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古本夜話32 『現代猟奇尖端図鑑』と『世界猟奇全集』

「エロ・グロ・ナンセンス」の時代を出版企画として体現したのは、梅原北明たちのアンダーグラウンド的出版社や武俠社のような小出版社ばかりでなく、すでに著名な出版社となっていた新潮社や平凡社も同様だった。ここでは新潮社と平凡社のそれらの本についてふれてみよう。

新潮社の『現代猟奇尖端図鑑』は「図鑑」と銘打たれているだけあって、「エロ・グロ・ナンセンス」の時代を横断する写真を総花的に盛りこんだ一冊となっている。それらの内容はエロチック、グロテスク、ナンセンス、レビュー、奇観、スポーツ、尖端、ポーズ、珍奇、最後に当代の識者による「猟奇尖端の考察」と章分けされ、新しい「猟奇」の「現代」の光景を次々と展開している。判型はそれらの舞台に見合うB5判で、装丁はパリでマティスに師事した佐野繁次郎が手がけ、箱のデザイン、色彩、レイアウトはマティス的にして猟奇的モダンを彷彿させるイメージがある。この『現代猟奇尖端図鑑』は編輯兼発行者を佐藤義亮として、昭和六年に二円八十銭で刊行されているが、新潮社のいくつかの社史を読んでみても、この本については何の言及もない。しかしこの一冊は現在でも古本屋や古書目録でもよく見かけるし、文芸書の新潮社からの発行と斬新な造本デザインもあってか、「エロ・グロ・ナンセンス」の時代を体現する最もポピュラーな書物であり続けている。ただそのような評価が定まっているために古書価は高く、私が求めたのは三十年近く前だが、一万円であった。

さて次に平凡社に移る。平凡社もその頃単行本として、守田有秋の『変態性欲秘話』や鈴木秀三郎の『エロ・グロ・巴里』などを出しているが、昭和五年から七年にかけて、円本の『世界猟奇全集』全十二巻を刊行している。この全集は十二冊のうちの五冊が発禁処分を受けたことによるのだろうが、『現代猟奇尖端図鑑』と異なり、これまで古本屋で全巻揃いを見たことがない。それは古書目録でも同様で、私も一冊しか持っていない。だからその全巻明細を挙げておく。これは『平凡社六十年史』の「平凡社発行書目一覧」による。

1 ミュッセ 『歓楽の二夜』(丸木砂土訳)
マゾッホ 『美男美女綺譚 求愛術』(木村毅訳)
3 ゴーチェ 『女怪』(江戸川乱歩訳)
4 ショワジイ 『巴里のどん底』(高橋邦太郎訳)
5 A・デュマ 『ボルジヤ家罪悪史』(横溝正史訳)
6 シカゴ・メイ 『市俄古女盗伝』(本田満津二訳)
7 サーストン 『情熱の焔』(寺田鼎訳)
ベン・ヘクト 『悪魔の殿堂』(近藤経一訳)
9 澤田順次郎 『変態性と享楽』
10 デフリエント 『或女の性愛史』(岡田三郎訳)
11 ジャビダン妃殿下 『女の迷宮』(丸木砂土、和田顕太郎訳)
12 南方八郎 『世界スパイ戦秘話』


いかにも急ごしらえの円本企画のようで、内容と訳者と著者の組み合わせもちぐはぐな感じを誰もが抱くだろう。それゆえか、当時 6 と 7 と 10 と 11 はこの全集でしか翻訳出版されたことがないように思われる。それでも幸いなことに『現代猟奇尖端図鑑』と異なり、『平凡社六十年史』には『世界猟奇全集』の「エロ・グロ百パーセント」という内容見本の表紙とそれについての言及がある。

『世界猟奇全集』全十二巻は昭和五年十一月にスタートした。しかしその第一回配本、ショワジイ作、高橋邦太郎訳の「巴里のどん底」が出版と同時に発売禁止処分を受けた(中略)。この全集は時代の風潮であったエロ・グロをねらった前衛的企画で、(中略)『巴里のどん底』が発禁になると、それを逆手につかって、「この事実は何を語るか、本書が、他の群作を凌駕して素晴らしき内容を持つからである」と居直ってみせたあたり、なかなかのものだった。おまけにこのときは内容見本までが発禁となり、全集の販売計画も大幅に狂うことになった。

そしてその後も四回にわたって発禁処分となり、収録内容も異なって完結に至ったのだが、平均部数は一万部内外を保っていたという。

これが『世界猟奇全集』に関する平凡社の公的見解である。だがそれを訳者に名を連ねた側から見ると、どうなるのか。その訳者として名前が挙がっている江戸川乱歩『探偵小説四十年』(光文社文庫)の中で、次のように述べている。

探偵小説四十年(上) 探偵小説四十年(下)

 『世界猟奇全集』というのは、私の友人本位田準一君が案を平凡社に持ちこんだか、或いは平凡社から頼まれたかして、世話したもので、古くからの友達本位田君の頼みとあっては、断るわけにも行かず承知したが、この方はただ名前を出すだけで、一切の仕事は先方でやってくれるという仕組みであった。印税はもちろん、名前料さえ受け取ったかどうか、記憶にないほどである。(中略)私の分はゴーチェの「モウパン嬢」の翻訳で、分り易いように「女怪」と題したもの、誰が訳したかも全く知らず、訳さえも読んでいないというまことに申訳ない仕儀であった(後略)。

図らずもここに円本と艶本時代の翻訳事情を垣間見ることができる。だからこの時代の名前が挙がっている訳者の背後には、無数の匿名の翻訳者たちが隠れていたのである。だが乱歩のように告白しているのは稀で、そのために近代翻訳出版史も深い闇に閉ざされたままになっている。

なお平凡社の円本については、拙稿「平凡社と円本時代」(『古本探究』所収、論創社)を参照されたい。

古本探究

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