介しておこう。
 フライヤーは出版社や著者の許諾を得たビジネス書を10分ほどで読める分量に要約し、ウェブやスマホ上で配信している。月額2200円のゴールドプランだと2600冊が読み放題となる。主な利用者は30~40代で、現在の累計会員数は86万人、法人採用は410社を超えている。
 このフライヤーが選書したビジネス書常設棚がコロナ禍もあって、書店チェーンでも非ロック採用され、877店に及んでいる。フライヤー棚は10冊から100冊が目安で、拡材POP、パネルのデータが提供される。フライヤーが書店と組むのは「ウィンウィンの関係」、及び出版社や著者にとっても「三方よし」の価値を提供したいからだ。
 フライヤー棚を常備しているチェーン書店は未来屋書店が100店、トップカルチャーが68店、ゲオ、三洋堂、明屋書店、金高堂、啓文社、附家書店、平惣である。

 ウェブネット上のビジネス書要約プロジェクトがチェーン書店のビジネス書売場と連携したということになろうか。
 かつてTSUTAYAがバッハと組み、人文書セットを平積みも含め、均一的に全店舗で展開し、大失敗したことを記憶しているが、フライヤー棚はビジネス書のプレゼンテーションとして手軽なので、まだ増えていくように思われる。それが常態化するとビジネス書担当者もいらなくなるだろう。



11.九州の雑誌センターと沖縄県書店商業組合は、九州地区と沖縄組合加盟店のムック返品受け入れと現地で古紙化をスタート。
 164社の出版社が承諾し、21社が協議中とされる。それらの返品は現地で古紙化されるか、古紙化できないムックなどは従来通り、取次の物流拠点に返品される。

 この問題は書店の返品運賃高騰に起因し、『出版状況クロニクルⅥ』でも取り上げ、本クロニクル158でもムックの発行と販売データ、及びムックを主とする枻出版社の民事再生法にもふれておいた。
 しかし164社という多くのムック版元が承諾したということは、ムック自体がもはや返品されても再出荷率も低く、リサイクルなどの二次流通の対象ともならず、多くが断裁されている事実を示しているのかもしれない。
 協議中の21社の実名は挙げられていないが、高定価のムック類に関しては承諾できるはずもない。例えば、平凡社の「別冊太陽」シリーズにしても、現地での古書化は認められないだろうし、他社の同様のムックにしてもしかりであろう。
 それにしても、ここまできてしまえば、次に返品率の高いその他の雑誌、書籍も対象となっていくことも考えらえる。そのことによって、返品ゼロが実現することになったら、まさに出版社にとっての既刊書も、実質的に価値どころか、資産としての意味すらも消滅してしまうだろう。



12.岩波書店は自社の倉庫業を担ってきた後楽園ブックセンターを解散し、それらをポプラ社ロジスティクスへと委託。

 筑摩書房が倉庫用地も売却し、在庫を昭和図書へと委託したように、アウトソーシングへと移行せざるを得ない状況にあるのだろう。
 他の人文書出版社にしても、水面下で同じ状況となっていると伝えられている。



13.KADOKAWAは中国テンセントグループと資本業務提携を結び、その完全子会社Sixjoyを引受先とした第三者割当増資によって、300億円を調達する。
 それは発行済株式総数の6.86%に相当する486万2200株の発行となる。

 楽天のテンセントとの資本業務提携、第三者割当増資と同じスキームであり、それとKADOKAWAの中国、アジア戦略も連動しているように見受けられる。私たちとは金額から無縁であるけれど、その行方はどうなるであろうか。



14.やはり『文化通信』(10/26)にKADOKAWAの代表取締役に就任した夏野剛のインタビューが掲載されている。
 それを要約してみる。

* 昔から角川文庫で慣れ親しんでいるKADOKAWAの社長になれて感慨深く、しかも業績がぐっと上がり始めた時期であったので、僕は幸せ者だ。
* 僕は出版業界のことを全く悲観していない経営者で、テクノロジー系の出身でもあり、KADOKAWAを世界で一番テクノロジーをたくさん使っている出版社にしたいし、グローバルにメディミックスを進めていきたい。
* 英語圏、中国、その他アジア圏の3つのカテゴリーの中で、コミックやライトノベルなどの海外部門を現在の全売上高10%から20%までもっていくのが目標です。
 世界観がしっかりしていて、日本のマーケットで良い反応があれば、海外でも受け入れられる。


 まだ続いているのだが、これで打ち止めにしておきたい。
 前回の本クロニクルで岩波書店の新社長の同じく『文化通信』のインタビューを引いておいた。そして何もいっていないに等しいとのコメントを添えておいたが、夏野の場合もそれが当てはまる。
 『ZAITEN』(11月号、10/1発売)で、ジャーナリスト幅耕平によって実績不明の「炎上男」「チーママ」と批判されたことに対する、内実を伴わない弁明のように受け止められてしまうであろう。
ZAITEN 2016年11月号



15.『週刊読書人』(11/12)が「角川歴彦×高井昌史×野間省伸」の鼎談「いつでも、どこでも、読みたい本を読める社会に」を特集掲載している。

 この鼎談は「日本電子図書館サービス(JDLS)「LibrariE」を中心に」とあるように、図書館向け電子書籍貸出サービスのJDLSが2013年に角川書店、講談社、紀伊國屋書店の提唱によって設立され、電子書籍と図書館の関係の始まりとその後の展開、現在状況が語られている。それにJDLSの二俣富士雄も加わり、大学図書館131館、学校図書館128館、公共図書館223館に及び、現在のLibrariEの電子書籍は7万5000点で、KADOKAWA 1万5000点、講談社6000点と2社で3分の1を占め、出版社はトータルで250社となっていることを伝えている。
 しかしこの鼎談は我田引水的であり、『出版月報』(10月号)の特集「電子図書館の現状と課題」と合わせ読まれるべきだろう。そこに収録された「電子図書館サービスに関する主な歴史」と「公共図書館向け電子貸出サービスの主な商流」チャートは啓蒙的で、とても参考になることを付記しておこう。



16.『朝日新聞』(11/16)が日本の漫画の最大級海賊版サイト「漫画BANK」についての記事を発信している。
 それによれば、アメリカの裁判所が運営者の氏名、住所、アドレスなどを開示するように、グーグルなどに命令を出していることが判明した。
 「漫画BANK」は2019年12月に存在が確認され、今月上旬に閉鎖されたが、『鬼滅の刃』『名探偵コナン』などの人気作品も無料で読め、月間8000万のアクセスがあり、被害額は2082億円に上るとされる。
 集英社、講談社、小学館、KADOKAWAは顧問弁護団と対策を協議し、カリフォルニア州裁判所にグーグルなどへの開示命令を出すように求め、それが12日に出されたが、運営者の拠点は日本国外という可能性もあるようだ。


鬼滅の刃 23 (ジャンプコミックス) 名探偵コナン (100) (少年サンデーコミックス)

 本クロニクル158で、海賊版サイトは多くがベトナムに拠点があること、インターネットにおける自律的分散型システムをコアとしているので、国境を越え、対策を講じても増殖していくのではないかとの観測を示しておいた。
 そのひとつが「漫画BANK」であり、閉鎖に追いやられても、また新たなサイトが出現するであろう。
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17.『ビッグコミック』(11/10)が「さいとう・たかを追悼特集」を組、1974年の「ゴルゴ13」シリーズ「海へ向かうエバ」83ページを再録している。

ビッグコミック 2021年 11/10 号 [雑誌] 007 ロシアより愛をこめて アルティメット・エディション [DVD] f:id:OdaMitsuo:20211126115803j:plain:h120

 この追悼特集を読み、あらためて「ゴルゴ13」の起源を考えさせられた。
 1960年代はイアン・フレミングの007ブームの時代であり、ハヤカワミステリや創元社推理文庫とともに、映画もブームとなり、確かさいとうも『ボーイズ・ライフ』で007をマンガ化していたはずだ。
 私もご多聞にもれず、中学生だったが、『ロシアより愛をこめて』を始めとする007の小説と映画に入れこんでいて、それでさいとうのマンガも立ち読みしたのだと思う。007シリーズはエラリー・クィーンやヴァン・ダインなどのミステリーと異なり、スパイ小説という新しいジャンル、世界を開示してくれたし、それはさいとうの劇画にとっても大いなる刺激となったにちがいない。
 ゴルゴ13もその延長線上に誕生し、そこからさいとう番の編集者長崎尚志と浦沢直樹の『MASTERキートン』、浦沢の『MONSTER』、それから私がファンである真刈信二作、赤名修画『勇午』なども派生していったと思われる。
 それらの作品をスピンアウトさせたことも、さいとうの「ゴルゴ13」シリーズの隠れたる功績だったのではないだろうか。
MASTER KEATON / 12 完全版 (ビッグコミックススペシャル) MONSTER: 終わりの風景 (18) (ビッグコミックス) 勇午 22 (アフタヌーンKC)



18.『月刊MOE』(12月号)が「ゴールデンカムイとアイヌの物語」の特集を組み、野田サトルにもインタビューしている。
MOE (モエ) 2021年12月号 [雑誌] (ゴールデンカムイとアイヌの物語 | 絵本ふろく ヨシタケシンスケ「かみはこんなに くちゃくちゃだけど」)

 これは『カムイ伝』の白土三平の死去をうけ、その後継者としての物語である『ゴールデンカムイ』にスポット当てようとする企画とも見なせよう。
 カラーページによる紹介と野田へのインタビューは楽しく読めるし、好特集で、ロングセラーとなっている中川裕『アイヌ文化で読み解く「ゴールデンカムイ」』(集英社新書)とともに手元に置いておこう。
 17の「ゴルゴ13」ではないけれど、『ゴールデンカムイ』もまた白土の『カムイ伝』を揺籃の地として生み出されてきたのである。まだ23巻までしか読んでいない。続きを読まなくては。
カムイ伝全集 第一部 (15) (ビッグコミックススペシャル) ゴールデンカムイ 27 (ヤングジャンプコミックス) アイヌ文化で読み解く「ゴールデンカムイ」 (集英社新書)



19.映画評論家の西脇英夫が亡くなった。

 私は『読売新聞』の訃報記事で知ったが、他には見ていないので、まだ知られていないのかもしれない。
 西脇は『三一新書の時代』(「出版人に聞く」16)の井家上隆幸の編集で、1976年に東京白川書院から『アウトローの挽歌』を刊行している。
 同書はサブタイトルに「黄昏にB級映画を見てた」とあるように、初めてやくざ映画・任侠映画の総体を「B級映画」として論じた一冊で、その後のノンジャンルのB級物の走りだったと思われる。
 彼はまた東史朗名での漫画原作者で、かわぐちかいじの『牙拳』(日本文芸社)を始めとする多くの作品が残されたことになる。 
三一新書の時代 (出版人に聞く) f:id:OdaMitsuo:20211126135932j:plain:h120 牙拳1 (かわぐちかいじ傑作選)



20.『近代出版史探索Ⅵ』は遅れてしまい、22年の年明けとなるが、表紙カバーは山本芳翠「浦島図」を使うので、ご期待下さい。
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 論創社HP「本を読む」〈70〉は「ルイ・アラゴン『パリの神話』と『イレーヌ』」です。

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古本夜話1212 国民教育普及会『怖ろしき夢魔・獣人』

 前回、天佑社のゾラ『貴女の楽園』の巻末広告に、やはり三上於菟吉訳『怖ろしき夢魔』『苦き歓楽』、松本泰訳『アベ・ムウレの罪』が既刊として並んでいることにふれた。また『近代出版史探索Ⅵ』1176、1179で、『怖ろしき夢魔』が『獣人』として、改造社の「ゾラ叢書」に収録され、それは『アベ・ムウレの罪』も同様であることに言及しておいた。

f:id:OdaMitsuo:20210910210514j:plain f:id:OdaMitsuo:20210910210036j:plain:h112(『貴女の楽園』)f:id:OdaMitsuo:20210912140056j:plain:h118f:id:OdaMitsuo:20210912140317j:plain:h118(天佑社版『怖ろしき夢魔』)

 私の場合、天佑社版『怖ろしき夢魔』『苦き歓楽』は入手していないが、前者の国民教育普及会版『怖ろしき夢魔・獣人』と後者の元泉社版『歓楽』は手元にある。ここでは『歓楽』のほうが大正十二年五月の刊行なので、こちらを先に取り上げる。『歓楽』は『近代出版史探索Ⅲ』435で既述しておいたように、大正十一年に三上が植村宗一(後の直木三十五)と立ち上げた元泉社からの出版である。奥付には訳者兼発行人として三上於菟吉の名前が記載されている。これには訳者による「小序」が付され、同書の翻訳が『近代出版史探索Ⅵ』1189の Hutchinson 版の Joy of Life を底本としていること、また「此の書の第一訳は数年前某書肆から公刊されたが、今度の改訳は勿論あらゆる点で前者を凌駕する」と述べられている。

f:id:OdaMitsuo:20210912144539j:plain:h120 (元泉社版『歓楽』)

 私は元泉社版が先に出され、それが天佑社の『苦き歓楽』として引き継がれたとばかり思っていたが、それは逆であったことになる。とすれば、『貴女の楽園』の最初に訳者の「『改版』について」が置かれ、「第一版の本書の巻末は、私が最近ひどく健康を害して業がはかどらなかつたため助手の手を借りたので大分読み難いとことが多かつた」ので、「出来る限り手を入れた」とあるのは、『貴女の楽園』も異なる版が出ていることになる。

 大正十年の金星堂の大島匡助訳『怨霊』は入手できていない。だが『近代出版史探索Ⅱ』325で書いているように、同十五年の石渡正文堂版『呪はれたる抱擁』は手元にあり、これは『近代出版史探索Ⅵ』1180の『芽の出る頃』の訳者関口鎮雄による『テレーズ・ラカン』である。関口の『ゾラ著作異状なし』に関しては同1181で取り上げている。そうした翻訳と出版をめぐる問題はゾラだけでなく、多少時代の多くの翻訳書につきまとい、謎だらけというしかない。

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 それはまさに『怖ろしき夢魔・獣人』にも見ることができよう。こちらは大正十年に天佑社から出された。『怖ろしき夢魔』の譲受出版と見なしていい。大正十三年に本郷区本富士町の国民教育普及会の刊行で、発行社は下谷区中根岸の岩田誠一郎となっている。『近代出版史探索』61などの坂東恭吾が帝国図書普及会、同296の大京堂の神谷泰治が趣味の教育普及会を名乗っていたように、下谷区中根岸の岩田にしても、特価本業界に属し、彼らの近傍にいて、国民教育普及会を立ち上げたのであろう。

 しかし奥付を見ると、九月十日三十五版発行はともかく、譲受出版を示す「不許可複製」の記載はなく、海賊出版のような印象を与える。定価二円七十銭も高く感じられる。これは最初から特価本業界の流通販売るーとで、低正味買切制によって注文を募り、卸すという単独商品だったのかもしれない。壇原みすずは「天佑社の時代・金尾文淵堂との関係」(『小林天民と関西文壇の形成』所収)において、「大正十二年の関東大震災で天佑社は瓦解し、書籍十数万冊と本の紙型も全て焼失して、廃業の止むなきに至ったのである。天佑社の活動はわずか四年間であった」と述べている。

 それは天佑社だけでなく、同じくゾラを翻訳出版していた大鐙閣や元泉社も同様であった。その一方で、新潮社のナナ御殿は安泰だった。このような関東大震災後の出版状況の中で、特価本業界は出版金融も絡んだ魑魅魍魎的といっていい譲受出版を広く鵜展開していく。

 それらをあらためて正規の出版業界へと回収するために、『獣人』『アベ・ムウレの罪』を収録する改造社の「ゾラ叢書」が企画されたと思われてならない。したがって三上訳『獣人』は天佑社版『怖ろしき夢魔』、国民教育普及会『怖ろしき夢魔・獣人』を経て、昭和に入り、「ゾラ叢書」に加えられたことになる。それは三上による「ゾラに就いて」も同様の回路を見ている。三上と天佑社、また大鐙閣のゾラの翻訳を考えただけでも、十冊以上に及ぶわけだから、当初は改造社の「ゾラ叢書」もかなりの巻数を予定していたのではないだろうか。

f:id:OdaMitsuo:20210802111556j:plain:h120(改造社版)f:id:OdaMitsuo:20210722112638j:plain:h120(改造社版)

 ところが予測以上に譲受出版は広く行なわれ、そのために「ゾラ叢書」も三冊で終わってしまった。それにこの時代にはもうひとつの『獣人』訳も刊行されていたのである。それは『近代出版史探索Ⅵ』1179で言及した坂井律訳『死の解放』としてで、私の手元にあるのはこれも『近代出版史探索』194などの成光館からの出版だが、奥付の記載から「大正十二年五月発行」の譲受出版だとわかる。その版元名は『近代出版史探索Ⅵ』1179で指摘しておいたように、精華堂書店である。しかも成光館版は昭和七年の刊行なので、すでに譲受出版は数社を経たと考えるほうが妥当であろう。その後も昭和十五年に『近代出版史探索Ⅱ』270の泰光堂版が出されている。

f:id:OdaMitsuo:20210729120231j:plain:h118(『死の解放』、精華堂書店版) f:id:OdaMitsuo:20210801171138j:plain:h120(『死の解放』、成光館版)

 したがって『近代出版史探索Ⅵ』1179で指摘しておいたように、この二冊は訳文も付されたゾラ作も異なり、一方は改造社、他方は特価本業界の出版社を通じて、大正十年代から昭和戦後にかけて、読まれ続けてきたことになる。それにしても訳者の坂井はどのような人物であったのかが気にかかっているけれど、現在に至るまで判明していない。


[関連リンク]
 過去の[古本夜話]の記事一覧はこちら

古本夜話1211 三上於菟吉訳『貴女の楽園』、天佑社、小林政治

 これも三十年ほど探していたゾラの三上於菟吉訳『貴女の楽園』を入手した。同書は『ボヌール・デ・ダム百貨店』の初訳で、大正十一年に天佑社から刊行されていたが、かつては数年に一冊しか古書市場に出ないという稀覯本で、古書価も数万円すると伝えられていた。

f:id:OdaMitsuo:20210910210514j:plain f:id:OdaMitsuo:20210910210036j:plain:h112(『貴女の楽園』)

 それは鹿島茂が『デパートを発明した夫婦』(講談社現代新書)において、最初から『ボヌール・デ・ダム百貨店』をテキストとして用い、論じていたことも作用していたと思われる。ところが大正時代の三上訳『貴女の楽園』以後、新訳が出されなかったのである。そのこともあってか、私が論創社版「ルーゴン=マッカール叢書」の『ボヌール・デ・ダム百貨店』(伊藤桂子訳)の編集に携わった時には、本の友社から復刻版も出され、それを参照したことを想起してしまう。

f:id:OdaMitsuo:20210910211337j:plain:h110 ボヌール・デ・ダム百貨店

 しかし本探索でずっと書いてきたように、これまで未見だったし、入手していなかった大正時代のゾラの訳書が次々と見つかるので、『貴女の楽園』も「日本の古本屋」で検索してみた。すると何と二冊もあった。それも二千円と千円の二冊で、函つきの二千円のほうを注文すると、ただちに届いた。函もまったく痛んでおらず、以前の所有者の愛書家ぶりを彷彿とさせ、一世紀前の出版物とは思えないほどだった。

 『貴女の楽園』に関しては『近代出版史探索Ⅲ』402、流行作家、翻訳者としての三上については同435、彼が妻の長谷川時雨とともに出版者だったことは「夫婦で出版を」(『文庫、新書の海を泳ぐ』所収)などで既述している。それでも初めて『貴女の楽園』を手にするのは感慨無量というしかなかった。三上がよった英訳はどの版なのか不明だが、その邦訳タイトルはThe Ladies’ Paradise によっていることは明白だ。田山花袋もシカゴの同タイトルのLaird &Lee 版を読んでいたようだ。

文庫、新書の海を泳ぐ―ペーパーバック・クロール

 この『貴女の楽園』の翻訳を通じて、日本においてもパリの消費社会が幕開けなったのである。前の所有者は中扉のところにAu Bonheur des Dames と原タイトルを書きつけている。冒頭における南仏からパリへやってきた三人の姉弟が「貴女の楽園」という近代的デパートと遭遇する場面を引いてみる。

 『「貴女の楽園」』とジャンはすでに女性を慕ふ年齢になつた美少年のやうに、優しい笑を浮かべて読んだ。『美しい名だ―きつと客を引くでせうね―え?』
 とは言へドニーズは、表の入口の陳列に心を奪はれて居た。街路に面した舗石の上には廉賣品の山があつた―いづれも誘惑的に通行人の目を惹き易い品であつた。毛織物や服地の端切れとか、メリメ羅紗、チエブイオツト羊毛織、スコツチ織などが、なごやかな、基盤目や、純碧色(そらいろ)の縞目を見せて旗のやうに吊つてあつた。そして大きな価格札は橄欖緑色を帯びて輝やかしかつた。確に大繁昌の店舗に違ひなかつた。建物は商品を詰め切れないで、戸外の舗石まで吐き出して居るやうに見えるのであつた。

 そうか、造本の鮮やかなブルーはこの「純碧色」に由来するのかという気にもさせられる。このようにして、ゾラの「ルーゴン=マッカール叢書」第十一巻『ボヌール・デ・ダム百貨店』は初めてお目見えすることになったのだ。いかなる意図で、三上が消費社会小説の嚆矢というべき『貴女の楽園』を翻訳するに至ったのかは不明だけれど、ゾラの「ルーゴン=マッカール叢書」への強い執着から発していることは疑いを得ない。

 それは版元の天佑社にしても同様で、奥付裏には松本泰訳『アベ・ムウレの罪』、三上訳『怖ろしき夢魔』『苦き歓楽』が既刊として並び、それに『近代出版史探索Ⅵ』1184の『酒場』も加わるわけだから、「叢書」の五作を刊行していることになる。それに同じ水上訳『労働』上、榎本秋村訳『沐浴』も入れれば、ゾラは七冊出版されたのである。またそこには本探索1205の八木さわ子訳のドーデ『プチ・シヨウズ』も見え、これがのちに岩波文庫化されたとわかる。

f:id:OdaMitsuo:20210912140056j:plain:h120f:id:OdaMitsuo:20210912140317j:plain:h120(『怖ろしき夢魔』) f:id:OdaMitsuo:20210803110843j:plain:h120(天佑社版)

 天佑社の創立者の小林政治に関しては拙稿「天佑社と大鐙閣」(『古本探究』所収)ですでに言及しているけれど、ここでは『日本近代文学大事典』の立項を挙げてみよう。

 小林政治 こばやしまさはる 明治一〇・七・二七~昭和三一・九・一六(1877~1956)実業家、小説家。兵庫県生れ。号天眠。実業家だが文人らを物質的に援助し、とくに与謝野夫妻の後援者で、晶子に『源氏物語』の全訳をさせたことは意義深い。浪華青年文学会結成(明三〇・四)と「よしあし草」創刊(明三〇・七)に協力する。小説『難破船』(「少年文集」明二九・四)をはじめ、「よしあし草」「関西文学」「新小説」「万朝報」などに小説を掲載す。著書『四十とせ前』(昭一四・九 自家版)『毛布五十年』(昭一九・六 自家版か)あり。

 これに付け加えれば、小林は中村吉蔵たちと知り合い、浪華青年文学会を結成し、『よしあし草』を創刊し、関西に新しい文学を芽生えさせる役割を果たした。『よしあし草』は明治三十四年に終刊となり、中村は上京し、『新声』の同人になっていたが、関西青年文学会は千二百人の会員を有しているのだから、将来の文学運動のための出版社を興すべきだと提案した。それを受けて、小林は会員有志百名近くを株主とし、大正七年に資本金十万円の株式会社天佑社を設立したのである。その範となったのは新声社=新潮社だったことはいうまでもあるまい。

f:id:OdaMitsuo:20210912141242j:plain:h120(『よしあし草』)

 ただ『貴女の楽園』の奥付発行者は小林ではなく、日岐久次郎となっているが、彼は支配人の立場の人物のように思われる。その後、真鍋正宏他編『小林天眠と関西文壇の形成』(和泉書院、平成十五年)が出され、そこに『四十とせ前』と『毛布五十年』の解読、小林と天佑社年譜、天佑社出版物一覧も収録されていることを知った。

小林天眠と関西文壇の形成 (上方文庫)


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古本夜話1210 ゾラ、渡辺俊夫訳『陥落』と日本書院

 ゾラの渡辺俊夫訳『陥落』をようやく入手した。これも二十年ほど探し求めていた一冊だったが、『近代出版史探索』193で推測しておいたように、やはり「ルーゴン=マッカール叢書」第十九巻の『壊滅』に他ならなかった。『陥落』は次のように始まっている。

 ラインの方に当たり、ミユルーズから二キロの沃野のまんなかに陣営が敷かれた。此の八月の夕方、壮厳に沈む太陽のもとに重い雲脚の斜に見える曇つた空に舎営の天幕が線を作つた。防禦線から規則正しい感覚を置いて叉銃線が光つてゐる。

 私は『壊滅』の完訳者であるので、この渡辺訳がフランス語ではなく、英語からの重訳だと断言できる。おそらく『近代出版史探索Ⅵ』1189のヴィゼッテリイの英訳 The Downfall (Chatto&Windus)によっていると思われる。それは邦訳タイトルも同様で、フランス語原題は La Débâcleであり、こちらだと『壊滅』になる。だがその邦訳名による出版は『近代出版史探索』197で既述しておいたように、昭和十六年アルスの難波浩訳を待たなければならなかった。

壊滅 (ルーゴン・マッカール叢書)

 『陥落』のほうは大正十二年十一月に日本書院からの刊行で、私が入手したのは四六判上製二九八ページの裸本で、函の有無もわからない。『壊滅』は「ルーゴン=マッカール叢書」の大団円ともいうべき普仏戦争を描いて最大の長編で、『陥落』のページ数で収まるものではないし、物語も半ばで途切れてしまっている。私の完訳は四百字詰原稿用紙に換算すれば、千四百枚に及んでいる。だが『陥落』は全訳でない英訳に基づくにしても、続けて見てきた三つの『女優ナナ』のような訳者による恣意的な抄訳やダイジェストではないし、それが渡辺による十月三十一日天長節の日付の「はしがき」に語られている。

 本書六百余頁の一部作として発売する筈であつたが、偶々震災に際し、後半の原稿は不報活版部で焼失したので、止むなく二部作として茲に発刊するに至つた。近く筆硯を改ためて後篇を刊行する。

 つまり関東大震災によって「後篇」の原稿が消失し、ここに「前篇」だけが出されたことになる。しかも渡辺は地震という「大自然の脅威の前に慴伏した東京」と「人為の鉄火に顫動した仏蘭西」を重ね合わせ、「ゾラは戦争―戦敗の烈々たる火災裡に於ける陥落の恐怖を真剣にしかも真面目に描いた」と述べている。渡辺も「大紅蓮の炎々たる旋風に戦慄狂奔した我東京人を見た」し、「大地を焦き立てる恐怖裡の東京人の心理は果して怎んなものであつたろうか?」という問いを『陥落』の中に見いだそうとしているように思える。まさに『陥落』=『壊滅』は「人為の鉄火」による普仏戦争がもたらした「大地を焦き立てる恐怖裡」をそのまま表出させていたからだ。

 それにこれはあらためて驚いてしまうのだが、『近代出版史探索Ⅵ』1179にリストアップしておいたように、「ルーゴン=マッカール叢書」の翻訳は十四冊を数え、しかもそこにない『陥落』などを加えると、二十冊ほどに及び、それは大正十年代に集中し、そこで確認できただけででも、十年二冊、十一年三冊、十二年は六冊も出ている。その翻訳出版の事実は、大正の社会そのものが日本の「ルーゴン=マッカール叢書」の時代だったことを告げているようにも思われる。

 だがこの『陥落』は訳者、発行者、出版社が三位一体となっているごとく不明である。訳者の渡辺は「東京人」だと推測されるが、そのプロフィルはまったく判明していない。発行者の福田滋三郎も同様で、麹町区麹町の日本書院についても、『陥落』を通じて知っただけで、長きにわたって大正出版界を渉猟しているけれど、心当たりがない。『近代出版史探索Ⅴ』868で社名は挙げているが、同じなのかわからない。唯一の手がかりは奥付裏の「日本書院創作八種」で、そこには橘外男『太陽の沈みゆく時』全三巻、福田稔『悔恨』、青木恵次郎『神は眠れり』、宮岡栄一『歓楽の刹那から醒めて』、石井淳『寂しい人々』、平田正三郎『愛は鞭つ』が並んでいる。

f:id:OdaMitsuo:20210910113502j:plain:h105 (『太陽の沈みゆく時』) f:id:OdaMitsuo:20210910112602j:plain(『歓楽の刹那から醒めて』)

 このうちの橘外男だけは『青白き裸女群像』(桃源社)を始めとして五、六冊読んでいるが、『太陽の沈みゆく時』は初めて目にする作品である。そこで橘の『死の蔭探検記』『ナリン殿下への回想』『ベイラの獅子像』(中島河太郎編『橘外男傑作選』全三巻、現代教養文語)に寄せられた中島の解題や「橘外男作品目録」に目を通してみた。すると橘の実質的デビューは昭和十一年の『文藝春秋』の実話原稿当選の「酒場ルーレット粉擾記」(『死の蔭探検記』所収)で、十三年の『ナリン殿下への回想』が直木賞を受賞したことで、実話や怪奇・冒険小説家としての道を歩み出していく。それもあって先の「同作品目録」昭和十一年版のものだ。

青白き裸女群像  f:id:OdaMitsuo:20210910120028j:plain:h95

 しかし中島によれば、それ以前の橘の経歴には謎の部分が多く、大正末期に『太陽の沈みゆく時』『艶魔地獄』など「四種六冊」を刊行し、前者には有島武郎が序文を寄せているが、その時代のことは不明という。しかも『太陽の沈みゆく時』第一巻は大正十五年刊としているけれど、日本書院版は同十二年、五十版とあるので、それ以前に刊行されていたはずである。ということは中島が見ているのは別の出版社のものかもしれない。

 橘の後に続く五人の作家の「創作」はそれぞれ版を重ねているにもかかわらず、『日本近代文学大事典』には誰も立項されていないし、索引にすらもその名前は見出せない。したがって『陥落』の訳者の渡辺、日本書院と福田、橘の作品への有島の序文、五人の作家たちといった具合に、すべてが大正時代の出版史の向こうに閉ざされたままである。これらに関して、これからも注視していくつもりだ。


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古本夜話1209 中央出版社「袖珍世界文学叢書」、戸田保雄訳『ゾラ集』、中島孤島訳『生の悦び』

 昭和円本時代に特価本業界も世界文学全集に類する出版を試みていて、それは中央出版社の「袖珍世界文学叢書」である。その一巻は昭和五年刊行の『ゾラ集』で、そこには『生の悦び』と『呪はれたる抱擁』の二作が収録されている。それに言及する前に、まずはその巻頭に置かれた「『袖珍世界文学叢書』の刊行」の言を見てみる。世界の「大文豪」の作品は「芸術の神品」「世界的国宝」であるとして、次のように謳われている。

 我等は今、世界屈指の大文豪が心血を注いで遺せし最も著名なる作品中一層著名なる作品のみを網羅したもので、本叢書は実に全世界の著名なる作品のエッセンスとも云ふ可きものである。即ち世界文芸の精華全十五巻を、時代の要求に従ひ袖珍版(小形本)として携帯の至便、装幀の華麗、内容の充実、価格の廉価等幾多の卓越せる条件を具備し、以て本叢書の刊行を期した次第であります。

 確かに函入上製の「袖珍版」は五〇〇ページを超えているが、一円の円本より安い八十五銭という「廉価」で、「携帯の至便」を備え、ポケットに入る世界文学全集の趣がある。それに奥付には円本特有の「非売品」表記はないので、予約出版ではなく、一冊ずつの販売が可能であったはずだ。この「袖珍世界文学叢書」は矢口進也『世界文学全集』にも取り上げられていないし、そのリストもここで示しておくしかないだろう。 
世界文学全集

1『イブセン集』    河合逸二訳
2『ゲーテ集』     石川曾平訳
3『モウパツサン集』 上浜清一訳
4『ゴルキー集』    本尾源蔵訳
5『チエーホフ集』   花井修三郎訳
6『ドストイエフスキー集』  荻島亮訳
7『ダンテ集』     竹村真手雄訳
8『メーテルリング集』  河合逸二訳
9『シエクスピーア集』  佐藤寛訳
10『ゾラ集』      戸田保雄訳
11『ツルゲヘーフ集』  品川準訳
12『ダヌンチオ集』   佐藤是康訳
13『トルストイ集』   太田正一訳
14『ストリンドベルヒ集』  水野誠三訳
15『ユーゴー集』    高野弥一訳

f:id:OdaMitsuo:20210908160114j:plain f:id:OdaMitsuo:20210908160425j:plain:h117 

 これらのタイトルリストは10の『ゾラ集』の巻末広告からの転載だが、訳者名は函にも本体にも記されておらず、かろうじて奥付のところに小さく見出されるだけだ。ちなみに発行者は石川彦三郎で、中央出版社は本郷区三組町に所在している。

 この『ゾラ集』しか入手していないこともあって、訳者名は『明治・大正・昭和翻訳文学目録』から拾っている。ところが本探索は近代翻訳史もたどることをひとつの目的としてきたけれど、これらの「袖珍世界文学叢書」の訳者名は全員がここで初めて目にするもので、それはペンネームというより偽名であるからだろう。その理由は戸田保雄訳とされる『ゾラ集』を検討していくと明らかになる。同書に『生の悦び』と『呪はれたる抱擁』が収録されていることは先述したが、これらは実際には戸田の訳ではないのである。

f:id:OdaMitsuo:20210801151015j:plain:h110

 『生の悦び』は『近代出版史探索』191でふれた坪内逍遥閲、中島孤島訳『生の悦び』(早稲田大学出版部、大正三年)のリライトといっていい。中島訳の冒頭を引用する。

f:id:OdaMitsuo:20210802104110j:plain:h118(『生の悦び』、中島孤島訳)

 食堂の郭公時計が六時を打つと、シャントーはがっかりし(てしまつ)た。彼(れ)は(、其の重い)痛風の脚を骸炭の火で暖め(つゝ掛け)て居た肘掛椅子から、辛じて立ち上(が)つた。彼(れ)は二時から(ずつと)斯うして、(もう)五週間も家を明け(て居)た妻(女)が、姪のポーリヌ、ケスといふ十歳の孤児を連れて(今日)パリから帰つて来るのを待受けていたのである。其娘を招来はシヤントー家で引き受つて後見する筈になつ(てい)たので。

 本来であれば、続けて『ゾラ集』の『生の悦び』も並べ、照らし合わせるべきであろう。だがそれはほとんど同じ繰り返しになってしまう。つまりこの中島訳のカッコ内部分が省かれ、幾つかの単語の位置などが異なっているだけだからだ。したがってこちらの『生の悦び』は中島訳を、リライトというよりは少しばかりアレンジしただけで、戸田訳といえないだろう。どうしてそのようなアレンジを施したかといえば、それはタイトルを同じくしても、中島、及び早稲田大学出版部の著作権の盗用ではないとする口実ゆえだろう。私も『生きる歓び』の訳者なので、このふたつのイントロダクションは身につまされるところがある。
 
生きる歓び (ルーゴン=マッカール叢書)

 『呪はれたる抱擁』は大正十年の石川勇訳の聚英閣版のゾラの「第二版序」を除いただけで、紙型や多少の言い回しの変化はあるにしても、ほとんどそのままの復刻と見なせよう。『生の悦び』ほどのアレンジが施されていないのは、『近代出版史探索Ⅵ』1188でふれているように、『呪はれたる抱擁』が譲受出版として、大正十五年に第百書房から『罪の渦』のタイトルで刊行されているからで、おそらく中央出版社はそれを引き継いだと推測される。それもあって、『生の悦び』に比べ、翻訳への配慮は必要ではなかったと思われる。

 ただ頂けないのは、「ゾラに就いて」という巻末解説で、これは同1178の宇高伸一訳『ナナ』の宇高の「序」の間違いも含めたリライトに他ならないのである。このような『ゾラ集』の編纂から考えれば、「袖珍世界文学叢書」がどのように編まれたかは想像できるし、それが訳者をして偽名の存在にさせた理由だと思われる。なお戸田保雄は前回の『女優ナナ』の訳者の西牧保雄ではないだろうか。

f:id:OdaMitsuo:20210723104645j:plain:h110(宇高伸一訳)f:id:OdaMitsuo:20210908101557j:plain:h110(三水社版、西牧保雄訳)

 残念ながら石田彦三郎と中央出版社は『全国出版物卸商業協同組合三十年の歩み』には見出されなかったが、特価本業界に属していたのは間違いない。それに加えて、特価本や造り本業界においても、「袖珍世界文学叢書」を企画する編集者や訳者がすでに揃っていたという事実にも注視すべきだろう。

f:id:OdaMitsuo:20210807135648j:plain:h110

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