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古本夜話388 『新進傑作小説全集』と佐々木茂索

前回の『菊池寛全集』と同年の昭和四年に、やはり平凡社から『新進傑作小説全集』全十五巻が出されている。これも前回ふれた『世界探偵小説全集』『ルパン全集』と同じ菊半截判の全集である。これらも同年の刊行だから、平凡社はこの年に三種類の菊半截判の全集を出版したことになる。

『菊池寛全集』

これまで平凡社の円本について、ずっと言及してきたけれど、実際に大揃いを所持しているのはひとつだけで、それはこの『新進傑作小説全集』なのである。たまたま古本屋で見つけ、残念ながらすべて月報は欠けていたが、買い求めたのはひとえにその収録作家のラインナップに興味を覚えたからだ。それゆえにまずはその作家たちを示そう。

1 『犬養健集』
2 『池谷信三郎集』
3 『佐々木茂索集』
4 『横光利一集』
5 『片岡鉄兵集』
6 『十一谷義三郎集』
7 『金子洋文集』
8 『小島政二郎集』
9 『葉山嘉樹集』
10 『尾崎士郎集・岡田三郎集』
11 『川端康成集・林房雄集』
12 『滝井孝作集・牧野信一集』
13 『関口次郎集・管忠雄集』
14 『南部修太郎集・石浜金作集』
15 『中条百合子集・宇野千代集』

昭和四年時点における「新進」小説家の一巻、もしくは併録「全集」ということになる。これはほぼ同時期に刊行された改造社の「新鋭文学叢書」全二十六巻とも共通している。『新進傑作小説全集』は、円本の先駆けである改造社の『現代日本文学全集』と春陽堂の『明治大正文学全集』の後を受けて企画されたことは明白で、大正時代後期にデビュー、あるいは注目された作家たちを収録している。
「新鋭文学叢書」現代日本文学全集 『現代日本文学全集』『明治大正文学全集』

そのことから、この時代には横光も川端もまだ「新進」であった事実を教えられると同時に、犬養、池谷、佐々木、十一谷、関口、管、南部、石浜といった「新進」たちが現在ではほとんど読まれておらず、近代文学史においても言及されていないことにも気づく。そしてこのような「新進」をコンセプトにした企画が時間の風化にさらされてしまう現実を目の当たりにしているような思いに駆られる。だがそれゆえに、1、2、3、6、13、14巻などが編まれるに至ったのであり、作品集としてはこの菊半截判の『新進傑作小説全集』でしか読むことのできない一冊となっているのではないだろうか。

『平凡社六十年史』にはこの全集に関する言及は見当たらないが、作家たちのラインナップからして、『文芸時代』と関係があるのではないかと推測された。これは本連載354でも既述してきた金星堂から大正十三年から昭和二年にかけて出され、「新感覚派」の発祥地でもあった。この文芸誌の主な創刊同人は川端、石浜、片岡、横光、佐々木、十一谷、管などで、その他に執筆グループとして、犬養、金子、牧野、同人外からの寄稿者として尾崎、林、葉山たちもいて、『新進傑作小説全集』の作家たちのほとんどが揃っていたからだ。さらに補足しておけば、川端の『伊豆の踊子』と横光の『ナポレオンと田虫』は『文芸時代』に発表されているが、これらもこの全集に収録されている。

しかし『文芸時代』と平凡社を結びつける事柄は見えてこないし、それは金星堂の側から調べてみても同様であった。そのような事情ゆえに、『新進傑作小説全集』についての調べを、しばらくペンディングにしておいたのである。ところが鷲尾洋三の『忘れ得ぬ人々』(青蛙房、昭和四十七年)を読んでいたら、何気なくこの全集のことが書かれている箇所にぶつかった。それは短い一節で、ただ『新進傑作小説全集』は平凡社から委託され、菊池寛と文藝春秋社が企画編集に携わったというものだった。

鷲尾は明治四十一年東京生れ、慶大国文科卒、昭和九年文藝春秋社に入社し、戦後の二十一年文藝春秋新社創業とともに取締役、『文藝春秋』編集長などを経て、副社長にも就任している。著者には前出の他に『回想の作家たち』(青蛙房)もある。

この鷲尾の昭和九年入社の経歴からわかるように、同四年刊行の『新進傑作小説全集』に直接携わっているわけではない。戦後になって菊池寛が公職追放指定を受け、文藝春秋社を解散するに至ったのだが、その後社員たちに懇望され、文藝春秋新社を創立し、社長に就任したのが、実は他ならぬ3の佐々木茂索だったのである。その佐々木を支えたのが鷲尾で、彼は佐々木から『新進傑作小説全集』の企画編集の話を聞き、それを書き止めたと思われる。

これもまた付け加えておけば、佐々木は大正七年に新潮社に勤め、翌年中央美術社に移り、『中央美術』主幹となり、美術評論なども書く一方で、芥川龍之介に師事し、菊池寛とも親しくなり、『佐々木茂索集』に収録されることになる小説を書いた。そして大正十三年に『文芸時代』に参加し、同年に金星堂から処女短編集『春の外套』を刊行し、昭和四年に文藝春秋社に入社し、総編集長となっている。このような佐々木の『文芸時代』と金星堂と文藝春秋社との関係からすれば、平凡社とのきっかけは菊池によるものだったとしても、実質的に『新進傑作小説全集』をコーディネートしたのは彼だったと考えていいのではないだろうか。

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