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古本夜話477 乾信一郎『「新青年」の頃』、『文学建設』、『新編現代日本文学全集』

前回ふれた『文学建設』について続けてみる。『新青年』の歴代編集長の森下雨村横溝正史延原謙水谷準がいずれも『新青年』時代について、まとまった記録を残さなかったことに比べ、五代目の乾信一郎だけは『「新青年」の頃』早川書房)という一冊の回想を上梓している。

それによれば、青山学院に在学中の上塚貞雄、後の乾信一郎は『新青年』の探偵小説やユーモア小説の愛読者で、またアメリカ生まれで英語に通じていたこともあり、自分でも翻訳を試みた。その翻訳を編集長の横溝に送ったところ、彼から手紙がきて、その二編ほどの採用と今後のことも含めての来社を告げる内容だった。そして彼はアルバイトで『新青年』編集部に出入りするようになり、コラムなどをまかされているうちに、博文館編集局長の森下雨村から呼び出され、正式に入社し、『新青年』の編集に携わるように誘われ、昭和五年から十三年にかけて、博文館に勤めることになる。『新青年』編集長は横溝から水谷準へと移っていた。

乾の回想は昭和前期の博文館の内情、『新青年』編集部の実態、編集修業、翻訳や漫画やコラムについてのエピソード、翻訳者たちに関する話、渡辺温の事故死と谷崎潤一郎の「武州公秘話」の原稿を受け取るための関西遠征、『新青年』の時代の背景にあるジャズとダンスに魅せられたモダーン・ボーイ、左翼運動家まがいのマルクス・ボーイ、ドイツのナチのようなスタイルの青年将校といった三つのタイプの青年が行き交う銀座の街、『講談雑誌』への捕物帳執筆依頼と人形佐七、戦後の『宝石』創刊事情などに及び、様々に興味深い。

だがそれらはともかく、『「新青年」の頃』を読んで初めて知ったのは、乾信一郎が『文学建設』に参加していたことで、しかも博文館の退職金が注ぎこまれ、編集も引き受けていたという事実だった。乾によれば、『文学建設』はユーモア作家仲間の北町一郎の提唱で始まったとされ、それは次のように言及されている。

 会員が相当集まった。海音寺潮五郎とか玉川一郎とかも入会し、同人も集まり月に一度の集会もやった。同人雑誌「文学建設」を出すについては、雑誌編集の経験者の私にぜひと押しつけられた。
 何号まで出たか、忘れてしまったが、集まるはずの同人費は未納者が多くて、印刷費や紙代に追われる。払わなければ印刷も紙もとまってしまう。で、私への退職金で肩代わりしているうちに、いつの間にかなくなってしまったようである。

この『文学建設』については『日本近代文学大事典』『新潮日本文学辞典』でも立項されていないので、真鍋元之編『増補大衆文学事典』(青蛙房)や尾崎秀樹『大衆文学の歴史』講談社)などを参照し、そのプロフィルを描いてみる。
大衆文学の歴史

『文学建設』は昭和十四年一月に編集兼発行人を松崎与志人とする、京橋区田原町の文学建設社から創刊された。同人は海音寺潮五郎、戸川貞雄、岩崎栄、笹本寅、片岡貢、奥村五十嵐、北町一郎、中沢圣夫、村雨退二郎、綿谷雪、岡戸武平、乾信一郎、伊馬鵜平、山田克郎、浅野武男、三木蒐一、玉川一郎丹羽文雄鹿島孝二その他を加え、総計四十二人だった。ここに前回の岡戸の名前も見えている。

創刊号の戸川貞雄による「寸言欄」に「同人四十有二士、もう五人加盟したら、どこへ討入ろうか」とあるように、数多い同人には「時代作家もいる。探偵作家もいる。ユーモア作家もいる。冒険作家もいる。劇作家もいる。シナリオライターもいる」(第一巻第四号「巻頭言」)といった大世帯で、若干の同人異動はあったにしても、昭和十八年十一月第五巻第八号まで刊行された。この終刊は戦時下の用紙統制令と絡み、『文藝春秋』に用紙実績を無料譲渡という事情もあるようだ。なお第一巻第十一号以降、編集兼発行人は岡戸武平に代わり、第五巻からは発行所も聖紀書房に移っている。

なぜか昭和文学史においても研究もなく、文学事典類にも立項されていない『文学建設』に少し詳しくふれたかというと、この『文学建設』をつなぐことで、博文館の『講談雑誌』や『新青年』の流れを受け、戦後無数に創刊されることになるカストリ雑誌、倶楽部雑誌などへと著者と編集者人脈が結びついていったのではないかと思われるからである。この辺の事情に関しては「出版人に聞く」シリーズ13の塩澤実信『倶楽部雑誌探究』を参照されたい。
倶楽部雑誌探究

そしてまたその人脈の流れは昭和三十年代の貸本作家や様々なマイナーな文学全集へとつながり、それは春陽堂文庫や講談社ロマンブックスの著者と作品に反映されていったと推測できるし、そこには講談社の『講談倶楽部』、及び長谷川伸の『大衆文芸』や岡本綺堂門下の人々も交差している。海音寺潮五郎記念館から『文学建設総目次』(昭和五十五年)が刊行され、昭和十四年から十七年にかけての同人名を見ることができる。

私は乾信一郎の著書を三冊持っている。それは『人間芝居』(東成社、昭和二十七年)、『コント劇場』東方社、昭和三十年)、『乾信一郎集』(同、昭和三十二年)である。三冊目は東方社『新編現代日本文学全集』第38巻で、私が先に書いた雑誌群の著者と編集者が合流し、この全集企画が成立したと思われる。いかに「新編現代」というタイトルが付され、当時としてはリアリティがあったにせよ、今となっては奇妙な組み合わせに映るであろう。『新編現代日本文学全集』の全50巻に及ぶラインナップを煩をいとわず掲載し、その後に続く連載の参考としたい。
(第45巻『木々高太郎集』)

『新編現代日本文学全集』
  1川端康成 2小島政二郎 3富田常雄 4舟橋聖一 5石坂洋次郎 6丹羽文雄 7藤沢桓夫 8竹田敏彦 9林 芙美子 10菊田一夫 
 11佐多稲子 12井上友一郎 13吉屋信子 14尾崎士郎 15阿部知二 16高見 順 17火野葦平 18田村泰次郎 19壇 一雄 20北条 誠 
 21吉川英治 22山手樹一郎 23子母沢 寛 24土師清二 25野村胡堂 26陣山達朗 27山岡荘八 28角田喜久雄 29長谷川 伸 30川上元三
 31獅子文六 32源氏鶏太 33中野 実 34鹿島孝二 35佐々木 邦 36北町一郎 37玉川一郎 38乾信一郎 39摂津茂和 40林二九太
 41江戸川乱歩 42横溝正史 43木下宇陀児 44高木彬光 45木々高太郎 46渡辺啓助 47香山 滋 48島田一男 49甲賀三郎 50水谷 準

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