出版・読書メモランダム

出版と近代出版文化史をめぐるブログ

古本夜話794 河出書房『ボードレール全集』とベンヤミン

 河出書房は昭和九年の『バルザック全集』に続いて、十年には『モーパッサン傑作短篇集』、十三年には『ボードレール全集』、『プロスペル・メリメ全集』を刊行するに至る。

f:id:OdaMitsuo:20180515120726j:plain:h115(『バルザック全集』)f:id:OdaMitsuo:20180520144046j:plain:h120(『モーパッサン傑作短篇集』)
f:id:OdaMitsuo:20180520143316j:plain:h120 f:id:OdaMitsuo:20180520102927j:plain:h120(『プロスペル・メリメ全集』)

 『モーパッサン傑作短篇集』とその増補版としての十三年の『モーパッサン短篇全集』は未見だけれど、『ボードレール全集』と『プロスペル・メリメ全集』は手元にあり、配色は異なるが、両者とも同じ装幀で、それは六隅許六と記載されている。いうまでもなく、六隅はフランス文学の渡辺一夫が装幀の際に使用したペンネームで、当時彼は東京高校教授と東京帝大文学部の講師を兼ね、十七年に助教授に就任している。また本連載561で、渡辺の装幀者としてのもうひとつの名前である大和幻住にもふれていることを付記しておく。これらのことを考えると、『ボードレール全集』や『プロスペル・メリメ全集』も渡辺と東京帝大仏文科人脈から出された企画であり、そのようにして編集や翻訳も進められたと考えていいだろう。
 
 『ボードレール全集』は全五巻のうちの第五巻しか所持していないが、各巻の明細を見ると、実際に訳者は第一巻の『悪の華』の早大の村上菊一郎を除いて、第二巻の『人工楽園』の渡辺を始めとして、三好達治、小西茂也、平岡昇、佐藤正彰、小林秀雄、中島健蔵たちで、東京帝大仏文科によって占められている。ただ第五巻の『日記』は河上徹太郎だが、これも東京帝大仏文科人脈と見なせよう。

 あらためて『日記』として収録されている「覚書」と「赤裸の心」を読んでみる。すると前者には「群集の中に在る時の快感は、数の増加を愉しむことの神秘的な現れだ。」とか、「全体は和である。数は全体の中にある。数は個の中にある。陶酔は一つの敵である。」「大都会の持つ宗教的陶酔。」といったアフォリズム的一文に出会う。後者では次のような告白にぶつかる。

 子供の時分からすでに、私には孤独な感情があつた。家庭の内にあつても、又時には友の中にあつても―自分は永久に孤独に運命づけられてゐるといふ気持が深かつた。

 しかも尚、私はまた、人生に対して、激しい願望を持つてゐた。

 このようなアフォリズムや引用も含めた断章からなる「覚書」と「赤裸の心」は一一七のセクションによって構成されている。日本での出版は昭和十四年十二月であるので、パリでは一九三九年となる。この年にベンヤミンは「パリ―十九世紀の首都」に続いて、「セントラルパーク」や「ボードレールにおけるいくつかのモティーフについて」(いずれも『ベンヤミン・コレクション1』所収、浅井健二郎編訳、ちくま学芸文庫)という一連のボードレール論を書いている。それらは『悪の華』に加え、明らかに「覚書」や「赤裸の心」を参照していて、先に引いた群集と都市の陶酔などに関する一文は、ベンヤミンのいうパリやパサージュのアレゴリーのキーワードとなっている。

ベンヤミン・コレクション1

 だが四〇年六月のドイツ軍のパリ侵攻のため、亡命中のベンヤミンは「パリ―十九世紀の首都」も含んだ『パサージュ論』(今村仁司他訳、岩波書店)の原稿を、国立図書館にいたジョルジュ・バタイユに託し、パリを脱出した。しかしマルセイユからアメリカ亡命をめざし、九月にピレネー山脈を越え、スペイン国境の町に入るが、スペイン警察による強制送還の脅しを受け、服毒自殺したのである。その時、ベンヤミンが携えていたのは「思想的遺書」ともいえる「歴史の概念について」(同前)だったとされる。私は『郊外の果てへの旅/混住社会論』において、その一節をエピグラフに挙げていることも記しておこう。

パサージュ論 郊外の果てへの旅

 したがって日本での『ボードレール全集』は、そうしたパリにおける亡命者ベンヤミンが『パサージュ論』を書き継いでいるのとパラレルに刊行されたことになる。ベンヤミンが読んでいたボードレールのテキストは不明だが、パリの国立図書館を利用していたことからすれば、主としてボードレール死後に刊行された全集類だったと考えられる。日本版『ボードレール全集』のやはり第五巻に、中島健蔵の「シャルル・ボードレール書誌」が五〇ページにわたって収録され、昭和に入ってからの、日本での原典の入手を含めたボードレール研究の急速な進化を伝えている。

 そこで中島は全集として、次の六つを挙げている。それらはMichel Lévy (Calman₋Lévy), Lemerre, Pelletan, N.R.F, Conard, Pleiade の各版であり、中島は後の三種がよいと推奨しているが、そのうちのコナールとエヌ・エル・エフ版は未完結だと付記してもいる。私が浜松の時代舎で入手したのはコナール版だが、これが全巻揃っていないのはそうした事情が関連しているのかもしれない。

 したがっておそらくベンヤミンも、それらの全集類を適宜参照し、メモを取り続け、それらが『パサージュ論』へと流しこまれていったのだろう。それを考えると、またしてもボードレールが「覚書」に残した最後の一節が浮かんでくる。それは次のようなものだ。

 何だか私はその道の人々が、脇道と呼ばれてゐるものの間を、さ迷い過ぎたやうだ。
 しかも私はこの数頁を世に遺しておかう。

 きっとベンヤミンも『パサージュ論』を書き継ぎながら、この一節を思い浮かべたにちがいない。

 なおこの河出書房の『ボードレール全集』第二巻には「幼魔術師」が収録されているが、これはボードレールの翻訳とされ、その後の全集には収録を見ていない。


odamitsuo.hatenablog.com

 [関連リンク]
◆過去の[古本夜話]の記事一覧はこちら

古本夜話793 杉山英樹『バルザックの世界』

 前回のクルティウスの『バルザック論』は昭和十七年九月刊行だが、それに先行して、同年一月に中央公論社から杉山英樹の『バルザックの世界』が上梓されている。これはA5判並製で、『バルザック論』の装丁や造本に比べ、地味な一冊であるけれど、日本人による四八五ページに及ぶ初めての確固たるバルザック論と見なすことができる。ただ私の所持するのは昭和二十三年の再版なので、初版と装丁や造本が同じかどうかは確認していない。
f:id:OdaMitsuo:20180517110841j:plain:h115 (『バルザック論』)バルザックの世界

 著者の杉山に関してはもはや忘れられていようし、それでも『日本近代文学大事典』に立項を見出せるので、まずはそれを引いてみる。

 杉山英樹 すぎやまひでき 明治四四・一一・八~昭和二一・四(1911~1946)文芸評論家。栃木県足利郡の生れ。本名利一。機業を営む杉山順一の長男。足利中学を経て、昭和七年、文化学院を卒業。学院時代から労働運動に参加、七年に逮捕され入獄。そこで肺結核を患い、九年、仮死状態で仮出所した。職を転々としながら、一〇年ごろより「唯物論研究」「文学評論」「文学界」などに文芸評論を発表。一四年、大井広介に誘われ「槐」に参加。翌一五年一月、大井広介、平野謙らと「現代文学」を創刊、長編『バルザックの世界』を毎号連載して特異な評論家としての地位を確立する。以後「新潮」「文芸」「改造」などに時流に迎合することのない雄勁な作家論や文芸評論を発表した。(後略)

 私は『バルザックの世界』しか読んでいないけれど、この立項によって、杉山が『バルザック論』の訳者の野上巖と同様に、左翼運動家で唯物論研究会の関係者であり、第一次『バルザック全集』の入念な愛読者だったと確信する。そして『バルザックの世界』の「あとがき」を読むと、これが『現代文学』創刊号からの十四回の連載に、新たに三章を加えたもので、タイトルを決めてくれた大井広介、世話になった平野謙の他に、『バルザック全集』の訳者である前川堅市や水野亮への謝辞もしたためられている。訳者たちとの関係は『バルザック全集』を読むことを通じて生じたもののようにも思われる。
f:id:OdaMitsuo:20180515120726j:plain:h115

 そのことに象徴されるように、さらに大東亜戦争下において、第二次『バルザック全集』の刊行に続き、同年に二冊の内外のバルザック論が刊行されたことは、そうした状況にもかかわらず、第一次『バルザック全集』によってもたらされたバルザックブームといったトレンドが生じていたのではないかとの観測も可能である。それだけでなく、この二冊には共通するバルザックへの注視があり、クルティウスにしても杉山にしても、それが前回言及した『バルザック全集』第十三巻『神秘の書』に向けられていることだろう。

 前回はふれられなかったが、クルティウスは『バルザック論』を一の「秘密」から始め、二の「魔術」へとつなげている。それはバルザックの幼年時代の「秘密」が『ルイ・ランベール』と『セラフィタ』に描かれることになった「秘教」であること、それは「魔術」に至って、単純に解釈すれば、とりわけスウェーデンボルグへと導かれ、そのコアが『神秘の書』として書かれたことにつながっていく。

 杉山のほうも、『バルザックの世界』の第一章「南方人の家系」において、バルザックの少年時代のスウェーデンボルグに関する読書体験に言及し、『セラフィタ』を引き、スウェーデンボルグのポートレートを提出する。そしてその「不思議な、神秘主義説に心を奪はれ」、「この科学者である神秘家」によって「『思索された天国』というものを知つた」と述べている。つまりクルティウスと杉山は『神秘の書』をアリアドネの糸とし、バルザックの世界の解読を始めていると考えていい。

 だが二人の『神秘の書』への傾倒は、戦後の寺田透の『バルザック』(現代思想社、昭和四十二年)などでは後退している。それは同書のサブタイトルが「人間喜劇の平土間から」とあるように、「人間喜劇」のうちの「哲学的研究」に属する『神秘の書』ではなく、「風俗研究」に属する『田舎医者』『ゴリオ爺さん』『谷間の百合』などの「人間喜劇の平土間」へ、注視をシフトさせていることによっている。その延長線上に『人間喜劇の老嬢たち』(岩波新書)も書かれたと思われる。
バルザック f:id:OdaMitsuo:20180518112601j:plain:h110(『人間喜劇の老嬢たち』)

 これは寺田の同書を読んで知ったのだが、この「人間喜劇の平土間から」は万里閣から友人たちと協同でバルザックの未反訳作品を訳出してゆかうと計画した『人間叢書』の各作品」に寄せた解説の「総標題」として選んだものだという。前々回に挙げなかったけれど、昭和二十二年に、これもまた本連載729などの万里閣から「バルザック人間叢書」全十五巻が刊行されている。これは未見であるけれど、あらためて選集や全集が編まれた場合、その作品群は新たに読み直され、新たな相貌を提出されていくことを物語っていよう。いずれ万里閣版も入手し、そのラインナップを確かめてみようと思う。この万里閣版と河出書房版のトータルとして、東京創元社版が成立したとも考えられるからだ。
「バルザック人間叢書」 (「バルザック人間叢書」第7巻) バルザック全集 (東京創元社版)


odamitsuo.hatenablog.com


 [関連リンク]
◆過去の[古本夜話]の記事一覧はこちら

古本夜話792 野上巖とクルティウス『バルザック論』

 河出書房における昭和九年と十六年の二度に及ぶ『バルザック全集』の刊行は、他に外国文学としての例を見ていないはずで、それだけバルザックが読者を得ていたことを意味しているのだろうか。それとも単なる焼き直しの金融出版と考えるべきなのか、その判断に迷うところである。
f:id:OdaMitsuo:20180515120726j:plain:h120(昭和九年版)

 しかしそれでも第二次の『バルザック全集』刊行は、確実にその落とし子めいた翻訳を送り出している。それはクルティスの『バルザック論』である。クルティウスに関しては、拙稿「クルティウス『ヨーロッパ文学とラテン中世』」(『日本古書通信二〇一三年四月号所収』を書いているが、『世界文芸大辞典』の昭和十一年当時の立項を引いておこう。

 クルティウス Ernst Robert Curtius(1886~1956)ドイツの批評家、フランスの文学文化の研究家としてドイツ一流であるは勿論、その真摯な精密な攻究はフランスに於て甚だ高く買はれてゐる。マールブルク、ハイデルベルクの大学を経て、一九二九年以来ボン大学教授。著作の主なるものは『ブランテエール』(1914)、『新興フランスの文学開拓者』(1919)、『バルザック』(1923)、『新しきヨーロッパに於けるフランス』(1923)、『ジョイス』(1929)など。二三の邦訳がある。

 なお没年は付け加えたが、著作の原タイトルは省略している。

 ここに挙げられている『バルザック』が野上巖訳『バルザック論』として、昭和十七年に河出書房から刊行されている。それは第一次と比べて、第二次『バルザック全集』の見る影もない粗悪な造本と対照的で、菊判上製四五〇ページ、鮮やかな黄色と紺地の装丁からなり、それだけ見れば、大東亜戦争下の出版物とは思われない。ドイツ語の翻訳ということも作用しているのだろうか。だがページを開き、「訳者序」を読むと、いきなり戦時下にあることが示されている。
f:id:OdaMitsuo:20180517110841j:plain:h115 (『バルザック論』)

 現代日本の最もすぐれた作家の一人をして、ただ一語、「天の岩戸啓開く」と讃仰せしめた今次大東亜戦争勃発の黎明は、その日と共に人類史に曙光が齎らされ、世界史はここに新しき創造の時代を画された、との雄叫びを皇国日本の隅々にまで湧き上らせ、谺し合はせて、今は大御稜威の下、無双の忠勇武烈なる皇軍の戦果日に日に輝き、一億総進軍の力強い跫音は、先に「戦捷第一次祝賀」の勝鬨を世界に轟かしてより、愈ゝ逞しいものとなって、正規の先頭を鳴りどよもして行く。……

 本連載ではもはやお馴染みの戦時下言説ということになるか、このような言葉を伴い、ドイツ人によるフランスの作家論が刊行されたのである。しかも野上は新島繁のペンネームを有して唯物論研究会に属し、「唯物論全書」の一冊の『社会運動思想史』を著わし、戦後は神戸大学文学部教授ともなっている。

 『近代日本社会運動史人物大事典』によれば、野上は明治三十四年山口県豊浦郡生まれ、山口高校を経て、大正十五年東京帝大文学部ドイツ文学科を卒業し、翌年に日本大学予科教授となっている。しかしその後左翼文化運動に関係していたことが大学当局に発覚し、日大を免職となる。それから高円寺で古本屋の大衆書房を営みながら、昭和七年の唯物論研究会に加わった。そして十三年の唯研事件で、岡邦雄や戸坂潤たちとともに治安維持法違反で検挙され、十五年保釈出獄し、翌年から二十年まで駐日ドイツ大使館翻訳室に嘱託として勤務している。『バルザック論』の翌年に翻訳刊行されたエルンスト・クリーク『全体主義教育原理』(栗田書店)は野上の「転向」時代の産物とされる。
近代日本社会運動史人物大事典

 このような野上の個人史と併走するように、『バルザック論』も翻訳刊行されたのである。彼は「あとがき」において、昭和九年に出されたクルチウス著、長谷川玖一訳『バルザック研究』(建設社)はフランス語訳からの重訳なので、これがドイツ語原著からの最初の邦訳だと述べている。そして続けて、この翻訳の経緯と事情が語られていく。『バルザック論』の訳出が企てられたのは昭和九年の第一次『バルザック全集』と同時期で、当初は前回記した『人間戯曲総序』の訳者太宰施門が校閲し、『ゴリオ爺さん』の訳者の坂崎登、ドイツ文学者らしい吉田次郎が予定されていた。ところがたまたま『バルザック全集』の「編輯事務の一部に関与」していたことから、野上が坂崎の担当部門を翻訳することになった。それは「当時河出書房に関係のあった仲小路彰氏」などからの配慮を受けたもので、とりあえず昭和十年に完成を見た。

 しかしそれは出版の機会に恵まれず、そのままになり、「訳者等の身辺にも種々の移り変りがあった」のだが、第二次『バルザック全集』刊行に際し、河出書房からの出版の申し出を受け、「『また来る春』にめぐり合ふ倖せを得た」として、河出孝雄と「再交渉」仲介の労をとってくれた壺井繁治、野上一人の訳者名の刊行を許してくれた吉田などへの謝辞がしたためられている。なお同時期にいずれも大野俊一によって、クルティウスの『フランス文化論』(創元社)、『現代ヨーロッパに於けるフランス精神』(生活社)も翻訳されていることを記しておこう。
フランス文化論 (『フランス文化論』)

 ここには本連載626などに見られる唯物論研究会員たちの出版と翻訳の関係、それに加えてこれも同133などの仲小路彰の同様の位相が垣間見えていることになる。それらもまた戦時下出版史の謎の一端を示していよう。

 また『バルザック論』(小竹澄栄訳)がみすず書房から出されていることも記しておく。


odamitsuo.hatenablog.com
odamitsuo.hatenablog.com


 [関連リンク]
◆過去の[古本夜話]の記事一覧はこちら

古本夜話791 河出書房『バルザック全集』と『セラフィタ』

 前回の河出書房の『新世界文学全集』の翻訳企画へと結実していく伏線は、それまでに刊行されていた、主としてフランス文学の個人全集などに胚胎していたのではないだろうか。

 その先駆けは昭和九年に刊行された『バルザック全集』だったように思われる。これは日本におけるバルザックの作品の初めてのまとまった翻訳であり、戦後の東京創元社の『バルザック全集』を始めとするいくつかの全集や叢書の範となったはずだ。
f:id:OdaMitsuo:20180515120726j:plain:h120(河出書房版) バルザック全集 (東京創元社版)

 そうした先陣としての翻訳刊行を告げるように、その装丁と造本はフランスの全集を踏襲したと思しき濃い緑に金色の紋章などをあしらったもので、一冊の豪華本としての見かけを備えている。装丁者の名前が記載されていないので、誰が担当したのか不明だけれど、まだこの時代にはそのような装丁が可能だったことになる。その上部にはLA COMÉDIE HUMAINE=「人間喜劇」と銘打たれ、この全集がバルザックの十九世紀前半のフランス社会を描く作品群を中心にしたことを伝えている。それらのこともあるし、少しばかり煩雑だが、前回の『新世界文学全集』と異なり、これまでリストアップされていないので、その全十六巻に及ぶ作品と訳者名を挙げておこう。

1『人間戯曲総序』(太宰施門訳)、『ゴリオ爺さん』(重野紹一郎、坂崎登訳)
2『ユルシュウル・ミルエ』(神部孝訳)、『アディユ』(新庄嘉章訳)
3『幻滅』(太宰施門、丸山和馬、森本久雄、宮本正清、工藤肅、大坪一訳)
4    〃
5『セザアル・ビロトオ』(芹沢光治良、新庄嘉章訳)
6『プチブルジョア』(芹沢光治良訳)
7『現代史の裏面』(和田顕太郎訳)、『無神論者の弥撒』(秋田滋訳)、『社会綱領』(山田珠樹、市原豊太訳)
8『暗黒事件』(小西茂也訳)、『捨てられた女』(新城和一訳)
9『木莬党』(小林龍雄訳)
10『農民』(水野亮訳)
11『村の司祭』(吉江喬松、恒川義夫訳)
12『麤皮』(山内義雄、鈴木健郎訳)
13『追放者』(河盛好蔵訳)、『ルイ・ランベエル』(豊島与志雄、蛯原徳雄訳)、『セラフィタ』(辰野隆、木田喜代治訳)
14『シヤベエル大佐』(堀口大学訳)、『コブセック』(内藤濯訳)、『知られざる傑作』(水野亮訳)、『偽りの愛人』(淀野隆三訳)、『職を止めたメルモツト』(前川堅市訳)
15『エーヴの娘』(武林無想庵訳)、『不老長寿の秘薬』(難波浩訳)、『フアチーノカーネ』(和田顕太郎訳)、『財布』(須川弥作訳)、『ピエール・グラスウ』(高山峻訳)、『こんと・どろらていく』より(神西清訳)
16『カトリーヌ・ド・メヂシス』(鈴木信太郎、渡辺一夫、川口篤、杉捷夫、鈴木健郎訳)  

  このうちの13を入手したのは半世紀ほど前のことで、かつて「バルザック『セラフィタ』の魅力」(『日本古書通信』、二〇一一年三月号所収)を書いているが、もう一度言及してみる。

 バルザックの『セラフィタ』という作品を知ったのは、澁澤龍彦の『夢の宇宙誌』(美術選書)の「アンドロギュヌスについて」という一章においてだった。そこで澁澤は『セラフィタ』が両性具有の理想的な最高天使を意味し、この小説がスウェーデンボルグの影響を受けた「アンドロギュヌス神話を中心テーマとした伝統的ヨーロッパ文学の、いわば最後の達成、最後の微妙な開花であった」と述べていた。後にこのような指摘がガストン・バシュラールやミルチャ・エリアーデに基づいていることを知るのだが、『セラフィタ』の邦訳の記載はなく、東京創元社の『バルザック全集』にも収録されていなかったのである。現在から見れば、信じられないかもしれないが、昭和四十年代までは邦訳の有無に関して、古本屋で見つけるまで不明だったことも事実なのである。
f:id:OdaMitsuo:20180515234825j:plain:h120(『夢の宇宙誌』)

 そのような時に早稲田の古本屋で、背は汚れていたが、『中篇集神秘の書』という一冊を発見した。よく見ると、背の上の部分に横書きで『バルザック全集』とあった。しかもその中には『セラフィタ』が収録されていて、扉の次にある挿絵はその小説の登場人物を描いたものだった。

 そしてこのノルウェイを舞台とする両性具有者の物語、あるいは天使論としての『セラフィタ』は、バルザックがヨーロッパの神秘思想のコアともされるスウェーデンボルグ神学の流れを「人間喜劇」に取り込んだもので、『ゴリオ爺さん』や『幻滅』とは異なるバルザックの幻視者としての奥深さを知らしめてくれた。それに『追放者』にあって、主人公のルイ・ランベエルはスウェーデンボルグの『天国と地獄』、すなわち本連載247などの『天界と地獄』を読んでいるのだ。

 それに付け加えておけば、昭和九年版の『バルザック全集』の一冊として『セラフィタ』を読んだことは僥倖だったと考えられる。その装丁と造本はまさに『中篇集神秘の書』にふさわしい仕上がりで、物語に見合っていたといえるからである。実は昭和十六年になって、第二次『バルザック全集』がそのままの構成で刊行されるのだが、それは判型も四六判で、上製といっても並製に近く、用紙も劣化し、装丁や造本からも、もはやアウラは失われてしまい、こちらで読んだとしたら、異なるイメージをもたらしたと思われるのだ。

 その後『セラフィタ』は昭和五十一年に国書刊行会の『世界幻想文学大系』に沢崎浩平による新訳が収録され、そちらで読まれていくようになった。
f:id:OdaMitsuo:20180515234034j:plain:h120(『セラフィタ』)

 また私も別のところで、バルザックの『幻滅』論(『ヨーロッパ本と書店の物語』所収)を書いていることを付記しておこう。
ヨーロッパ本と書店の物語


odamitsuo.hatenablog.com


 [関連リンク]
◆過去の[古本夜話]の記事一覧はこちら

古本夜話790 河出書房と『新世界文学全集』

 河出書房は昭和十年代になって、本連載628や783で既述しておいたように、多くの全集類の刊行を始めている。しかもその特色は外国文学の翻訳に顕著だ。それはこれまでもふれてきたが、河出書房が社史や全出版目録を刊行していないので、詳らかな経緯と事情は不明である。ただそれに関してひとつだけいえるのは、河出孝雄が二代目を継いだことに起因している。

 河出書房は岐阜市で出版と取次を営んでいた成美堂が東京に日本橋支店を設けた際に、河出静一が上京して始め、独立して創業されている。当初は成美堂、後に河出書房として、農業、数学、理学、地理学、国文学書を出していた。本連載754で挙げた福来友吉『催眠心理学』は成美堂からの刊行である。そして昭和五年頃に養子の孝雄に受け継がれたとされる。その河出孝雄の『出版人物事典』における立項を引いてみる。
出版人物事典

 [河出孝雄 かわで・たかお 旧姓・島尾] 一九〇一~一九六五(明治三四~昭和四〇)河出書房社長。徳島県生れ。東北大法律学科卒。河出書房創業者河出静一の婿養子となる。一九三〇年(昭和五)ころから全面的に経営を担当、ことに書き下ろし長篇小説や翻訳全集などの文芸書に独自の分野を開いた。戦後、四八年(昭和二三)株式会社に組織を改め社長に就任。五〇年出版した笠信太郎『ものの見方について』は大ベストセラーとなり、『現代日本小説大系』全六五巻、『世界文学全集』全四〇巻など戦後の文学全集の先陣を切った。また、雑誌『知性』『文芸』などを創刊、復刊、ジャーナリズムに新風を送った。しかし、五七年(昭和三二)三月倒産、新社として再興した。六八年(昭和四三)再び倒産したが再建した。
f:id:OdaMitsuo:20180504151609j:plain:h120

 この立項は河出孝雄が新たな文芸書出版の立役者だったことを裏づけているし、ここに挙げられている「書き下ろし長編小説」本連載782ですでに言及したとおりである。したがって今回は「翻訳全集」のうちの『新世界文学全集』を取り上げてみたい。
新世界文学全集

 だがそうはいっても、『新世界文学全集』は全巻を見ておらず、実際に古本屋での大揃いに出会ったことがない。それゆえに手元にあるのは第十一巻の一冊だけで、それにはシチュードリン『ゴンヴリョフ家の人々』(湯浅芳子訳)、コロレンゴ『森はざわめく』(上田進訳)が収録されている。管見のかぎり、この『新世界文学全集』への言及は、矢口進也の『世界文学全集』(トパーズブレス、平成九年)において見出されるだけである。これは明治から昭和の戦後にかけての「世界文学全集」の明細も含めた初めての研究ガイドであり、労作といっていいだろう。私にしても、かつてこの矢口の著作に触発され、こうしたかたちで「昭和円本全集」を編むことができればと夢想したりしたことを思い出す。

世界文学全集

 それはともかく、矢口は『世界文学全集』において、「河出書房の新世界文学全集」という一章を設け、これが戦前の最後の世界文学全集で、昭和十五年に企画が発表され、予約募集が始まったと述べている。そしてその構成と体裁は全二十四巻、四六判、頒価一円八十銭、厚表紙、箱入特製本は二円三十銭とある。手元の第十一巻を確認してみると、後者の特製本で、第七回配本、しかも「予約頒価」が謳われている。前者の普及版は未見だし、わからないけれど、こちらのほうは円本と同様の予約販売システムで刊行されたことになる。

 矢口はこの時代の出版状況に関して「物価等統制令が公布されて物資はきびしく統制され、国民生活も日に日に窮屈になっていった時期であり、このような全集を出版すること自体、かなり困難な時代」への突入を指摘している。そのような時代に出されたことが、この『新世界文学全集』をほとんど見かけない原因となっているのかもしれない。

 続いて矢口はその全二十四巻の明細をリストアップしているのだが、それは彼も「内容見本」によるとし、全巻を見ることができなかったことも考えられる。ここではそれを挙げられないので、必要とあれば、同書に当たってほしい。実際に第二巻のメルヴィル『白鯨Ⅱ』(阿部知二訳)その他は第一巻にそのⅡも収録されたこともあって、欠巻のままで、昭和十八年二月に全二十三巻として完結しているようだ。

 『新世界文学全集』の特徴は巻数が少ないけれど、主要な長編小説に同時代の作家の短編を配置していることだ。また国別に見ると、当然のことながらアメリカ文学は先の『白鯨』だけで、ショーロホフ『開かれたる処女地』(米川正夫訳)やワッサーマン『若きレナーテの生活』(国松孝二訳)などのソ連やドイツ文学が、現在から見ると目を引く。誰が企画編集したのかも不明だが、それが大東亜戦争下の世界文学全集の在り方を象徴しているのかもしれない。

 それでも矢口もいっているように、「よくこんな時期に世界文学全集が出ていたものだ、と感心したくなる」し、河出書房が戦後にいち早く世界文学全集に着手したのは、「困難な時期に世界文学全集を出したという自信」に基づいているのではないかとの指摘に同感する。そのような戦前の出版史があるゆえに、私たちは昭和三十四年から刊行され始めていた河出書房の『世界文学全集』グリーン版に出会うことになったのだと了解するのである。
新世界文学全集


odamitsuo.hatenablog.com
odamitsuo.hatenablog.com
odamitsuo.hatenablog.com


 [関連リンク]
◆過去の[古本夜話]の記事一覧はこちら