出版・読書メモランダム

出版と近代出版文化史をめぐるブログ

古本夜話989 西村眞次『神話学概論』

 中島悦次の『神話と神話学』の初版に当たる『神話』(共立社)の刊行と同じく昭和二年に、西村眞次の『神話学概論』が早稲田大学出版部から出されている。『早稲田大学出版部100年小史』によれば、同書亜はやはり同年刊行の「文化科学叢書」全8巻のうちの第4巻としてである。時代からすると、この「叢書」は昭和円本シリーズのひとつとして企画されたように思われる。なおこれは蛇足かもしれないが、表紙タイトルなどに本連載553の「雪岱文字」が使われている。
f:id:OdaMitsuo:20200109224406j:plain:h120 (『神話学概論』)

 そのうちの一冊に『神話学概論』が選ばれたのは、神話学への関心が澎湃として起きていたからのようだ。西村はその「序文」において、「現代の日本に取つて刻下の急務の一つは、(中略)神話学の一般的知識を与へるやうな書物の出版である」とまで書きつけている。しかも西村は人類学者であり、「最近の神話学界に於ける傾向は、文化人類学的方法を以て世界の神話伝説を研究し、それを古代史闡明の証徴に役立てようとしてゐる」ので、「それをほんの少しばかり覗いてゐるだけではあるが、(中略)嗚呼かましく本書を上梓する」ことになったと述べている。

 それもあって、西村は神話学の意味から始めて、古代から現代にかけての神話学の進歩にふれ、次に最近の神話学説を一巡していく。その顔ぶれは本連載でも取り上げてきたタイラー、ロバートソン・スミス、アンドルウ・ラング、フレイザーなどの十三人で、それから第一節を「神話の起原」と題する本編へと入るのである。

 そこで参照されているのは、ヘンリイ・ベット(Henry Bett)のNursery Rhymes and Talesにおける自然神話の起原が、原始人の自然現象に対する解説と試みとしての想像に他ならないとの説を引き、それに先に挙げた諸説を導入し、次のように記している。

 つまりベットは、神話を発生せしめるところの動因(Factor)が何であるかを考え、それを人間の探求心であると観じたのである。無論さうしたものが神話の発生に関係あることはいふまでもないが、神話の発生について詳しく知らうと思つたならば、かうした大まかな解決では満足が出来ない。神話は人間の精神的製作で、それの起原、並びに成長は、生物学的、胎生学的に考へなければならぬところの人間歴史の一部である。あらゆる歴史は7つの“何”を明かにする要がある。即ち何故(Why)、何人が(Who)、何時(When)、何処で(Where)、何を(What)、何うして(How)、造つて、それが何うなつたか(What became of)といふとことが闡明されなければならぬ。

 このベットのプロフィルは不明だし、その著作も初めて目にするのだが、ここで西村はベットの言説を糸口として、自らの神話学へのアプローチの手法を語っているだろう。そのような西村の神話探索は第四章の「白鳥処女説話の研究」と第5章の「鰐魚説話の研究」に発揮され、とりわけ前者は百ページに及び、日本だけでなく、朝鮮、蒙古、シベリア・ロシア線、北海沿岸、地中海沿岸、南西亜細亜、太平洋中・南北西大陸に及ぶ言及で、「そこには「白鳥処女説話分布図」という折り込み地図も付されている。

 「白鳥処女説話」は謡曲の「羽衣」(『謡曲集1』所収、『日本古典文学全集』33、小学館)を始めとして、かなり多く日本の各地に残り、それらの研究も盛んであると西村は書き出している。続いてその収穫が本連載984の高木敏雄『日本神話伝説の研究』所収の「羽衣伝説の研究」で、西村はハートランド=E.S.Hartland, The Science of Fairy Tales を引き、次のように述べている。

謡曲集1 f:id:OdaMitsuo:20191217170856j:plain:h112 The Science of Fairy Tales

 羽衣説話は神話学者が白鳥処女説話(Swan-Maiden Myth)或は鳥女説話(Bird-Maiden Tale)と呼ぶところの一型式で、ハートランドもいつたやうに、それは最も広く分布し、同時に人間の心の産んだ最も美しい物語であるといへる。

 その典型と言っていい謡曲「羽衣」のストーリーを紹介してみる。漁夫の白龍が三保の松原で舟から上がり、浦の景色を眺めていると、空から花が降り、音楽が聞こえ、何ともよい香りが漂ってくる。これはただごとではないと思っていると、そばの松に美しい衣がかかっていた。近くに寄ってみると、色もすばらしく、よい香りがして普通の衣ではない。何はともあれ、持ち帰って古老に見せ、家宝にしたいと考えた。すると天女が現われ、その衣は私のものです、どうなさるおつもりですかと聞いた。白龍は拾った衣なので、持って帰ると答えると、それは天女の羽衣で、たやすく人間に与えられるものではない。もとのとおりにして置いて下さいと天女はいった。白龍はこの羽衣の持主が天女であるなら、このような末世にはまことにめずらしい奇跡として、地上にとどめ、国の宝としたいので、衣は返さない。天女はこの羽衣がなければ、空を飛べず、天上に帰れない、どうか返して下さい。ところが白龍は返さず、羽衣を後ろに隠し、立ち去ろうとする。天女は天上に帰ることができず、涙を流す。そのいじらしい姿を見て、白龍は羽衣を返すと、天女はお礼の意味で天女の舞を舞い、羽衣を浦風になびかせ、空の彼方へと飛び去っていった。

 そしてさらに西村は様々な『風土記』『海道記』『富士山記』などを渉猟し、『竹取物語』などとの関係にも言及し、それは前述したように、世界の「白鳥処女説話」へと至るのである。ここに世界各地にみられる神話のひとつの典型がうかがわれることになろう。


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古本夜話988 中島悦次『神話と神話学』

 拙稿「青蛙房と『シリーズ大正っ子』」(『古本探究Ⅱ』所収)や本連載429で、大東出版社の「大東名著選」にふれ、これが戦後に青蛙房を興す岡本経一の編集によるものであることを既述しておいた。その「大東名著選」37として、昭和十七年に中島悦次の『神話と神話学』が刊行されているが、「はしがき」によれば、これは昭和二年に同973の共立社から『神話』として出版された一冊で、中島は次のように続けている。

古本探究2   大東名著選 (「大東名著選」44、『東洋的一』)

 当時はまだ神話の概説書としては、明治三十七年に初版の刊行された高木敏雄の名著「比較神話学」一緒だけといふ有様で、神話に対する一般人の関心は極めて薄いものであつたが、昭和二年といふ年は神話研究にとつては恵まれた年で、恩師松村武雄博士の「神話伝説大系」十八巻の大出版が発表され、次いで西村真次氏の力著「神話学概論」が公にされた。爾来神話に関する特殊な研究書は相次いで世に現れ、最近は又、高坂正顕氏の好著「神話(解釈学的考察)」や松村博士の大著「神話学原論」二巻が公にされるという盛観を呈するに至つた。

 ここにラフスケッチとして、近代日本における神話研究チャートが示されているといえよう。それは他ならぬ本連載985の高木敏雄の『比較神話学』から始まり、昭和に入っての松村武雄編『神話伝説大系』へと結実していく。そして中島の『神話』、西村真次『神話学概論』、松村の『神話学原論』なども出され、中島が松村の弟子筋に当たり、そのような神話研究の環境下で、自らの著作も刊行されたとわかる。

f:id:OdaMitsuo:20191219111342j:plain:h115(『比較神話学』、ゆまに書房復刻) f:id:OdaMitsuo:20200109212513j:plain:h120(『神話伝説大系』)f:id:OdaMitsuo:20200109224406j:plain:h120 

 それでは中島の語る神話とはどのようなものなのか。彼は上篇「神話学の叙説」において、神話はギリシア語のミトスで、これは「神によって語られたもの」の意味だったようだが、後に「神に関して語られるもの」という意味に転じたと述べている。そして日本の古くからの言葉を用いれば、「神語(かみがた)り」が適切ではないかとも記している。

 人間が「神霊」=超自然的存在を認めた場合、そこには畏敬の念を基調とする宗教的態度、もしくは親愛の情からなる芸術的な態度が生じる。前者は「祈祷・祭祀」、後者は「記述・説明」となって表われ、両者の混合によって神話が生まれる。原始時代にあっては「神霊」が物象で、火や岩や蛇などが神と信じられ、この信仰の段階が「アニマチズムの階層」である。しかし人間はこのような素朴な信仰を長く持ち続けることができず、「神霊」は別にのその物相や現象の内在するという段階に進む。これが山の主とか川の主とかいった「ヌシの信仰」で、この段階を「アニミズムの階層」と呼ぶ。

 この「ヌシの信仰」に進むと、神を信じる主体が人間であることから、「神霊」も人間の形態を有することが多くなり、ひとりの人格のように扱われ、日や月や風などの神もすべてが人間の形態を有し、人間的にふるまうのである。このような信仰の段階を「神人同格説(アンスロポモーフイズム)の階層」と呼ぶ。しかしいかに人間的といっても、やはり神は人と異なり、自由に変形しうる能力が賦与されているのである。

 そのようにして、神々の世界にも人間界の生活が色濃く反映され、神は自然的色彩を少しずつ脱却し、人文的色彩を帯びてくる。そしてついには神と人との区別がつかなくなり、人間的神格が神霊的人間へと変ってしまう。これが英雄神話に表われる「英雄(ヒーロー)」、もしくは「女英雄(ヒロイン)」ということになる。

 こうした例をたどりながら、「神話の定義」が次のように示される。「神話は、未開階段(ママ)に在る民族心神話詩的の気分から、神の自叙的発想として生み出され、社会的秩序の発生的所徳として伝誦せられた所の、神格に関する人格的物語的記述の説話である」。そして神話は記述によって、説明的神話と推原的神話のふたつに大別され、前者は神の状態動作、性質を説明的に途述するもの、後者は神の起原、由来などを遡行し推説するものである。

 これらの神話の解釈をめぐって、まず引かれているのが、前回、前々回と続けて言及してきたアンドリウ・ラングで、とりわけ中島への影響が大きいとわかる。ラングを筆頭として神話解釈法が挙げられ、中篇「神話の形態」へと進んでいく。それは具体的に神話の様々な形態に及び、下篇「神話学の意義」において、日本神話が論じられることになる。それが『神話と神話学』において、中島が展開してきた論述に寄り添い、「我が古代民の神話は、古代ギリシアの神話と同様に様々な系統の神話から成立してゐる」と語っている。その後にバーンの『民俗学綱要』=本連載936のバーン『民俗学概論』も挙げられているので、それを応用していることもわかる。

 だが結論として、『古事記』や『日本書紀』における神話伝説は「私どもの懐かしむべき祖先の心を恵んで呉れた神話」、「幼少を育くんで呉れた神話」、「愛すべき子孫の心を養つて呉れようとする神話」であり、「この神話こそは実に科学・芸術・宗教・哲学・道徳の揺籃であり、親祖・愛国の子守所ではないだらうか」と結ばれている。

 やはり昭和十七年に中島は『大東亜神話』(統正社)を刊行し、『古事記』や『日本書記』などが大東亜共栄圏内の諸民族の神話の集約に他ならず、高天原は太平洋に見出されるという言説を提出している。それが『神話と神話学』の延長線上に成立したことはいうまでもあるまい。

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古本夜話987 Favorite Andrew Lang Fairy Tale Books in many colorsと東京創元社『ラング世界童話全集』

 前回のアンドルー・ラングの民俗学や神話学の原著は入手していないけれど、『童話集』のほうは原書と翻訳の双方が手元にあるばかりでなく、これも『世界名著大事典』に『童話集』として立項されている。同じ『童話集』の立項にはアンデルセン、オーノワ夫人、グリム兄弟、トペリウス、ペロー、ボーモンも挙げられていて、やはり十九世紀が神話や民俗に加え、童話もまた発見された時代であることを伝えていよう。
世界名著大事典

 このラングの『童話集』も要約すれば、彼は民話多種起源説を唱えた民俗学者にして、広範な各国民話の収集家であり、子供たちのために民話を編集し、再話した試みを「色つきの」童話集として刊行した。最初は『青色の童話集』(一八八九年)で、次に赤色、緑色、黄色と続刊し、さらに他色にも及び、また動物物語集、王子王女集なども加わり、三十七冊にまで及んでいるという。

 「これほど広く、研究者であり作家である人の手で世界的な民話、童話、伝説が集められ、読みやすくされた、いわば集大成読み物化されたのは、彼の始めた手柄であり、児童文学史に忘れがたいことでもある」と評されている。おそらく高木敏雄の『日本神話の研究』における伝説、童話、説話の探求も、このようなラングの影響を受けているはずだ。

 そのラングの最初の四色の四セット函入のFavorite Andrew Lang Fairy Tale Books in many colors(Dover,1965)のThe Blue Fairy Book を見てみよう。その青色の表紙にはただちに「ヘンゼルとグレーテル」だとわかる挿絵が転載され、その目次をたどると、「Hengel and Gretel」の他に三十六編の童話が収録され、その中には「The Sleeping Beauty in the wood」「Aladdin and the Wonderful Lamp」「Beauty and the Beast」なども含まれている。それらのThe Blue Fairy Book の編み方は、ラングが先に挙げた様々な『童話集』から引用し再話し編纂したことを物語っていよう。それは明らかに画家の異なる多くの挿絵も同様であることを伝えている。

f:id:OdaMitsuo:20200107114721j:plain:h80 The Blue Fairy Book

 翻訳のほうで所持しているのは、昭和三十三年に東京創元社から川端康成、野上彰訳で刊行された『ラング世界童話全集』1の『みどりいろの童話集』である。これは巻末広告によれば、まさに各巻がそれぞれの「色つきの」童話集で、別巻が『アラビアン・ナイト』となっている。だから当然のごとく、原書と照応しているはずだと思い、『みどりいろの童話集』The Green Fairy Bookを照合してみたのだが、双方の収録作品はまったく異なっていたのである。
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 全巻を見ていないので、断定はできないけれど、タイトルだけが「いろつきの」童話集であって、『ラング世界童話全集』の企画翻訳に合わせ、新たに編纂されたと考えるべきであろう。例えば、「青い鳥」は『みどりいろの童話集』に収録されるはずなのに、実際には『あかいろの童話集』に入っている。それから「Aladdin and the Wonderful Lamp」のThe Blue Fairy Book 収録を先述したけれど、こちらは『アラビアン・ナイト』へと移されたと考えられる。

 この『ラング世界童話全集』は川端と野上彰共訳のかたちをとっているが、それに先駆けて野上個人訳で、宝文館から『ラングの世界むかしばなし』全6巻が出されていることからすれば、野上訳と見なすべきだろう。どのような事情が絡んでいるのかは詳らかではないにしても、川端の名前を出す、もしくは借りることに迫られたのかもしれない。

f:id:OdaMitsuo:20200107163836j:plain:h110(『ラングの世界むかしばなし』)

 野上は『日本近代文学大事典』に立項され、編集者、詩人とある。明治四十一年徳島市生まれ、京大法学部中退。『囲碁春秋』『囲碁クラブ』編集長を務め、文人碁会を企画し、作家たちと交わるうちに、創作を志したようだ。主な著書として、詩集『前奏曲』(昭和三十一年)、童話『ジル・マーチンものがたり』(同三十五年)が挙げられ、どちらも東京創元社から出されているので、『ラング世界童話全集』はその間の刊行である。
f:id:OdaMitsuo:20200107233146j:plain:h110(『前奏曲』)

 ということは野上と川端の関係というよりも、むしろ当時の東京創元社との結びつきが大きいのかもしれない。昭和二十三年に東京創元社は大阪の創元社から分離独立したが、昭和二十九年には倒産し、新社として再出発したばかりだったといっていい。それもあって、昭和三十一年からは『世界大ロマン全集』『世界推理小説全集』、同三十三年からは『世界恐怖小説全集』を刊行に及んでいる。

f:id:OdaMitsuo:20200107224950j:plain:h120(『世界大ロマン全集』第1巻)f:id:OdaMitsuo:20200107230326j:plain:h120(『世界推理小説全集』第1巻)f:id:OdaMitsuo:20200107231350j:plain:h120(『世界恐怖小説全集』第1巻)

 これらの全集物は書籍出版社にとっては雑誌のような毎月の売上を見こめる企画となり、それに合わせるように、同じく『ラング世界童話全集』も企画されたのではないだろうか。それにやはりタイトルに「世界」が付され、加えて「児童物」でもあり、書店ばかりでなく、学校図書室や図書館の需要も見こんだ企画だったように思われる。だから川端の名前も借り、箔をつける必要があったと推測される。

 なぜならば、宝文館版の焼き直しに過ぎない企画を新たに仕立てるためにも、そのような戦略がとられたにちがいないからだ。またこれは偶然だと思われるが、宝文館は高木敏雄の『日本伝説集』などの版元でもあったのだ。だが残念ながら、『東京創元社文庫解説総目録[資料編]』には『ラング世界童話全集』の目録は収録されているけれどそれらについては何も語られていない。しかしその後ラングの童話集は、同じ川端、野上訳で増補、再編集され、ポプラ社偕成社からも出されている。また今世紀に入って、東京創元社から新訳全集の刊行に至っている。

f:id:OdaMitsuo:20200107170124j:plain:h100(『東京創元社文庫解説総目録[資料編]』)f:id:OdaMitsuo:20200107214017j:plain:h100(ポプラ社)偕成社(偕成社) 東京創元社新版(東京創元社新版)


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古本夜話986 アンドルー・ラング『神話、祭式、宗教』

 前回既述しておいたように、高木敏雄の『比較神話学』は十九世紀のヨーロッパの神話学の成果を参照して書かれているだが、その研究者名は多く挙げられているにもかかわらず、具体的な書名はほとんど挙げられていない。とりわけ高木はアンドリュー・ラングの人類学的比較神話学に依拠していると思われるけれど、その著書名は『比較神話学』や『日本神話伝説の研究』においても、わずかに『風習と神話』(Custom and Myth)が記されているにすぎない。

f:id:OdaMitsuo:20191219111342j:plain:h110(『比較神話学』、ゆまに書房復刻)日本神話伝説の研究(『日本神話伝説の研究』)

 本連載でもずっとラングのことはとりあげなければならないと考えていた。しかしラングの著書はマックス・ミュラーと異なり、主要な著作が翻訳されていないようで、その訳書にも出会えなかったこともあり、それが果たせないで、ここまできてしまった。近年ようやく『夢と幽霊の書』(吉田篤弘訳、作品社)が出されているが、これは民俗学や神話学というよりも、英国心霊研究会員としての立場の著作に位置づけられるであろうし、ラングもまた様々な分野の著書を刊行している。

夢と幽霊の書 
 そこでまず『世界文芸大辞典』(中央公論社)におけるラングの立項を引いてみる。
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 ラング(アンドルー)Andrew Lang(1844-1912) イギリスの学者、詩人、民俗学者。スコットランドに生れ、エディンバラ・アカデミー、聖アンドレ大学、オクスフォード大学のパリオル学寮等に学び、後オクスフォードのマートン学寮のフェローとなる。詩は主としてフランスのバラード其他の古詩を学び”、“Helen of Troy”(Ⅰ884-1912)その他の著があり、民俗学の著述には“Myth , Ritual , and Religion”(1887)其他を数へ、歴史的研究にはスコットランドに関するものを主とし、又ギリシャ語学者として、テオクリトスの英訳を完成し、ホメロスの『イリヤッド』『オディシウス』を英訳、最も信頼するに足るものと云はれてゐる。其他童話・小説・随筆等の著も多く、著書の数すべて六十余種、彼の趣味・研究以上の外にも神話・伝説・心霊学等に亙り、一時『ロングマン雑誌』を編輯したこともあつて、稀に見る多才多能の学者として大西洋の東西に多くの読者を持つ。

 これは戦前のラングの立項で、戦後の『岩波世界名著大事典』よりも詳細である。確かに「稀に見る多才多能の学者」のプロフィルが浮かび上がってくるけれど、それが逆にラングのコアの把握を困難にさせたとも推測されるし、日本における主著の翻訳の実現の難しさをうかがうことができる。だがそれでもMyth , Ritual , and Religionは『神話、祭式、宗教』として、『世界名著大事典』(平凡社、昭和三十五年)にその概要を見出せる。もちろん邦訳は出されていないので、それを要約し、紹介してみる。

世界名著大事典 Myth , Ritual , and Religion

 『神話、祭式、宗教』は一八八七年に刊行された。そこでラングはすでに衰退期にあったマックス・ミュラーなどの比較言語学的方法による神話や宗教の研究に対し、比較人類学に基づく方法を確立しようとした。しかも同じ人類学的立場の中で、より一般的な学説、つまり第一段階にアニミズム的な精神の産物としての神話があり、それが純化されて人間以外のものが人間同様の感情(情熱)を持つと解釈する神人同感同情説、もしくは一神論の産物としての宗教が生まれるという学説に異議を唱え、むしろその順序は逆であることを立証しようとした。

 それまでは原始信仰の中に偶然に発見される単一神概念は、キリスト教宣教師の影響だと説明されることが多かった。そこでラングは特にこの影響がまったくないとされるオーストラリア原住民やアフリカのブッシュマンなどの神話伝説を重点的に調査し、これをアメリカインディアンの神話伝説やインド、ギリシアなどのアーリア系の文学的神話と比較した。そしてその結論は次のようなものだ。

 人類進化論上の第一段階に近い第一のグループである未開人は、多神教的神話よりも、むしろ一神教的な原初的存在、もしくは造物主に対する漠然とした信仰心が強く、これは「宗教」に定義できる。これが進化の第二段階の野蛮人になると、「神話」的要素が強くなる。それは以前の漠然とした信仰心情とは別に、自分の周囲の自然現象をはっきりと合理的に説明しようとする努力の表出である。さらに特定の家族や民族の起源と優位性の説明といった社会制度上の要求がこの神話的傾向を強化し、そのためにこれを制度化した「祭式」の誕生を促すことになる。

 かくして『神話、祭式、宗教』は心情的宗教への理解や「聖なる野蛮人」の概念の影響を示し、十九世紀後半の思潮の一端を浮かび上がらせているが、人類学的神話宗教学のひとつの立場の集大成というべきで、一八九九年には改訂版も出されているという。ここに本連載907のタイラーの『原始文化』から始まったアニミズムに端を発する神話や宗教研究の軌跡が見てとれる。高木の挙げている『習俗と神話』の出版は一八八四年である。

f:id:OdaMitsuo:20190331151211j:plain:h105(誠信書房版)

 このようなラングの人類学的神話学を背景にして、一九〇四年=明治三十七年に高木の『比較神話学』が送り出されたことになろう。

 なおタイラーの『原始文化』(松村一男監訳、国書刊行会)の新訳が出され始めているが、ラングもいずれ翻訳されていくのだろうか。

原始文化


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古本夜話985 高木敏雄『比較神話学』と武蔵野書院

 前回、高木敏雄の『日本神話伝説の研究 神話・伝説編』の「序」は柳田国男が寄せていることを既述したが、そこには「比較神話学が高木君最初の力作であり日本伝説集が明治末葉の大蒐集であつて、共に最近に覆刻せられた」という一節が見えていた。『日本伝説集』は他ならぬ郷土研究社から大正二年の刊行である。

f:id:OdaMitsuo:20191217170856j:plain:h115 f:id:OdaMitsuo:20191219114200j:plain(郷土研究社版)

 そのうちの『比較神話学』は入手していて、大正十三年に発行者を前田信とする武蔵野書院から出されている。またその奥付の前田の横には発行兼印刷者として、岡村千秋の名前もあるし、奥付裏には『比較神話学』と並んで『日本伝説集』も広告されているので、柳田のいう「ともに最近に覆刻」を担ったのは武蔵野書院だったことがわかる。またそこには本連載で取り上げてきた郷土研究社の伊波普猷『古琉球』、金田一京助『北蝦夷古謡遺篇』、「爐邊叢書」なども掲載され、武蔵野書院と郷土研究社の親密さをうかがわせている。

f:id:OdaMitsuo:20191222121951j:plain:h115(『北蝦夷古謡遺篇』、甲寅叢書)

 それはいうまでもなく、柳田の出版代行人たる岡村千秋の存在によっているはずだ。それらの事実は「岡村千秋、及び吉野作造と文化生活研究会」(『古本探究Ⅲ』所収)などでふれてきたとおりだ。また岡村と高木の関係もかなり深かったように思われる。実は岡書院の二冊の奥付には、故高木敏雄の横に右相続人高木九一郎の名前が並列され、この二冊の出版が高木の遺族のためのものだとわかる。『比較神話学』の奥付には相続人の名前はないけれど、「板権所有」のところに「まゑだ」の押印があることからすれば、武蔵野書院の前田が、『比較神話学』の印税の代わりに版権を買って刊行したと見なせよう。おそらく『日本伝説集』も同様で、これらも高木の遺族のために、岡村が配慮し、再度の出版にこぎつけたと考えられる。

古本探究3

 『比較神話学』は明治三十七年に博文館から刊行されたが、柳田によれば、「高木君の新し過ぎた学問は、恰かも新し過ぎた葡萄酒の如くに、舶来品歓迎者にすらも、尚賞玩せられなかつた」ようだ。それもそのはずで、日本において神話研究は始まったばかりだったし、高木こそがそのパイオニアに他ならず、しかもヨーロッパの研究にベースをおいていたからだ。その「序」において、高木は実際に多くの名前を挙げ、次のように書いている。人名横の傍線は省く。

 本書は、此等の民族の神話説話に関しては其材料を悉く欧羅巴の著書に求め、神話上の問題に関しても亦た、多く欧羅巴の学者の意見を参考にしたり。参考せし著述の最重なるものゝ二三を挙ぐれば、プレルレルの希臘神話学、マクドネルの吠陁神話学、ゴルテルの日耳曼神話学、モックの日耳曼神話学、マックス、ミュラー及びラングの神話学的著述、マイエルの比較説話学的論文、ギルの南太平洋神話、バーリング、ゲールトの中世説話の研究、デーンハルトの民間天然科学的説話、ゼーンスの植物説話、フィスクの神話学、ゴールドシーヘルの希伯来神話、デンニスの支那民間説話等なり。「アイヌ」神話に関しては、チェンバーレン並びにバチェラー二氏の著より、その材料を取れり。日本支那の神話研究に関しては、外国人の研究殆んど云ふに足らず。本書中、日本支那の神話説話に関する部分は、凡て著者の創見なり。

 そうして第一章「総説」は神話学の概念由来から始まり、比較神話学説が紹介されていく。それらは神話起原説と比較神話学、人類学的比較神話学、神話伝播説、宗教学的神話学が挙げられ、続いて比較神話学の方法と神話の種類が論じられる。第二章は「天然神話」として、太陽神話、天然物素諸神に続いて、支那と日本神話の天地開闢説が検討される。第三章は「人文神話」で、罪悪の神話的説明と人文神話が語られ、死と火との起原に及ぶ。第四章は「洪水神話」で、まず支那洪水神話の英雄から洪水神話の比較がなされる。第五章は「英雄神話」で、英雄成功物語、勇者求婚説話、怪物退治説話、動物説話がしめされていく。第六章は「神婚神話」として、神婚神話、白鳥処女説話、また仙郷淹流説話における浦島説話の伝承、海宮説話、説話の解釈へと至る。
 
 これらの神話学が科学として研究されるようになったのは十七、八世紀以後で、十九世紀の初期を迎え、歴史学が大きな影響をもたらし、科学としての神話学は発達したことになる。それは人類の同一祖先説を排し、一個の原始民族存在説で、その最初の存在地はインド、あるいはエジプト、若しくは中央アジアの高原だったりするが、「何れもその根源地を東方に求むる点に於ては相一致す」ということになる。神話学のオリエンタリズムが台頭してきたことを意味しているのだろう。

 それゆえに、これも本連載でお馴染みのマックス・ミュラーの言語学的比較神話学が批判され、人類学的比較神話学を創立したアンドリュー・ラングが検証されていくのである。ここに見られるように、十九世紀における神話学の進化は、比較研究の賜物に他ならないので、高木は自らの著書を『比較神話学』と命名したと述べている。

f:id:OdaMitsuo:20191219111342j:plain:h115(『比較神話学』、ゆまに書房復刻)

 また「序」に挙げられている研究者とその著作は、当時まだ多くが翻訳されておらず、柳田がいうように、博文館版は「舶来品歓迎者にすらも、尚賞玩せられなかつた」ことが理解される。大正十三年の武蔵野書院版のほうはどうだったのであろうか。


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