古本夜話
小田光雄亡き後も続けてきた「古本夜話」=「近代出版史探索」番外編の旅もいよいよ終わりを迎えます。 「出版・読書メモランダム」のもう一方の柱である「出版状況クロニクル」は2024年の190回でストップしました。 本人も「最後まで見届けられなくて気がか…
これは二〇〇八年に中経出版が新人物往来社を買収したことで明らかになったのであるが、すでに出版活動を停止していると思われた荒地出版社が新人物往来社の傘下におかれていたという事実だ。 荒地出版社は早川書房から独立した伊藤尚志によって、一九五二年…
村岡花子に関しても、ふれなければならないと思っているうちに、時が流れてしまった。愛読者ではなかったけれど、村岡を訳者とする『赤毛のアン』(新潮文庫)シリーズはよく知られていたし、彼女がNHKの朝の連続ドラマのモデルとなり、「赤毛のアン」ブーム…
西條八十も戦時下の詩人として例外ではなく、昭和十九年一月に軍事詩集といっていい『黄菊の館』を刊行している。それは章のサブタイトルも示せば、支那事変詩集としての「黄菊の館」、大東亜戦争詩集としての「戦勝のラジオの前で」、その勃発時を謳う「十…
本探索1546で既述した新潮社「現代詩人叢書」2の西條八十『蠟人形』は入手していないが、そのタイトルに由来する蝋人形社の一冊がある。 それは同じく西條の『近代詩の鑑賞』で、昭和八年に、やはり同社から「蝋人形叢書」1として刊行されている。この「…
本探索でも挙げてきたように、詩歌に関する全集類として、中央公論社の『日本の詩歌』(全35巻、別館1巻、昭和四十四年)を参照している。本来であれば、中学時代に馴染んでいた新潮社の『日本詩人全集』(全34巻、同四十一年)のほうが望ましいのだが、古本…
たまたま浜松の時代舎で、堂本印象『看心有情』を見つけ、その後で典昭堂で図録『堂本印象』を入手している。だが私は堂本に愛着を覚えているわけではないけれど、一日で二冊も見つけているのは偶然ではないように思われるので、ここで一編を書いておきたい。…
続けて戦時下における画家の随筆集にふれてきたが、彫刻家の一冊もあって、それもここで書いておくべきだろう。 それは朝倉文夫の『衣・食・住』で、昭和十七年に四谷区新宿の日本電建株式会社出版部(以下電建出版部)から刊行されている。発行者は末松義良…
番外編その三の5の鏑木清方ではないけれど、戦時下において、多くの画家や美術家の随筆集が出されている。それはそうした分野の書籍の売れ行きの好調さを伝えているように思われる。 今回の一冊は津田青楓『懶六十三記』で、昭和十八年に桜井書店から刊行さ…
前回の伊藤永之介の『駐在所日記』上下はどこの古本屋で買ったのか、失念してしまったけれど、B6判並製で背のタイトルは褪色し、はがれかけていたので、均一台から拾ったように思われる。(上巻) だがその谷内六郎の装幀は伊藤の巡査物語とそのまま重なるよ…
『近代出版史探索Ⅲ』459でふれた農民文学者の伊藤永之介に関して、ずっと書くつもりでいたのだが、彼の戦前の農民小説に出会えず、その機会を得ずして長い時間が過ぎてしまった。それだけでなく、いくつかの文学全集類は別にして、伊藤の作品は戦後に刊行さ…
浜松の典昭堂で美術展カタログが大量に放出されていたので、私も多くを買い求め、知らずにいた美術展をカタログで観ている。 その中に『ミレー3大名画展―ヨーロッパ自然主義の画家たち』(Bunkamura ザ・ミュージアム他、二〇〇三年)と『ピサロ展―カミーユ…
浜松の時代舎で、森谷延雄『これからの室内装飾』を購入した。それは厚さが五センチ近いのだが、疲れ気味で、著者名もタイトルも定かに読めないので、時代舎による帯がまかれていた。そこに「建築書の歴史的名著」、大正十六年(ママ)初版、古書価五千円と記さ…
『近代出版史探索Ⅵ』1148で、インド北部の『ベンガル民族誌』を取り上げたこともあり、ずっと気になっていた岡本貫瑩『印度美術の主調と表現』にも言及しておきたい。同書は昭和七年に発売所を神田区南甲賀町の六文館として刊行されている。函入菊判、本文、…
前回の木下杢太郎の座右宝版『大同石仏寺』の「跋」において、編集の齋藤菊太郎と写真の山本明への謝辞が述べられていることを既述した。だがそれはもう一人いて、東京帝大工学部の藤島亥治郎教授で、建築学教室が有するインドの寺院や石仏の写真の多くを参…
本探索でお馴染みの生活社だけでなく、「ユーラシア叢書」に見たように、様々な出版社から東西交渉史、回教史、中国史、蒙古史、ロシア史、アジア史などに関する古典ともいうべき書物が刊行されていた。それらの企画や翻訳は『近代出版史探索Ⅲ』563の東亜経…
番外編その五の1で取り上げた『シャーマニズムの研究』を入手したのは『近代出版史探索Ⅳ』730のハルヴァ『シャマニズム』に関連してだった。この訳者の田中克彦が「シベリアの金枝篇」とよぶ『シャマニズム』は現在平凡社の東洋文庫に収録されているが、最初…
前回、芙蓉書房の「シルクロード叢書」にふれたが、その明細を示さなかったので、ここでそれらを挙げてみる。 1 西川一三 『秘境西域八年の潜行』上 2 〃 『 〃 』下 3 〃 『秘境チベット歩く』 4 岡本昇 『若い国ネパール―医学診療隊の記録』 5 ロバート・…
新時代社の季刊雑誌 『ユーラシア』と加藤九祚のことで思い出されたのは芙蓉書房の『シルクロード事典』である。私は自分の無知を弁えているので、翻訳や編集のために多くの辞書、事典類を架蔵している。古本屋で目にとまるごとに購入した時期もあって、それ…
【お知らせ】「番外編」として、4つの塊の掲載が終わりました。 あとは「スピンオフ」のような断片的な原稿が残されています。 おそらく資料を読んだ段階で、「古本夜話」のどこかに挟むつもりで書きとめた原稿だと思われます。 日頃から近代出版史の一連の…
「辻井喬+堤清二回顧録」である『叙情と闘争』(中央公論新社)を戦後の消費社会のキーパーソンの記録として読み出したところ、この一冊が彼の戦後史のみならず、妹の堤邦子へのレクイエムであることに気づかされた。同書の中に「妹の反乱」「留学の効用」…
かつて伊達得夫の『詩人たち―ユリイカ抄』を読んで、ふたつのエピソードがずっと記憶に残っていた。それらは冒頭に置かれた「『余は発見せり』」の中で、原口統三遺稿集『二十歳のエチュード』の初版がユリイカではなく、昭和二十二年六月に「M出版社」から…
書肆ユリイカに米川丹佳子というパトロンヌがいたことを、伊達得夫の『詩人たち ユリイカ抄』(日本エディタースクール出版部)の大岡信の「解説」における「陰の有力な協力者」という指摘、及び長谷川郁夫の伊達の評伝『われ発見せり』(書肆山田)の中での…
中村稔の名前は詩人としての他に、『世代』の同人、書肆ユリイカの関係者、中原中也の研究者にして、その全集の編集者、弁護士として知られていたが、〇四年の自伝ともいえる『私の昭和史』に続いて、〇八年に『私の昭和史・戦後篇』(いずれも青土社)の上…
杉山平助の『文芸従軍記』に関して、続けて一編を書いてみる。それは同じく改造社「文芸復興叢書」に小林秀雄の『様々なる意匠』が収録されているように、杉山にとっての『様々なる意匠』に他ならない思えるからだ。またそこには「批評の敗北」という一文も…
杉山平助の『文藝五十年史』はかなり前に浜松の時代舎で購入しているし、その後、典昭堂でも見ているので、奥付の初版一万部という記載、及び当時の「新日本文化叢書」の人気をうかがわせていよう。だが同書を買い求めたのはそれらに関心があったわけではな…
前回、伊臣眞『観劇五十年』の装幀と口絵が鏑木清方によることにふれたが、数年前に『清方随筆選集』を入手している。これは四六判、六七六ページだが、昭和十九年九月という出版状況下にあって、粗悪で薄い用紙が使われていることに加え、第五部にあたる「…
鱒書房「新日本文化史叢書」の「五十年史」シリーズにちなんで、ここで伊臣眞の『観劇五十年』にふれておきたい。同書は十年以上前に入手しているのだが、著者や版元に関して、ずっと手がかりがつかめない一冊だったのである。(『観劇五十年』) 三宅周太郎…
前回の生活社の「生活選書」の一冊である三宅周太郎『芝居』の「あとがき」において、前年に『演劇五十年史』を書き下ろしているので、体力が回復していない旨の告白がしたためられていた。 そこで『演劇五十年史』とは鱒書房のいずれも「五十年史」とある「…
生活社のことは『近代出版史探索』131で書き、『同Ⅴ』913などでフレイザー『金枝篇』の版元として紹介しておいた。また「ユーラシア叢書」として復刻される書物を送り出しながら、その一方で『同Ⅴ』927の「ギリシア・ラテン叢書」といった古典の出版も試みら…