出版・読書メモランダム

出版と近代出版文化史をめぐるブログ

2012-01-01から1年間の記事一覧

古本夜話263 富永直樹と新詩壇社

前回、田山花袋の全集刊行の春陽堂、内外書籍、臨川書店の定本に至る推移について述べ、彼が明治文学の重要な人物だと多くが認めていたにもかかわらず、漱石、鷗外、藤村などに比べ、その全集の不運な状況に関しても記しておいた。そうした花袋の全集の出版…

古本夜話262 内外書籍の『花袋全集』とその後

八木敏夫が『日本古書通信』とほぼ同時に六甲書房を立ち上げ、行き詰っていた内外書籍株式会社や書物展望社の在庫を安く買い取り、古本屋に卸し、質の高い特価本のリバリューを伴うリサイクル市場を形成するに至ったことは、『日本古書通信』十二月号の八木…

混住社会論3 桐野夏生『OUT』後編(講談社、一九九七年)

「弁当工場」で深夜働く4人の主婦たちの名前とプロフィルを、まず提出しておこう。 *雅子/43歳。会社をリストラされ、再就職先が見つからず、多額の住宅ローンもあり、弁当工場の夜勤パートを選ぶ。後にその会社が信用金庫だとわかる。夫は会社で合わない…

古本夜話261 坂東恭吾と帝国図書普及会

さて遅ればせになってしまったが、やはり特価本業界のヒーローとでもいうべき坂東恭吾と帝国図書普及会についても、ここで一編書いておいたほうがいいだろう。この出版業界の寅さんと称していい坂東は『全国出版物卸商業協同組合三十年の歩み』においても、…

古本夜話260 深海泡浪の春江堂『仏教因果物語』と黎明閣『安珍清姫因果物語』

これまで既述してきたように、特価本業界は各種の人名辞典などにも掲載されていない多くの著者や編集者を輩出させ、それは戦後の倶楽部雑誌の時代まで続いていくことになる。本連載でもしばしば春江堂に言及してきたが、今回は春江堂とその出版物、著者にふ…

混住社会論2 桐野夏生『OUT』前編(講談社、一九九七年)

桐野夏生の『OUT』を最初に取り上げたのは、この作品が拙著『〈郊外〉の誕生と死』(青弓社)の上梓とほぼ同時に刊行されていることに加え、私が本連載の「序」で示した八〇年代に顕著になり、九〇年代に入って定着した郊外の風景やファクターが出揃い、『OU…

古本夜話259 三芳屋書店、加藤緑葉『新時代の青年書翰文』と佐藤緑葉

もう一冊の書翰文にふれてみる。それもやはり特価本業界の出版社の三芳屋書店から出されたもので、その奥付に昭和十四年二月発行と記された、加藤緑葉の『新時代の青年書翰文』である。これは今まで挙げてきた書翰文の本と異なり、四六判並製、四百ページ弱…

古本夜話258 岡村書店と大畑匡山『現代文描写辞典』

『全国出版物卸商業協同組合三十年の歩み』によれば、昭和初期円本の大量引き受けとその特価販売を通じて、それまで日本橋、浅草、下谷の下町を中心としていた赤本、特価本業界は神田地区へと進出していったとされる。そしてそれぞれの東京地域に加え、大阪…

混住社会論 1

序 「混住社会」というタームが使われ始めたのは一九七二年度の『農業白書』からだとされている。七〇年代初頭の日本の農業は、世界に例を見ない六〇年代以降の高度経済成長の激しい照り返しを受け、非農業部門との土地や水などの資源利用をめぐる競合の激化…

古本夜話257 大川屋の講談本『大岡裁判 小間物屋彦兵衛』

前回ふれた大川屋について、ここで一編書いておきたい。既述しておいたように、私は「講談本と近世出版流通システム」(『古本探究』所収)の中で、明治二十年代の大川屋の出版物を具体的に取り上げているのだが、その後四十年代のものを二冊入手しているか…

古本夜話256 成光館版『名作落語集』と金園社

河野書店関連が続いたので、ここで成光館書店の一冊にもふれておきたい。本連載194や214などにおいても、成光館の出版物を取り上げてきた。『全国出版物卸商業協同組合三十年の歩み』では成光館は河野書店の前身とされているが、これは特価本卸問屋と…

出版状況クロニクル55(2012年11月1日〜11月30日)

出版状況クロニクル55(2012年11月1日〜11月30日)出版社・取次・書店という近代出版流通システムがスタートしたのは明治20年代、すなわち1890年前後であり、その歴史はすでに120年余に及んでいることになる。しかもそれが未曾有の危機に追いやられているこ…

古本夜話255 金児農夫雄、素人社書屋、矢部善三『年中事物考』

『年中事物考』 前回の『全植物図鑑』とほぼ同年の河野書店の本にふれてみる。それは矢部善三の『年中事物考』である。といってこの一冊は出版社が河野書店と明記されているわけではなく、発行所は素人社書屋となっている。しかし奥付の発行者は二人いて、一…

古本夜話254 村越三千男『大植物図鑑』と河野書店版『全植物図鑑』の謎

特価本業界は近代出版史に残る大きなプロジェクトや辞典、図鑑類にも関係している。昭和九年に八木敏夫が『日本古書通信』を立ち上げると同時にめざしたものは、古書の相場情報の全国的発信とリバリューであった。その一方で、彼は六甲書房をもスタートさせ…

ブルーコミックス論60 星野之宣『ブルー・ワールド』(講談社、一九九六年)

運命ノ導クトコロ、イズレノ道ナリト辿リユカン ヴェルギリウス 前回ふれた『諸星大二郎(西遊妖猿伝の世界)』の中に、「西遊鼎談」が収録されている。それは八四年における手塚治虫、諸星大二郎、星野之宣の座談会で、諸星と星野が手塚の影響を受け、さらに…

古本夜話253 モウパッサン、広津和郎訳『美貌の友』をめぐって

八木書店の八木壮一にインタビューする機会を得て、特価本、見切本業界に関する話を聞くことができた。このインタビューにおける私の眼目は、こちらを出版業界のバックヤードと見なすことにあった。そしてその歴史と記録『全国出版物卸商業協同組合三十年の…

古本夜話252 芦谷芦村、日本童話協会、『模範実演童話』

大正時代に鈴木三重吉の『赤い鳥』に続いて、『良友』『金の船』『童話』『コドモノクニ』といった童話、童謡雑誌が創刊され、新たな児童文学の幕開けとなり、それらの流れが昭和円本時代の『小学生全集』と』『日本児童文庫』へと向かったことを既述してお…

ブルーコミックス論59 諸星大二郎『栞と紙魚子と青い馬』(朝日ソノラマ、一九九八年)

私が諸星大二郎を読み始めたのは、一九七八年に「SF怪奇短篇集」として刊行された『アダムの肋骨』(奇想天外社)からなので、三十年以上にわたって諸星のファンだったことになる。 (奇想天外社版) (集英社版)久しぶりに取り出して見ているうちに、またして…

古本夜話251 木星社書院と山岳書、山と渓谷社と朋文堂

福田久道と木星社書院に関しては本連載214、小島烏水が前川文栄閣から出した『日本アルプス』に始まる山岳ブームについては同225でふれておいたのだが、浜松の時代舎で今井徹郎の『山は生きる』を入手し、それが昭和七年に木星社書院から刊行されたも…

古本夜話250 近田澄と甲子出版社『精神修養逸話の泉』、「浪六叢書」、『浪六全集』

本連載218や227で、三星社とその発行者の近田澄、三星社の別名と見なしていい三陽堂と東光社に関してふれておいた。その後三星社と近田の名前が出てくるシリーズを見つけたので、それらを書いておきたい。そのひとつは高島平三郎編『精神修養逸話の泉…

ブルーコミックス論58 森岡倫理『青、青、青』(Bbmfマガジン、二〇〇九年)

森岡倫理の『青、青、青』の英語タイトルblue blue blue、そう、句読点を除くと先に取り上げた岡崎京子の作品と同じということになる。「Blue Blue Blue」( 『恋とはどういうものかしら?』所収)そのイントロダクションを示す。 『そこは誰もが訪れることの…

古本夜話249 松本苦味訳『どん底』と金桜堂「パンテオン叢書」

大正時代の文芸叢書をまた見つけてしまった。それは金桜堂書店の「パンテオン叢書」の一冊で、ゴオリキイ作、松本苦味訳『どん底』である。しかしこれは初めて見るものではなく、本連載203などでふれてきた硨島亘の『ロシア文学翻訳者列伝』(東洋書店)…

古本夜話248 佐々木孝丸訳『ファンニー・ヒル』と解説「十八世紀英京倫敦遊里考」

本連載21などで、翻訳者としての佐々木孝丸にふれ、彼が梅原北明のポルノグラフィ出版人脈の一人で、昭和二年にジョン・クレランドの『ファンニー・ヒル』の最初の翻訳者であることを記しておいた。しかしこの『ファンニー・ヒル』は城市郎の『発禁本』(…

ブルーコミックス論57 伸たまき『青また青』(新書館、一九九〇年)

『青また青』 (獸木野生短篇集2) 作家のビダー・ボイドは画家のフェルと知り合う。フェルはビダーのファンで、七千部の処女作『午前の光』の一冊を買い、その後の雑誌に発表された短編を追いかけて読んでいるという。フェルは自分がホモセクシャルだと告白し…

出版状況クロニクル54(2012年10月1日〜10月31日)

出版状況クロニクル54(2012年10月1日〜10月31日)先月ふれられなかったのだが、『週刊東洋経済』(9/8)が「『貧食』の時代」という特集を組んでいた。 サブタイトルは「壊れるニッポンの『食』」で、そのリードは次のようなものだ。 買物が困難になり、新…

古本夜話247 鈴木大拙訳、スエデンボルグ原著『天界と地獄』

このところ「出版状況クロニクル」52、53で記しておいたように、三島の北山書店の閉店セールなどで、探していた本をかなり見つけたので、それらについても続けてふれておきたい。明治四十三年に鈴木大拙によって翻訳されたスエデンボルグ原著『天界と地獄』…

ブルーコミックス論56 水原賢治『紺碧の國』(少年画報社、二〇〇二年)

真夏の空の下にある中学校の屋上の高架水槽の上で、ひとりの少女が夢想していた。「そこへ行けば、願いが叶えられるという、そこは忘れられた世界最後の楽園、わたしはそこへ行きたい。ZONE―聖域―……。」と。その少女は羽木陽美子(ヒミコ)で、そこにもうひとりの…

古本夜話246 ドイツ語版キント『女天下』と沼正三『ある夢想家の手帖から』

これは戦後編でと思っていたのだが、前回、土井晩翠訳『オヂュッセーア』に関連して、沼正三と『家畜人ヤプー』にふれたこと、また最近内藤三津子へのインタビュー『薔薇十字社とその軌跡』を行なったことも重なり、本連載5「アルフレッド・キントの『女天…

古本夜話245 冨山房の土井晩翠訳『オヂュッセーア』

楠山正雄と冨山房について、ずっと言及し、前回は杉山代水にもふれたので、二人に続いて、『冨山房五十年』には見えていないが、昭和十八年に刊行したホーマー著、土井晩翠訳『オヂュッセーア』にもふれておきたい。これはその「序」にあるように、「叙事詩…

ブルーコミックス論55 吉原基貴『あおいひ』(講談社、二〇一〇年)

『あおいひ』には六つの話が収録され、タイトルの「あおいひ」そのものにまつわる、職業がそれぞれ異なる五人の物語が描かれている。裏表紙のキャッチコピーは「誰もが何者にもなれず、漆黒の闇の中に“あおいひ”を見る夜がある。それは希望の光か、幼き日の…