出版・読書メモランダム

出版と近代出版文化史をめぐるブログ

2014-01-01から1年間の記事一覧

古本夜話445 竹内道之助、風俗資料刊行会、三笠書房

これまで散発的に竹内道之助と三笠書房にふれてきた。ここであらためて竹内のプロフィルを描いておくことにしよう。その前に鈴木徹造の『出版人物事典』での立項を引いておく。 [竹内道之助 たけうち・みちのすけ]一九〇二〜一九八一(明治三五〜昭和五六…

混住社会論90 梶山季之『夢の超特急』(光文社カッパノベルス、一九六三年)

(角川文庫版) 幻想を打ち砕き、排水溝から星までの新しい神話をつくりあげる時がきた。時代を裏で支えた悪党どもと、彼らがそのために支払った代価を語る時がきた。 悪党どもに幸いあれ。 ジェイムズ・エルロイ『アメリカン・タブロイド』(田村義道訳、文…

古本夜話444 佐々木指月『変態魔街考』とアメリカ

『奇書』第一号に寄稿している人物は北野博美と藤澤衛彦の他に佐々木指月の名前もある。後の一人は「老人若返り法」なる翻訳の「訳者の序」を掲載している佐藤紅霞だが、こちらは本連載19で「佐藤紅霞と『世界性欲学辞典』」で書いているので、そちらを参…

古本夜話443 藤澤衛彦『絵入日本艶書考』と『日本伝説研究』

『奇書』第一号には藤澤衛彦が「近世堕胎文献考」を寄稿している一方で、巻末に「変態十二史」の一冊である彼の『変態見世物史』、及び見開き二ページにわたる『絵入日本艶書考』の広告が掲載されている。後者の書影もおさめた広告によれば、「古今の恋を漁…

混住社会論89 岩瀬成子『額の中の街』(理論社、一九八四年)

前回の島田謹介の写真集『武蔵野』において、雑木林に象徴される武蔵野の過去の風景の代わりに、戦後になって米軍基地とその諸々の施設が出現した事実が語られていた。 それは武蔵野だけではない。青森の三沢、山口の岩国、長崎の佐世保、沖縄の嘉手納などに…

古本夜話442『奇書』、北野博美、『性之研究』

最近になって、昭和三年に文芸資料研究会が刊行し、発禁となった雑誌『奇書』の第一巻を入手し、その執筆者の一人に北野博美を見出したので、この人物のことも記しておきたい。なぜならば、北野こそは前回言及した広瀬千香の夫であったからだ。『奇書』にお…

古本夜話441 広瀬千香と青燈社『山中共古ノート』

ずっとふれてきた『女人芸術』の世界と異なり、同時代にありながらも、戦前の様々な古書、古物を蒐集する趣味人たちのグループはホモソーシャルな世界を形成していて、その世界の内部に女性の影はほとんど見られない。これは近代文化史、及びジェンダーの問…

混住社会論88 上林暁『武蔵野』(現代教養文庫、一九六二年)島田謹介『武蔵野』(暮しの手帖社、一九五六年)

(上林暁) (島田謹介) かなり長く武蔵野を歩いてきた。まだ武蔵野に関する戦前の文献資料として、民俗学の先達である山中共古が寄稿していた同人誌『武蔵野』、『ホトトギス』同人を始めとし、明治の武蔵野の名残を求め歩き、吟行に及んだところの高浜虚…

古本夜話440 城夏子、「母もの」少女小説、ポプラ社

長谷川時雨が創刊した『女人芸術』の最初の編集スタッフは素川絹子、生田花世、城しずか、堀江かど江だった。尾形明子の『女人芸術の世界』(ドメス出版)に、堀江を除く四人の編集室での写真が掲載されている。『女人芸術』でデビューした林芙美子、大田洋…

古本夜話439 長谷川時雨とローリングス『イアリング』翻訳事情

数年前に静岡のあべの古書店で、昭和十四年に明窓社から出されたM・K・ロオリングス著、上田聰訳『イアリング[一年仔]』を買い求めた。それは出版社も訳者も知らなかったし、著者やその邦訳名も記憶していなかったのだが、四六判のシンプルながらも端正な…

混住社会論87 徳富蘆花『自然と人生』(民友社、一九〇〇年)と『みみずのたはこと』(新橋堂、一九〇七年)

(『徳富蘆花集』、筑摩書房) 前回の佐藤春夫よりも先駆け、一九〇七年に「田園」へと移住し、そこから膨張する都市を見て、それらの同時代における記録を『みみずのたはこと』として綴っていた文学者がいた。それは徳富蘆花である。また蘆花は本連載80で…

出版状況クロニクル79(2014年11月1日〜11月30日)

出版状況クロニクル79(2014年11月1日〜11月30日) 10月の書籍雑誌推定販売金額は1330億円で、前年比4.2%減。その内訳は書籍が同2.2%減、雑誌が5.8%減で、雑誌のうちの月刊誌は4.6%減、週刊誌は10.4%減。 前月と同様に、送品日が一日多かったにもかかわ…

混住社会論86 佐藤春夫『田園の憂鬱』(新潮社、一九一九年)と『都会の憂鬱』(同前、一九二三年)

(いずれも新潮文庫) 前々回の萩原朔太郎の「大森駅前坂」のセピア色の写真を見ていて、確かセピア色の風景といった言葉が佐藤春夫の小説にあったことを思い出した。実は本連載で佐藤の『田園の憂鬱』を取り上げるべきか考え、読んでいたのだが、その背景は…

古本夜話438 長谷川時雨と橘千陰『万葉集略解』

岩橋邦枝の『評伝長谷川時雨』において、明治十二年生まれの時雨が六歳で秋山源泉学校に入学し、それが秋山校長の自宅を学校とする代用小学校で、十三歳まで寺子屋教育を受けたことが述べられている。明治十年代にはまだ公立学校が普及しておらず、代用小学…

古本夜話437 『女人芸術』と日本文林社『長谷川時雨全集』

かつて「夫婦で出版を」(『文庫、新書の海を泳ぐ』所収、編書房)という一文を書き、三上於菟吉の妻の長谷川時雨も出版者だった事実にふれたことがあった。その拙稿は、高見順の『昭和文学盛衰史』(文春文庫)における「長谷川時雨は、文学史にはさしたる…

混住社会論85 『東京急行電鉄50年史』(同社史編纂委員会、一九七二年)

前回、前々回と近藤富枝の『馬込文学地図』や萩原朔太郎の写真集『のすたるぢや』、谷崎潤一郎の『痴人の愛』を題材とし、続けて荏原郡馬込村や大森町の生活や風景などを見てきた。それらは大正半ばから昭和初期にかけてのもので、田園都市会社(これまで田…

古本夜話436 非凡閣『新選大衆小説全集』と加藤雄策

前回非凡閣刊行の『新選大衆小説全集』第八巻に『三上於菟吉集』が含まれていることを既述した。それゆえにこの出版社にも言及しておこう。この全二十四巻に及ぶ著者と収録作品細目は『日本近代文学大事典』第六巻に収録されているので、それを参照してほし…

古本夜話435 流行作家、翻訳者、出版者としての三上於菟吉

三上於菟吉の戦前の出版物を六冊持っている。それは前回挙げたサイレン社の『青空無限城』(昭和十年)の他に、次の五点である。 『青空無限城』 1 『妙齢』 (二松堂書店、大正十二年) 2 『白鬼』 (新潮社、大正十五年) 3 『三上於菟吉集』 (『新選大衆…

混住社会論84 『萩原朔太郎写真作品 のすたるぢや』(新潮社、一九九四年)

前回の谷崎潤一郎の『痴人の愛』の主要な舞台が省線電車の大森駅に近い洋館であり、その「お伽噺の家」に関して長い言及をしたばかりだ。しかしこの作品において、主人公はマゾヒストであるけれども、模範的な「サラリー・マン」と設定されているので、同時…

古本夜話434 サイレン社の菊地甚一『罪無罪』と齋田禮門訳『パルムの僧院』

青蛙房の岡本経一がサイレン社で新米編集者を務めていたことは既述したが、そのサイレン社の本を三冊持っている。それは三上於菟吉の『青空無限城』、スタンダールの齋田禮門訳『パルムの僧院』、菊地甚一の随筆『罪無罪』である。三上の小説はともかく、昭…

古本夜話433 大村書店と磯部同光社

岡本経一の『私のあとがき帖』の「江戸好み三好一好」の中に、思いがけないふたつの出版社が出てくる。詳細な言及ではないけれど、ここでしか見つからない記述だと考えられるので、ふれておくべきだろう。そのふたつの出版社とは大村書店と磯部同光社である…

混住社会論83 谷崎潤一郎『痴人の愛』(改造社、一九二五年)

(新潮文庫) 谷崎潤一郎の『痴人の愛』は田園都市株式会社が開発を進めていた荏原郡の大森町を主たる舞台としているが、この作品が大阪で書かれたことに関してはあまり言及されていない。横浜に住んでいた谷崎は一九二三年箱根で避暑中に関東大震災に遭い、…

出版状況クロニクル78(2014年10月1日〜10月31日)

出版状況クロニクル78(2014年10月1日〜10月31日)9月の書籍雑誌推定販売金額は1508億円で、前年比0.7%減。その内訳は書籍が同0.4%減、雑誌は1.1%減で、前月より持ち直しているが、それは前年より送品稼働日が1日多かったことによっている。 返品率は書籍…

古本夜話432 綿谷雪と『真山青果全集』

岡本経一の『私のあとがき帖』の中に、「真山青果門の綿谷雪」という一章があり、それでそれで昭和十五年に講談社から刊行された『真山青果全集』全十五巻が綿谷雪の編集によるものだと知った。実は真山青果も集古会の会員で、『千里相識』に松竹御雇座付作…

古本夜話431 柴田宵曲とふたつの『子規全集』

もう一編、柴田宵曲について続けてみよう。 岡本経一は『私のあとがき帖』 の「俳人柴田宵曲」の中で、『ホトトギス』以後の柴田の仕事のことも書いている。 「ホトトギス」が丸ビルに移ったのに厭気がさして大正十二年、社を去った。翌十三年震災に遭って倒…

混住社会論82 三浦朱門『武蔵野インディアン』(河出書房新社、一九八二年)

もうひとつ続けて武蔵野を舞台とする作品を取り上げてみよう。それは三浦朱門の『武蔵野インディアン』で、同タイトルの他に「先祖代々」「敗戦」「解剖」の四編からなる連作小説集である。『武蔵野インディアン』という総タイトルに表象されているように、…

古本夜話430 岡本経一『私のあとがき帖』と柴田宵曲

大東出版社の「大東名著選」のことがさらに詳しく書かれているのではないかと思い、昭和五十五年に出された岡本経一の『私のあとがき帖』(青蛙房)を読んでみた。するとこの本が青蛙房の二十五周年記念とされ、『私のあとがき帖』と題されているだけあって…

古本夜話429 大東出版社と林若樹『集古随筆』

本連載で何度か続けて林若樹に言及してきたが、彼の著作や文献は集古会の山中共古、三村竹清、木村仙秀などと同様に、青裳堂書店から刊行され、『林若樹集』『若樹随筆』『若樹文庫収得書目』の三冊に及んでいる。しかし現在ではこれらも品切となり、古書価…

混住社会論81 大岡昇平『武蔵野夫人』(講談社、一九五〇年)

前回の国木田独歩の『武蔵野』の刊行からほぼ半世紀を隔てた一九五〇年に、大岡昇平の『武蔵野夫人』が『群像』に連載され、はやり同年に単行本化されている。そして翌年には十五万部という文芸出版のベストセラーとなり、また福田恆存脚色による文学座での…

古本夜話428 長谷川伸、新小説社、『大衆文芸』

瞼うへ下合せりや闇に湧いて出てくる母の顔 長谷川伸 前回に続き、長谷川伸が引き継いだ第三次『大衆文芸』のことも書いておこう。長谷川伸をあらためて認識したのは、昭和五十二年に旺文社文庫に収録された『狼』を読んでからのことだった。この京の大店に…