出版・読書メモランダム

出版と近代出版文化史をめぐるブログ

2013-01-01から1年間の記事一覧

混住社会論48 佐瀬稔『金属バット殺人事件』(草思社、一九八四年)と藤原新也『東京漂流』(情報センター出版局、一九八三年)

『金属バット殺人事件』前回の山本直樹『ありがとう』の物語形成に大きな影響を与えたのは、一九八九年の女子高生コンクリート詰め殺人事件だと既述しておいた。この事件については佐瀬稔のノンフィクション『うちの子が、なぜ! 女高生コンクリート詰め殺人…

古本夜話358 洸林堂書房と宇田川嘉彦『フランドル画家論抄』

本連載352のところで、昭和十年代後半における大判美術書の出版の全貌はつかめていないと記しておいた。それは流通や販売も含めてだと既述してきた。それでもその一端を明かしているというか、経緯と事情がわかっている一冊があるので、それに言及してみ…

古本夜話357 太田三郎『瓜哇の古代芸術』

本連載353に続いてもう一冊、同時代の大型美術書を取り上げておきたい。それは本連載で既述しておいた人物と出版社によるものだと見なせるからでもあり、やはり土方の訳書と同様に、インド仏教の影響を受けたジャワの寺院と彫刻を中心にして一冊が編まれ…

混住社会論47 山本直樹『ありがとう』(小学館、一九九五年)

「わかるかい? 世の中には君たちよりも悲劇の家庭が、とてもありふれて、あふれている」 (「ムシ君」のセリフより) 山本直樹に関しては本ブログ「ブルーコミックスス論」9で、『BLUE』をすでに取り上げている。だがここでは前回の重松清が描いた「優しい…

古本夜話356 アプトン・シンクレアと木村生死訳『拝金芸術』

前々回、飯田豊二が企画編集に携わったと見なせる金星堂の「社会科学叢書」「社会文芸叢書」「先駆芸術叢書」を挙げておいたが、もうひとつあって、それは『世界プロレタリア文芸選集』全十二冊である。これは大正十五年から全十四冊で出された「社会文芸叢…

古本夜話355 ルドルフ・ロッカー、新井松太郎、麻生義

前回 所持する金星堂の「社会科学叢書」二冊について、その書名をあげられなかったが、それらはクロポトキン著、麻生義訳『サンヂカリズムとアナーキズム』とルドルフ・ロッカー著、新井松太郎訳『パンの為の闘争』である。この「叢書」は四六判並製の百ペー…

混住社会論46 重松清『定年ゴジラ』(講談社、一九九八年)

重松清の『定年ゴジラ』も九八年に出されているので、『〈郊外〉の誕生と死』を刊行してから読んだ作品であった。この一文を書くために再読してみると、初版が出された時からすでに十五年の歳月が流れていることにあらためて驚いてしまう。最初に読んだ時、…

古本夜話354 飯田豊二と金星堂「社会科学叢書」

もう一冊土方定一の翻訳書を挙げておく。それは入手していないが、収録されているシリーズを二冊所持していて、その巻末広告に掲載を見ているからだ。そのシリーズは昭和二年に刊行された金星堂の「社会科学叢書」で、土方訳はピエル・ラムスの『マルキシズ…

古本夜話353  エルンスト・ディーツ著、土方定一訳『印度芸術』

前回の『原色版ヴァン・ゴッホ』と同じ菊倍判ではなく、一回り小さいB5判であるが、やはりアトリエ社から『印度芸術』が出ている。これはエルンスト・ディーツを著者とし、土方定一によって翻訳され、昭和十八年に定価十二円、初版二千部として刊行されてい…

混住社会論45 ジョン・ファウルズ『コレクター』(白水社、一九六六年)

前回ジョン・ファウルズの『コレクター』(小笠原豊樹訳)にふれたが、一九六三年に発表されたこの小説も、その背景にイギリスの郊外の問題が秘められている。ただそれは邦訳を読んだだけではわからない。といって小笠原訳が悪いわけでなく、これは名訳だと…

古本夜話352 アトリエ社と原色版『ヴァン・ゴッホ』

アトリエ社の本は『現代商業美術全集』の他に五冊ほど所持しているので、それらについても書いておきたい。 これも一度調べなければならないと考えているのだが、昭和十五年以後、大判の美術書が多く出されるようになり、流通と販売がどうなっていたのか、そ…

古本夜話351 小川晴暘、島村利正『奈良飛鳥園』、安藤更生『三月堂』

前回『銀座細見』の著者安藤更生について、会津八一門下であることしかふれられなかったので、あらためて安藤のことを書いておこう。 (中公文庫)『日本近代文学大事典』を引くと、安藤は明治三十三年東京生れ、本名正輝、美術史家とあり、早稲田中学で会津八…

出版状況クロニクル67(2013年11月1日〜11月30日)

出版状況クロニクル67(2013年11月1日〜11月30日)11月半ばの新聞に、セブン&アイ・ホールディングスの見開き2ページ広告がうたれ、その右側1ページに「セブン‐イレブン創業40周年記念 国内売上高3.5兆円。国内15,800店舗。」という文字と数字が掲載されてい…

古本夜話350 安藤更生と春陽堂版『銀座細見』

今和次郎、吉田謙吉編著の『モデルノロヂオ』が、昭和五年に春陽堂から刊行されたことを既述しておいた。その翌年にやはり同様に、安藤更生の『銀座細見』が出されている。これは中公文庫での復刊を見ているが、『モデルノロヂオ』と同じく春陽堂版で読まな…

古本夜話349 石原憲治、秋葉啓、聚楽社『日本農民建築』

石原大塚巧芸社、緑草会、横山信の『民家図集』と今和次郎の『日本の民家』の系譜を引く石原憲治の『日本農民建築』全十六輯が、聚楽社から刊行され始めたのは、昭和九年である。『民家図集』全十二輯の出版は昭和五年から六年にかけてだったので、まさに符…

混住社会論44 花村萬月『鬱』(双葉社、一九九七年)

『〈郊外〉の誕生と死』の脱稿後に出されたり、読んだりしたこともあって、拙著ではいずれも取り上げることができなかったけれど、本連載2、3の桐野夏生『OUT』、同29の篠田節子『ゴサインタン』に加え、今回の花村萬月『鬱』は新たに出現した、ほぼ同時…

古本夜話348 高梨由太郎、洪洋社『建築写真類聚』、『写真集失われた帝都東京』

現在はどうかわからないけれど、かつて柏書房は公共、大学図書館市場に向けた営業体制を重視していたこともあって、それらを対象とする高定価の復刻版をかなり刊行していた。そのひとつに本連載5で触れているように、フックスのドイツ語版原書『風俗の歴史…

古本夜話347 横山信『図解本位新住家の設計』と『民家図集』

これは復刻された『写真集よみがえる古民家―緑草会編「民家図集」』を実際に見てもらうしかないのだが、ここに収録された民家の写真はすべてが玄妙なアウラを内包しているかのような印象で迫ってくる。それは今和次郎『日本の民家』所収の写真も同様であるけ…

混住社会論43 鈴木光司『リング』(角川書店、一九九一年)

横浜郊外の新築高層マンションと工場と新興住宅地の風景から始まる、鈴木光司の『リング』をあらためて読むと、一九七〇年代半ばに角川書店の角川春樹が仕掛けたメディアミックス化による横溝正史ブームから、すでに十五年ほど過ぎていたことを実感してしま…

古本夜話346 今和次郎『日本の民家』と『写真集よみがえる古民家―緑草会編「民家図集」』

今和次郎と吉田謙吉のバラック装飾社から考現学へ至るアウトラインをたどってきたが、ここでは少し時代を戻し、大正時代の今と民家、柳田国男との関係にふれてみたい。今の主著としては『日本の民家』(岩波文庫)があり、これは現在でも民家を考える古典に…

古本夜話345 加藤彰一の原始社とその出版物

前回ふれた塩澤珠江の『父・吉田謙吉と昭和モダン』の口絵写真のブックデザインのところを見ていて、吉田が昭和二年に原始社から出されたピリニヤーク著『日本印象記』(井出孝平、小島修一共訳)の装丁もしていることを知った。実はここで取り上げたいのは…

混住社会論42 筒井康隆『美藝公』(文藝春秋、一九八一年)

前々回ふれたディックの『高い城の男』ではないけれど、もうひとつの日本の戦後を想定したSFがある。しかもそれは本連載37のリースマン『孤独な群衆』や『何のための豊かさ』(後者も加藤秀俊訳、みすず書房)、及びリースマンなどのアメリカ社会学の成果を…

古本夜話344 吉田謙吉『築地小劇場の時代』と金星堂

バラック装飾社と考現学に携わる前後における吉田謙吉のことを一編書いておこう。今和次郎にもいくつかの顔があったように、吉田もまた様々な活動に加わり、本連載205で大正時代の相次いだ劇団や試演会の創立年表を掲載しておいたが、吉田はその中の踏路…

古本夜話343 今和次郎、吉田謙吉編著『モデルノロヂオ』『考現学採集』

バラック装飾社に携わった後、今和次郎と吉田謙吉は考現学に向かった。これはバラック装飾社と異なり、二人を編著として『モデルノロヂオ「考現学」』(春陽堂、昭和五年)、『考現学採集』(建設社、同六年)が残されている。私の所持する二冊は裸本であり…

出版状況クロニクル66(2013年10月1日〜10月31日)

出版状況クロニクル66(2013年10月1日〜10月31日)『週刊東洋経済』(10/12)が「今、始めなきゃ!就活」特集で、「業界最新天気図一覧」を掲載している。その中で出版業界だけが最低ランクの「大雨」で、そこからの脱出の可能性はまったくないとされ、「市…

古本夜話342 吉田謙吉「バラック装飾社時代」と『現代商業美術全集』

またしても『現代商業美術全集』の「月報」のことになってしまうけれども、もう一編書いておきたい。第十巻『売出し街頭装飾集』所収の「商業美術月報」第六号に、吉田謙吉が「バラック装飾社時代」という一ページにわたる回想を寄せている。この事実はかつ…

混住社会論41 エド・サンダース『ファミリー』(草思社、一九七四年)

郊外をめぐる問題として、カルトや宗教のことにも言及しなければと考えていた。日本と同様にアメリカにおいても、前回のディックの『市に虎声あらん』にみたように、カルトや宗教は必然的に寄り添うようなかたちで出現していた。ここで言及したいのはシャロ…

古本夜話341 水田健之輔『街頭広告の新研究』と「商業美術研究叢書」

ドイツ人文化史家の近代照明史とでもいうべき『闇をひらく光』や『光と影のドラマトゥルギー』(いずれも小川さくえ訳、法政大学出版局)を読んで、日本の照明の歴史にも関心を覚え、それらの資料を古本屋で買い求めた時期があった。そのうちの一冊について…

古本夜話340 アトリエ社、浜田増治、『現代商業美術全集』

アルスの円本時代の出版物として最も異色で先駆的といえるのは『現代商業美術全集』全二十四巻であろう。これはその後の美術デザインを始めとする多くの出版物の範となり、また広く実用的にも参照され、商業美術の現場にも大きな影響を与えたと思われる。こ…

混住社会論40 フィリップ・K・ディック『市に虎声あらん』(平凡社、二〇一三年)

たまたま新刊のフィリップ・K・ディック『市(まち)に虎声(こせい)あらん』(阿部重夫訳、平凡社)を読み、ひとつのミッシングリングがつかめたように思われたので、これから数回書いておきたい。それはこの小説のみならず、そこに付された阿部の「ディックの…