藤森栄一の『二粒の籾』に添えられた「森本六爾年譜」で、森本の処女作『金鐙山古墳の研究』が大正十五年に雄山閣から出されたことを知った。もちろん未見だが、その時彼は二十三歳だった。(『二粒の籾』) 雄山閣に関しては本連載519などでも取り上げて…
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